合同練習
その日の晩、ザザの家に集まったわたし達はまず何の曲を演奏するかを決めることにした。といっても、よそ者のわたし達はこの島に伝わる曲を知らないので、ザザ達が話し合って決まった曲を演奏するだけなのだが。
「やはり火炎舞がいいんじゃないか? 盛り上がるぞ」
「いや、一晩中踊るんだろう? 火炎舞は激しすぎるよ。踊りはいつものやつだろう? もっとゆったりした曲でも合うと思うけどな」
「じゃあ火の精霊に捧ぐ歌はどうだ? ぴったりだろう? ゆったりとした曲だし」
「そうだな……もともと精霊様の為に作られた曲だしな。よし、それにしよう!」
あ、なんか決まったみたいですね。村の人は知っている曲なので、演奏に合わせてララちゃんが歌ってくれることになった。わたし達の拍手の後、静かに演奏が始まった。
──ザザの太鼓の音を合図にリュートの弦が弾かれ、優しい音色が流れ出す。そこに横笛の旋律が加わり、ララちゃんが歌い始めた。少女の澄んだ歌声が部屋中に響き渡る。あ、これガチで上手いやつだ。
演奏が終わった時、わたしは自然と涙がこぼれていた。素晴らしかった……! 感動した……! 思わず立ち上がり、惜しみない拍手を贈る。ララちゃんは照れながらぺこりと礼をして、ザザの隣に座った。
「きれいな曲ね。少し音が高いけど、歌えると思うわ」
エステラが今聴いたばかりの曲をハミングで歌い始めた。……え、もう覚えたの……?
「こんな感じだったかな?」
ルークスもエステラのハミングに合わせて、リュートを奏でる。……嘘でしょ。
「僕も入るね」
カイン君に至っては、なんなら村人よりも上手かった。あまりの上手さに、先程笛を吹いていた村人も舌を巻いている。わたし? わたしもちゃんと聴いてたよ。感動して涙まで出たよ! いや、でもそれとこれとは別でしょ! 一回聴いただけで演奏なんてできるわけないじゃん! 楽譜とかないの!? ま、読めないけどね! 結局村人もみんな演奏に加わり、わたしだけが一人笛を持ったまま棒立ちだ。……疎外感半端ない。
……どうやら、練習の必要なかったみたい。わたし以外はね。演奏する曲も決まったことだし、一通り演奏もできるというとこで、村のみんなはそれぞれの家に帰って行った。
その後カイン君がマンツーマンで指導してくれたが、元々の演奏レベルが高くないわたしは中々メロディーを覚えられず、明日も引き続き練習をすることにした。エステラもハミングは出来ても歌詞を覚えるまでに時間がかかるとのことだったので、歌詞をザザに書いてもらっている。「わたしにも楽譜を書いてほしい!」とお願いしたが、ザザは楽譜を書いたことがないらしく「耳で覚えろ!」と一蹴されてしまった……。まじか。
「頑張ってユーリ、僕も手伝うから」
カイン先生にきらきらとした笑顔で励まされてしまった……。しかし、カイン君が扱っているのは横笛で、抑える穴も指の運びもわたしのリコーダーとは違う。今はカイン君が奏でる笛の音を一音一音確認しながら、リコーダーの音を探っているのだ。分かった音を紙に書き出していってはいるが……時間がかかる! わたし絶対音感とかないから! 相対音感ですら微妙なのに! テーブルの上に突っ伏すわたしを見て、カイン君が何やら考えている。
「うーん、ちょっとその笛貸してくれる?」
「あ、はい。どうぞ」
わたしがリコーダーを手渡すと、カイン君は躊躇なく吹き始めた。……いや、小学生みたいなこと言いたくないけど………………これって関節キスじゃない? わたしはあまりの衝撃につい真顔になってしまった。しかしカイン君は特に気にしてもいないようなので、ここはスルースキルを発動しておこう。うん、楽器を演奏する人の間ではよくある事。……だよね?
カイン君が吹くと、学校教材のリコーダーの音色が違って聞こえる。なんか、歌うような感じになってる。音にビブラートかかってる。同じ楽器でこうも違うものか……。ひとしきり音を出したあと、カイン君は紙に何か書き始めた。
「大体こんな感じかな……ユーリこれ読める?」
なんと、わたしの為に楽譜を書いてくれたらしい! すぐには読めないけど、下のドから数えていって音を書けば演奏できるよ! ありがとうカイン君! わたしはカイン君がサラサラっと書いてくれた楽譜をどや顔でザザに見せつけてやった。ザザがぐっと悔しそうな顔をしたので大変満足だ。
おばあちゃんの家に帰った後もリコーダーの練習は続いた。チコリもなんだかやってみたそうな顔をしていたので、太鼓をこっそり創造で出してあげた。ザザは三つの太鼓を使い分けていたが、とりあえずチコリは一個ね。チコリは叩けばポンと返ってくる音にご満悦のようだ。エステラが歌いながら曲を教えて、すぐにそれっぽいリズムが叩けるようになっていた。……まさか、チコリにまで遅れをとるとは……。なんだか悔しいので、残りの二つの太鼓も出しておいた。これでしばらくは時間が稼げるはず……!
曲の三分の一くらいまでなんとか楽譜が辿れるようになってきたところで、おばあちゃんに「いい加減うるさい!」と怒られてしまった。……どうやらもう深夜です。近所に家がないとはいえ、流石に迷惑ですね。カイン君にも「明日また頑張ろう」と言われたのでその日は眠ることにした。明日は最後まで吹けるようになるといいな……。