レナウ村
※残酷シーンがあります
それから森の中を歩くこと二日間。特に魔物に出会うこともなく森を抜け、とりあえずの目的地であるレナウ村にたどり着いた。心配されていた食料も森である程度採集できた為、飢えることはなかった。
レナウ村はのどかな農村で、名産品のじゃがバター以外取り立てて特徴のないぱっとしない村である。ちなみにわたしの村娘の衣装はこの村の物を参考にしている。一応武器屋はあるので、わたしにも扱えそうな武器があれば参考にしたい。
村に入ると一人の男性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「た、大変だっ! 村が魔物に襲われている!! あんたたち旅の人か? お願いだ、助けてくれ! このままじゃ村が滅んでしまう!!」
男性は跪きながらルークスの手を取り懇願する。……これはもしやランダム発生イベント「緑の悪魔」ではないだろうか……なんという事だ……できれば避けて通りたかった……!!
わたしは自分の運の悪さを呪った。発生率が極端に低いため、完全に警戒を怠っていた……!
「何があったんですか? 俺たちでよければ力になります!」
そうだよねー!? ルークスならそう言うよねー!? だがわたしは回れ右をして帰りたいっ!! イベントが発生しちゃった以上、そんなことできないけどねっ!!
「あ、悪魔が……緑の悪魔がっ!!」
はい確定ーーーー。緑の悪魔きましたーーー。わたしはこれから起こる惨劇を思い、手で顔を覆い嘆いた。
「どうしたのユーリ? 具合でも悪いの?」
エステラが心配そうに見つめてくるが、具合が悪くなるのはこれからです。わたしは男に確認をする。
「緑の悪魔……ぽきゅぽきゅのことですよね?」
観念したわたしは、諦めてストーリーを進めることにした。男は立ち上がり、わたしに向き直った。
「そ、その通りだ。ぽきゅぽきゅに村が襲われているんだ! ……ん? その服……あんたはこの村の人間か? 見ない顔だが……」
「わたしのことはいいので……とりあえずぽきゅぽきゅを探しましょう。……まさか、手は出してないですよね?」
「いや……それがすでに、村の若い連中がかなり……」
──最悪だ。数匹程度ならまだなんとか耐えられたかもしれないが、時すでに遅しっ!
「ど、どういうことだ? ユーリ、俺たちにもわかるように説明してくれ!」
「ぽきゅぽきゅは……群れで行動する緑色の小さな魔物です。一体一体の力は大したことがないので、村人でも簡単に倒すことが出来ますが、個別に倒してしまうと一匹が二匹に増えるのです。完全に倒す為には群れごと一気にやっつける必要があります。ぽきゅぽきゅに目をつけられたら最後、一刻も早く倒さないと村の食料は喰らいつくされます……」
黙って話を聞いていたカイン君が、首を傾げながら提案してくる。
「でもそんなに強くないんなら、集めて一気に魔法で倒しちゃえばいいんじゃない?」
「はい、それが基本の倒し方です。ですが……やつらは、精神攻撃を使ってきます。見てもらえばわかると思いますが、やつらは……」
「ぽきゅ~?」
足元から聞こえるかわいらしい声の主に、全員の視線が集中する。緑色の丸いフォルムに、ぴょこんと可愛らしい丸いお耳が二つついている。つぶらな黒い瞳、ぷっくりとしたほっぺ……お口は愛らしい猫のようだ。つるりとした上半身とは違い、下半身はふわっふわの白い毛におおわれている。その白い毛のなかにちょこんと小さなしっぽがついていて、ぴこぴこと左右に揺れていた。
「「かっ…………かわいいーーーーーーーーーっ!!」」
ルークスととわたしはハモったが、カイン君とエステラの反応はそうでもない。村の男が急いでぽきゅぽきゅにつかみかかった。
「ぽきゅ! ぽきゅ~!」
じたばたと短い手足を動かし暴れるぽきゅぽきゅ。しばらくすると、じっと私の方を潤んだ瞳で見つめてきた。さすが緑の悪魔。誰に訴えるのが効果的か、よく理解している。
「ぽきゅ~……」
ぽきゅぽきゅが、とても悲しそうな声で鳴いてくる。だめだ。とても見ていられない。わたしはそっと目を逸らした。
「ねえユーリ、精神攻撃って……」
「はい……ぽきゅぽきゅは……魔物らしからぬあざと可愛さを前面に押し出してくる、緑の悪魔なのです!」
わたしは創造で大きな鉄の檻をつくり、その中に捕まえたぽきゅぽきゅを入れてもらった。何匹になっているかわからないが、手分けしてぽきゅぽきゅを探さなければならない。ルークスは心が痛むらしいが、「人助けの為なら已むをえない」といった感じで、エステラは「普段から狩猟でかわいい動物も食べたりしてるので気にならない」らしく、カイン君も「かわいいとは思うが、別に」といった反応だ。わたしが一番この精神攻撃に弱いらしい。
家の外に置かれた壺の蓋をパカッっとっ取ってみる。……いた。蓋を取られたにも関わらず、一所懸命壺の中の芋を食べている。わたしがむんずと捕まえると、ほっぺたをいっぱいに膨らませたぽきゅぽきゅが「なになに?」といった感じでわたしを見てくる。……っく!! かわいいっ!!
わたしがごめんね、ごめんね……と泣きながら一匹を抱え檻に戻るまでに、三人はそれぞれ十匹以上のぽきゅぽきゅを捕獲していた。檻にはぽきゅぽきゅがあふれかえっている。わたしは檻のサイズをもう少し大きくした。
村人の協力もあり、二時間後にはすべてのぽきゅぽきゅを捕まえることができた。一匹でも残っていたらこの数が倍になるので、村人総動員で念入りに探してもらい、トリプルチェックの上、ぽきゅぽきゅの処分が決定した。
檻の中には百匹以上のぽきゅぽきゅがいる。檻をつかみ鳴いているもの、体を寄せ合って震えているもの、これから起きることを理解しているのか、諦めたようにじっとしているもの。思えば、ぽきゅぽきゅは食料を喰らいつくすだけで、攻撃手段など持ち合わせていないかよわい存在だ。ここでぽきゅぽきゅを倒すことが正義なのだろうか!? いやでも、村人にとっては死活問題で……ああっ! 正解がわからないっ! わたしは頭を抱えて苦悩した。
「……ユーリに精神攻撃かなり効いてるわね」
「そうだね、ユーリにはちょっと離れておいてもらった方が良いかもね」
「俺がユーリについてるよ。……カイン、頼めるか?」
「わかった。僕が魔法を使うから、みんなは家に入ってていいよ。エステラもユーリについててあげて」
わたしが檻の前でジレンマと戦っていると、ルークスが話があると言うので近くの村人の家を借りた。エステラも一緒だ。
「えーと、その……この村で食料を買い足した後、すぐに南の森に向かおうと思うんだけど、ユーリは……えーと、ど、どんな魔獣を捕まえたい⁉︎」
「はぁ……」
これはわざわざ他人の家を借りてまで話すような、緊急性の高い話題なのだろうか。わたしは村人の淹れてくれたお茶を飲みながら、しどろもどろ話すルークスを見つめる。エステラはさっきまで隣に座っていたが、いつのまにか村人宅の夕食の準備を手伝い始めた。……コミュ力高いな。
「そうですね……できれば大型の魔獣がいいのでグリフォンか、次点で数の多いペガサスですかね……」
「そ、そうか! 俺はドラゴンがいいな!」
「いや、ドラゴンは希少種で滅多に会えるものでは……」
ふと窓の外に目をやると、空に巨大な魔法陣が浮かんでいた。お城の大浴場にあったシャワーもどきの魔法陣と図柄がよく似ている。シャワーもどきの魔法陣が青だったのに対し、今見えているものは紫色だが……
わたしはハッとして席を立つ。ルークスが止めようとしてきたが「大丈夫だ」と伝え、檻の場所へ向かう。
檻の前ではカイン君が一人、魔法陣から降る雨に打たれていた。
「ユーリ? みんなと家に入ってていいよ。見ててあまり気分の良いものじゃないから……」
檻の中のぽきゅぽきゅは一箇所に集まって丸まり、少しでも雨に当たらないようにしている。だが、雨は容赦なく降り続け、すべてのぽきゅぽきゅの白い毛は濡れそぼっていた。もう、鳴き声も聞こえない。
「カイン君【アシッドレイン】覚えてたんですね……」
「うん、ゴーレムを倒した時に僕もレベルが上がったんだ。……ブリザードや水牢よりは苦しくないと思って」
アシッドレインは水と闇の複合範囲魔法で、雨に濡れた対象の最大HPの二十分の一を一定時間ごとに削り取っていく効果がある。
「ユーリ、濡れちゃうから家に入ってて。僕は大丈夫だから」
「……短い付き合いですけど、わたしアメリアとカイン君って性格が似てると思うんですよ」
「え?」
「自己犠牲心が強いって言うか、弱みを見せないって言うか……アメリアもすぐ大丈夫だっていうんですけど、わたし二人の大丈夫は額面通りには受け取れません」
「うーん、アメリアはそうかもしれないけど、僕は別に……」
わたしはカイン君の手を両手でガシッと握り、言葉を続ける。
「わたし……カイン君が優しいの、知ってますから。表情に出さないだけで、傷ついてるのも分かってます。こんな辛い事、カイン君一人に押し付けて、見ないふりなんて出来ません!」
わたしはカイン君の目を見つめながら決意を口にする。カイン君は戸惑ったような表情を見せた。……あれ? 変なこと言っちゃったかな?
「う、うん、わかったよ。とりあえず濡れちゃうから、もっとこっちにおいで」
カイン君は自分のマントの中にわたしを招き入れてくれる。
「僕は大丈夫だけど、ユーリは風邪引いちゃうかもしれないし、……無理に見たくないものを見なくても良いんだよ?」
背中のあたりに手を回される。わたしに触れることはできないのだが、抱き寄せてくれようとしているのだろう。こんな時にもカイン君は優しい。
雨は静かに降り続け、檻の中のぽきゅぽきゅ達は一斉に光なって消えていった。わたしが空になった檻を消すと、地面には一粒の大きな種が残っていた。