同志
小鳥の鳴き声と共に、朝日が差し込む。どうやらもう朝の様だが、わたしは一睡もできなかった。
というのも、隣で眠る推しの存在に緊張してしまい、目を閉じても眠ることができなかったのだ。
差し込んだ朝日にカイン君の産毛がキラキラと輝く。寝顔の破壊力半端ない。尊い。
カイン君のまつげは長い。若いだけあって肌がキメ細かい。髪サラサラ。柔らかそう……思わず手を伸ばして、そっと髪に触れてみる。
「ん……」
やばいっ! 勝手に髪触ってるのばれた!? わたしは慌てて手をひっこめた。
目を覚ましたカイン君は、小さくあくびをしながらベッドから起き上がる。……ごめんなさい。ベッド半分奪っちゃって。よく眠れなかったよね。わたしの視線に気が付いたカイン君は声をかけてくれた。
「おはよう、お姉さん」
「お、おはようございます」
挨拶だけ交わすと、カイン君はそばに置かれた鎧をカチャカチャと身に付けはじめ、腰に剣を差した。
「ごめんね、今日は僕、朝から訓練の予定があって忙しいんだ。戻ってから詳しく話を聞くから、それまでじっとしててくれる?」
わたしは黙って頷いた。
「じゃあ、そろそろ行くね。一応信頼ができる人に声を掛けておくから。あとで食事を運ばせるよ」
そういうと、カイン君は扉を開けた出て行った。わたしはベッドから飛び起き、扉に耳を当てた。足音が完全に聞こえなくなるのを確認して、神様との初交信を試る。
「神様ーー! 神様ーーー!!」
『──騒々しいぞ。そのように大声を出さずとも聞こえている』
良かった! 相談できる相手が見つかった!
「神様、どうしましょう!? わたしなんかいきなりカイン君の寝室に現れた不審者で、でもカイン君優しくて! 匿ってくれた上に話まで聞いてくれるっていうんですけど、どっちにしろ、不審者であることに変わりなくて! このままだとその内捕まって投獄されて処刑されちゃうかもしれません!」
『──わかった。まず、落ち着きなさい』
とりあえず落ち着けと言われたので、深呼吸をしてみる。すーはーすーはー。肺に空気は満たされた気がするが、焦燥感は消えない。落ち着くってどうやるんだっけ?
『其方の目的を思い出し、その為に自分がどう行動すれば良いのかを考えなさい。それに、おそらく捕まったところで処刑はされぬ。其方が望んだ、ちーと能力というやつだ』
「え? どういうことですか?」
『この世界の如何なるものも、其方に触れることはできぬ。意識体である其方は、確かにそこに存在しているが、肉体がない。故に物理的に殺されることはない』
なるほど、一応の安全は確保されているわけだな。だが疑問がひとつある。
「あの、さっきわたしカイン君に触れたんですけど?」
というか、ベッドにも寝ていた。この世界のものに触れられないのならば床まで、いや、地の果てまで落ちて行ったとしてもおかしくないのではないか?
『そこには便宜を図った。推しとやらの命を救うのに、そちらの世界にまったく干渉できないのは困るであろう? たとえ無意識下であろうと、其方が触れたいと思ったものには触れられる。色々と自分でも試してみなさい』
なるほど。今のわたしは相手からの物理攻撃は完全に防ぐ上に、こちらからの攻撃はし放題という、なんとも都合のいいチート能力を手に入れたらしい。
『詳しく話すと、今其方はこの世界に漂う魔素と呼ばれる物質に姿を写しておる。魔素は大気や水、大地の中に含まれる魔法を使う上で素となるような物質だ。私の力との馴染みも良いし、思い描いた物を実体化させることも容易だ。其方の仮の体としてこの上ない。おまけに……』
──トントン
突然のノックにわたしは飛び上がるほど驚いた。小声で神様に別れを告げ、急いで扉を開ける。
扉の向こうにはメイド服姿の若い女性が立っていた。
──わたしはこの人物を知っている。カイン君と同じ孤児院で姉弟同然に育った人物、【アメリア】だ。ゲーム上でもかわいらしい顔をしていたが、生で見ると更にすごい。紛うことなき美少女である。小さな顔にバランス良く配置された各パーツは、精巧に作られたビスクドールの様に整っていて、警戒心とわずかな好奇心が同居したダークブラウンの大きな瞳は、真っ直ぐにわたしに向けられていた。
「あなたね? カインが言ってた人って。詳しくは部屋の中で話したいから、早く入れてもらえる?」
わたしが返事をする前に、アメリアはワゴンと一緒に素早く部屋に入り、内側から鍵をかけた。
「目的は何? どうやってここに入ったの? 見張りの目を掻い潜って城に侵入するなんて不可能だわ。なにか特別なスキルを持っているの?」
部屋に入るなり矢継ぎ早に問いただされる。うんうん、これが侵入者に対する普通の反応だよね。
アメリアに嘘はつけない。彼女はスキル【真実を見抜く目】の持ち主だ。この世界の登場人物はスキルと呼ばれる特殊能力を有している。アメリアのスキルはかなりレアなもので、わたしが知っている中で彼女以外の保有者はいない。極限まで研ぎ澄まされた観察眼で相手のついた嘘を見破るというものだ。
しかし困った。嘘をつけばばれてしまうし、沈黙で返しても怪しいことに変わりはない。かといって真実を告げたところで信じてもらえるのだろうか? 腕を組み、分かりやすく悩んでいるわたしにアメリアはしびれを切らした。
「早く答えなさい。人を呼ばれたいの? 返答次第ではただじゃすまないわよ」
そう言うとワゴンに乗せられたカトラリーの中からナイフを手にする。脅しのつもりだろうが、手が震えている。これ以上この少女をいじめるのもかわいそうなので、わたしは意を決してありのままを話すことにした。できるかぎり、それっぽい口調で。
「……わたしは、神の力によって異世界より参りました」
「……!? 異世界? 何を言っているの? あなたみたいにどこにでも居そうな平凡な人物が神の使いですって?」
アメリアちゃん、なにげにひどい。が、わたしは構わず続ける。
「あなたにはわたしの言葉が真実であるとわかるはずですよ、アメリア」
「……! どうして私の名前を? カインから聞いたの?」
「いいえ、違います。ですが、わたしはあなたを知っています。……もちろんカインのことも」
アメリアは大分困惑しているようだが、ひとまず手にしていたナイフはおろされた。
「……訳が分からないわ。嘘ではないようだけど……。それで目的はなに? 何をしにここに来たの?」
「……あなたにだけお話しします。決して口外しないでください。……わたしはカインの命を救うためにこの世界にやってきました」
わたしはアメリアにここに来た目的を話す。わたしは絶対にやり遂げなければならない。その為に必要なことを必死で考える。
「カインの命? ど、どういうこと? あの子に何かあるの!?」
「今はまだ何も……。ですがこのまま何もしなければ、確実にカインは死んでしまいます」
アメリアの顔が青ざめる。カランと音を立ててナイフが床に落ちた。
「そ……そんな。あの子になにかあったら私……」
「落ち着いてください。まだ間に合うはずです。そのために私は来ました。お願いです。あなたにも協力してほしいのです」
味方は一人でも多い方がいい。わたしは、まずこの世界での協力者をみつけなければならない。
しばらくの沈黙の後、アメリアは首を縦に振った。
「……わかったわ。あなたに協力する。あの子に何かあったら私、どうしたらいいかわからないもの……」
──うん、その気持ちわかるよ。ゲームの中でもカイン君が死んだ後のアメリアは見ていられなかった。自分を責め続け、すっかり憔悴しきった彼女は、生まれ育った孤児院に戻り、シスターとなっていた。……言葉を失って。もともと考えていることをすべて口にだすくらいおしゃべりだった彼女の変貌ぶりは、凄まじかった。わたし達はこの世界における同志だ。わたしはアメリアに手を差し出し、固く握手を交わした。
「それで具体的にどうすればいいの? といっても私はただのメイドだし、できることは限られているけど……」
「……とりあえずおなかが空いたので、食事がしたいです」
タイミングよくわたしの腹の虫が鳴き、アメリアは出会って初めての笑顔を見せてくれた。