南の森
レナウ村を後にして三日後、わたし達は南の森にたどり着いた。森の入り口にはドラゴンを模した石像が対になって鎮座している。森の守り神として崇められているのだろう。
「あーやっぱりドラゴンかっこいいなぁ」
ルークスがドラゴンの石像に触りながら言葉を漏らす。……本音を言えばわたしだってドラゴンに乗りたい。だが、五十回以上のプレイ経験のあるわたしですら、ドラゴンにお目にかかったことはないのだ。ネットでの情報も遭遇したという話はちらほらでるが、証拠画像が上げられていなかったため、真偽のほどは定かではない。グリフォンでも問題なく移動できるため、妥協と言えば言葉は悪いが、わたしも妥協してグリフォンに乗っていた。……グリフォンもかわいいよ?
名残惜しそうにドラゴンの石像を見つめるルークスを、エステラが引っ張って森へ入っていった。わたしとカイン君も遅れないように後に続く。
森の中には巨大な獣道が出来ており、泉まで迷うことはない。陸上を行き交う魔獣も、空を自由に飛ぶ魔獣も、ここの泉で休息をとることを好んでいるようで、泉を訪れればいつも何かしらの魔獣がいる。おとなしい魔獣であれば、気づかれないように後ろに回り込み、首輪をつければいいのだが、気性が荒い魔獣はそうはいかない。逃げられないように気をつけながら、徐々に体力を削り、弱らせたところで首輪をつけるのだ。この時、殺してしまっては意味がないので、今回も最強武器の出番はないだろう。魔法とエステラの新しい弓でちまちま攻撃していくしかない。
森の奥に進むと、だんだんと周りに生えている植物のサイズが大きくなってきた。樹々は優に十メートルを超え、幹に巻き付いている蔓がわたしの腕よりも太い。上からひらひらと落ちてきた葉っぱも、わたしの顔の三倍はある。もはや森というよりジャングルっぽくなってきた。
もう少しで泉にたどり着くのだが、その前に腹ごしらえということで、わたし達は倒木に腰掛け火を起こした。レナウ村で購入したじゃがいもが本日の主食だ。タマゴもあるので一緒にゆでてしまおう。やはり四人分の食事となるとかなりの量が必要で、買いすぎだと思っていたじゃがいもは三日間でみるみる少なくなり、あと一食分しか残っていない。帰りの事を考えると、ここらで食料を調達しておきたい。
一番役に立ちそうにないわたしが火の番をすることになり、三人が食料調達に向かった。たまに鍋の中のじゃがいもとタマゴを棒切れで転がしながら、わたしは一人みんなの帰りを待っている。これまで同様、この森でも魔物は出てこなかった。他と比べるとこの森はレベルの高い敵がでるはずなのだが、それだけみんなが強いってことなんだろうな。
──そう、強いのはわたし以外の三人なのだ。三人が離れてしばらくすると、森の中から大蛇の魔物が現れた。大蛇は明らかに鍋のタマゴを狙っている! 熱いよっ! キミじゃ食べられないよっ! だから諦めてっ!
わたしの願いも虚しく、大蛇は鍋に向かってしゅるしゅると身をくねらしながら進んでいく。……熱いの平気な蛇なんですね。こうなったら仕方がない。わたしも留守番を任されたからには、何としてでもみんなのお昼ご飯を守らなければ! わたしは杖を持ち、鍋の前に立ちはだかる。
「これは食べちゃだめですっ!」
言葉が通じたかどうかは分からないが、大蛇はわたしを邪魔者認定したらしく、赤い舌をチロチロと出しながら大きく体を揺らして威嚇してきた。……爬虫類系気持ち悪い。
わたしはあいさつ代わりに、杖で大蛇の腹の部分をえいやっと殴りつけた。ダメージは通らなかったが、怒りは十分に買ったらしい。大蛇はわたしを絞め殺そうと、ぐるぐる巻きついてきた。
「いやー! 気持ち悪いっ!」
直接触られている感覚はないのだが、目の前で蠢くまだら模様のうろこに鳥肌が立つ。大蛇はわたしに、正確にはわたしが手にした杖に巻き付くと体を締めあげ、大きく口を開ける。口の中の牙からはポトリと毒が垂れていた。
あんな毒が鍋に入ったら、じゃがいもが食べられなくなっちゃうっ!!
わたしはいったん杖から手を放し、なるべく鍋から離れた場所に移動すると蛇を挑発した。
「へへーん! 捕まえられるもんなら捕まえてごらん!」
……挑発がお粗末なのは仕方がない。なにせこの二十二年の人生で相手を挑発したことなど、小学校の鬼ごっこ以来である。その時からわたしの挑発スキルは上がっていないのだ。当時のようにおしりぺんぺんをしなかっただけ、まだましだろう。
大蛇は自分が締め上げている杖とわたしを交互に見ると、威嚇音を出しながらわたしに近づいてきた。良かった。挑発は成功したらしい。しかし困った。この後のことは何も考えていなかった。
ひとまずわたしはまた蛇に締め上げられているのだが、さてこれからどうしよう? 杖で殴るのも効果はいまひとつだったし、やはりなにか創りだすしかないか……とりあえず何か動きを封じられそうなもの……そうだ!
わたしは手の平にトリモチを創りだすと、蛇の体にぺたっとくっつけた。うん、ばっちりくっついてる! 蛇はべたべたを不快に感じたのか、顔の部分で外そうとして顔もトリモチにくっついてしまった。その後もわたしはぺたぺたと蛇の体をくっつけ続ける。蛇は見事なとぐろを巻いたまま、完全に身動きが取れなくなった。
ふふふ……さぁ、あとは煮るなり焼くなり好きにさせていただこうか。……みんながねっ!
わたしは動けなくなった蛇は放っておいて、じゃがいもの火の通り具合を確認した。