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真夜中の寝室

「ねぇ、そろそろ起きてくれる?」


 うーん、まだ眠い。この布団ふわふわで気持ちがいいし、とってもいい匂いがする。枕を抱きしめ深呼吸をして、匂いを堪能する。……花の匂いだろうか? 嗅いだことのない甘い匂いだ。


「ねぇってば」


 誰かがわたしに話しかけている。あれ? ちょっと前にもこんなことあったような……。


「もう……」


 ギシッという音と共に顔に影が落ちる。だれかがわたしの顔をのぞき込んでいるようだ。その人物からも布団と同じ甘い匂いがする。


 あーこの匂い落ち着くなー。私はゴロリと寝返りを打ち、目を瞑ったまま天井の方を向いた。


「お姉さん? ここ、僕のベッドなんだけど」


 耳慣れた、かわいい声が聞こえる。少年から青年になるまでの、ほんの僅かな間の声。わたしの大好きなカイン君の声だ。……ん?


 ──恐る恐る、目を開けてみる。


「あ、やっと起きた?」


 澄んだ青色の瞳に目を奪われる。肩の少し上まである長めの黒髪は、わずかな明かりの部屋の中にあってなお美しく、深い闇の様だ。少し怒ったような表情をみせるその少年は、ベッドに両腕をついて、わたしの顔をのぞき込んでいた。わたしが目を覚ましたことを確認すると、一旦ベッドから離れ、立ち上がる。わたしは慌てて上体を起こした。


「……カイン君?」

「え、そうだけど……お姉さんだれ? 会ったことあるかな」

「五年前……」

「五年前なら僕がまだ孤児院にいたころだね。うーん、ちょっと覚えてないかも」


 五年間恋い焦がれ続けていた、カイン君が目の前にいる。しゃべってる。動いてる。ゲームのまんま。

 本物だ! 感動のあまり、わたしの両目からだばーっと涙がこぼれた。


「えっなんで泣いてるの? 覚えてなかったのがそんなに悲しかった?」

「っちが……う、うれしくてつい……」


 自分の頬をつねってみる。……痛い。夢だけど、夢じゃない!


「やっっったーーーーー!」


 わたしは勢いよく両手を振り上げ、心の底から溢れだす喜びを表現した。


「ちょっ、あんまり大きな声ださないで。人が来ちゃうから」


 わたしの突然の大声に、カイン君はおろおろしながら、また近づいてきた。……かわいい。

 ん? そういえば、ここってどこだ?? 見た事ない部屋だけど……。


「あの……ここってどこですか?」

「僕の部屋だよ」


 ぶーーーーーーーーっっ!! ……わたしは盛大に吹いてしまった。ゲームプレイ中は決して入ることのできなかった、兵舎のカイン君の部屋。しかもベッドの中。……ごちそうさまです。


 えっ? ちょっと待って。今、わたし完全に不審者だよね? 侵入者だよね? どどどどうしよう。

 現状把握が出来たとたん、今度はわたしがおろおろし始めた。カイン君はベッドに腰を下ろして、口を開く。


「聞きたいこともあるけど、今日はもう遅いからこのまま泊まっていくといいよ。あっベッドひとつしかないから、ちょっと寄ってもらえる?」


 わたしは素直にベッドの端に寄りながら、うまく働かない頭で必死に考えた。


 えっ? えっ? カイン君わたしと一緒に寝るつもりなの?? うれしいけど……ちょっと無防備すぎない? 大丈夫? わたし今、身元もわからない突然の侵入者で、しかも兵舎の中ってことは、城の敷地内なわけで、見つかったら即行牢獄行きコースじゃない? カイン君、落ち着きすぎじゃない? わたしが言うのもなんだけど、もっと警戒心持った方がいいよ! 危険だよ! 悪い大人に騙されちゃうよ!!


「あっあの、カイン君はわたしを捕まえたりしないんですか? その、完全に不審者ですよね?」


 わたしは思ったことを口にしてみる。カイン君はもう布団に入ってきていた。


「うーん、部屋に戻ってきた時は驚いて捕まえようとしたんだけど……。縄を掛けようにも無理だったんだよね。ほら、ね? お姉さん透けちゃうでしょ?」


 カイン君がわたしの腕に触れようとするが、伸ばされた手はそのまま腕をすり抜けた。すかすかと何度か試してみてくれたが、わたしの体は霧のように透けてしまい、触れることが出来なかった。どうやらすでに捕まえようと試した後だったらしい。


「僕じゃ動かせないし、困ってたんだけど、お姉さんの顔見てたら、すごく幸せそうに眠ってるから……悪い人じゃないのかなって。でもいつまでたっても起きてくれないし、いくら触れないって言っても、重なって寝るのはどうかなって思って……これでやっと寝れるよ。僕明日も早いから、おやすみ……」



 そういうと、カイン君はさっさと寝息を立て始めた。



 ……神様。わたし今、推しに添い寝してもらってるみたいです。これってなんのサービスですか??



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