わたし、金策に走る
「もう少し、上乗せしてもらえませんか? ほら、これなんて火の島にしかいない魔物の魔石ですよ! これだけの大きさの物を持ち込む冒険者なんて、そうそういないでしょう?」
「うーん、お姉さんには敵わないなあ……。わかった。全部で金貨六十六枚でどうだい? これ以上はウチの店じゃだせないよ」
「ありがとうございます! それでお願いします!」
わたし達は今、先日後にしたばかりのトリニアの町まで戻ってきている。一つは魔物を倒して手に入れた素材を換金するため、もう一つは商人の真似事をするためだ。ルークスのアイテムバッグの中には、グクス村で仕入れた香辛料が大量に入っている。この町に、良い食材を仕入れる為ならば金に糸目をつけない知り合いがいるのだ……。ふふふ。
「あれ、お姉さん達どうしたの? もしかして俺に会いに来たとか?」
「こんにちはサン君、えーと……二日ぶりですね。元気そうで何よりです」
「お姉さんも元気そうで良かったよ」
そう、ここを旅立ってからまだ二日しかたっていないのだ。わたしは元気だけど、その間にカイン君は風邪ひいたり、治ったり、熱病にかかったり、治ったりで全然元気じゃなかったけどね。
「で、本当は何しに来たの?」
「はい、ご主人にお話があってですね、少しだけお時間をいただきたいのですが……」
「うーん、今はランチの仕込み中だから手が離せないと思うけど……ま、入ってよ。一応聞いてみるね」
くろねこ亭の中に入ると、マルセルがカイン君の姿を見つけて驚いていた。……まさかこんなに早くこの町に戻るとは思わないですからね。サン君が「せっかくなので、魔法の成長具合を見てもらうと良い」と言ってくれたので、二人は揃って裏の方に行ってしまった。
厨房の中ではご主人が忙しそうに動き回っている。その横でノアも、野菜を洗ったり皮をむいたりしてお手伝いをしていた。エステラがご主人の変わりに仕込みをすることになって、少し話す時間を作ってもらえた。
「やあ、どうしたんだい? ウチの料理が恋しくなったかな?」
「お忙しい所恐れ入ります。料理も是非後でいただきたいのですが、それとは別のお話がございまして……本日はとてもめずらしく、良い商品をお持ちしたのです。ご覧いただけますでしょうか」
「良い商品? 何だい? 気になるな……」
わたしはルークスに目配せをして、アイテムバッグから小袋を三つ取り出してもらう。わたしはそれを受け取ると、テーブルに並べた。ご主人が手に取って中を調べている。
「……これは?」
「胡椒でございます」
袋の中に入っていたのは、黒、白、ピンクの粒胡椒だ。くろねこ亭の料理には塩は使ってあっても、胡椒は使われてなかったように思う。胡椒があれば、ご主人の料理の幅がもっと広がるはずだ。一粒ずつ試食をしてみてもらうと、ご主人は舌に広がる刺激と香りに驚いていた。
「な、なんだこれは!? 絶対肉に合う! いや、魚にも……! どこでこれを!?」
「火の島のグクス村の特産品なんです。このほかにも色々な香辛料がありまして……」
ルークスが次々と小袋を取り出していく。ご主人の目が輝いた。少しずつ手にとっては味と香りを確かめている。……反応は上々だ。
「いかがですか? 気に入っていただけたでしょうか」
「もちろんだ! 早速譲ってほしいんだが……高いのか?」
「……いえ、ご主人にはお世話になりましたし、今回のお代は結構です」
「……! タダでくれるのか!?」
「はい、次回からは適正価格での仕入れをお願いいたします。ご主人なら、この商品にふさわしい値段を付けてくださると信じています。それでご相談なのですが、くろねこ亭の料理にこの香辛料を使って、宣伝をしていただきたいのです」
「宣伝?」
「ええ、例えばこの胡椒。いろいろな料理にも使えますし、この刺激を一度覚えてしまえば、もう知らなかった昨日には戻れません。舌が、刺激を求めるのです!」
「舌が……!」
「ええっ! そのまま使っても良し、砕いて使っても良し、粉状に挽いて使っても良しの変幻自在の調味料! 粉状に挽いたものは塩と一緒に使うことによって、素材の旨味を更に引き立てます! まさに魔法の粉なのです!」
「魔法の……!」
「……お姉さん、父さんが興奮して仕事にならないから、そのくらいにしておいてよ……」
サン君に注意されてしまったので、わたしは少し息を整えて、ご主人に宣伝のことを改めてお願いする。ちょうどタイミングが良いことに、以前この宿の料理の味に感動していた、ぽよよんお腹の商人さんが泊まっているらしい。今夜の夕食に早速使って反応を見てみるとのことだった。あの商人さんなら自分の荷馬車も持っていたし、火の島まで買い付けに行ってくれるかもしれない。グクス村のような小さな村へ向かう、飛行魔獣の定期便はないのだ。行きたければ、カルダカの町から続く街道を通って行くか、自分の飛行魔獣に乗っていくしかない。グクス村には飛行魔獣がいないので、香辛料を売るためのルートがない。今はたまにやってくる商人に売るか、火の島の他の村や町まで歩いて売りに行っているらしい。
ご主人との話も終わったので、カイン君とエステラを宿に残し、わたしとルークスは祭壇に使う石材に買い付けに行くことにした。歩きながらルークスが話しかけてくる。
「なあ、なんでこの町で香辛料の宣伝をするんだ?」
「ふふふ、実はわたしグクス村でちょっとアンケートをとってみたんです」
「アンケート?」
「はい、サラマンダーについての質問を何点か……すると意外な結果が出たのです!」
グクス村人30人に訊きました
1.あなたは火の精霊サラマンダーを信仰していますか?
はい 24人
いいえ 2人
どちらでもない 4人
2.1で「はい」と答えた方に質問です。あなたは参拝の為、火の祠へ向かうことがありますか?
はい 0人
いいえ 24人
3.2で「いいえ」と答えた方に質問です。その理由はなぜですか?
・生活が苦しいので、祭壇に備える物が用意できない
・徒歩で行くには少し遠い
・火の精霊様が怖い
・無理をして行くメリットがない
「驚いたことに、村人の多くはサラマンダーの事を信仰していました。別に忘れ去られていたわけではなかったのです。しかし、実際火の祠に参拝に行くことがあるのかと問うと、その人数はゼロ。理由は様々ですが、一番多かった理由はお供え物が用意できないというものでした。また、往復で丸一日かかってしまう距離もネックになっていたようです。これらを解消するために、まずはグクス村の貧困問題から着手していこうと思います。特産品である香辛料が適正価格で売れるようになれば、村全体の収入が増えます。そうすれば、村で飛行魔獣を飼うことができるようになると思うのです。その魔獣を使って祠へ参拝にも行けますし、また別の島へ香辛料を売りに行くこともできるでしょう?」
「へー」
「ただ、気になるのは村人のサラマンダーについての印象ですね……村人の中には過去に、参拝に行ったことがある人もいたのですが、みな口をそろえて『恐ろしかった』と……。思い出してみれば、わたし達が火の祠に入った時もサラマンダーは『何しに来た!』とか『神聖な祠で!』とか、あまり歓迎ムードではなかったですよね……」
「ふんふん」
「サラマンダーの求める信仰がどういった形なのかが良く分からないのです。実際、村人の多くは今もサラマンダーを信仰しているわけですし、気持ちの問題だけでないならやはり……」
「やはり?」
「お供え物の果物が食べたいだけなのかと……!」
「……いや、それはないだろう。明日にでも火の部族の村に行ってみよう。族長がシャーマンなら、サラマンダーの事をグクス村の人より良く知っているかもしれないしな」
「……そうですね」
ちなみに土砂崩れ片付け部隊はここに来る前にサクッと救助してきた。砂漠に住む大蜘蛛につかまっていた、兵士三十人とペガサス三十頭はみんな無事でした。……ミイラになってたらどうしようかと思ったよ。一応体力は回復させておいたが、疲労の色は凄まじく、ふらふらになりながら火の部族の村へと向かっていった。ごめんなさい、わたし達も後で合流しますので……。
「そういえば、なんでユーリは交渉事の時に口調が変わるんだ? よくしゃべるし、ぐいぐい行くし」
「え? ……なんでですかね。仕事だと思うからかな……口が勝手に……。すみません、しゃしゃり出てしまって」
ゲームの中でルークスを操作することに慣れてしまっているせいか、普段からつい出しゃばったり命令してしまうのだ。戦闘中なんかも素人のわたしに指図されたりして不快だったかな……気を付けよう。
「いや、助かるよ。俺もあんまりそういうの得意じゃないから。誰かに指示してもらった方が楽っていうか……」
お、おう、ルークスとしても指示される方が楽なのか……しかし、それでいいのか勇者よ……。あなたの選択に世界の命運がかかっていると言っても過言ではないのだが……。
「それで、仕事ってどんなことをしてたんだ?」
「……えーと、んー説明が難しいな……例えばお祭りの企画、運営とかですかね……」
「へー! 楽しそうだな!」
「はは……楽しいことばっかりじゃないですけどね」
話している内に石材屋さんへとたどり着いたので、祭壇にふさわしい白い石を買うことにした。レンガのサイズにカットされている物を、あるだけ購入する。店の人は目を丸くしていたが、これでも足りないくらいだ。壊れてしまった祭壇も、使えそうな石材はそのまま使わせてもらおう。アクセントカラーになるかもしれないので、赤と茶色と黄色の石もそれぞれ購入することにした。代金を支払い、まとめてアイテムバッグの中に収納していく。
その日の晩はくろねこ亭で新メニューをご馳走になった。ご主人は早速胡椒を使ってペッパーステーキを作ってくれた。うわ! 刺激的! 大人の味ですね。食べたことがあるわたしと違い、他の三人の反応は新鮮だった。初めて食べる刺激的な味にびっくりしていたが、くせになると大好評だ。澄んだスープの底にも、挽いて粉になった胡椒が見える。うん、やっぱり胡椒が入ると味がしまっておいしいね!
わたし達が食事をしていると、向かいの席にあのぽっちゃり商人さんが座った。みんなで商人さんの反応を、固唾の飲んで見守った。商人さんはスープを堪能した後、いつもと違う味に気が付いたのか、首を傾げてスープ皿を見つめている。そしてメインのステーキにナイフを入れ、一口大に小さく切ってお口へ……
入れた瞬間目をカッと見開いて立ち上がった。きょろきょろと辺りを見回して誰かを探している。厨房にいるご主人の姿を見つけると、駆け寄ってなにか熱心に話している。……なになに!? クレーム!? ちょっと刺激的すぎた? しばらくするとご主人が商人さんを引き連れてわたし達の席へとやってきた。
「あー、君達ちょっといいかな? こちらは商人のラダマンさん。今日のウチのメニューに使ってた胡椒を、是非とも仕入たいんだそうだ」
「初めまして! ラダマンです! あの刺激的な粒粒はあなた方が持ち込んだものだとお聞きしまして! 是非、私にも売っていただきたいのです!」
わたしはラダマンさんにグクス村のことを説明した。明日にでも早速仕入れに向かうらしい。気に入ってもらえたみたいで良かった! ラダマンさんにも値段のことを聞かれたので「いくらで買っていただけますか?」と聞くと、胡椒一袋で金貨一枚との回答だった。……銅貨一枚で仕入れたんですが……。まあ、流通量が増えればその内値段も落ち着くだろう。初めの内からわざわざ安売りすることはない。グクス村の人、喜ぶといいな。
ラダマンさんは主にトリニアとエルグランスに各地の品物を売っている商人さんらしい。くろねこ亭のご主人の分の香辛料も、ラダマンさんが仕入れて売ってくれると約束してくれた。ということは、ご主人が買うときは金貨一枚以上か……今日のペッパーステーキのような贅沢な使い方はできないかもしれないな。わたしは皿に残っていたステーキを、惜しみながらぱくっと食べた。