魔獣の泉
「うわっ! なんだこの蛇っ!!」
食料調達から戻ってきたルークスがのけぞって驚く。驚くのも無理はない。今ではすっかりくっついてしまっているが、この大蛇の体長はえーと……十メートル! 十メートルはあるっ! とぐろの直径が約三メートル! それが三段重ねだから多分そう!
気持ち悪がっているルークスとは違い、エステラの第一声は「捌き甲斐がありそう」である。女の子は強い。カイン君は一人残ったわたしが魔物に襲われたことに、またもや責任を感じているようで、わたしとの間でごめん合戦を開始した。カイン君が責任感じることなんか本当にないんだよっ! わたしの方こそ勝手に襲われてすみませんっ!!
「さあ、そろそろいいぞー!」
ルークスは伝説の聖剣を熱伝導率の良い焼肉プレートとして使用し、満面の笑みで蛇肉を焼いている。先ほどまでわたしと一緒になって気味悪がっていたくせに、肉として認識してからはその態度をころりと変えた裏切り者だ。わたしは蛇肉を食べることは断固拒否したので、離れてみんなの様子をうかがっている。……絶対まずいんだからっ!!
ぱくりと蛇肉を口に含んだルークス。絶対おいしくない。すぐに吐き出す。だって蛇だよ? 魔物だよ? ルークスはもぐもぐと口を動かし、じっくりと味わっているようだ。かなり長い咀嚼の後、ようやく肉を飲み込み口を開いた。
「…………うまい」
その感想を聞いたエステラまでもが蛇肉に箸をのばす。いや実際にはフォークなんだけどさ。そんなことはどうでもよくて、とにかくエステラまでもが蛇をおいしいと言い始めた。歯ごたえの良い、鳥のササミのような味わいらしい。……まじか。
カイン君は? カイン君は食べないよね? と思っていたが、興味津々でぱくりと食べている。oh……まじか。いや、でもカイン君もおいしいって言ってるし、おいしいんだねきっと。わたしは魔物蛇肉の認識を改めた。だがしかし、だからといって、口にするつもりはない。いくら鑑定結果が「可食可能」だったとしても、いくら「おいしいから食べてみろ」と言われてもノーサンキューだ。じゃがいもと、ゆで玉子と、みんなが採って来てくれたリンゴもどきで充分である。
食べきれなかった分の肉と剥いだ蛇皮は街で換金するらしい。ルークスがすべてアイテムバッグにしまった。……ダイレクトにね。いくら血抜きをしてあるといっても、せめて袋とかに入れた方が良いのではなかろうか……。わたしの物をあのバッグに入れるのは遠慮しておこう。
腹ごしらえも済んだので、わたし達は再び泉に向かって歩き出す。泉に近づくにつれ、植物は一層力強くなっていく。獣道を外れたすぐ横には、わたしの背丈ほどの草が生い茂っていた。……微かになにかの鳴き声が聞こえる。いよいよ泉が近いようだ。魔獣に見つからぬように、ここからは草に身を隠し、息をひそめながらゆっくりと進む。長い草をそっと指でかき分け覗くと、泉の周りでくつろぐ二頭のグリフォンが居た。
よしっ! グリフォンだ! かなりレア! わたしは声をださないようにして、小さくガッツポーズをした。一回でグリフォンに遭遇するとはかなり運がいい。グリフォンに気づかれずに首輪をはめるのは難しいのでおそらく戦闘にはなるが、わたしには新兵器トリモチがある。これさえ使えば、グリフォンを足止めすることは容易いはず。……唯一の問題はどうやってトリモチをグリフォンにくっつけるか、だ。やはりバズーカがほしいところではある。
悩んでいても仕方がない。わたしはみんなに小声でグリフォンの後ろに回り込むことを告げると、そうっと草の中を移動して泉の反対側へと向かった。
気づかれないように、そうっと、そうっと……抜き足、差し足、忍び足。わたしとグリフォンとの距離は、あと三メートルちょっと。……少しでも距離をかせぐため、わたしは杖の先にトリモチをくっつけ、必死で腕を伸ばして、グリフォンの羽に……トリモチを……
つけようとしたところで気付かれ、二頭とも空に飛びたたれてしまった。がっくり。
やはり遠くからカイン君のブリザードで動きを封じてもらった方が良かっただろうか? わたしはとぼとぼとみんなの元へ歩いていく。まあ良い。グリフォンには逃げられたが、しばらく草むらに潜んでいれば新たな魔獣がやってくるだろう。くよくよしてても仕方ないっ!
ん? ルークスが草むらから出てきて、なにか叫んでいる。
「ドラゴン! ドラゴン!」
……はぁ。グリフォンに逃げられたので、憧れのドラゴンを狙おうというのだろう。何度も言うように、ドラゴンは超絶激レア魔獣で、捕まえるどころかお目にかかる事すら……
『人の子よ……礼を言おう。よくぞ我らの同胞の種を、この地に持ち帰ってくれた』
ずしりとした重々しい声が、直接脳裏に響く。……わたしは恐る恐る後ろを振り返る。
そこにいたのは、赤黒い鱗で全身を覆われた、超絶激レア魔獣【ドラゴン】だった……