熱病の特効薬
村に着くころには、辺りはすっかり暗くなっていた。騒ぎになるといけないので、ゴブリンにはわたしと同じようなローブを作ってかぶせてみる。うん、ちょっと背の低いおじいちゃんって感じかな? ……いける! 堂々と歩いていたのが功を奏したのか、特に村人に不審がられるということもなく、おばあちゃんの家まで帰ることができた。
「あぁ、おかえり。誰も怪我してないかい?」
「大丈夫です。火炎草、採ってきましたよ!」
「本当かい!? これで特効薬が作れるよ! ……ん? 誰だいそのちっこいのは」
あ、やっぱり気になります? 流石にマーダチカおばあちゃんに説明しないわけにはいかない。わたしは火炎草を倒したなりゆきで、ゴブリンが仲間になってしまったことを説明する。おばあちゃんは口をあんぐり開けて驚いていたが、危害を加えないのであれば……と、ゴブリンも一緒に家に入れてくれた。さすが、年の功。人生経験が豊富なだけあって、ちょっとやそっとのことじゃ動じないね。
おばあちゃんは早速薬づくりに取り掛かるようだ。ルークスがアイテムバッグから火炎草を取り出してテーブルの上に並べていく。薬に使うのは花の部分らしいので、わたし達も手伝って次々に花をむしっていった。それを見ていたゴブリンも、昨日までのボスの花をむしってくれる。あ、ありがとう。
すっかり元気になったカイン君も部屋から出てきて花をむしるのを手伝ってくれた。カイン君はおばあちゃんから自分が置いて行かれたことを聞いて、かなりショックだったらしく「次からはひと声かけてからにしてほしい」とすねる様に怒られてしまった。す、すみません。
ゴブリンを見たカイン君の反応は「なんだか、おばあちゃんに似てるね」というものだった。……それ、絶対言っちゃだめなやつだよ? 幸い、花をむしるのに集中しているおばあちゃんの耳にはカイン君の言葉は届いていない。よ、よかった。
「よし、あとはわたしの仕事だよ。あんた達は先に夕飯を食べな。作っておいたからね」
おばあちゃんはチリコンカンのような豆と肉の煮込みと、焼きたてのパンを用意してくれていた。久しぶりにみんなそろっての食事だ。ギュウギュウ詰めの狭い食卓にバラバラの食器。でもやっぱり、みんなで食べるとおいしいね。
ゴブリンもおなかが空いているようだったので、わたしの分のパンを少し分けてあげた。初めて食べる味に感動したのか、もっと食べたいという顔をしていたので、結局わたしの分のパンはゴブリンにほとんどあげてしまった。それを見ていたカイン君が、自分の分のパンを少し分けてくれた。や、優しい……! わたしはカイン君から頂いたパンをちぎって口に運んでみる。……おいしい。付加価値のついたそのパンは、同じパンであっても格段においしく感じた。ゴブリンがものほしそうにこちらを見ていたが、これはあげられない。わたしは急いでパンを口に入れて咽てしまった。
次の日の朝、わたし達はおばあちゃんの「できたっ!」という声で目が覚めた。テントからでておばあちゃんの家に入ると、テーブルの上には沢山の小瓶がずらりと並んでいた。……これ、一晩で全部作ったの?
「流石に疲れたよ……。わたしは休ませてもらうから、申し訳ないがあんた達はこの薬を届けてくれないか。宿屋のザザの娘はやはり熱病みたいでね、熱が下がらなくて苦しんでるんだ。あと、火の部族の村とカルダカにも重症の患者が……」
「わかったよ、おばあちゃん! 俺たちで届けるから安心して休んでくれ」
「……頼んだよ」
そう言うと、おばあちゃんはすぐに眠ってしまった。早速ルークスがアイテムバッグに特効薬を詰めていく。エステラとルークスがドラ子に乗って薬を届けることになった。わたしは一つの小瓶をもって宿屋へと向かう。カイン君はゴブリンとお留守番だ。今回はちゃんとひと声かけたからね!
早朝にも関わらず、宿屋の扉をノックするとすぐさま扉が開き、ザザがでてきた。……扉の前でずっと待ってたのかな。
「薬ができたのか!?」
「はい、これです」
ザザは薬を受け取ると、もの凄い速さで奥の部屋に向かって走って行った。わたしも薬の効果を確かめるためにお邪魔させてもらう。
奥の部屋にはザザの奥さんらしき人と、ベッドの上で苦しそうにしている女の子がいた。ザザがすぐさま女の子に薬を飲ませる。しばらくすると、女の子が急に叫び声を上げた。えっ!? なに!? どうしたの!?
「ああああっ! 体が! 体が熱い!!」
「大丈夫かララ!?」
女の子は胸のあたりを抑え、苦しそうにのたうち回っている。薬が失敗したの? どうして!?
次の瞬間、女の子はボウッと赤い炎に包まれた。ぎゃーーーーーっ! 人体発火現象!? あまりの衝撃に奥さんは意識を失い、バタリと倒れてしまった。ザザが燃え盛る娘の火を消そうと、自らの体で覆いかぶさっている。
女の子はベッドの上で燃えている。……が、先ほどまでと違い表情は穏やかだ。
「……あれ? もう熱くない……」
女の子は燃え盛る自分の手を不思議そうに見つめている。燃えているにも関わらず、ベッドに引火もしていなければ、娘を抱きしめているザザに炎が移る様子もない。……どうなってんだ。
女の子を包んだ炎は、ひとしきり燃え続けた後、すうっと何事もなかったように消えていった。
「ララッ! 体は何ともないのか!?」
「……うん、大丈夫。……あれ? 熱も下がったみたい……どうなってるの?」
あ、焦った……! おばあちゃんから薬がどういう効き方をするのか訊いておけば良かった……! 治ったんだよね? 治ったってことでオッケーなんだよね? よ、良かったよー! わたしが採ってきた火炎草が間違ってたのかと思ったーーーーー!!
娘さんはすぐにベッドから起き上がれるようになり、ザザが倒れていた奥さんを起こして親子三人で喜びあっていた。わたしは三人に何度もお礼を言われながら宿屋を後にした。
なんだか良いことした気分だな。わたしでも役に立つことってあるんだね! 気分が良くなったので、鼻歌を唄いながらスキップでおばあちゃんの家まで戻る。家の外ではカイン君がゴブリンと洗濯をしていた。ゴブリンはカイン君の動きを真剣に見つめ、一生懸命真似をしている。それを見たカイン君はからかうように、桶の中の水を操り、洗濯機のような渦を作っていた。ゴブリンは驚いてカイン君と桶を交互に見ているが、どうやっているかわからないらしい。
「……あんまりからかったら可哀想ですよ」
「あ、おかえりユーリ。……このゴブリンなんでもすぐ覚えるから、面白くって」
わたしはカイン君に、この子はレッドゴブリンなので火炎系の魔法なら使えることを伝えた。ゴブリンに井戸の水を鍋に入れて沸かしてもらうと、カイン君は手を叩いてゴブリンを褒めていた。
「火炎草はね、火の精霊様のお力で体の中の悪いものだけを焼き尽くしてくれるんだよ。火が付くまでが少々熱いんだけどね。……言ってなかったかい?」
「……聞いてませんでした」
わたしは起きてきたマーダチカおばあちゃんに、薬を飲ませた途端女の子が突然燃え始めてとても驚いたこと、でも薬のおかげで女の子はすっかり元気になったことを伝えた。
「まあ、治ったんだからいいじゃないか」
「……それもそうですね」
わたしはおばあちゃんと熱病の原因についてや感染経路についての考察を話し合った。最終的には水のなかに含まれる原因菌を口にした、免疫力の弱い子供や老人がかかるのだろうということに落ち着いた。同じ水を口にしても、症状の出る人と出ない人がいること、また人から人への感染は見られないことから、口に入れるものさえ気を付けていれば、そのうち収束するだろうと、おばあちゃんは思っているようだ。
火炎草はあの山以外で育たないらしいので、次に生えてくるまで熱病の特効薬はつくれない。村のみんなにも徹底して生水を口にしないようにお触れをだしてもらわなければ!
その後もわたしはおばあちゃんと病気の予防についての話をしたり、傷を治す薬草の種類や、組み合わせ方などを教わった。薬が作れるようになれば、旅の役にも立ちそうだね!
わたしがおばあちゃんのやり方を覚えていると、扉が開いてゴブリンが何やら焦った様子で入ってきた。わたしの袖をひっぱりたいのだろうが、生憎触れられない体の為、なんどもスカッている。なんかあったのかな? ゴブリンも言葉が喋れたらいいのにね。
『承認しました』
……久しぶりに聞いたよ、謎の声。え? まさか今のでゴブリンしゃべれるようになったの!?
「えーと、ゴブリン……どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「……あ…………つ…………れた」
おおっ! 本当にしゃべってる! まだ慣れないようだが、何度も発生するうちにようやく言葉らしくなってきた。本当に学習能力高いな。
「あいつ……たおれた……そと……いる……きて!」
……あいつ倒れたって……ゴブリンと一緒にいたのってカイン君だよね。…………まさか! わたしは急いでゴブリンの後をついていく。井戸の側で、カイン君が一人うずくまっていた。