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カイン君の容体

 わたしはカイン君に駆け寄る。名前を呼び掛けるが、反応が薄い。苦しそうに息をするだけで、しゃべるのも辛そうだ。丁度その時、ルークスとエステラの二人が薬を配り終わって戻ってきた。カイン君の様子がおかしいことに気が付いて、ルークスがカイン君の首の後ろに手を当てた。その瞬間、ルークスの表情が険しくなる。


「……すごい熱だ。とにかく、家の中に運ぼう」


 ルークスはそのままカイン君を抱きかかえて家の中に入って行った。わたしも慌てて後を追う。


 熱? 風邪は治ったんだよね? ぶり返したの? でも────


 嫌な考えが頭をよぎる。わたしは必死でその考えを否定する。だって、火炎草はもうないんだよ? 気持ちがザワザワとして落ち着かない。ただ強く、自分の手を握りしめる。


 ルークスがカイン君をベッドに寝かせ、エステラがマーダチカおばあちゃんにカイン君の様子を説明している。おばあちゃんはすぐさまカイン君を診察し、難しい顔になって口を開いた。


「……熱がかなり高いね。呼びかけに対する反応も鈍いし……まだ判断が難しいところだが、このまま熱が下がらないようなら、熱病に感染している可能性が高い」


 わたしはその言葉を聴いてもすぐには理解できなかった。カイン君が熱病? なんで? 子どもやお年寄りが罹るんじゃなかったの? どうして?


「おそらく、風邪で体力が落ちているところに…………わたしが井戸の水を飲ませたことが原因だろう……。本当に申し訳ない……」


 なんでおばあちゃんが謝るの? カイン君、本当に熱病にかかっちゃったの? 薬、ないのに? どうするの?


「……わたし、薬を返してもらってきます。ルークス、ドラ子を呼んでください。今ならまだ、飲まずに持っている人がいるかもしれません」

「ユーリ……気持ちは分かるけど、それは……」


 だって! 他の人が助かって、なんでカイン君が苦しまなきゃいけないの!? そんなの全然納得できないよ! 


「……おばあちゃん、薬の他に助かる方法はないの?」

「…………すまない、わたしは他に方法を知らない。…………だが」


 わたしはおばあちゃんの肩をガシッとつかんで詰め寄る。


「だが、なんですか?」

「……火の精霊様なら、何か良いお知恵を授けてくださるかもしれん」


 少しでも可能性があるならそれにかけたい。ルークスにカイン君を背負ってもらって、わたし達は火の精霊の祠に向かうことにした。ゴブリンはおばあちゃんと一緒にお留守番だ。ルークスにドラ子を呼び出してもらい、最速で祠へと向かってもらう。


 この世界で一番早く飛べるドラゴンの背に乗っているはずなのに、火の祠に着くまでの時間がとても長く感じられた。




 火の祠についてからは、祭壇まで走った。早く、早く! 動け! わたしの足! ルークスも、ライトの魔法を使った後、カイン君をなるべく揺らさないように気を付けながらついてくる。


 最奥にたどり着くと、サラマンダーがすでに具現化していて、壊れてしまった祭壇の石を積み上げていた。わたしは前足を使って石を運んでいたサラマンダーを、後ろから掴み上げる。


『な、なんだ! 何をする! む! お前は先日の失礼な人間の仲間か!』

「お願いします! カイン君を助けてくださいっ!」

『知らぬ! 離せ! なぜ我らに触れることができるのだ!?』

「わたしに出来ることなら何でもします! だから……お願いです」


 わたしの目からぽたりと涙が落ちて、じたばた暴れていたサラマンダーが急に静かになった。珍しいものでも見る様に、ぽろぽろ落ちていくわたしの涙を目で追っている。数秒の間の後、サラマンダーの方から語り掛けてきた。


『……祭壇を直してくれるか?』

「お安い御用です!」

『……昔のように、我らの信仰を取り戻してくれるか?』

「やれるだけの事はやってみま……任せてください!」



『よかろう……事情を話してみよ!』


 わたしはサラマンダーにカイン君の熱病の話をする。遅れてやってきたルークス達も加わり、サラマンダーは具合が悪いのがカイン君だと知ると一瞬表情が曇ったような気もしたが、そのまま黙ってわたしの話を聞いてくれた。わたしが説明をし終わると、サラマンダーはもったいぶって語り始めた。


『うむ! では其方らに、我ら精霊の偉大な知恵を授けて進ぜよう! 良いか、この近くの山に火炎草と呼ばれる花があってだな……』


 いや! それ、知ってるやつです! 別の情報でお願いします! わたしは火炎草をすでに採り尽してしまったことをサラマンダーに伝える。まさか、それしか方法がないなんて言わないよね? 精霊様?


 わたしがずずいっと顔を近づけると、サラマンダーは視線をそらすようにして、『方法がないわけではない……』と、小さな声で言った。それ! それをおしえてください!


『人間の体で耐えられるかどうかは分からんが……、我らの炎でそやつの体に巣食う病魔を焼き尽くす!』

「ほう! どうやってですか?」

『どうもこうも……そのままの意味だ! そやつの体の内に火を放つ! 病魔が死滅するのが先か、そやつが死ぬのが先かは分からんがな!』


 ……えーと、サラマンダーさん。人間の体ってタンパク質でできててですね、一度凝固するともとには戻らない……あ、でも火炎草の薬飲んだ時も女の子燃えてたし、ひょっとして熱くない炎なのかも!? わたしはその可能性にかけて、サラマンダーに問うてみた。


『いや! 熱い! 我らの炎は火炎草とは違う! 火炎草は我らの力を長年貯え、自らの身を守るため独自に────』

「あ、長くなるならその話はいいです。そ、それでカイン君は助かるんですか?」

『だからわからぬと言ったであろう! そやつの体力次第だ!』


 ……そ、そんな。わたしはルークスに抱えられたカイン君に目を遣る。ぐったりとしてとても苦しそうだ。その時、カイン君の口がわずかに動いた気がした。わたしが耳を近づけると、小さい声で何かしゃべっている。だが、声が小さくてうまく聞き取れない。


『そやつはやってくれと言っている!』


 サラマンダーが代わりに答えてくれたが、そんなとこにいるのに聞こえるわけないでしょ? 耳近づけても聞き取れないくらいなのに! わたしはサラマンダーにふざけないでほしいと釘をさした。


『何を言っている! 我らが今行っているのは念話だ! 声にださずとも思いを拾い上げることはできる! 本人が望んでいるのだ! さっさとやるぞ!』


 え? え? 本気で? 待って、わたしまだ心の準備が……。サラマンダーの指示を受けてルークスはカイン君を地面に寝かせているし、エステラは戸惑うわたしに、「ヒールを連続して掛けるから大丈夫!」と謎自信を見せている。本当に大丈夫なんだよね!? いくらネクタルがあるって言っても、わたしカイン君が目の前で死ぬとか耐えられないからね!


 サラマンダーに少し後ろに下がるように言われ、カイン君から数歩離れる。エステラがヒールの詠唱をはじめ、サラマンダーがカイン君に近づき、しゅるりと口の中に入って行った。ちょちょちょちょちょちょっダイレクト!? すぐにカイン君の悲鳴が響いて、わたしは意識を失った。

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