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姉さん、事件です。

 わたしとカイン君が話していると、部屋の扉がノックされた。どうやらお風呂の準備ができたらしい。せっかくなので、わたしはお風呂をいただいてから休むことにした。カイン君は町にルークスとエステラを探しに行くという。わたしはお風呂まで案内してもらう途中で、男の子に話しかけてみる。


「君はここの息子さんですか? しっかりしてて偉いですね」

「うん、一人っ子の跡取り息子だからね。今から勉強することでいっぱいだよ! 俺も父さんみたいにうまい料理がつくれるようになりたいし、母さんの負担を少しでも減らしたいんだ」


 おおー。ほんとうにしっかりしている。……わたしが十二歳ぐらいの時ってなにしてたかな? 学校行って帰ってゲームして終わりだったような気がする……。まあ、成人した今でも学校が会社になっただけで、あまり変わっていないような気もするが……。


「うちはまだ建てたばかりであまりお客さんがついていないけど、サービスだけならどこにも負けないっ! しろねこ亭にだってね! お姉さんも近くに来たときは、またうちに泊まっておくれよ!」

「はい、絶対に」


 小さい子が頑張ってるのって見ててほほえましいなあ。わたしはにこにこしながら階段を降りて行った。お風呂は一階の奥にあるようだ。木製の扉を開けると小さな脱衣場があり、真新しい木の匂いがした。



「ここが風呂だよ。石鹸はこれを使ってね。タオルはここだよ。じゃ、ごゆっくり!」


 くろねこ亭のお風呂は西洋風露天風呂だった。半分だけ屋根がついているので、庭と空は見えるのだが、雨が降っても風呂を楽しめる造りになっている。周りは背の高い生垣で囲まれていて、色とりどりの花がたくさん咲き誇っていた。もともとはローズガーデンだったのかもしれない。庭の中央にあるバラのアーチが見事だ。お城のお風呂も良かったけど、これはこれで素晴らしい。


 わたしは服を消して桶でお湯を体に掛ける。うん、お湯加減もちょうどいい! 石鹸で髪と体を洗い、泡を流した後、湯船にゆっくり体を沈めた。木製の浴槽はヒノキではないだろうが、良い匂いがする。あー極楽極楽。心なしか体力も回復したような気がする。


 わたしはわずかに聞こえる町の喧噪に耳を傾ける。店の呼び込みの声、荷馬車が通り過ぎる音、グリフォンの鳴き声、何かをカンカンと叩く音、ルークスの叫び声、複数のバタバタとした足音……。騒がしい町中とは違い、わたしには今、ゆったりとした時間が流れている。はあ、幸せ。わたしは久しぶりのお風呂を十分に堪能したのであった。




「あ、お姉さんお湯加減どうだった?」


 男の子がシーツを運びながら話しかけてきた。この宿は親子三人で切り盛りしているのだろうか。わたし達以外に客がいないとはいえ、忙しそうだなあ。


「ちょうど良かったですよ。ありがとうございます」

「喜んでもらえて良かった。このシーツを交換したらお連れ様の部屋の準備も完了だよ! 風呂にも是非入ってもらってね!」


 わたしは男の子に再びお礼を言って部屋へと戻る。まだカイン君は戻っていないらしい。少々遅いような気もする。わたしもゆっくりと風呂に入っていたので、それなりの時間がたったと思うのだが……。まあ、まだ夕方なので、どこか店でも見ているのかもしれない。わたしは心配しながらも体力を全快させるべくベッドに横になる事にした。





 ────ユーリ、起きて! ユーリ!


 うーんまだ眠い。……もう朝なのかな?……だめだ、睡魔が……


「ユーリ、起きて! ルークスが大変なんだ!」


 え? 誰が大変なの? ルークス? ……あぁ、そういえばさっき叫び声が聞こえていたような……


「ルークスが捕まっちゃったんだよ!」


 ……はい? わたしは今度こそ完全に覚醒した。むくりと上体を起こすと、焦った様子のカイン君が目に入る。窓の外には星がでている。どうやらまだ夜のようだ。


「ルークスがどうしたんですか?」

「詳しくは歩きながら話すから、一緒に来て!」


 わたしはカイン君と一緒に急いで部屋をでる。一階に降りると男の子が洗濯ものをたたんでいた。


「あれ? 今から外出するの? 一応カギは開けておくけど、戻ったら声を掛けてくれるかい? 俺もあと少ししたら休もうと思うから」


 わたし達は頷き、急いで通りへと向かった。カイン君が早歩きしながら事の顛末を説明してくれる。


「僕がルークス達を探しにいったら、店の前で人だかりができてたんだ。覗いてみたら、ルークスがお店の人に捕まってたんだよ。……無銭飲食で」


 えぇぇぇっ! 勇者、無銭飲食で捕まる! ……なんという事でしょう。でも、王様からもらったお金もまだあったはずだし、食事代ぐらい持ってるよね? どういう事だろう?


「蛇の皮と肉を買い取ってもらう時には持ってたみたいなんだけど、そこに置き忘れちゃったみたいなんだ……アイテムバッグ。で、気が付かずに店に入って食事をして、そのまま……」


 お、おう。蛇の代金をもらってそのまま忘れたって事? 手ぶらで店を出たの? 一体その店に何をしに行ったの?


 ……まあうっかりミスは誰にでもあるよね。食事代はいくらぐらいなんだろう? わたしもこの前もらったお小遣いの残りがあるが、それも九千五百Gしかない。宿屋の宿泊費も払わなければならないことを考えると、少々心もとない。カイン君はエルグランスでもらった金貨一枚をそのまま持っているようだが、二人合わせても二万Gにもならない。


「今、エステラが探してくれてるんだけど、もう置き忘れた店にはなかったみたいで……お店の人もみてないって……」


 ……あのアイテムバッグの中には百万G近いお金と、泉の水、それにネクタルが入っていた。もし誰かの手に渡っているなら、その人物は飛び上がって喜んだことだろう。お金はこの際諦めがつくとして、ネクタルだけでも回収したい。価値が分からない人が手にしていれば良いのだが……。



 しばらく歩いて、ルークスが捕まっているという店の前についた。まだ営業中らしく店には明かりがともり、中はお客さんでごった返していた。わたし達は店員さんに声を掛け、奥へと通してもらう。


「まったく……困るんだよ……さんざん飲み食いした挙句、金がないっていうんだから……」

「……申し訳ございませんでした」


 わたしは深々と頭を下げる。会社で普段から謝りなれていることもあって、お辞儀の角度と謝罪の文句は完璧だ。わたしの口から出てくる流れるような謝罪にお店の人は一瞬たじろぎ「もういいから会計を済ませてとっとと出て行ってほしい!」と許してくれた。お会計は二人分で三千二百Gだった。……思ったよりも高いな。わたしが支払いを済ませていると、疲れた様子のエステラが戻ってきた。……残念ながらアイテムバッグは見つからなかったらしい。


 わたし達はとぼとぼと宿までの道のりを歩く。ルークスは肩を落とし、いつもの元気さは見る影もない。エステラも心配そうだ。


「みんな、すまない……迷惑をかけて……」

「……しょうがないよ、お金はかせげばいいし、アイテムもまたとりに行けばいいよ」

「そうですよ、元気出してください! ルークスらしくないですよ。さぁ、今夜はもう遅いので宿でゆっくり休みましょう。あ、ちょっと事情があって泊まる宿が変わったんですよ」


 わたしはくろねこ亭の説明をする。料理がとってもおいしいという話を聞くと、ルークスがちょっとだけ笑ってくれた。





「おかえりなさいお客さん。あ、お連れ様も一緒だね。食事は済ませた? お風呂に入るならすぐに沸かすからね」


 男の子がわたし達の帰りを待っていてくれた。夜も更けてきたので、今晩はこのまま休むことにして二階へと上がる。ルークスとカイン君と別れ、わたしはエステラと部屋に入った。


「エステラもお疲れさまでしたね」

「ごめんなさいねユーリ……確かに買取の時にはあったはずなんだけど……はぁ、どこにいっちゃったのかしら」


 エステラは、ルークスが蛇の代金を腰につけたアイテムバッグにしまうところまでは確認したらしい。そのあとは食事をするまで、お金を使う事はなかったそうだ。え……それって、置き忘れたっていうよりは……


「……もしかして、盗まれたんじゃないですか……?」

「まぁ、……ユーリ、人を疑うのは良くないわ。きっとわたし達がどこかに置き忘れたか、落としてしまったのよ……」


 エステラは切切と、人を信じるということについて語り始める。きらきらとした穢れのない瞳で見つめられると、わたしの方が間違っているような気がしてきた。……さもしい女ですみません。全面的にわたしが悪かったので、今日のところは寝させてください……!


 小一時間ほどお説教を聞いて、エステラが満足したところでようやく眠りにつくことが出来た。


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