生まれ変わったくろねこ亭
「いらっしゃいませー、くろねこ亭でーす! どうぞご利用くださーい!」
道行く人が皆、エステラの姿に目を奪われている。二度見、三度見は当たり前。そして足を止めた時には、既に心まで奪われているのだ……! 屈強な冒険者達や、ぽっこりお腹のいかにもな商人が、視線をエステラに固定したまま、宿の受付に向かって行った。……お足元にお気を付けください。
あ、わたしも一応みんなに合わせてメイド服を着用してみました。もちろん、スカートはロングです。流石に猫耳はつけていませんけどね。……あれには年齢制限があるのです。悲しいかな、わたしの猫耳には需要がないのです……ははは。
ルークスの呼び込みで、女戦士のお姉さま二人組もチェックインしてくれた。美しいお二人には早速、くろねこ亭自慢の露天風呂を勧めておく。ルークスはお姉さまに、顎を指で撫でられながら「背中を流してほしいと」誘われ、真っ赤になって焦っている。……後ろではこれまた真っ赤になったエステラが、頬を膨らませてジェラっていた。いや、可愛いなおい。
さて、まだ午前中ではありますが、わたし達が使わせてもらう一部屋をのぞく、すべてが満室になりました! 猫耳の集客力、侮るなかれ……! 本日の呼び込みは終了だ! ルークスは風呂の湯加減を調整しに、エステラは若干怒った様子で厨房の手伝いに行った。わたしはアイスクリーム担当のカイン君のところへ向かう。
「いらっしゃいませ、アイスクリームはいかがですか? 冷たくておいしいですよ」
この町の人にとっては、アイスクリームという単語自体聞き覚えのないものらしく、カイン君は「それは一体何なのか?」とマダムの質問攻めに遭っていた。カイン君はきらきらとした笑顔でにこやかに対応しているが、これはまずい! わたしはすぐさま販売用のアイスクリームを、試食としてワンスプーンずつ配っていった。
評判は上々。冷たさと口どけに驚いたマダムは、いつの間にか増えていたお友達と一緒に、こぞってアイスクリームを購入してくれた。可愛らしい小さな女の子のお客様もいらっしゃった。カイン君が試食用のスプーンを渡すと、目を輝かせて「おいしい!」と飛び跳ねている。かわいい。その様子をみたお母さんがアイスクリームを一つ買ってくれ、ベンチに座って女の子と半分こしている。大好きな人と、おいしいものをシェアして食べる。いいですなぁ。
徐々に人も集まりはじめてきた。わたしは昨日の内に窓に取り付けたカウンターから、アイスのカップを受け取ってはお客さんに配っていった。ワンコインにしたのは正解だ。アイスが溶けてしまわないように、なるべく早く会計を済ませないといけない。ちょうど十時のおやつタイムということもあって、アイスクリームは飛ぶように売れた。これはランチのデザート分を仕込み直さないといけないかも……。
ようやくお客さんも落ち着いてきたので、わたしはカイン君に「疲れたでしょう?」と声を掛けた。カイン君はこういった経験は初めてらしいが、案外楽しかったようで機嫌が良い。「午後も頑張る!」とやる気をみせてくれた。
ふと、通りに目をやると、少し離れたところで青髪の男の子がこちらを見ている。お世辞にも綺麗とは言えない身なりで、遠目で見てもわかるぐらいにやせ細っていた。……アイスクリームがほしいのだろうか。まだ少し残っている分があるので、試食として配る分には問題ない。わたしがスプーンを用意しようとすると、すくみ上るような怒号が響いた。
「何をしているっ! さっさと来いっ!!」
声の主はスキンヘッドの大男で、男の子は慌てて大男の後を追って、走って行った。追いついたところで、頭を拳骨で殴られている。……まだ十歳ぐらいだろうに。大男は男の子の他にも三人の子どもを連れていて、どの子も同じような格好をして、痩せていた。
「親子……にしては似てないですね」
「……多分、孤児を引き取ってるんじゃないかな。みんな髪の色が違うし、目が怯えてる……」
カイン君の話によると、この国に奴隷制度はなく禁止されてはいるが、養子縁組という形で孤児を引き取り、奴隷同然に扱っている者もいるらしい。カイン君のいた孤児院でも、似たような目的で孤児を引き取ろうとする輩が来るたびに、シスターが箒をもって追い返していたんだそうな。
さっきのアイスを買ってもらっていた女の子と、大男に連れられていた子ども達。わたしはその境遇の差に愕然とした。あの子達の為にできることって、何かあるだろうか……アイスクリームを渡せたらそれで幸せ? 本当に? あの大男の元から逃がしてあげたら良かった? その後は?
わたしはもやもやとした気分で、アイスクリームの追加分を仕込むため、カイン君と一緒にくろねこ亭の中へ戻って行った。