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緊急会議

 その日の営業が終わった後、緊急会議が開かれた。議題は「これからの営業方針について」だ。わたし達は食堂のテーブルに座り、サン君の話に耳を傾けた。


「えーまずはみんな、一日お疲れさまでした。みんなのおかげで昨日に引き続き、今日も満室です。……ただ、お姉さん達の財布も見つかったことだし、明日からの営業をどうするか考えないとね」


 わたしはピッと挙手をして発言する。


「今はアイスクリームの珍しさと、猫耳メイドのかわいさが受けているだけです。大事なのはここからです。いかにリピーターを作れるかが重要になってきます。この宿本来の魅力はやはり、おいしい食事と露天風呂にあると思いますので、そちらに重点をおいて集客を……」

「うーん、だがウチは三人でやってる小さな宿だからな……あまりお客様が増えても対応しきれない。部屋数も少ないし……今日だって泊りのお客様を何人かお断りしたんだ。幸い周りにも宿屋は何軒かあるから、すぐに部屋はとれたみたいだけどね……」

「そうねえ、部屋数が足りないのはどうしようもないわよねえ。せっかくウチを選んでいただいたのに申し訳ないわ……」


 ……な、なんという事でしょう。わたしはお客さんが増えれば増えるほどいいと思っていたが、ご主人と奥さんはいらっしゃったお客様をお断りをすることに申し訳なさを感じているらしい。予約の取れない宿とか、箔がついていいんじゃない? とか思ってたわたし! バカっ! 先にご主人達の意見をよく確認するべきでした! 良かれと思ってすでにバンバン宣伝してしまった後だ! 今更コンスタンスに十名のお客様だけを呼び込むことってできる? 無理だよねっ! この二日間でくろねこ亭は以前の悪評もどこへやら、一気に人気宿へと変わってしまった。


 アイスクリーム目当てのお客さんも日に日に増えているし、口コミでランチも行列ができている。あまりの人の多さに今日は整理券を配り、限定六十食に制限したくらいだ。お風呂も日中は宿泊客以外の女性のお客様に開放しているが、旅人以外にも自宅に風呂がないトリニアの町の人が来てくれている。正直、とても忙しい。


「アイスクリームの仕込みも、今は僕がやってるからすぐに用意できるけど、いつもはどうやって作ってたの?」

「あぁ、じいちゃんが遺してくれた魔道具があるんだ。じいちゃんは金持ちの珍しいもの好きでさ、いろんな魔道具を集めてたから、その中から営業に使えそうなものを遺産としてもらったんだよ。厨房にあるんだけど……ここからじゃちょっと見えないかな? 風呂もお兄さんが手伝ってくれる前は、魔石で沸かしてたんだよ。……どっちも結構金がかかるんだけどね」


 わたしはサン君が指さした方に行ってみる。そこにあったのは、まんま冷蔵庫っぽい金属の箱だった。表面に埋め込まれた魔石の力で、中に入れたものを冷やすことができるらしい。定期的に町の魔導士に魔力を補充してもらってるんだとか。……でもそこまで大きくはないな……今は百個、二百個単位でつくっているが、この大きさでは一度につくれるのは精々三十個といったところだろう。あ、カップとスプーンの発注もしなくちゃ……


 こ、これはまずいんじゃないだろうか。珍しくわたしが役に立てそうな感じだったので張り切ってみたものの、結果だけみればかなり迷惑だったかもしれない。せっかく足を運んでいただいたのに、いつもいつも満室ではお客様の不満も溜まるだろう。


「とりあえず、俺たちはもう少しこの町に残ることにするよ。ご主人にはいろいろお世話になったしな。な、みんな」


 ルークスの提案にわたし達は頷く。そこまで急ぐ旅ではないし、なによりこの状況を作りだしたわたしには責任がある。


「すまない、助かるよ。その間のお代は結構だから、お願いできるかな。うーん、君たちがいてくれる間にいい案を考えないとなあ……やっぱり人を雇わないと難しいか」


 それから色々と話し合ってはみたものの、劇的な解決案は出ないまま会議は終了した。わたし達が泊まっている部屋はすでに定員オーバーなので、子ども達はご主人達の部屋で一緒に寝かせてもらうことになった。あ、子ども達の身の振り方も考えなきゃ……。問題山積だ。少し頭を冷やして考える為、わたしは一人、夜の町に散歩にでた。




 ネット予約とかができればなー、事前に満室かどうかの確認がとれるけど、現状ではその日の宿を求めてこられるわけだからなー。うーん、いっそのこと増築しちゃう? いやいや、現実的じゃないな。借金もあるって言ってたし……


 腕を組みながら歩いている間に、いつの間にかしろねこ亭の前まで来ていた。改めて見ると、しろねこ亭はでかい。部屋数も、くろねこ亭の十倍はあるだろう。あ、そうだ。サーヴァに渡した金貨を消しておかないとね。偽造通貨を使われたお店の人がかわいそうだ。


 わたしは目を瞑り、意識を集中して金貨百枚を消した。この能力便利なんだけど、創りだしたものを把握しとかないといけないから、一度にあんまり沢山の種類は創れないんだよね。偽物アイテムバッグはもうしばらく残しておこうかな。次の町で使おうと思っても中身は空だからね! いい気味だ!


 わたしが黒い笑いを浮かべながら歩いていると、恰幅のいいオレンジ頭のおじさんがしろねこ亭から出てきた。んーなんか、どこかで見たような顔だな……。サン君? いや、どちらかというとご主人に似てるな……。あぁ! この人がうわさの伯父さんか! みんなしてそっくりだよ! 遺伝子つよっ!


 伯父さんは一人でどこかに歩いていく。わたしはなんとなく後をつけてみた。飲みにでもいくのかな? と思ったが、伯父さんはどこの店にも入らずひたすら歩いている。あれ? この方向ってもしかして……




 案の定、伯父さんはくろねこ亭の前で足を止め、腕を組んで灯りのついた窓をじっと見つめていた。……え、なになに? もしかして、客を取られた腹いせに殴り込みとか? どうしよう……声かけた方がいいのかな?


「あの……くろねこ亭になにか御用ですか?」

「ん? なんだあんた? この宿の従業員か?」


 厳密にいえば従業員ではないのだが、似たようなものだろう。わたしは頷いておく。


「失礼ですが、しろねこ亭のご主人ですよね? サン君から話は聞いています。もしかして、その……な、殴り込みにいらっしゃったんですか?」

「はあ? 何を言っとるんだあんたは? 儂はただ、宿の様子を見に来ただけだ! ……最近繁盛しとるらしいからな」

「ま、まさかまた根も葉もない噂を流して、評判を落とそうと企んでいるんですか!?」

「……本当に何を言っとるんだ。この宿は儂の弟が営んどる店だぞ。そんなこと、するはずがないだろう」


 ……おやぁ? 聞いてた話と違うぞ? わたしはサン君が話していた、くろねこ亭の悪い評判を口にしてみる。


「ぼったくりとか……」

「ぼったくり!? ……いや、くろねこ亭は高級宿だから、うちと違ってそれなりの金額を取られるぞ。とは話したが……」


「料理の味が分からないやつは馬鹿にされるとか……」

「あ、いや……あいつの作る料理は珍しいものが多いからな。新しいものを頭ごなしに否定する頭の固い連中に、あの味がわからないのか? とは言ったことがあるような……」


「妙なものを食わされて、腹をこわすとか……」

「あぁ、それはあれだ。あのアイスクリームとかいうやつだ。あれを食うと腹が冷えるだろう? おいしいからと言って食べ過ぎると客が腹をこわすもしれんからな。そうなって変なものを食わされたと店に文句を言われても困るだろう? だから食いすぎるなよ、と釘をさしたことはある……」


 どうやら伯父さんは、自分なりにくろねこ亭をアピールしてくれていたらしい。……それが違ったベクトルで伝わっちゃったんだろうね。もう少し優しい物言いだったら良かったのにね……悪い人じゃないんだろうけど。


「あ、でもでも! しろねこ亭に評判の悪い客とか泊めてたでしょう? あの子ども連れの! それはどう説明するんですか?」

「あぁ、あの顔に入れ墨の入ったでかい客のことか。……どんな客でも、お客様はお客様だろう。他の宿に断られたのなら、ウチに泊めるしかないだろう? 困ったときはお互い様だ。流石に盗みの擁護まではできんが、小さな子どもを連れてたからな。追い出すわけにもいかんかった」


 ……あれー? 伯父さん……悪い人じゃないどころか、良い人じゃない? 思ってたのと違う。伯父さんは時々、くろねこ亭の様子をこっそり見に来てたんだって。そんなの堂々と見に来ればいいじゃない! と言うと、自分はサン君に嫌われてるから……と、ちょっと悲しそうだった。うーん、かなり誤解があるみたいだから、はやく解消した方がいいよね。


「伯父さん! ちょっとここで待っててください! すぐ戻りますから!」


 わたしは伯父さんをその辺に座らせ、急いでくろねこ亭の中に入って行った。


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