そして和解
「なんだよお姉さん、こんな夜中に……子ども達が起きちゃうだろ?」
「いいから早く来てください! あ、ご主人と奥さんも一緒に!」
サン君はもう寝ていたらしく、迷惑そうにゆっくりとわたしの後をついてくる。あぁ! もっと急いで! ご主人と奥さんも「なんだなんだ」と言いながら、のそのそサン君の後をついてくる。あぁもう! 営業中と動きが違うっ! めっちゃゆっくり! 急がないと伯父さんが帰っちゃうよ!
わたしは宿の扉をバーンと開ける。良かった! 伯父さんはまだ花壇の端っこに座ってた!
「……伯父さん? え、何? どういうこと?」
サン君の表情が一気に変わる。明らかに不機嫌になり、わたしを睨んでくる。こ、怖っ。そんなサン君の様子を見て、伯父さんはフイッとそっぽを向いてしまった。だからそういうとこだよっ! そういうところが誤解のもとなんだよっ!!
「あれ? 兄さん? どうしたんだ?」
サン君から少し遅れて、ご主人と奥さんもやってきた。伯父さんはご主人や奥さんとは普通に話せるらしく、お互いにぼそぼそと近況報告をしている。そんな三人を見て、サン君は更に不機嫌になってしまった。
「……父さんも母さんも、なんでそんなやつと普通に話が出来るんだよ……」
「サン、何を言ってるんだ? 伯父さんだぞ? よく遊んでもらってただろう?」
「……っ!! 父さんは! そいつが俺たちの邪魔をしてるって知ってるんだろ!? なんでそんなにへらへらしてんだよっ!!」
「……邪魔? なんのことだ? 兄さんは邪魔なんかしてないぞ?」
「そうよ、サン。お義兄さんはそんなことしないわ」
「そうですよ、サン君。それは誤解です」
三人から一斉に訂正されて、サン君はさっきまでの強い怒りの表情がフッと消え、訳が分からないといった目でわたしを睨む。あ、わたしが説明するんですね。了解です。わたしはさっき分かった真実をサン君に説明する。話を聞くうちに、サン君は顔を手で覆い、座り込んでしまった。
「……なんだよそれ。俺一人……勝手に怒ってて、バカみたいじゃん……」
「まさかサンがそんな風に思ってたなんて。あの噂は兄さんが流したんじゃないって、説明しただろう? 」
「……父さんが、伯父さんをかばってるんだと思ったんだよ……あぁ、くそ……俺、めちゃくちゃかっこ悪い」
「……いや、儂の発言が噂のもとになったのは確かだろう……正直、すまんかった」
「お義兄さんの所為じゃないですよ、わたし達のやり方が良くなかっただけです。それに最近はこの方たちのおかげでお客さんも増えてきて…………増えて増えて……増えすぎて困っているぐらいです」
あ、やっぱり困ってたんだね。申し訳ない。うーん、どうしたもんか……あ、いいこと思いついた。
「あの……付かぬ事を伺いますが、しろねこ亭さんの最近の経営状況はどんな感じですか?」
「ウチか? ……あまり芳しくはないな。こいつの料理がなくなって、新しい料理人を何人か入れてみたが、やはり味が落ちたと言われている。同じメニューでも、造り手によってこうも評判が違うものかと驚いたよ……宿泊費を下げてなんとか客を呼び込んどる状態だ」
お互いに困ってるんだよね? なら……
「……もう一度、一緒に宿をやるつもりは?」
「ないな」
「無理だな」
「こいつは三千Gの食事に、原価二千五百G掛けるようなやつだぞ? 人件費やらなんやらを足せば完全に赤字だ。腕がいいのは認めるが、それだけでは宿屋はやっていけん」
「お客様の満足度を上げないとこれから先、生き残ってはいけないよ! なにか他の宿とは違うところが必要なんだ! だいたい兄さんは……」
あれー? いい案だと思ったのにな。ご主人と伯父さんとでは、やはり経営の方向性が違うらしい。議論が熱くなってきている。奥さん曰く、お互いに認めつつも、ついついやり方に口を出してしまうので、離れて営業する方が双方の為なんだとか。
「で、でしたら……くろねこ亭にいらっしゃったのに、満室で泊まれなかったお客様を、しろねこ亭を紹介するのはどうでしょう? 逆に、しろねこ亭にお泊りの味にうるさいお客様には、くろねこ亭の食事を提供する……というのは?」
「「……」」
あ……だめかな? しろねこ亭もちょっと入っただけだけど、内装はくろねこ亭よりも豪華だし、部屋も広かった。それで料金は安いのだから、お客様的にも満足だろう。幸い二つの宿はそこまで離れていない。歩いて二分~三分くらいだ。うまく協力しあえればいいと思ったんだけどな……
「いいな……それ。俺もしろねこ亭で育ったから、あの宿の良さは分かっているつもりだ。せっかくいらっしゃったお客様を他の宿に紹介するぐらいなら、兄さんに紹介したい」
「……儂も料理目当てでうちの宿をとっていた客に、味が落ちた落ちたと言われ、ほとほと困っとったところだ。夕食だけでもそっちで用意してもらえるなら……助かる」
おっ、話はうまくまとまったみたい。ちゃっかり紹介料をとる計算まで始めている。う、うん。兄弟とはいえそこはビジネスだからね。無償ってわけにはいかないよね。
うずくまっていたサン君も徐々に回復したみたい。顔を上げて伯父さんとご主人のやり取りを見ている。わたしはサン君に声を掛けた。
「良かったですね、誤解が解けて。お客様の問題も解決しそうですし」
「……うん。でもまだ、アイスクリームの問題もあるよ。……あ、そうだ。伯父さんのところなら食器もスプーンも沢山あるし、魔道具だってうちより全然でかいのがあるんだっ! ちょっと聞いてみる!」
サン君は走って伯父さんにアイスクリームを作るための魔道具と食器とスプーンを貸してくれ! それもタダで! と、交渉? している。ご主人相手には一歩も譲らなかった伯父さんも、サン君が相手ではタジタジだ。ものの一分で、サン君の希望通りに交渉成立していた。さ、流石跡取り息子。見事に手の平を返して見せたな……
奥さんが補足してくれたが、伯父さんは独身で子どもがいないため、小さいころはサン君のことをとてもかわいがってくれたらしい。それはもう自分の子どものように。サン君にお礼を言われて、おじさんも嬉しそうだ。いやーよかった、よかった。これで宿の問題は解決したよね?
あとは……子ども達の身の振り方を考えないとね。