市場でお買い物
グクス村の市場には様々な香辛料が売られていた。こういった匂いを嗅ぐと、無性にカレーが食べたくなってくる。米はなくても、小麦粉はあるのだからナンなら作れるかも? 中にたっぷりチーズを入れて、チーズナンにしても良いかもしれない。……やばい、想像したらよだれが出てきた。
「えーと、野菜と玉子と……あと香辛料も少し買っておきましょうか。珍しいものがたくさんあるわね……!」
エステラはなんだかわくわくしているみたい。麻袋のまま並べられた香辛料の香りを嗅ぎながら、店の人にどういった味がするのか尋ねている。わたしもカレーのスパイスになりそうなものを何種類か選んで買ってもらった。と言っても数が多すぎる為、色付けと辛味付けと香り付け用の物を三種類ずつお店の人に選んでもらったのだけど。これだけ買っても銅貨三枚程度なのだから素晴らしい。
チーズと小麦粉も買ってもらった。マーダチカおばあちゃんは自分でパンを作っていたので、パンだねもあるかもしれない。カレーは何カレーにしようかな? やっぱりチキンカレーかな? 楽しみ! 鶏肉ではないが、臭みのない鳥をまるまる一羽買ってもらう。エステラは自分で狩りたかったみたいだが、できれば魔物肉より普通の肉が食べたい。
おばあちゃんお勧めの店で野菜や玉子も買ったし、買い出しは終了だ。まだ蛇を売ったお金が残ってるけど、そろそろ稼がないと心配だな……雑魚とも全然戦っていないので、まったく小銭が稼げていない。この島の魔物はフィールドはそうでもないけど、ダンジョン内ならある程度強かったはず……。火炎草の生えてる山も中盤の中では強かった方だと思う。まあ、カイン君がいれば楽勝だけどね。
村はずれにある家まで歩いて戻ると、家の前でおばあちゃんが男の人と話していた。
「……頼むよ! マーダチカさん! あんたなら何とかできるだろう!?」
「もちろん、できる限りの事はするが……材料がないことには薬は作れん……」
ん? なんかもめてる感じ? 間に入った方がいいかな?
「どうかしたんですか?」
わたしが声を掛けると男が振り返った。……ああっ! こいつ、宿屋でわたし達を追い出したやつだ! わたしは「こいつ嫌い!」という感情を、まったく隠さず顔にだした。男の方も、わたしを見て嫌な顔をする。
「……あんたら、昨日の……! まさか、あんた達が熱病を持ち込んだんじゃないだろうな!?」
「やめないか、ザザ。この人達の仲間はただの風邪だったよ。現にもう熱も下がってる」
「しかし……!」
おばあちゃんがザザと呼ばれた男をなだめ、わたし達にも説明をしてくれた。なんでもこの男の娘さんが昨日の夜から急激に熱が上がり、倒れてしまったらしい。あまりの高熱に男は熱病を疑い、薬師であるマーダチカおばあちゃんに薬を処方してもらいにきたのだが、おばあちゃんも熱病に効くような薬はもっていない。だが男は食い下がり、なんとかしてほしいと詰め寄っているところにわたし達がやってきた。今ここ。
むぅ……娘さんの具合が悪いのか……。あの山の魔物は強いし、一般人が立ち入ったところでボスモンスターである火炎草を倒すことはできないだろう。こいつの事は嫌いだけど、娘さんの具合が悪いのは可哀想だな……。わたしはエステラをちらりと見る。何も言わずともコクリと頷いてくれた。さすが! 話が早い!
あとはルークスの了承を得なければならないが、家の外に姿は見えない。おばあちゃんに尋ねると、今は魔法で水を沸かしている最中らしい。わたしは家に入り、ルークスにかくかくしかじかと説明をした。ルークスも二つ返事で了承してくれる。わたしは買ってきたものをアイテムバッグから取り出しながら、カイン君の様子をルークスに尋ねる。カイン君は熱も完全に下がって、今は眠っているらしい。今回カイン君にはお留守番をしていてもらおう。わたしは壁に立てかけていた杖を手にする。ルークスも鎧と聖剣を装備して、わたしが返したアイテムバッグも忘れずに装着した。
玄関を出ると、ザザはまだおばあちゃんに娘を助けてくれるよう懇願していた。ザザがおばあちゃんの肩に手を置いて小刻みに揺らすものだから、おばあちゃんの頭がガクガクなっている。……ちょっとかわいそう。ルークスがエステラに装備を整えてくるように話し、エステラがわたし達と入れ替わりで家に入って行った。見かねたルークスが、ザザとおばあちゃんとの間に割って入る。
「おばあちゃん、火炎草なら俺たちが採ってくるよ」
「……だが、あそこの魔物は強いぞ?」
「大丈夫だよ! 俺は勇者だし、困っている人を放ってはおけないからね」
おばあちゃんがルークスの輝く笑顔を見て、若干頬を赤らめた気がした。すぐザザに「火炎草があれば、熱病の特効薬を作ることができるかもしれない」と話し、ザザが驚いている。
「いいのか? その、俺はあんた達を……」
「困ったときはお互いさまだ。気にしないでくれ」
……わたしはまだ許したわけじゃないけどね。娘さんに罪はないから、助けてあげるだけだからね。爽やかに笑うルークスとは対照的に、わたしは黒い表情を浮かべ、ザザを睨みつけた。ザザはわたしの視線に気づき一瞬びくついたが、すぐにルークスの手をとり、お礼を言っていた。
準備を整えたエステラが家から出てきたので、おばあちゃんにカイン君の事を頼んで、わたし達は火炎草が生えている山へと向かった。