月夜のプロポーズ
「まだ寝ないの?」
サン君が階段を降りながら話しかけてきた。明るいオレンジ色の髪は、月明かりの下でもやっぱりオレンジだ。
「ちょっと興奮してしまいまして……もう少し涼んでから寝ようと思います」
サン君はふーんといいながら、わたしの隣に腰を下ろした。あれ? もう遅いけど、寝なくてもいいのかな? 二人で横並びになって正面を向いていたが、しばらくすると、サン君が少し体を捻ってこちらをじっと見つめてきた。え? なんだろ? わたしは意味もなく、にっこりと微笑んでみる。
「聞いてなかったけど、お姉さんの名前なんて言うの?」
おぉ、そうだ。サン君には名前を訊いておきながら、未だにわたしは名乗っていなかった! いや、宿帳には書いてあるから、ご主人は知ってるはずなんだけど。散々お世話になっておきながら、ほんと失礼仕った!
「あ、すみません。わたしユーリっていいます」
「なんか……男みたいな名前だね」
地味にショックだが、仕方ない。本名だもん。
「まあいいや。ユーリ、俺の嫁にならない?」
「……はい?」
んんー? 聞き間違いかな? 聞き間違えだろうな。いや、でもなんだか真剣な瞳で見つめられている。これは……ガチのやつですね? 人生初のプロポーズ、月明かりの下で、お花に囲まれて、二人きりで階段に座って……うんロマンチックだ。相手が十二歳でなければね。
「サン君……気持ちは嬉しいんですが、わたしとサン君では……その、あまりに歳が離れているといいますか……」
「俺、すぐにでかくなるし問題ないよ。……ていうか、そういう建前じゃなくて、俺の事どう思ってるか聞かせて」
……そうだ。初めて会った時もそうだったが、この子はぐいぐいくる子だった。だんだん体の距離も近くなってくる。これは誤魔化してもしょうがない。こちらも真剣に答えなければ。
「すみません、全く何とも思ってないです。完全に対象外です」
「……はっきり言うね」
サン君はわたしから少し離れ、膝に頬杖をついた。ご、ごめんなさい。こういうのは、はっきり断った方が良いかと思って……正直に答えてしまいました。
「ユーリ達のおかげでウチの宿も繁盛し始めたし、嫁にいいと思ったんだけどな。ユーリとなら、ウチの宿をもっと大きくしていけそうなのに……」
あ、そういったポイントからわたしを選んでくれたんですね。流石、跡取り息子。嫁選びも宿基準。なんだか、嬉しいような悲しいような……
「サン君には、わたしなんかよりもっと良いお相手が見つかりますよ」
「……だからそういうの良いって。……はぁ」
……すみません、気の利いたセリフ一つ言えなくて。こういうの、慣れてないんです。
「ユーリは好きな人いるの?」
「え? あー、好きと言いますか、憧れている人はいます」
「どんな人? 教えてよ」
わたしの頭の中にはカイン君が浮かぶ。……憧れるくらいなら、問題ないよね?
「えーと、強くて優しくてかっこ良くて、なのにめちゃくちゃかわいくて。見ているだけで生きる希望が湧いてくるような、そんな人です」
「……すごいね。それは俺じゃ無理だわ。……うん、大丈夫。諦められそう」
これでもかなり控えめに表現してるんだけどね。カイン君の素晴らしさは、言葉では言い表せません。
「突然変なこと言ってごめんね。明日からまた宿屋の息子とお客さんに戻って、普通に接してくれる? お姉さん」
サン君が手を差し出してきたので、わたし達は握手を交わし、それぞれ部屋へと戻って行った。……気持ちを落ち着けようと思って外に出たのに、さっきよりもそわそわしてしまっている。だが、もういい加減寝なければ。ベッドで横になっていれば、朝までには眠ることが出来るだろう。わたしはゆっくりと階段を上って行った。
────一方そのころ二階のある一室では……
「なんか、すごいこと聞いちゃったわね……」
「うん、窓開けてると話し声って結構聞こえるんだね……」
「いいか、二人とも。俺たちは何も聞いていない。そういう体でいこう! さあ、ユーリが部屋に来る前に早く布団に入らないと! おやすみ!」