お水は消毒だ!
「器用な寝方だね……」
突然のしゃがれ声にハッとして目を開ける。マーダチカおばあちゃんの顔が、かなりの至近距離にあった。び、びっくりした!
「……おはようございます」
「おはよう、表の井戸で顔洗っといで。……よだれが出てるよ。あ、ついでに水瓶の水も足しとくれ」
わたしは首をこきこきと動かしながら、水桶を持って井戸へと向かった。
……考えてみたら浮遊大陸に井戸があるってすごいな。きっと、ものすごーーく地層が厚いんだろうな。ドラ子の背中から見た限りでは、川の水も島の端から流れ落ちていってたけど、どうやって循環させてるんだろう……ファンタジー……。
わたしは起きたばかりでぼーっとした頭のまま色々考えてみたが、ファンタジーだからな。で、自分を納得させる。家のすぐ側にはテントが張ってあり、ルークス達はすでに起きて身支度を済ませていた。
「おはようございます」
「おはよう、ユーリ。看病お疲れ様」
「よく眠れた? 一晩中カインについていたんでしょう?」
いや、カイン君が寝てからはわたしもすぐに眠ってしまったし、カイン君が夜中に目を覚ますこともなかったので看病と言えるほどのことはしていない。だが、こんな時ぐらい何かお役に立ちたい! 看病と言えば……おかゆ? いや、米はないんだけど、カイン君の食欲が戻っていたら、消化に良さそうなものを作ってみよう。わたしはエステラに「今日はわたしも食事を用意を手伝う!」と宣言し、あとで一緒に買い物に行く約束をした。あ、そうそう、顔を洗わなきゃ! わたしはルークス達が顔を洗うのにくみ上げていた水を使わせてもらい、よだれを洗い流した。
さて、顔も洗ったことだし水を汲まねばならぬのだが、目の前にある井戸には滑車すら付いていない。この縄のついた釣瓶を落として引き上げるのか……。水を入れる前からすでに重いんですけど……。井戸をのぞき込んでみると、水面まではかなり距離があるように思う。試しに釣瓶を投げ入れてみる。数秒の後、ポチャンと着水音がした。
よし、引き上げるぞ!
縄を持つ手に力を入れ、手繰り寄せていく。お、重い……! 予想以上にきつい! 数十センチ上げるだけでも一苦労だ。水汲みってこんなに力がいるの!? おばあちゃんよく一人で生活できてるな……。電動ポンプとまではいかないが、せめて滑車ぐらいはつけてほしいよ……! 上に引っ張るのきつい!
苦労してくみ上げた水は、釣瓶の半分も残っていなかった。……うそでしょ。水瓶いっぱいに溜めるのなんて、いつになるのかわかんないよ! 狼狽するわたしを見かねたルークスが手を貸してくれる。今度はすぐに水桶がいっぱいになった。身体能力の差にめげそうになったが、わたしも練習すればできるようになるはず! 明日は自分でやってみよう! わたしはルークスにお礼を言って、重くなった桶を抱えて家へ戻ろうと……したが、今度は水桶が重すぎてふらついた為、結局ルークスが家まで運んでくれた。……すみません。
「ご苦労さん。じゃあその水を水瓶に入れとくれ」
……え? この水ってカイン君が飲むんだよね……? 昨日までの水と混ざっちゃうし、腐ったりしないかな? 熱病も流行ってるらしいし、せめて煮沸してから飲ませてあげたいな。
「……マーダチカさん、すみませんがお鍋を借りてもいいですか?」
「いいけど、何に使うんだい?」
わたしはルークスに頼んで、鍋に張った水にファイヤーボールを放ってもらい、手っ取り早くお湯を沸かした。サラマンダーの加護のおかげか、以前より威力が上がっているように見える。鍋ごと燃やしてしまわないように注意してもらおう。
しばらく煮沸消毒したものを飲み水用として冷ましておく。今入っている水瓶の水はカイン君の体をふくのに使ってもらおうかな。継ぎ足し継ぎ足しで使ってたんじゃ、いつのお水かわかんないしね。
視線を感じると思ったら、マーダチカがおばあちゃんはわたしの行動をじっと見ていた。……何か用かな?
「何のためにお湯を沸かしたんだい?」
「え? いや、もし細菌やウィルスがいても煮沸消毒しておけば安心かなと思いまして……。もしかして蒸留した方が良かったですかね?」
「…………」
どうやらわたしの回答はおばあちゃんが求めていたものとは違ったらしい。眉間のしわが一層深くなった。
「……その”サイキン”とか”ウィルス”っていうのはなんだい?」
「え……? えーと、えーと……目に見えないくらい小さくて、人の体の中に入ると色々悪さをするやつらです。こいつらが体に入ると病気になったりするんですよ。大抵は十分以上沸騰させれば死滅すると思うんですけど……」
「…………熱病もか?」
「そうですね、感染経路が分からないので一概には言えないですけど、予防にはなると思います。なるべく生水は飲まない方がいいですよ」
「……お前はどこでそれを知った?」
どこでと言われても、学校で? テレビでも見たことある……ってそんなこと言えないよ。
「あー……神、そう神様のお告げで! わたしこう見えて預言者なんです!」
その瞬間、おばあちゃんの元々大きな目が限界まで見開かれた。ご、ごめんなさい! 怒らないでください!
「……村のみんなに知らせてくる」
おばあちゃんはそう言うと、扉を開けて出て行ってしまった。適当なこと言うなって怒られるかと思ったよー! ソースは神様って信じてもらえるんだね! さっすがファンタジー!
すでに台所用品の位置を把握しているエステラが朝食を作り始めてくれている。ルークスは頼まれていた薪割をするそうなので、わたしはカイン君の様子を見に向かった。