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さよならトリニアの町

 真新しいアイボリーのエプロンドレスに身を包んだリタが、嬉しそうにくるりと一回転してくれる。やっぱり女の子だね。スカートが良く似合っている。マルセルとウィルとノアも、お揃いのシャツとベストとズボンに嬉しそうだ。いつもでもサン君の服、というのも可哀想なので、ご主人と奥さんが用意してくれたみたい。これがくろねこ亭の新しい制服になるんだね。同じものをサン君も着ていた。


 男の子三人は正式にしろねこ亭の伯父さんが引き取ることになり、今は通いでくろねこ亭に働きに来ている。まだ見習いではあるが、ちゃんとお給金も出ているようで、三人とも貰った銀貨を嬉しそうに握りしめていた。しろねこ亭では子ども達の自室が与えられ、そこに伯父さんの用意してくれたそれぞれの貯金箱があるらしい。伯父さんはぶっきらぼうではあるが、優しいのだ。三人の為に必要なものは何かと考え、慣れない子育てに奮闘しているとご主人が言っていた。もちろん優しいだけではない。今から貯金箱をはじめとした、お金の大切さを教え込む英才教育が行われるらしい……さすが商売人ですね。


 リタは男の子たちと離れて過ごすことをはじめは不安がっていたが、サン君が何かと気にかけているようで、新しいお義兄ちゃんとしてリタを支えている。それでもやはり、お義兄ちゃん歴の長いウィルの方が慕われているらしく、二人は「どちらがリタを喜ばせることが出来るか」などと、何かにつけて張り合っている。大変微笑ましい。


 ずいぶんと長い間この町で過ごした気がするが、宿の仕事の引継ぎもできたし、子ども達の問題も無事解決。もう思い残すことはない。わたし達はくろねこ亭の人達に挨拶をして、旅立つことにした。あ、部屋に立てかけたままだった杖を持っていくのも忘れてないよ! ずっと置きっぱなしだったので、魔力はまだ溜まっていなかった。わたしが杖を握ると、再びごちゃごちゃした文字の部分がふおんふおんと鈍い光を放ち始めた。……気持ち悪っ。




「みんな元気でね。この町に寄ったときはウチに泊まってくれよ。今よりもっと良い宿になってると思うからさ」

「はい、必ず。みなさん、本当にお世話になりました」


 わたしはルークスに目配せをして、こちらに来てもらう。ルークスがアイテムバッグから取り出した袋を受け取り、ご主人に手渡した。


「ん? なんだこれは? ずいぶん重いな……」

「えーと、わたし達からの逆餞別です。……子ども達の為に使ってください」


 ご主人は袋の中身を確認して目を見開いた。袋の中には金貨を百枚入れてある。もちろん、これは本物の金貨だよ。王様から貰った旅の資金だけど、一度は無くなったお金だ。惜しくはない。みんなも快く了承してくれた。


「な、な……」

「……少ないですか? でもこれが今のわたし達にできる精いっぱいで……」


 やっぱり子どもを育てるのに必要な金額には程遠いよね。まあ、気持ちってことで。勘弁していただきたい。


「……いや、こんなに受け取れないよ。君たちも旅の資金が必要だろう? それに、この子達を引き取ると決めたのは私や兄さんだ。君たちにお金を貰う理由がない」

「……貰っておきなよ、父さん。それに俺達にくれたわけじゃないよ。子ども達の為にって言ってただろ? 実際金がかかるのは事実なんだからさ。かっこつけたってしょうがないと思わない?」


 サン君が後押ししてくれて、ご主人も最後にはお金を受け取ってくれた。伯父さんと一緒に管理するそうだ。この子達に、何かおいしいものでも食べさせてあげてください。


 横一列に並んだ子ども達の中から、リタがこちらに寄ってきて、小さな声で「……ありがとう」と言ってくれた。お礼だけ言うと、すぐにウィルの後ろに隠れてしまったが、顔をのぞかせて恥ずかしそうにしている。……か、かわいいっ! これは新たな看板娘の誕生だわ。ここ最近で少々ふっくらしてきたので、もともと整っていた顔立ちは、更に可愛らしくなっている。サン君とウィルにしっかり守ってもらわないと……!


 マルセルもカイン君との別れを惜しんでいる。魔法はまだ習得できていないけど、小さな氷を作るところまでは成功したらしい。このまま練習を続ければ、いつの日かブリザードが使えるようになるかもしれない。頑張ってね、目指せアイスクリーム職人!


 ノアは幼いながら、すでに【目利き】のスキルを習得したらしい。エステラが悔しがっていた。自分の方がご主人と買い出しに行った回数は多いのになぜ? と不思議がっていたが、おそらく美味しいものに対する執念の違いではないかと思う……。エステラも【調理速度アップ】は習得できたみたいなので、これからの旅で役立ちそうだ。


 ウィルは子ども達の中で一番しっかりしているので、しろねこ亭の暫定跡取り候補だ。サン君と競い合うようにして毎日頑張っている。お互いにいい刺激になって良かったね。子どもの劇的な成長に、ライバルの存在は欠かせない! 将来が楽しみである。




「……お姉さん元気でね。もし、旅が終わった後お互いに一人だったら、俺がもらってあげるからね」

「……あれ、諦めるって言ってませんでしたっけ?」

「うん、待ってはないよ。お姉さんよりもっと好きな人が出来たら、さっさとその人と結婚する。だから、お姉さんも憧れの人とうまくいくといいね」


 こ、声がでかいっ! わたしが慌は慌てて周囲を確認するが、みんな話に夢中で聞いていなかったみたい。そうこうしている内にお客さんがやってきたので、わたし達は手を振ってくろねこ亭を後にした。






「えーと食料はこんなもんかな。ほんとアイテムバッグが見つかって良かったな。荷物がかさばらないで済むよ」


 ルークスがアイテムバッグを大事そうに撫でる。もう盗まれないでくださいね……。市場で日持ちする食料を買って、薬草も補充した。蛇を売った分のお金がまだ少し残っているので、当分の間困ることはないだろうが、また魔物を倒して稼がないといけないな……レベルの高いダンジョンなら魔物とエンカウントできるだろうか。最悪の場合わたしが囮になって……


 わたしがそんなことを考えながら歩いていると、突然後ろから手を伸ばされ、杖を掴まれた。び、びっくりした! もう、誰だ!? 危ないじゃないか! わたしが振り返ると、外套を目深に被った大男がわたしを睨みつけるように見下ろしていた。その顔の入れ墨には見覚えがある。……まだこんなところにいたんですね。


「どうしたユーリ?」


 ルークス達が足を止めてこちらを振り返る。わたしは「ちょっと野暮用を思い出したので、町の外で待っていてください」と伝えた。カイン君が何回かこちらを振り返ったが、わたしは心配ないと示す為、笑顔で手を振った。


「お前……あの男の仲間だったのか……くそっ! アイテムバッグをすり替えたのもお前だなっ!」


 ……人の物を盗んでおいて何を言う。他の盗みには目を瞑ってやっていたというのに、わざわざわたしの事を探していたとは……器の小さい男だ。


「……ここは人目が多いので、移動しましょうか。そちらもその方が都合がいいでしょう?」

「ほう、覚悟はできているようだな。いいだろう」


 わたしとサーヴァは市場から離れ、薄暗い路地裏へと移動した。三方を高い壁に囲まれているので、人に見られることはないし、叫んだとしても声は届かない。うん、悪いことをするにはぴったりの場所だね。


 サーヴァはフードを外し、パキパキと指を鳴らしながらわたしに詰め寄ってきた。


「さぁ、説明してもらうぞ。金貨をどこにやった!?」

「……なんのことですか? 金貨でしたら確かにお渡ししたはずです。確認されましたよね?」

「とぼけるな……! お前から貰った金貨百枚が突然消えたんだぞ!? アイテムバッグの中の金貨もなくなってるし……お前がすり替えたんだろう!!」


 サーヴァは別の町に移動したあと金貨を使おうと荷物から袋を探したが、確かに入れたはずの金貨がなくなっていた。不思議に思いながらアイテムバッグの中を確認すると、その金貨もなくなっている。怒り狂ったサーヴァはわざわざトリニアの町に戻ってわたしの事を探し、やっと今日見つけ出したというわけだ。……執念深いな。その情熱をもっと別のことに使えばいいのに……


「とにかくガキは返してもらうぞ! どこへやった!」

「……養子縁組の紙はこちらにありますし、今はあなたの手の届かないところで保護しています。他の悪事には目を瞑ってあげますから、おとなしくこの町を去ってください」

「ふ、ふざけるなっ!」


 サーヴァの拳がわたしの顔面にクリーンヒットした。実際にはわたしの顔をすり抜けて、後ろの石壁へと当たってしまっているが。かなりの勢いで殴りつけたため、サーヴァは痛みにもがいていた。……いい気味だ。


 わたしは痛がるサーヴァに近づき、逃げられないように靴底にトリモチを付けた。サーヴァは気味悪がって私を振り払おうとしたが、その手はわたしの体をすり抜ける。その様子に驚いてしりもちをついたので、ついでにお尻にもトリモチを付けておいた。……触りたくて触ったんじゃないからね?


「なっなっ……なんなんだお前!?」


 大分混乱していらっしゃるようですね。子ども達の為にもしっかり脅しておくとしよう。


「……なんだと思いますか? ふふっ動けないでしょう?」


 サーヴァは必至で足を地面から剥そうとするが、わたしのトリモチは人間の力ぐらいでは剥がれない! 剥そうとした手までもが地面にくっついてしまい、サーヴァは完全に身動きが取れなくなっていた。


「た、助けてくれっ! 誰かっ! 助けてくれーーーー!!」

「無駄ですよ……人が通らないところをわざわざ選んだんじゃないですか。誰も助けになんか来ませんよ」


 わたしは杖を一旦手放し、サーヴァの太い首にそっと両手を掛ける。指を回そうと思ったが首が太すぎて一周できなかったので、喉仏の部分を親指でぐっと押すことにした。それだけでもかなり苦しそうだ。わたしは黒い首輪を創造すると、サーヴァの首に取り付けた。その顔は恐怖におびえていた。


「苦しいでしょう? 今、あなたの首に呪いを掛けました。いいですか、わたしはこれから先あなたの事をずっと監視しています。どこにいても、何をしていても分かります。もし、あなたが何か悪事を働こうとしたら……」


 わたしは再びサーヴァの首に触れ、徐々に首輪のサイズを小さくしていく。西遊記の金冠の首版だね。サーヴァは自分で緩めることもできず、苦しそうに喘いでいる。


「……このように、この首輪は小さくなっていきます。二度と、悪さをしないと誓いますか?」


 サーヴァはコクコクと頷き、涙目になってわたしを見つめてきた。……このぐらい脅しておけば問題ないかな。これ以上この男の苦しんでいる姿を見ても気分を害すだけなので、わたしはさっさと首輪を消すことにした。ついでにトリモチも消してあげよう。あ、偽アイテムバッグも消しておこう。


 首輪から解放されたサーヴァはゴホゴホとせき込み、自由になった両手で自分の首を確かめながら荒い呼吸を繰り返した。わたしはしゃがみ込み、サーヴァと視線を合わせると、ダメ押しで脅しておく。


「首輪は目には見えませんし、外すこともできませんが、今も確かにそこにあります。死にたくなければ、これからは改心して真面目に働いてくださいね?」


 にっこり笑いながら嘘をついてみたが、この様子では信じてくれてるみたいだな。極限まで開かれた瞳は恐怖におびえ、鼻水を垂らしながらぶんぶんと首を縦に振っている。わたしは「行って良し!」と向こうを指差し、サーヴァは途中何度か転びながら逃げていった。



 あー、なんか良いことした気分っ! わたしは杖を拾い上げると、スキップをしながらみんなの元へ急いだ。

予想外に長居してしまいましたが、ようやくトリニア編終わりです。次回からは精霊の加護集めに回りたいと思います。

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