火の精霊の祠
トリニアを後にし、わたし達は精霊の祠へと向かう途中だ。どの祠から巡ってもいいんだけど、一番近い火の祠からにしてみた。この人工島ともしばらくお別れだ。ドラゴンのお陰でどの島へもひとっとびで着くことが出来るので、大変助かっている。……もう少し高度を下げてもらえれば言う事はない。座席が付いたとはいえ、速さ的には同じでも飛行機の安心感には程遠い。これだけの速さで飛んで、みんな問題なく呼吸が出来ているだけありがたいと言うべきか。
空を飛んでいるだけでも怖いのだが、人工島と火の島との間を通るときの恐怖は桁違いだった。遥か下には元々の大地があるはずなのだが、奈落を思わせる闇と瘴気の渦でかつての文明は完全に隠されてしまっていて、その姿を肉眼で確認することはできなかった。今は少しでも気を紛らわそうと、ドラゴンの命名会議を行なっている。
「なあなあ、考えたんだけど、ガーネット、テスタロッサ、ブリギッデ、この中だったらどれがいいと思う?」
「え……もっと短い名前でいいんじゃないですか? ドラ子とか、ドラ美とか……」
「本人に選んでもらうのはどうかしら?」
『いや、我に人の名の良し悪しはわからぬ……好きに呼ぶが良い……』
「じゃあ多数決を取ろう! 」
ルークス提案の多数決の結果、ドラゴンの名前はドラ子に決定した。……いや、そんな不満そうな顔するくらいなら多数決じゃなくて好きにつければ良かったじゃん……ドラ子もかわいいじゃん。
『そろそろ着くぞ……火の精霊の祠だ……』
あぁ待って! ドラ子さん! お願いだからこの前みたいな急降下はやめてください! 声には出さなかったけどわたしの意識は飛びかけていました! みんなはとっても楽しそうだったけどね!
わたしの希望通り、ドラ子はゆっくり旋回しながら高度を落としてくれた。良かった、これならそんなに怖くない! わたし達はドラ子にお礼を言って別れると、火の祠の前に立った。祠と言っても見た目はただの洞窟だ。両脇に火の精霊の像が置いてあるくらいで、知らなければここが祠だとはわからないだろう。
「ここが火の祠かー、この奥に精霊がいるんだろう? レベル上げしなくても大丈夫かな?」
「あー、精霊はわたし達のレベルに合わせて強さが変わるので、今のままでいいと思いますよ。充分レベルも上がってますし、これ以上レベルを上げると逆に精霊が強くなりすぎちゃって……苦戦しそうです」
ドラ子との戦闘で得た経験値のおかげで、わたし達のレベルはかなり上がっている。念のために確認しておこう。
名前 :ルークス
職業 :勇者
LV :58
HP :20505/20505
MP :1196/1196
攻撃力:3455(+4900)
防御力:2802(+4320)
素早さ:2022
スキル:【瀕死攻撃力UP】【強運の持ち主】【鑑定】
加護 :
魔法 :【ファイヤボール】【魔法剣 火】【パワーアップ】【ライト】【バーンブラスト】
ルークスも強くなったなー。お、補助系の魔法も覚えてる。祠の中は暗いから、ライトの魔法が役立ちそうだね。エステラはどうかな?
名前 :エステラ
職業 :旅の弓使い
LV :59
HP :11224/11224
MP :6302/6302
攻撃力:3077(+1570)
防御力:2641(+1850)
素早さ:2405
スキル:【百発百中】【料理上手】【隠密】【調理速度UP】
加護 :
魔法 :【ウィンドカッター】【ヒール】【トルネード】【癒しの風】【サンダーストーム】
おお! サンダーストーム覚えてる! 風と水の複合魔法で強いんだよね。ゲーム中なら仲間には当たらなかったけど、ここではどうなんだろ……念のためゴムのシートでも用意しようかな。さてさて、カイン君はどうだろう?
名前 :カイン
職業 :魔法剣士
LV :55
HP :12342/12342
MP :4529/4529
攻撃力:2287(+2610)
防御力:1576(+3460)
素早さ:3393
スキル:【連続攻撃】【空中姿勢制御】【素早さ成長補正】
加護 :【水の加護】
魔法 :【アイシクルエッジ】【ウォーターヒール】【ブリザード】【水牢】【アシッドレイン】【スノーマン】
カイン君の魔法も増えてる! スノーマンかわいいんだよねー。かわいい上に威力も高い。消費MPも多いけど、これだけMPが上がってたらそこまで気にしなくてもいいだろう。
みんながこれだけ強くなっているんだ。わたしのステータスも少しは期待できるかな……?
名前 :ユーリ
職業 :神の眷属の預言者で爆弾魔
LV :61
HP :70/70
MP :∞
攻撃力:65(+15)
防御力:62
素早さ:63
スキル:【魔素の体】【管理者権限】【鑑定】【創造】
加護 :
魔法 :
……うん、相変わらずの弱さですね。レベルは一番高いのにね。も、もしかしたら大器晩成型なのかも……そういうことにしておこう。さあ、気を取り直して祠に入るぞ!
火の祠は天然の洞窟に作られていて、中は薄暗くなっている。灯を持っていれば問題ないのだが、折角なのでここはルークスの魔法を使ってもらおう。
「ライト」
ルークスが詠唱を終えると、光の玉がぽうっと浮かび上がった。この魔法は消費MPが少ないのが魅力だ。MPが少ないルークスでも、バンバン使うことが出来る。
「なんか、ここ暑いね……この島に来てからもそうだけど、この祠に入ってからはもっと暑い……」
カイン君は暑いの苦手なのかな? マントを外してルークスのアイテムバッグにしまってもらっている。カイン君よりも、見た目暑そうな鎧を身につけているルークスはそうでもないらしい。エステラも平気そうだ。精霊がいる場所まではそんなに遠くないはずなので、辛いだろうがちょっとの間カイン君には我慢してもらおう。
洞窟の中はほぼ一本道なので迷うことはない。カイン君のためにも、急いで精霊を倒して加護を貰わなければ!
「ついた……ここが火の精霊の祠か……」
ルークスは火の資質持ちだけあって、なんだか感慨深そう。ゲームで何度もプレイしたからか、歩いて五分で到着した為か、わたしにそこまでの感動はない。カイン君も暑がっているので、さっさと祭壇へ足を進めることにした。祭壇の上には大きな穴が開いており、自然光が差している。ここで戦闘を行っても酸欠になることはなさそうだ。だが、サンダーストームやアシッドレインは使えないだろう。トルネードは微妙だが、祭壇がめちゃくちゃになることは間違いない。
わたしが祭壇の前に立った途端に、周りに置かれた燭台に明かりが灯り、周囲の空気が変わる。何もない空間から突如として炎が現れ、ぐるりと一回転したかと思うと、燃え盛る小さな火蜥蜴の姿になった。
『人間か! 珍しいな! 我らはサラマンダー、火の精霊だ! 人間が何の用だ!』
「うわー! すごいなー! 本物のサラマンダーだ! ずっと燃えてて熱くないのか?」
サラマンダーの姿を確認したルークスが駆け寄ってくる。今にも触りそうな雰囲気だが、絶対火傷するのでやめておいた方が良い。
『愚かな! 我らは火の精霊である! この炎こそが我らそのもの! 熱さなど感じぬわ!』
「なんか……思ったよりちっちゃいね……」
カイン君もサラマンダーをのぞき込んで、見た目の感想を述べている。……うん、確かにちっちゃいけど、それ本人に言っちゃダメなやつじゃない?
『無礼であるぞ! 人間! 我らは小さくなどないっ! 大きさなど自由に変えられるのだ! 見ておれ!』
そう言うと、サラマンダーの周りの炎が一段と激しく燃え上がり、ルークスとカイン君は驚いて飛びのいた。サラマンダーを怒らせた張本人のカイン君はちゃっかり避けていたが、かなり近くで見ていたルークスの前髪はちょっと焦げていた。
サラマンダーは激しく燃え上がりながらぐるぐると回り、どんどん大きくなっていった。ここもそんなに広くないので、あんまり大きくなられると困るな。……ああ!サラマンダーの体に押しつぶされて、すでに祭壇が崩れている!
わたしの心配を余所に、サラマンダーは祠いっぱいに大きくなってしまった。背中が天井に当たっている。そんなに大きくなっては身動きも碌にとれないのではないだろうか。大きくなったサラマンダーから発せられる熱で、カイン君は更に暑そうだ。ついに我慢できなくなったみたいで、ブリザードの詠唱を始めた。
『どうだ! 人間! これでも小さいか!』
「…………」
カイン君はブリザードの詠唱を続けているので、サラマンダーの言葉をガン無視している。発動させる気はないみたいだけど、周囲の気温が徐々に下がっている。ルークスとエステラも涼しそうだ。
『おい! 無視をするでない! 大体何をしに来たのだ! ここは神聖なる火の精霊の祠ぞ!』
その神聖な祠の祭壇は今、サラマンダー自身が崩してしまいましたがね……
「すまない! サラマンダー! 俺たちはあなたの加護を受けに来たんだ!」
『加護だと!? 無礼な其方らに加護など誰がくれてやるものか! どうしても加護がほしいと言うなら、我らにその力を示してみよ!」
えぇっ!? そのサイズで戦闘開始するの!? 初めから戦うつもりではあったが、まさかこんなに怒らせてしまうとは思わなかった。……まあ、始まってしまった以上はしょうがない。頑張ってサラマンダー、倒すよ!