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グクス村の薬師

 小さく見えた老婆の家は、中に入ってもやっぱり小さかった。というか、天井が低い。すべての家具が小さめにできていて、カイン君が寝かされたベッドもあと少しで足が出てしまうほどだった。カイン君はというと、鎧を外し、ようやく横になれたこともあって幾分楽にはなったようだが、呼吸は荒く、顔も赤い。老婆はカイン君の額や胸に手をかざして、ふむふむと頷いている。


「風邪だね……熱は高いが、薬を飲ませて二日、三日寝かせておけば良くなるよ。どれ、そこの箱を取っとくれ」


 わたしは言われるがまま、老婆に支持された箱を持っていく。老婆は箱から乾燥した草を取り出すと、薬研でごりごりとすりつぶし始めた。すりつぶしながらも老婆はあれを持ってこい、これを洗え、肩を揉めなど色々わたしに命令してくる。だが、カイン君の事を診てくれているのだ。これくらいのことはしなければ!


 薬を調合し終わった老婆はカイン君に木製の匙を使って飲ませていた。カイン君は一瞬顔をしかめたが、水で流し込むように飲み込むとすぐに眠ってしまった。


「よし、これでいいだろう。ユーリ、あんたは風邪なんか引きそうにない顔をしているし、ここでこの子を看病をしてな。そこに水瓶があるからね、水をほしがったら飲ませてやるんだよ。あんた達はこっちの部屋においで、うつるといけないからね」


 看病を任されたわたしは、カイン君のそばに小さな椅子を持ってきて腰掛ける。時折苦しそうに、短いうめき声が上がる。わたしは老婆が用意してくれた布でカイン君の額の汗をそうっとぬぐった。


 ……いつから具合が悪かったんだろう。ひょっとして、ずっと我慢してたんだろうか。カイン君の体調不良に気が付けないなんて、仲間として失格だ。わたしは自責の念にかられ、自らの手の甲に爪を立てた。





 わたしがひとり反省会をしている間に食事の準備ができたらしい。エステラが静かに声を掛けてくれた。わたしはカイン君を起こさないように、そっと扉を閉めた。


 グクス村の人達は、レンガ色と黄土色の二色が使われた服を着ているが、それと同じような配色で部屋の中のカラーが統一されていた。テーブルクロスにも同じ色の布が使われている。普段は一人暮らしなのだろう。老婆の家のテーブルは小さいものだったが、調合用の作業台などをくっつけてどうにか四人分の食事が並べられていた。エステラが手伝ってくれたらしい。


「悪いけど大したもんはないからね。文句言うんじゃないよ。ベッドもあと一つしかないから、あんたらはその辺で寝ておくれ。毛布は貸してやるからね」

「あ、おばあちゃんいいよ。俺たちは外で寝るから。野宿にはなれてるんだ」

「そうかい? あんたなら一緒に寝てやってもいいんだがねえ……しかし、ホントにいい男だね……死んだ爺さんそっくりだよ」


 ルークスと話すときのおばあちゃんはとっても嬉しそうだ。まるで恋する乙女のように可愛らしい笑顔を見せている。……その笑顔の十分の一でもわたしに向けてもらえたら……いや、贅沢は言うまい。ルークスとエステラも簡単な自己紹介を済ませて、食事をとりながら熱病についての話を聞いた。


「東のカルダカの方で一気に広まったみたいでね、症状は風邪に似ているんだが、とにかく熱が高い。何日も何日も熱にうかされて、水も飲めずにやがては衰弱死してしまうのさ。火の部族の村でもちらほら感染者がでていると薬師仲間から聞いている。今のところこの村に患者はいないようだが、時間の問題かもしれないね……」

「なにかいい薬はないんですか?」


 山に生えてる草を取りに行くんだよね? 知ってるけど、ここはあえて訊いてみるよ!


「……火の精霊様のお力があれば、あるいは……。精霊の祠のすぐ近くに高くそびえ立つ山がある。その山頂に火の精霊様のお力を長い間吸収して育った【火炎草】という草があるんだ。それを煎じて飲めば、精霊様のお力が助けてくださるかもしれん……」


 おや、サラマンダーもまだ信仰されてはいるんだね。祠を訪れる人もめったにいないみたいだから、忘れ去られているのかと思ったよ。少なくてもこのおばあちゃんは信者みたい。まあ、おばあちゃんだし流石に祠に参拝にいくのは難しいか。


「火炎草はかなり凶暴な植物だからね。素人が手に入れられるもんじゃないよ。……あれさえあれば、特効薬ができそうな気がするんだけどねえ……」


 うーん、困っている人はなるべく助けたいが、とりあえずカイン君の回復を待つ方が先かな。わたしは自分の食器を下げると、カイン君の眠る部屋へと戻った。




「……ユーリ?」


 しまった! なるべく静かに扉を開け閉めしたたつもりだったが、起こしてしまったらしい。わたしはすぐさま謝ると、そっと椅子に座った。


「具合はどうですか?」

「うん、寝たらちょっと楽になったよ。……喉が渇いたから、水がほしいな……」


 わたしは急いで水瓶の水をコップに汲むと、カイン君に差し出した。


「……ありがとう」

「大分汗をかいてしまってるみたいなので、着替えも持ってきましょうか? 手伝いますよ」

「え? ……いや、着替えはいいよ。熱が下がったら、自分で水浴びするから」


 そう言うと、カイン君はなんだか恥ずかしそうにして、目を伏せてしまった。……あ! わたしとしてはやましい気持ちはこれっぽっちもなかったのだが、ひょっとして誤解されてしまっただろうか。わたしは急いで話題を変える。


「そ、そうだ! 食事はとれそうですか? エステラが作ったスープがありますよ!」

「ううん、まだ食欲無いから水だけでいいや。ありがとう」


 ……会話が終了してしまった! わたしがいない方がゆっくり休めるかな? 絶対そうだよね! よし、退室しよう! 


 そう思いわたしが腰を浮かしかけたところで、カイン君が話しかけてきたのでわたしは再び腰を下ろした。


「……なんか、風邪ひいた時に誰かが看病してくれるのって嬉しいね」


 聴けばカイン君は幼いころから、風邪を引いても他の人にうつるといけないので、治るまでひたすら一人で寝ていたらしい。わたしも朔夜に憑りつかれて熱が出た時は心細かったし、身の回りのことをするのが億劫だった。カイン君が望むなら、なんでもしますよ!


「何かわたしにできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね」

「……ありがとう。じゃあ眠れるまでそこにいてくれる?」


 お安い御用です! むしろご褒美です! その後何回か言葉を交わすうちに、カイン君は眠ってしまった。わたしは残業中に身に着けた、椅子から落ちないように座りながら安定して眠るスキルを発動し、そのまま朝を迎えた。

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