城下町エルグランス
※痛いシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
城の門を出ると、すぐに城下町エルグランスだ。閑静な住宅街といった感じの大きなお屋敷が立ち並ぶ通りを抜けると、一気に人の数が増えた。王の御膝元というだけあって、市場はたくさんの物や人でにぎわっている。木箱に山積みになった、見たことのない形の果実や、ファンタジーっぽい服が所狭しと並べられた服屋、道具屋の軒先には乾燥させた植物の葉の束が吊るされている。
「どうする? 寄っていく?」
「そうね、色々揃えたいものもあるし」
ルークスとエステラは旅に必要な食糧や道具を買い足しに行くと言うので、わたしもカイン君に新しいハンカチを買うことにした。大道芸でもして小銭を稼ごうとしたら、なぜかみんなに止められた。……自信あったのにな。串刺しマジック……。
ルークスが、わたしとカイン君に金貨を一枚ずつ手渡してくれる。もともとみんなで等分に分けるつもりだったらしい。無駄遣い防止の為、小分けにして渡すが、必要な時は声を掛けてほしいとの事だった。えへへ、お小遣いうれしいな。カイン君と二人でお買い物、うれしいな。わたしは自然に上がってくる口角をおさえ、必死で平静を装う。
雑貨屋さんを見つけたので中に入ってハンカチを探す。やはりシンプルな白いものが無難だろうか。カイン君にも意見を聞いてみた。
「僕、ハンカチ他にも持ってるし、別にいいよ?」
カイン君は並べられたハンカチにそれほど興味がないのか、手を後ろに組んでぶらぶらと商品を見ている。だが、それではわたしの気が収まらない! ハンカチがダメなら何か他の物はどうだろうか? 幸いここは雑貨屋なので色々な商品がおいてある。
「ハンカチ以外で、なにかほしいものってありますか?」
カイン君は視線を上にあげ、顎に指をあてて考え始めた。
「うーん、じゃあアクセサリーがいいかな。戦闘に役立ちそうなやつ」
なるほど。アクセサリーは装備することによって特殊な効果を得られるものも多い。実用的だし、常に身に着けてもらえるのはうれしい! わたしはハンカチを諦め、アクセサリーを探すことにした。
「すみませーん」
「はいはい、いらっしゃい」
恰幅の良いマッシュルームヘアーの店主にアクセサリーの在庫をねると、店の奥からいくつか宝石箱を持ってきてくれた。
「この辺はアンティークだよ。旧時代の物も交じってる。こっちは比較的新しいものだが、価格も抑えられててデザインが若者向けだね」
店主のおじさんは、カウンターの上にアクセサリーを並べて見せてくれた。指輪やネックレスにブレスレット、耳飾り……リボンまであるが、カイン君がつけられるものとなると限られてくる。
「戦う時に引っ掛かりそうなやつは嫌かなぁ」
「この指輪はどうですか?」
男性でもつけられそうなシンプルなデザインの物があったので勧めてみるが、残念ながらサイズが合うものがなかった。……カイン君指細いんだよね。
「じゃあこれはどうですか?」
わたしは小さな青い石のピアスを指さす。カイン君の瞳の色と同じだし、鑑定してみると【魔法攻撃力アップ】と【消費MP軽減】の効果が付いていた。価格は少々お高めだが、お礼の意味も込めて、喜んで貢がせていただきたい。
「おぉ、それに目をつけるとはお目が高いね。これは遺跡から発掘された値打ちものだよ。安くしておくからどうだい?」
おじさんがにこにこしながら揉み手で勧めてくる。わたしはドキドキしながらカイン君の反応をうかがう。
「でも僕、穴あけてないよ」
……残念。ピアスホールがないならしょうがない。プレゼントってなかなか難しいな……。わたしが他のものを選び始めると、店主が口をはさんできた。
「一点ものだし、お勧めなんだけどな。道具を貸してあげるから、奥であけてきてもいいよ」
お、おじさん……商魂たくましいというかなんというか……流石にそれはちょっと……。わたしがお断りをしようと口を開きかけたとき……
「じゃあそうしようかな」
カイン君は店主と共に、すたすたと奥の方に歩いて行ってしまった。いいんだ!? そういうかんじなの!? みんな店で装備して帰るのがデフォなの!? わたしは現実世界とのギャップに驚きながら、急いで二人の後をついていった。
「じゃあここに置いておくからね。針は消毒してあるから大丈夫だよ。サービスで薬草もつけてあげよう」
すでに会計は済ませたため、おじさんはそれだけ言うとまた店の方に戻って行ってしまった。わたしとカイン君は二脚ある椅子に向かい合って座る。作業台には、ピアスと、針と、薬草が白い布の上に並べられていた。
当然この世界にピアッサーなどあるはずもなく、かなり太めの針を見てわたしは血の気がひいてしまった。こ、これであけるの? 絶対痛いよ? 大丈夫? わたしはじっとカイン君の様子をうかがうが、本人はどこか楽しそうだ。
「じゃあユーリお願いね」
……ん? 何をお願いされた? 一瞬頭が真っ白になってうまく考えられない。カイン君は髪を耳にかけ、準備万端だ。わくわくした感じでわたしを見つめてくる。これはもしかしなくても……わたしが、あけるんですね?
「ムリムリムリムリムリムリムリムリ!!」
両手を高速で振り、ムリさを必死でアピールする。いや無理でしょ!! 針とか無理でしょ!!
「そう? じゃあおじさんにお願いしようかな……」
カイン君がそう言って席を立とうとした瞬間、わたしはカイン君の袖をガシッとつかんだ。
「……わたしがやります」
あんな力の強そうなおじさんにやられたら、カイン君の耳に何ゲージの穴があくかわからない! 他の人がやるぐらいなら、わたしがやります! ……怖いけど。
わたしはカイン君の横に立ち、震える手で針を手にした。針は先端に向かって細くなってはいるが、太いところは五ミリ以上もある。あまり深く刺さないように注意しなければならない……!
カイン君はおとなしく椅子に座っている。あまり怖がっている様子はない。この前からルークスに剣で斬られたり、ゴーレムに足を撃ち抜かれたりしてるんだから当然といえば当然か。何気にカイン君の流血率の高さが気になる。
「……冷やしたりしなくていいんですか?」
「そうだね、じゃあ一応冷やしておこうかな……」
カイン君は短く詠唱をすると、耳たぶだけをピンポイントで凍らせた。……そんな使い方もできるんだ。氷はすぐに溶けたが、カイン君の耳はすっかり冷たくなっていた。
「……いきます!」
「うん」
わたしはカイン君の耳たぶを左手で持ち、右手で針を構える。手が震えているが、狙いがぶれるといけないので深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。……よし。
針の先端が柔らかな耳たぶに刺さる。カイン君が「……いたっ」っと小さくつぶやいたので思わず針を離してしまった。赤い赤い血の玉が、ゆっくりと大きくなっていく。
「ご、ごめんなさい!」
「……ううん、僕の方こそごめん。次は声を出さないようにするから、一気にあけていいよ」
白い布で一端血をふき取る。まだ貫通していない穴に針の先端を合わせ、今度は一気に突き刺した。カイン君は一瞬体を震わせたが、声を上げることはなかった。わたしは急いで薬草を針が刺さったままの耳たぶに押し当てた。薬草は不思議な光を放ちながら消えていき、出血は止まったようだ。針をゆっくりと回しながら抜いていき、あいた穴にピアスを差した。わたしはカイン君から離れ、作業台に両手をつくと大きく息を吐く。
……これは心臓にわるい。
自分の穴をあけた時より何倍も緊張した。今になって手が震えてくる。薬草のおかげですぐに傷はふさがったようだが、わたしの罪悪感は消えていない。まだ、先ほどのカイン君の痛がる声が耳に残っている。本人の希望とはいえ、まさかわたし自らが推しを傷つけることになろうとは……!
「ありがとうユーリ。次、左もお願い」
……気が遠くなりそうではあったが、頭を数回振り、「はい」と返事をした。
計算が面倒なので、1G=1円です。
金貨1枚=1万円ぐらいに思ってください。
ピアスは12000Gのところ、10000Gにしてもらいました。