わたしのゲーム美学
朔夜のアカウントには次々とコメントがついた。大半は好意的なものだったが、フォロワーが増えるにつれてアンチも増えてきている。
ちなみにプロフィールはこんなかんじだ。
「朔夜です。桜の神様やってます。みんな、信仰よろしく」
事実だけを簡潔に述べてみた。うん、嘘は言っていない。
だが、コメントから察するに、神様ではなく、美青年コスプレイヤーだと思われているようだ。
「その衣装は手作りですか?」とか「撮影会があれば行きます!」とか「かっこいい! もはやあなたの信者です!」とかね。
朔夜の方も力が溜まってきたのか、髪も肌も艶が増し、機嫌が良さそうだ。なんだか仄かに光っている気もする。
「どうですか? 力は順調に集まってますか?」
「うむ、すでにかなりの力を蓄えることができた。”いんたーねっと”というのは凄いものだな」
「そうですね、でも人気が上がるにつれて否定的なコメントも増えてきたみたいで、少し困っています」
今のところ、コメントに対する返信もブロックも一切行っていない。数が多くて返しきれないというのも理由の一つではあるが、不用意な発言による炎上を防ぐためでもある。
「どういったものだ?」
私は朔夜にいくつかの否定的コメントを見せてみた。字を読むというよりは、そこに込められた意思を読み取ることができるらしい。わたしとの会話が現代語で成り立っているのも、そういった力によるものだ。試しに中学生英語で話しかけてみたが、普通に英語で返されてびびった。
アンチコメントを一部紹介すると「ピンク長髪とか気持ち悪い! いい大人がなにやってるんだ?」とか「神様を名乗るとか烏滸がましいにもほどがある」とか「どうせ整形か画像処理だろ」とかである。まだまだあるが、読んでいくうちにわたしの心が折れそうだ。自分に向けられたものでなくても、あからさまな悪意には純粋に恐怖を感じる。
ちょっぴり気分が沈んだわたしと違って、朔夜は大して気にしていないようだった。
「ふむ、別に構わぬ。悪意であろうが、私に向けられた力には変わりない。好意と同じように力を吸収できるし、選り好みはせぬ」
あ、そうなんだ。本人が平気ならわたしもちょっと気持ちが軽くなった。こういった方法で信仰を集めると決めたのはわたしなので、少なからず責任を感じていた。
「それに私が一番恐れるのは、関心を向けられないことだ。人々から忘れ去られてしまえば、私は存在できなくなってしまうからな……」
前から思っていたが、朔夜は「生きる」ということに対してとても意欲的だ。桜と人間の本能としての違いだろうか。
「力も溜まってきたことだ。そろそろ其方の願いを叶えてやろう」
──そうだ。わたしの目的はこれからだ。吹き出物治してもらったりはノーカウントですよね。気を引き締めて、かねてよりの願いを口にする。
「わたしの願いは、推しの命を守る事です!」
拳を掲げ、声高らかに望みを宣言する。だがこれだけ大きな声で伝えたにも関わらず、朔夜はまるで何も聞こえていなかったように無表情であった。なぜだ。
「……それでは何をすれば良いのかまるで分からぬ。もっと具体的に説明しなさい」
なんと、相手の意思を読み取るという能力を有した神であっても、先ほどの言葉の意を汲むことはできなかったというのか……! よしわかった。わたしの推しへの愛を余すことなく伝えきってやる!!
わたしは走ってゲーム機を取りに行き、画面を見せながら説明を始めた。
「ほら! この子が私の推しのカイン君です!! かわいいでしょう? かっこいいでしょう? 素敵でしょう? 抱きしめたいでしょう!? これだけ完璧な存在でありながら、カイン君は若くして死んでしまうのです! その命を救いたいのです!! そしてできるなら幸せに暮らしてほしいのです!」
鼻息の粗いわたしに、朔夜は若干のけぞりながらも話を聞いてくれた。
「これはなんだ? これも光る板と同じ様なものか?」
朔夜はまず、ゲーム機についての説明を求めてきた。
「これにも通信機能はついていますが、これはゲームといいます。物語のなかの人物に自分を投影することによって、あたかも違う世界を旅しているような感覚を味わうことのできる、素晴らしいツールなのです」
「あぁ、物語か。いつの時代も物語の人物に恋い焦がれる女性というのはいるものなのだな」
しみじみとした表情で朔夜は語る。過去にそんな知り合いでもいたのだろうか。
「だが、物語は人の手によって作られたものであろう? 結末が気に入らぬなら、私の力を使わずとも自らの望む通りに書き換えれば良いだけではないか」
──はぁ、分かってない。分かってないよ、この神様。
わたしは深く深く息を吐きながら、ゆっくりと首を左右に振った。
「……いいですか神様? わたしは! プログラム改竄をっ! 断っ固として! 認めない!! それは素晴らしいゲームを作ってくださったゲームクリエイターさんに対する裏切りっ!! ……裏技はまだ良い。あえて目こぼしをされている物もあれば、決められた枠組みのなかでいかに効率的に楽しむかを模索した先人たちの軌跡であるからだ。オリジナル裏技を発見したときのあの感動……フッ……わたしにも覚えがある……。だが、チートは……チーターはだめだっ! わたしの美学に反するっ!!」
朔夜はドン引きという言葉をまさに体現したような面持で、そっとわたしから距離を取った。
「わ、わかった。それで其方は一体どうしたいのだ」
「わたし自らがゲームの世界に入り、カイン君死亡の固定イベントをぶっ潰したいのです!!」
「……其方、先ほど改竄は美学に反すると……」
「あ、神様の力っていう人知を超えた不思議枠のなかではオッケーです。忌避感まったくないです。っていうか、わたしがゲームの中で死亡したりしないように、適当にチート機能もつけてください」
朔夜は頭を押さえてため息をついた。
「……美学とは一体……」
なにやら呟いているような気もするが、聞こえない。
「わたしは自分の手で、自分の満足がいくようにカイン君の命を救いたいっ! ……これは漫画の描けないわたしの、わたしによる、わたしの為の壮大な同人活動なのです!」
うん、自己満足って大事ですよね?