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子ども達の身の振り方

 次の日の朝、わたしは昨夜の顛末をみんなに報告した。アイスクリーム問題はひとまず解決したとして、あとは子ども達の身の振り方を考えなければならない。わたしはサーヴァからもらった養子縁組の紙に目を通す。この世界に戸籍なんてものがあるのかはわからないが、こんな紙きれ一枚で管理しているの? 逆にすごくない?


 わたしが四枚の紙をしげしげと見つめていると、執事服に着替えたカイン君が寄ってきた。


「何見てるの? ……あぁ、あの子たちの養子縁組の紙だね。ガルハザードの出身なんだ」

「ガルハザード? 町の名前ですか? 聞いたことないです」


 確かに紙の下の方に、大きな鳥のシルエットがエンボス加工してあり、その上にガルハザードと書いてある。ゲーム中でも出てきたことのない名前だと思う。


「……孤児院の名前だよ。僕がいた孤児院は国の援助で成り立ってたんだけど、ガルハザードは民間の孤児院なんだ。あまり良くない噂も聞くし……あの子たちをここに連れていくのは、やめた方がいいかもね」


 カイン君の話によると、ガルハザードは国の目が届きにくいこともあって、秘密裏に人身売買まがいの事が行われているんだとか。だが、この養子縁組の紙があれば、合法的に引き取ったものとして、捕まることはないらしい。


 ……子ども達が望めば、元居た孤児院に連れていくことも考えていたが、そんなところと知った以上は選択肢から外しておかねば。今はくろねこ亭のご厚意で四人ともここに置いてもらっているが、いつまでも……というわけにはいかないだろう。うーん、どうしたもんか……。


「ユーリ、悩んでる?」

「……はい、子ども達にとってどうするのが一番いいかと思いまして……サーヴァから引き取った以上は、わたしに責任がありますし、かと言ってわたし達と一緒に連れていくのは……危険じゃないかと……うーん」


 しろねこ亭から連れ帰るときのリタの表情が頭に浮かぶ。あんな義父でも、リタは慕っていたのだろうか? 子ども達を連れ帰ったのって、結局わたしの自己満足? 自分で面倒を見ることもできないのに……あまりにも無責任な行動だったんじゃないだろうか……


「わたしの選択って、間違っていたんでしょうか……」

「うーん、間違ってたかどうかはまだ分からないけど……どっちかが正解って訳でもないと思うよ?」

「え?」

「どっちを選んでも後悔するかもしれないし、納得できる解決策がある問題ばかりじゃないよ。考えて、考えて、それでもわかんないときは、僕は自分がやりたい方を選んでる。少なくとも、あんなやつの所にいるよりは、今の方がずっと良いと思うよ?」


 カイン君はそれだけ言うと、店の手伝いに行ってしまった。わたしはカイン君が去って行った方をしばらく眺めていたが、開店時間が迫っていることに気づき、慌てて準備をした。




 それから一週間がたった。子ども達は、だんだんとこの宿に慣れたみたいで、笑顔が増えたように思う。お客さんの数は一時期に比べると減ってはきたが、それでも連続満室記録は更新している。しろねこ亭を紹介したお客様からも満足いただけているみたいで、一昨日紹介した商人さんは、町を出るときにわざわざ「いい宿だったよ!」と声を掛けてくれた。ご主人も嬉しそうだ。


 リタは奥さんの後をついて歩きながら、色々とお手伝いをしている。洗濯ものをたたんだり、食器を洗ったり、自分の手の届く範囲で頑張っている。奥さんも「娘が出来たみたいだわ」と言いながら、手を止めてリタにできる仕事を探してくれている。


 一番小さなノアは、エステラと一緒に厨房に入って旦那さんの手伝いをしていることが多い。もっとも、つまみ食いが目的のようなところはあるのだが。しかし、味に関してはかなり鋭いらしく「わずかな違いも的確に言い当てる」とご主人が舌を巻いていた。


 ウィルは体が大きいこともあって、サン君と一緒に薪割をしたり、重い荷物を運んだり、いつも忙しそうに走り回っている。常に他の子のことを気にかけている優しい子で、体の小さなリタに自分の分の食事を分け与える様子をよく目にする。そんなウィルに旦那さんは追加分をよそってあげて「子どもは遠慮するな!」と怒る。そこまでの流れがワンセットだ。


 マルセルはカイン君になついているようで、毎日一緒にアイスクリームを作っている。カイン君の話によると、マルセルには水魔法の資質があるみたい。レベルが上がれば、魔法が使えるようになるかもしれないと、空いた時間にマンツーマンで魔法の練習をしている。……正直、うらやましい。


 わたしは子ども達の様子を見て、一つの思いをパーティーのみんなに相談した。みんな快く了承してくれたので、その日の夜、くろねこ亭の人達に時間をとってもらい、子ども達のことについて話をすることになった。





 食堂の椅子には、ご主人、奥さん、サン君が座っている。わたしは意を決して口を開いた。


「みなさん、実は折り入ってお願いがありまして……その、子ども達のことなんですが……」


 わたしが続けようとすると、それをサン君が手で制し、口を開いた。


「悪いけどお姉さん、あの子達全員をウチで引き取るのは無理だよ。従業員として雇うならともかく、全員の親にはなれない。……引き取れたとしても一人か二人だね」


 サン君に先んじて断られてしまい、わたしは一気に青くなった。……あの子達のなかから、誰かを選ばなきゃならないの? そんなこと、できないよ……選ばれなかった子はどうなるの? どの子もまだ、一人で生きていける年齢ではない。誰かの庇護のもとでなければ、暮らしていけない。


 ここ最近の様子をみて、ここの人達なら全員を引き取ってくれるかもしれないと思った、わたしの考えが甘かったんだ……


 心臓がばくばくと音を立てる。な、何か言わなきゃ……そう思うのに言葉が出てこない。サン君がまだ何か喋っているが、わたしの耳には入ってこない。周りの音を遠くに感じ、この空間にわたし一人が座っているような気がした。



「そこで儂の出番だ」



 突然背後から聞こえたでかい声に、遠くに行っていた意識がぐいっと戻される。振り返るとそこにはしろねこ亭の伯父さんが腕を組んで立っていた。


「え? なんで?」

「……お姉さんてさ、人の話聞かないよね?」


 サン君が頬杖をつきながら、呆れた笑いを浮かべている。ご主人がこの場に伯父さんを呼んだらしい。伯父さんはわたしの隣に座ると、咳ばらいをして口を開いた。



「儂が引き取ろう」



 ひゅっ……突然の発言に、胸が変な音を立てた。いや、まだだ。まだ喜ぶのは早い。まだ、わたしの勘違いという可能性が残されている。主語を、主語をお願いします!



「子ども達は、儂が引き取ると言ったんだ」



 ……伯父さんに後光が差している。なんだかとっても男前に見える。いや、紛うことなき男前だ。



「……いいんですか?」

「勘違いするな。儂も善意だけで言ってるわけじゃない、ウチの宿の為を思ってだ。どいつもそれなりに、見どころがあるそうじゃないか。……しばらくはここで修業をして、モノになりそうだったら……ウチの宿を継がせてやっても良い」


 ご主人が伯父さんを見ながらにやにやしている。わたしは勢いよく立ち上がり、伯父さんに深々と頭を下げた。続けて、ご主人にも頭を下げる。ご主人は笑いジワを一層増やして、わたしに微笑みかけてくれた。


「困ったときはお互いさまだ。……もっと周りを頼りなさい。それとも、私達はそんなに頼りなく見えたかい?」


 似たような顔が三つ、にやにやしながらわたしを見つめてくる。……みなさん、ありがとうございます。わたしはもう一度一人一人に頭を下げ、とめどなくあふれ出る鼻水をすすった。




 話し合いの結果、本人の意思を確認してからになるが、奥さんによく懐いているリタはご主人が、マルセルとノアとウィルは伯父さんが引き取ってくれることになった。当分の間は修行という名目で、くろねこ亭に通いで働いてもらうつもりらしい。伯父さんは特にノアの舌に期待をしているらしく、ご主人の料理を覚えて、しろねこ亭で腕を振るってもらう! と将来の計画を嬉しそうに語っていた。





 部屋に戻る前に、わたしは外の空気を吸いに出ることにした。花壇には白い花が、そよそよと風に揺れている。今夜は月は綺麗だ。もう夜も更けてきたのだが、胸がいっぱいというか、興奮してまだまだ眠れそうにない。


 ……良かった。本当に良かった。明日ご主人がこの事を話したら、子ども達はどんな顔をするだろう? 驚くかな? 喜ぶかな? くふふっ楽しみ……!



 わたしが一人でにやにやしていると、扉の開く音がして、誰かがこちらにやってきた。

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