ゴーレム戦 二日目
床の上に毛布一枚で寝ていたので、なんだか背中が痛い気がする。わたしには実体がないので、気のせいでしか無いのだが、元の世界での体に対するイメージが、強く残っている為だろう。
煌々と輝く床と、あいも変わらず繰り返されるゴーレムの攻撃、カビ臭い空気、さわやかな目覚めには程遠い朝。いや、果たして朝なのだろうか……。窓がなく、外の様子がまったくわからない為、腹時計でしか時間の判断ができない。それでも目が覚めてしまったからには起きるしかない。ここは二度寝したくなるような環境ではないのだから。わたしは腕を伸ばし、背伸びをする。すると誰かが階段を降りてくる音がした。
──ブオンッ
「おはよう、ユーリ」
「おはようございます」
どうやら、朝で間違いないらしい。カイン君が一人で食事を持ってきてくれた。……ちょうど、お腹がすいていたところだ。わたしは野菜がたっぷり挟まったハムサンドにかぶりつく。カイン君は階段に座りながら頬杖をついて、わたしの食事の様子をじっと見ている。……あんまり見られると恥ずかしいな。
──ブオンッ
「ユーリってなんでも美味しそうに食べるよね」
「そうですか? 普通だと思いますよ。実際美味しいですし」
「ほんと? 良かった。そのサンドイッチ、僕が作ったんだ」
「……今、百倍おいしくなりました」
カイン君が昨日のわたしの食事の様子を見て、手で持って食べやすいようにと、出された朝食をサンドイッチにしてくれたらしい。……優しい。しかもゴーレムの攻撃パターンを覚えたのか、会話のタイミングを調整してくれている。……まじで優しい。
──ブオンッ
「あ、そういえばお借りしてたハンカチなんですけど……やっぱり新しいものを買ってお返しします」
「え? べつに気にしなくてもいいのに……」
それではわたしの気が収まらない。今は手持ちがないのでしょうがないが、町に寄った時にでも購入しよう。大道芸でもすれば小銭が稼げるだろう。しかも合法的にカイン君の私物を手に入れることに成功した。うれしい……!
──ブオンッ
「ゴーレムはどう? そろそろ倒せそう?」
「……難しいですね。おそらくあと数日はかかると思います」
「そんなに⁉︎ ……エステラ大丈夫かな」
──ブオンッ
……確かにエステラへの負担がかなり大きいかもしれない。ゲームをプレイしていた時は、わたしはボタンを押すだけだったので何時間でも何日でも耐えられた。だが実際、目の前で泣きながら何時間も矢を射る姿を見せられると……多少は心が痛む。かく言うわたし自身、この単調な繰り返し作業に若干飽きてきた。このイベントに手を出すのは、時期尚早だったしれない。
わたしは恨みを込めてゴーレムを睨みつける。ゴーレムは壊れた玩具の様に、同じ攻撃を繰り返すだけだ。……ちょっとは学習能力でもあればいいのにね。
『承認しました』
頭の中に聞きなれない声が響いた。ん? 朔夜の声ではないし、カイン君には聞こえていないようだ。なんの声だったんだろう……。
その瞬間、ものすごい音が響いた。わたしは驚いて振り返る。ゴーレムが宝物庫の出入り口に体当たりをし、穴を広げようとしていた。
……うそ……。ゴーレムにそんな攻撃パターンなかったはず……。
WEFの建造物の中でも、旧時代の魔法で作られたものは絶対に、なにがあろうと壊れることがない。巨人がハンマーで殴りつけようが、ドラゴンが激突しようが、数人がかりの特大魔法をぶつけようが、ゴーレムが力の限り体当たりしようが、絶対だ。
この城はその旧時代に建てられたという設定のはず。だから、ゴーレムの力をもってしても壊れるはずがない。……ないのだが、どうしてそんな行動に出たのだろう。
「ユーリ! 大丈夫!?」
音に驚いたカイン君がわたしに駆け寄ってくる。ゴーレムは出入り口が壊せないとわかり、諦めたのか、体当たりをした時に砕けた自分の体の欠片をつまみあげ、しげしげと見つめている。
「大丈夫ですよ。この建物は絶対に壊れないはずなので、ゴーレムが宝物庫から出ることはないです」
「……そう。ならいいんだけど」
カイン君は安堵の表情を浮かべると、再び階段の方へ戻っていった。わたしはゴーレムへと視線を戻す。ゴーレムはつまみ上げた自らの欠片を掌にのせている。……何がそんなに気になるのだろうか。まさか、食べるとか? わたしが馬鹿なことを考えた刹那、ゴーレムはデコピンのようにして欠片を指で弾き飛ばした。
「あぶないっ!」
わたしが叫ぶより早く、弾かれた欠片は散弾銃の様に飛び散り、カイン君の左足を貫通する。
「──っ!!」
カイン君は声にならない叫びをあげ、その場に倒れこんだ。
「カイン!? 大丈夫か!?」
タイミングよく、ルークスとエステラが階段から降りてきた。倒れているカイン君を見て、駆け寄ってくる。
「ルークス! カイン君を連れて安全なところに逃げてください! ここはわたしが何とかします!」
「……わかった!」
カイン君はルークスに背負われるようにして階段の方へ向かった。エステラは回復魔法が使えたはず。ひとまずは安全だろう。
カイン君の姿が完全に隠れたことを確認すると、わたしは深く息を吐く。自分自身への湧き上がる怒りを抑えられない。丁度良い八つ当たりの相手として、目の前のゴーレムを見据えた。
──おそらく、ゴーレムの行動パターンが変わったのはわたしの所為だ。わたしが冗談とはいえ、ゴーレムの学習能力を願ってしまった。あの声は、それを叶えてくれたのだろう。その所為で、カイン君が怪我をした。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だったとは……。せめて自分がしたことの尻拭いぐらいはしなくては。
カイン君に怪我までさせて、このまま逃げ帰るわけにはいかない。せめて財宝くらいは頂かなければ、目も当てられない。
かといって、わたしの攻撃力ではゴーレムに傷一つつけることはできないだろう。望みがあるとすれば【創造】のスキルでなにか武器を作り出すくらいか……。
わたしは試しにエステラと同じ弓を創ってみた。床に散乱した矢を手に取り、引いてみる。いや、引こうとした。予想以上に力が必要だった為、満足に弓が引けないのだ。情けなさに涙が出てくる。これを何時間も引き続けていたエステラに、改めて申し訳なさを感じた。
力が足りないのならばと、次にボウガンを作り出そうとしたが、細部が分からずうまくイメージできなかった為、創ることができなかった。
どうしよう……どうすればいい? わたしでもイメージできるほど構造が簡単で、破壊力のあるもの……。石の体を吹き飛ばすくらいの……ん? 吹き飛ばす?
……詳しい作り方は知らないが、形状と効果はイメージできる。それで創れるのだろうか……ええいままよ! ものは試しだ! わたしはマッチとノーベルさんが発明した爆発物をセットで創り出す。束ねられた赤い筒に導火線……見た目はそっくりだ。マッチで導火線に火をつけ、それを持ってトコトコと、ゴーレムの前まで移動する。ゴーレムは嬉々として、わたしを叩き潰そうと大きく腕を振り上げた。
──脇がガラ空きだぜ。
わたしは部屋の中に爆発物を投げ入れ、耳を塞いだ。ゴーレムの手がわたしを押しつぶした瞬間、爆音と振動が一気にやってきた。
わたしはわたしを押しつぶしているゴーレムの掌をすり抜け、宝物庫の方を見る。ゴーレムだったものは、掌の部分を残し瓦礫と化していた。
……い、一撃かよ。
「ユーリー! 大丈夫かーーー!?」
ルークスが大声で呼びかけてきた。わたしもできる限り大きな声で返事を返す。
「だいじょーぶですーーー!!」
かくしてゴーレム退治は、予定を大幅に切り上げて終了した。