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火の精霊祭り、当日の朝

 いよいよ今日は「ラダマン商店協賛 火の精霊祭り」当日だ。昨日から仕込んでおいたカレーパンの準備も良し! お水もたくさん用意した! 屋台は昨日の内に設置済み! 楽器も持った!


「よし! 完璧! じゃあわたし達は準備もあるので、先に火の祠に向かいますね。マーダチカさんはラダマンさんの荷馬車に乗ってゆっくり来てください」

「ああ、そうさせてもらうよ。……ところで、チコリはどうするんだい?」


 チコリは…………。わたしがちらりと目を遣ると、テーブルの上を片付けていたチコリと目が合った。すぐに目を逸らし、皿を洗い場に運んでいるが、こちらの話は気になるらしい。チラチラと振り向きながら皿を洗っている。


 チコリも一緒にカレーパンの準備をしてくれた。お水だって沸かしてくれたし、みんなと一緒に太鼓の練習も頑張っていた。……心情的には連れていってあげたい。だが、ザザの目は誤魔化せたが魔物であるチコリが祭りの会場に現れて、騒ぎにならないだろうか……?


「チコリも連れてってあげようよ。僕たちと同じ服を着たら、人間に見えると思うけどな……」


 チコリはレッドゴブリンだ。背が低くて、耳が少しとんがっていて、顔がしわくちゃで、目が大きくてぎょろぎょろしていて、鼻が長くて曲がってる。わたしは続いてマーダチカおばあちゃんを見てみる。


 おばあちゃんは人間だ。背が低くて、耳は別にとんがっていない。顔がしわくちゃで、目が大きくてぎょろぎょろしていて、鼻が高くて曲がってる。……耳以外、完全に一致している。


「……いけますかね?」

「うーん、人がたくさん集まるから、意外とばれないかもな」

「そうね、チコリはおとなしいし……騒ぎにはならないと思うわ。それに一人だけ留守番だなんて可哀そうよ。せっかくのお祭りなんだから連れていってあげましょう?」


 チコリは皿を洗い終わってこちらの方に寄ってきた。自分の指をいじりながらもじもじとしている。これは……もしかしなくても、祭りに行きたいんだね? チコリは何度か口をぱくぱくさせた後、意を決して言葉を発した。


「……ご主人、チコリ……付いて行っても良い?」

「……わかりました。チコリはなるべくわたし達から離れないようにしてください。いい子にしてるんですよ?」


 チコリは大きな瞳を細めて喜んだ。初めて会った時の印象が嘘みたいに可愛らしくなっちゃって……。わたしの頭めがけてフルスイングかましてきたゴブリンとは思えない。……今となってはいい思い出だ。うん。


 一応変装の為、チコリには帽子をかぶせておいた。これで耳のとんがった部分は完全に隠れた。背の低いおじいちゃんって感じだ。衣装もカイン君達と同じものを作ってあげた。チコリがお揃いの衣装にはしゃいでいるのがわかる。時間的には早いが、おばあちゃんに任せるわけにもいかないので、チコリにはわたし達と一緒に行動してもらうことにしよう。


 チコリの太鼓もアイテムバッグに詰めて、わたし達はドラ子に乗って火の祠へと向かった。とりあえず、チコリにはルークスの膝の上に座ってもらった。万が一落ちるようなことがあってはいけないので、わたしはチコリのお尻とルークスの膝にトリモチを付けておく。……会場に着いたら消すんで、とりあえず我慢してください。トリモチのねっちょりとした感触に二人とも露骨に嫌な顔をしたが、危ないよりはマシだろう。


 火の祠に着くとすでにグリフォンの荷馬車が止まっていて、ラダマンさんが屋台の準備をしていた。ラダマンさんの屋台には、子ども向けのおもちゃやめずらしい品々が沢山並んでいる。レイアウトに夢中になっているのか、わたし達が近づいても気が付かないようなので、こちらから声を掛けることにした。


「おはようございます、ラダマンさん。早いですね」

「あ、おはようございます。……今のうちに準備をしておこうと思いまして。後で村人の皆さんを迎えに行かなければなりませんからね。火の部族の村へは、ウチの従業員がすでに向かっています。予定時刻通りに始められそうですね。……おや? そちらの方は?」


 ラダマンさん、早速チコリに気が付いた。チコリはぺこりと頭を下げ、わたしの後ろに半分体を隠した。チコリはマーダチカおばあちゃんの親戚という体で紹介することになっている。よし! なるべく自然に……!


「えっと……わたし達がグクス村でお世話になっている、薬師のマーダチカさんの親戚の方でチコリ……さんと言います。今日は太鼓の演奏に加わっていただこうと思いまして……」

「おお、そうでしたか。はじめまして、ラダマンと申します。今日はよろしくお願いいたします」


 ラダマンさんは笑顔で握手を求めてきた。チコリはちらりとわたしを見た後、おずおずと手をだしてラダマンさんと握手を交わす。


「よ……よろしく……」


 よ、よし。ばれてないっぽい。わたしはほっと胸をなで下ろした。ラダマンさんはにこにこと笑っている。笑いながら、こう言った。


「しかし、チコリさんは……ゴブリンでは? 魔獣の首輪も使わず使役するとは恐れ入りました。みなさんの中に魔物使いでもいらっしゃる……いえ、いらっしゃらないようですね。どのような秘密があるのか是非とも教えていただきたいものです」

「!? な、なんのことですか?」

「あ、誤魔化さなくても大丈夫ですよ。私、鑑定のスキル持ちなのです。失礼かとは思いましたが、チコリさんのことを鑑定させていただきました」


 ばれてる! ばれてるよ! わたしはオロオロとしてみんなの方を見た。ルークスは……何も考えてない顔をしている。エステラは……わたしと同じように焦っている。カイン君は……そっと剣の柄に手を伸ばしている。カイン君! それはまずいよ! 今からお祭りが始まるっていうのに、スポンサーを血祭はまずいよ! まずすぎるよ! 


 わたしはカイン君を見て逆に冷静になった。ここはわたしが何とかしなければ……! あっちが鑑定持ちなら仕方がない。もう正直に話してしまおう。幸い、ラダマンさんはチコリがゴブリンだと分かった後も落ち着いている。話し合いの余地はありそうだ。


[……すみません。その通りです。チコリは……レッドゴブリンで、近くの山に住んでいたんですけど、そこのボスモンスターをわたしが倒したことがきっかけで仲間になったんです」

「ほう……! なるほど、魔物は力が強いものに従うのが基本ですからね。まさか、人間を主人として認めるとは思いませんでしたが……これは良いことを聴きました」

「あ、いえ……全ての魔物がそうだとは限りませんが……チコリが特別なのかもしれません。とっても頭がいいんです」

「ふむふむ……ゴブリンの中でも突然変異種なのかもしれませんね……人間の言葉も操るようですし……とてもめずらしい」


 ラダマンさんの瞳がギラリと輝いた。チコリはびくっと体を震わせて、完全にわたしの後ろに隠れてしまった。……しゃべれるようになったきっかけについては黙っておこう。


「チコリは……魔物ですけど、今は人を襲うようなことはしません。ものすごくいい子なんです。お願いですラダマンさん。今日一日、祭りに参加させていただくことはできませんか……?」

「いいですよ」


 ラダマンさんのあっけらかんとした答えに、わたしは脱力してしまった。いいんだ!? 自分で聞いといてなんだけど、本当にいいの!?


「えっと、本当にいいんですか……?」

「はい、構いませんよ。見たところあなた方はとてもお強いようですし、そちらの方に至っては勇者だ。仮に何かあったとしても、止めるだけの力をお持ちでしょう。それに勇者の仲間と言うだけで、私にとっては信頼に足る人物……ゴブリンです。誤解させてしまったみたいで申し訳ありません。別に、正体を言いふらそうとしたわけではないのです。ただ、純粋に興味がありまして……」


 そう言うとラダマンさんは、わたしの後ろに隠れているチコリをのぞき込むようにして観察し始めた。逃げるチコリ。追うラダマンさん。わたしの周りをぐるぐると二人が回っている。……バターになるよ。


 なんだか拍子抜けしてしまったが、スポンサーからの許可は下りた。鑑定持ちでもない限り、見た目からチコリがゴブリンだと見抜く人はいない……だろう。観念したチコリのことを入念に観察したラダマンさんは満足したのか、ほくほく顔でグクス村へと向かっていった。少々ぐったりした様子のチコリにわたしは「……お疲れ」と声を掛ける。


 その後、わたし達も準備をはじめ、いよいよ火の精霊祭りが始まった。

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