お風呂に入ろう!
オルランド中将から地下宝物庫についての報告を受けた王様は、飛び上がるほど喜んでくれた。特に農作物に使用できそうな魔道具が多く見つかったことが嬉しくてたまらないらしい。旅の資金として金貨を百枚もくれる事になった。太っ腹!
それでもまだ宝箱に入っていた金貨のほんの一部でしかないので、残りはいままで行き届かなかった方面への援助に充てていくとの事だった。一緒に見つかった魔術書や魔法陣については、すでに失われた知識についての部分も多く、危険かどうかの判断もつかない為、城の魔導士達で研究してみるそうだ。当面の間は他言無用と、緘口令が敷かれた。
わたしの体のことに関してやゴーレムの退治方法については、オルランド中将にあまり大っぴらにはしないでほしいとお願いしてある。「女性に秘密は付き物ですからね」と、快く了承してくれた。
今夜はオルランド中将の計らいで、普段は貴族しか使うことのできない城の大浴場を貸し切ってもらえることになった。特別にアメリアも呼んでいいと言われたので、わたしたちは今、誰にも見つからないように行動している。
「……大丈夫よ。だれもいないわ」
エステラが先頭に立ってアメリアの部屋の前の廊下を偵察してくれた。狩猟に使うため、【隠密】スキル持ちの彼女は、足音を立てずに移動したり、気配を消して行動することが得意だ。
わたしは素早くアメリアの部屋の扉をノックする。すでに夜もふけているため、彼女は部屋にいるはずだ! しばらくの間の後、扉が開かれる。わたしとエステラは滑り込むようにして部屋に押し入った。
「ちょ、なんなの!?」
困惑した様子のアメリア。当然だ。つい先日別れを告げたはずのわたしと、直接話したこともない勇者御一行のエステラが突然部屋に侵入してきたのだから。
わたしとエステラは目配せをし、「せーの」と息を合わせる。
「「お風呂に入ろう!」」
アメリアの喜ぶ顔が見たくて、サプライズ風にテンション高めで、バンザイした両手をひらひらさせながら誘ってみたのだが……。アメリアは眉間に皺をよせ、訳が分からないといった表情で冷たく私を睨んだ。
……かわいい顔が台無しですよ。
期待したリアクションが得られなかったので、普通に「オルランド中将の計らいで貴族用のお風呂を貸し切ってもらえることになったので、一緒に入ろう」と誘ってみる。今度は零れんばかりの笑顔で喜んでくれた。……サプライズって難しい。
──というわけで、やってきました大浴場! 一応許可はもらっているのだが、メイドであるアメリアがこの風呂を使用することを良く思わない輩もいるかもしれないので、細心の注意を払い移動してきた。共にミッションをクリアしたことによって、わたしとエステラの間にも謎の連帯感が生まれ、ちょっと仲良くなれた気がする。今までさん付けで呼んでいたが、呼び捨てで構わないと言われたので、「エステラ」と口にしてみる。なんだか気恥ずかしい。
ワクワクしながら扉をあける。いくつかの脱衣籠が置かれていて、なんだか銭湯っぽい。わたしにとっては、この世界にきてから初めてのお風呂だ。……体が体なので、臭くはないはずなんだけど、日本人として「体を洗って湯船につかりたい!」という欲求が抑えられない。エステラは闘技大会の日にも一度入ったそうだ。その時は貸し切りではなかったので、ゆっくりはできなかったらしいが。
二人が脱衣場で服を脱いでいる中、わたしは一番乗りで浴室へつながる扉を開けた。服のイメージを「消す」だけで裸になれるわたしの脱衣時間は三秒だ。
扉を開けた瞬間、ほわほわとした湯気が顔にかかる。わたしは両手を組み、目の前に広がる石造りの豪華な風呂にうっとりとする。半円状の風呂には水瓶を持った女神の像があり、水瓶から絶え間なくお湯が注がれていた。
すぐにでも飛び込みたくてたまらないが、まずは体を洗わなくては! わたしは走らないように、でも急ぎながら、壁際にある小さ目の椅子に座る。
シャンプーがなかったので髪の毛も石鹸で洗うことにした。スポンジも見当たらなかったので、素手に直接泡をつけて洗うことにした。たっぷりの泡でごしごしと腕を洗う。……うん、気持ちいい! たとえ魔素の体だとしても、なんだかきれいになってる気がする! わたしはそのまま全身をくまなく洗い、シャワーを取ろうと手を伸ばすが、……シャワーないね。うーん、どうやって泡を流せばいいのだろう?
わたしが泡だらけの体で首を傾げているとエステラとアメリアがやってきた。おおう、エステラはまさにグラマラスって感じで、アメリアはすべてが小ぶりでかわいい。貧相なわたしの体とは大違いだ。
この風呂に入ったことのあるエステラがシャワーの代わりに使用する魔道具を教えてくれた。壁にはめ込まれた青い石を押すと、しばらくの間、頭上から暖かい雨が降るらしい。わたしも押してみた。頭上に魔法陣が現れると、そこから、やわらかい雨が降り始めた。シャワーに比べると水の勢いが足りない気がするが、これはこれで気持ちがいい。
準備が出来たところで湯船に向かう。そっと足の先をつけてみると、お湯の暖かさを感じることができた。……良かった。お風呂には入れるみたい! 徐々に体を沈めていき、ふうっと息を吐く。あああーーー、やっぱお風呂気持ちいい!
わたしは風呂の縁に顎をのせ、自分の体のことを考える。お湯の熱さを感じることはできるけど、ファイヤボールは別に熱くなかったよな。というか、多分当たっていない。それと同様に、そよ風で髪はなびくが、ウィンドカッターはすり抜ける。うーん、ダメージになりそうなものだけすり抜けるようにできてるとか? 考えても考えても答えはでない。実際に試していくしかなさそうだ。……試した瞬間死亡なんてこともあるかもしれないが。
「うわー気持ちいい! 私こんなにたくさんの暖かいお湯に入ったの、はじめてよ」
アメリアが浴槽に足を入れながら感激している。喜んでもらえてよかった。普段は水で清めるか、桶に溜めたお湯で拭く程度らしい。わたしは水をかぶると聞いただけで身震いしてしまう。
「旅をしていると、なかなかこんなお風呂に入れることはないから嬉しいわ」
エステラも嬉しそうだ。長い髪は高い位置でくるくると纏められ、少々の後れ毛と、うなじが色っぽい。……ルークスが見たらどんな反応をするだろう。
「そういえば、エステラはルークスの事が好きなんですか?」
「えぇ!? 突然何を……わたしは別に……ルークスのことはただの仲間だと思ってるけど……」
アメリアがじっとエステラの顔を見つめる。あ、そうか。軽い気持ちで質問してしまったが、ここには人間嘘発見器がいたんだった。エステラに逃げ場はない。
「……今のは【嘘】ね。ルークスの事、好きなんでしょう?」
「なんでわかるの!? ……恥ずかしいから、ルークスには言わないでね、ユーリ」
お湯の所為なのかもしれないが、エステラの白い肌がバラ色に染まる。あぁ、みんな青春してますねー。いいですねー。わたしはもう一つ気になっていたことを尋ねる。
「アメリアは、……レグルス大尉の事が好きなの?」
「ちょ、いきなり何なの!? ……隊長の事はいい人だって思ってるけど、わたしと隊長じゃあ身分が違うし、恋ができる立場じゃないわ」
「……つまり、好きってことよね?」
アメリアも真っ赤な顔になって首をぶんぶんと振る。あ、これスキルなくても丸わかりだわ。
「そういうユーリはどうなの?」
「へ?」
「好きな人、いないの?」
おっと、自分から振っておいてなんだが、わたしにまで矛先が向いてしまった。
「……いないですね」
「そうなの? わたしてっきりカインの事が好きなんだと思ってたわ。いっつも見てるんだもの」
「私も気になって聞いてみたんだけど、好きは好きでも恋愛対象じゃないらしいわよ」
恋愛対象じゃないってなんか聞こえが悪いな……。わたしなんかにカイン君はもったいないって事ですよ。
「じゃあ、どういう人がタイプなの?」
タイプか……この世界に来てからであった男性と言えば、カイン君、グラン少尉、レグルス大尉、ルークス、王様、おじいちゃん、オルランド中将……ぐらいかな。ぶっちぎちでカイン君がタイプで間違いないのだが、あらぬ誤解を招いてもいけないのでそれ以外の人物で答えることにしよう。
「グラン少尉……」
「えええええっ‼︎」
アメリアが信じられないという表情で驚いている。……グラン少尉がちょっとだけかわいそう。
「……は、無いですね」
「そ、そうよね」
うーん、レグルス大尉とルークスは二人の思い人だし、王様とおじいちゃんは年齢的に対象外だし、唯一残ったのは……
「オルランド中将……かな」
「あー、オルランド中将ね。分かるわ。メイドの間でも人気があるの」
「あぁ、確かに大人の色気って感じよね」
そうなのだ。オルランド中将はいちいち行動がドキッとするのだ。かなりの年上ではあるのだが、目が合えば上品に微笑んでくれるし、二人で話をする時などはじっと目を見ながら、少しだけ首を傾けて聞いてくれる。その首の方向け具合が可愛らしい。大人の男性なのに、仕草がかわいいというギャップ萌えがあるのだ。フェミニストで優しいし、今のところマイナスポイントが見当たらない。
「……でも、オルランド中将は……妻子持ちよ。とってもお綺麗な奥様と、お嬢様がいらっしゃるの」
「……そうよねえ、そんな素敵な男性が、独身なはずがないわよねぇ……ユーリ、元気出してね」
「は、はぁ……」
タイプを聞かれたので答えただけなのだが、勝手に失恋した感じになってしまった。誤解を解くのもめんどくさいので、別にいいか。わたしは気を取り直して、お風呂を堪能した。
一方その頃、壁を隔てた男湯側では──
「女の子って……恋の話好きだよね……」
「いいか、カイン。ここは聞かなかった振りをするのが、男ってもんだぞ?」
「……うん、わかった」