ここで働かせてくださいっ!
次の日の朝、わたし達は用意された朝食に舌鼓を打った。サクサクのクロワッサンにふわふわのスクランブルエッグ。パリッと焼かれたソーセージ、新鮮な野菜サラダ……。紅茶もおいしい。まさにパーフェクト!
ルークスとエステラもちょっと元気が出てきたみたい……良かった。やっぱりご飯は元気の源だね。
さあ、そろそろ旅立ちたいところではあるが……わたしは後片付けにきた男の子にこっそりと話しかける。
「すみません、ここのお代って……おいくらですか?」
「えーと、夕食が二人分一万Gと朝食が四人分四千G、宿泊が四人分二万Gで……合計三万四千Gだよっ!」
……恐れていたことが起こってしまった。お金が全然足りない! 優雅に紅茶飲んでる場合じゃないわ!
「……申し訳ないのですが、宿泊費の事でご相談がございまして……ご両親は今どちらにいらっしゃいますか?」
わたし達は宿屋のご主人と奥さんに事情を説明して、有り金を全部差し出した。それでも一万G以上足りない。ご主人と奥さんは難しい顔になった。
「うーん、困ったなあ……財布を落とされたのはお気の毒だけど、お金を払ってもらわないとウチも生活が出来ないし……」
「本当に申し訳ございません。……あの、もしご迷惑でなければ、代金の不足分こちらで働かせてもらうことはできないでしょうか?」
わたしの申し出に、夫婦は顔を見合わせる。なにやら小声で相談をして、旦那さんの方が口を開いた。
「……そうだな。じゃあ、そうしてもらおうかな。遠慮せずに仕事を振るからね。覚悟してもらうよ!」
ニカッと息子さんそっくりの笑顔を見せてくれるご主人。わたし達以外のお客さんもいないので、断られるかと思っていたが……いい人達だな。よし! せめて金額分は働かなくては! わたし達は気合を入れて作戦会議に入った。
「差し出がましいようですが、わたくしこちらの宿の収支について少々お伺いしたいことがございます。まず食事についてですが……かなり良い素材を使ってらっしゃるのでは? それに対しての金額設定がやや安いように思います」
「お、お姉さんわかってるねえ。そうなんだよ、ほぼ儲けなしで提供してるんだが、それでもまだこの辺じゃ高いみたいでね……悪い評判も流されて、なかなかお客さんがつかないんだよ。……料理の質は絶対に落としたくないし、本当に困ってるんだ。一度食べてさえもらえれば、決して高くないって分かってくれると思うんだけどなあ……」
わたしは相槌を打ちながら、創造で創りだしたメモ帳に情報をまとめていく。なるほど……しかし悪い評判というのが気になるな。あとで詳しく聞いてみよう。
「次にお風呂についてですが、料金は取っていないのですか? あれだけのお湯を沸かすとなると、薪もたくさん必要でしょう? 庭もよく手入れされていましたし、別料金をとっても良いのではないでしょうか」
「うーん、風呂は完全にサービスだから別料金をとるなんて考えてなかったなあ。……庭も女房が趣味で育ててた庭をそのまま使ってるだけだし……そりゃ売り上げが上がるのはうれしいけどね……」
あれだけ見事な庭だ。奥さん一人で手入れするのは骨が折れるだろう。宿の仕事もあるだろうし、これはお客さんが増えたら増えたで大変そうだな……小さな宿ではあるが、食堂はマックス三十人、宿は十人といったところか。
「最後に、今はご家族三人で宿を切り盛りされているのですか? 失礼ですが人を雇うことはお考えではないのでしょうか?」
「なるべく宿泊費をおさえたいからね。よけいな人件費はかけたくないんだ。今のままでもなんとか回ってるし、息子も手伝ってくれるからね」
あぁ、身内の労働力はタダって考え方か……。危険だな……一人が倒れたら共倒れってパターンだ。
「ユ、ユーリ? どうしたの? なんだか雰囲気が……」
エステラが怪訝そうな表情を浮かべている。ん? なんかおかしいかな? そうだ、みんなにも手伝ってもらわなければ。
「えー、とりあえずの方向としてルークスはお湯を沸かす係、カイン君はアイスクリームを冷やす係、エステラは厨房のお手伝い、それで空いた時間はお客さんの呼び込みをやってもらおうと思います」
三人が気合の入った顔で頷いてくれる。よし、次はご主人だ!
「ご主人、宿代も払えないわたし達が意見できる立場ではないことは重々承知の上で、あえて言わせていただきます。この宿には大々的な改革が必要です!」
奥さんは少々戸惑った表情を見せたが、ご主人は宿をより良くするための意見なら積極的に取り入れたいと言って協力してくれることになった。まさかこんなところで、大学で学んだ知識が役立とうとは……! 新人のわたしに一ヶ月でノウハウを仕込んでくれたブラック上司にも、ほんの少しだけ感謝だ。
「まずこの宿の素晴らしさを少しでも多くの人に知ってもらうために、宿とは切り離して昼間は食事処としての営業も始めたいと思います。ランチメニューは日替わりで一種類のみ。価格は八百Gから千G程度に抑え、その分少し量を減らしてください」
「量を減らす?……だが、それではお客さんが満足しないんじゃないか?」
「ええ、少し食べたりないぐらいの量で提供します。そして別料金のデザートとして、アイスクリームを売り出します。これはこの宿の目玉です。なるべく多くの人に食べてもらいたいので、価格は百Gから二百Gの間にしましょう。子どものお小遣いでもギリギリ買える価格設定が理想です」
その後メニューについて旦那さんと話し合い、会計のしやすさを考慮してランチは千G、アイスクリームは百Gに決定した。どちらも銀貨一枚と銅貨一枚のワンコインだ。
アイスクリームに儲けはほとんどないが、集客力を上げるための起爆剤になってくれるだろう。カイン君のブリザードで一気に冷やせば大量生産も可能になる。あとでアイスクリームカップと木製スプーンを大量に創らなければ……! わたしが創ればゴミも出ないので、とりあえずここで働く間はわたしが用意して、経営が軌道に乗りそうであればちゃんとしたものを仕入れてもらうことにしよう。そのころには価格をもうすこし上乗せしてもいいかもしれない。一度アイスクリームの味を覚えてしまった舌は、少々価格が上がったとしても購入してくれるはず……ふふふ。
「次にお風呂は女性専用として回転率を上げます。あの広さなら一度に十名は入ることができるでしょう。洗い場の椅子の数を少し増やした方が良いかもしれませんね……あと石鹸のほかに髪につけるオイルを常備すると喜ばれると思います。あぁ、庭のバラの花びらを浴槽に浮かべてみるのはどうでしょう? 香りもいいですし、目にも鮮やかです」
旦那さんが男性のお客様も無視できないというので、時間帯によって入る性別を分ける案や、貸し切りにしてそれなりの料金をいただくという案も伝えておいた。でもまずは女性客の心をつかむところから始めたい。お湯はルークスのファイヤボールで沸かしてもらって、時間と燃料の節約をしよう。
「あとは呼び込みですね。ターゲット層は金銭的に余裕のありそうな上級冒険者や商人などがいいでしょう。女性連れであれば、なお良いです。普段からおいしいものを食べなれている人ならこの宿の食事の価格と味に驚くでしょうし、そういった人が多く出入りすれば宿に対する印象も良くなると思います。ちょうどうちのパーティーにはキレイどころが三人もいますし……立っているだけで目を引くと思いますよ。あぁ、立っているだけでもいいのですが……そうですね、特別に秘密兵器も用意しましょう」
「ひ、秘密兵器?」
旦那さんが不穏なワードにひきつった表情を浮かべる。いやいや、そんな怪しいもんじゃないですよ。
くくく……この世界の人々に、日本伝統の萌えというものを教えてやるっ!
その日のうちに明日の営業に必要なものを仕入れ、店内をちょこっと改造した。ありがたいことにおいしい賄いとお風呂までいただいて、わたし達のやる気は更に上がったのであった。
秘密兵器はアレです。くろねこ亭ですしね。