お城のパーティー
アメリアに案内され、城の長い廊下を抜けると大広間に到着した。輝くシャンデリアに色とりどりのご馳走、美しいドレスに身を包んだ沢山の出席者たち、楽団の生演奏もついている。急遽開かれることになった立食パーティーにしてはクオリティが高い。さすが王宮。パーティーなんて田舎の結婚披露宴くらいしか参加したことがないわたしは、あまりの豪華さにいきなり面食らってしまった。
ルークスとエステラの姿を見つけるが、二人は旅の衣装のままだ。だが、素材が良いせいもあって全く見劣りしていない。二人とも風呂に入り旅の汚れを落としたのか、さらに輝くように……いや、実際輝いていた。二人はかわるがわる挨拶にくるパーティー参加者たちと和やかに談笑し、常に人に囲まれてる。……わたし、あそこに入っていけない。
ここにきてコミュ障が発動してしまった。アメリアはさっさと仕事に行ってしまったし、わたしはぼっちでひたすら料理を食べる事にした。いい匂いがそこら中に漂っている。久しぶりの豪華な食事のはずなのに、思わず食べ慣れたパスタを皿にとってしまう自分が悲しい。……パスタおいしい。
「これもおいしいよ」
突然話しかけられ、驚いて食べていたパスタが鼻に入った。ゴホゴホとむせながら、振り向くとそこにカイン君が立っていた。
「だ、大丈夫?」
大丈夫です! といいたいのだが、まだパスタが鼻に入っているのでうまくしゃべれない。飲み込んだら消えるくせに、鼻の中にはいつまでも居座るなんて生意気なパスタめ!
「これ、よかったら使って」
カイン君がハンカチを差し出してくれた。わたしはありがたく受け取ると隠れて控えめに鼻をかみ、パスタを出した。
「……ありがとうございます。洗濯してお返しします」
「もう大丈夫? ごめんね僕がいきなり話しかけたから……」
「いえ、すみません。お見苦しいところを……」
カイン君は申し訳なさそうな顔で見つめてくるが、申し訳ないのはわたしだ。ほんと穴があったら入りたい。わたしはハンカチをそっとポケットにしま……ポケットがなかったので、ポケットをつくってからハンカチを仕舞った。便利な能力だな。
カイン君は鎧が壊れたからなのか、パーティー仕様なのか、いつもとは違う服装だ。ヒラヒラとした布が大量に使われた装飾の多い服は、明らかに貴族のものだった。わたしの視線に気がついたカイン君が、ヒラヒラをつまみながら説明してくれた。
「これ、おかしい? ……隊長が実家から昔の服を持って来させてくれたんだけど、貴族の服なんて、僕に似合わないよね」
「いえ! すごく似合ってます!」
貴族の装いのカイン君なんてみたことがない! めっちゃレア! 本物の王子さまみたい! わたしがどれだけ似合っているかを力説すると、カイン君はクスクスと笑った。
「ふふっ、ありがとう。ユーリもドレス、かわいいよ」
かわいいよ、かわいいよ、かわいいよ、かわいいよ……頭の中で何回も反芻する。お世辞だとわかっていてもうれしい。……ドレス、着て良かった!
カイン君が話しかけてくれたことによって、勝手に沈んでいたわたしの気持ちは一気に急上昇した。我ながら、単純な性格だと思う。
「あ、あそこにいるの決勝戦で戦った人だよね、……名前なんだっけ?」
「ルークスですよ」
ちなみに名前聞くの、本日三回目だと思いますよ。
「そう、ルークス。あの人、強かったなぁ……僕ね、今まで自分より強い人に会ったことなかったんだよね」
そうですね、そこらのモブじゃ、カイン君の相手にはならないでしょうね。
「弱い人と戦ってても、途中で飽きちゃうっていうか……集中力が途切れちゃって、それで気がついたら負けてることはあったんだけど、あの人との戦いは最後まで楽しかった」
見てるこっちはヒヤヒヤしましたけどね。
「世界にはまだまだ強い人がいっぱいいるんだなーって、僕ももっと強くなりたいって思った」
うんうん、カイン君がレベルカンストした時のステータスは凄いですよ。とっても強くなれますよ。
「……旅に出るのもいいかもね」
「え?」
カイン君が何か呟いたが、本当に小さな声だったのでわたしは聞き逃してしまった。
「ユーリ! カイン!」
ルークスがキラキラとした笑顔で、手を振りながらこちらにやってくる。エステラも一緒だ。うわぁ、後光が眩しい。主人公オーラがあふれ出ている。
「いやー、城のパーティーってすごいな! 旅の途中でこんな豪華な食事にありつけるなんて思わなかったよ。王様に感謝しなくちゃな。ところで、ユーリはカインと知り合いなのか?」
ルークスとエステラの美形二人から同時に見つめられる。うう、あまり見ないでほしい。
「知り合いというか……カイン君とは出会ってまだ二日目です」
カイン君とエステラが初めましての挨拶を交わす。ルークスは少し残念そうな顔をしている。
「そうなのか、カインと知り合いなら紹介してもらおうかと思ったんだが……、まぁ一度剣を合わせたら、俺たちも知り合いみたいなもんだよな。……カイン、お前の腕を見込んで頼みがある。俺たちと一緒に、魔王を倒す旅に出ないか?」
おおーっと! 勇者からもかなり直球な誘い文句きたー! ……でもおかしいな。ゲームではカイン君がルークスに旅に誘われるのは謁見の間だったはず。わたしが知ってるストーリーと若干変わってきてる?
「ルークス、いきなりそんなことを言っても、カインが困ってるわ……ごめんなさいね、カイン。……でもわたし達が仲間を探しているのは本当よ。あなたさえ良ければ力を貸して欲しいの。辛い旅になるだろうから、無理にとは言わないわ。返事は明日まで待つから……考えてみてもらえないかしら……」
エステラがエメラルドのように輝く神秘的な瞳でカイン君を見つめる。うーん、わたしなら即オッケーしちゃうわ。カイン君はどうなんだろう……。昨日の時点では旅には出られないと言っていたが、その後心境の変化はあったのだろうか。
「僕は……」
カイン君が何か口にしようとしたところで、身なりの良い人物がわたし達に話しかけてきた。
「ルークス、カイン、明日の十時に謁見の間で、王が直々にお会いになるそうだ。本日の闘技大会の褒美を下さるとの事だったので、考えておくが良い。……そちらのレディ達もご一緒にどうぞ」
首を少し傾げながら、にっこりと洗練された笑みを浮かべる壮年の男性。レディ……エステラは間違いないとして、わたしも含まれているのだろうか……。レディ達だったし、うん、わたしも……だよね?
「はい! わかりました」
「了解しました、オルランド中将」
オルランドと呼ばれた男性は、三位のおじいちゃんを探しに去っていった。ルークスはエステラと褒美は何が良いかと嬉しそうに相談を始めた。カイン君は口に手を当てて何か考えている。
「カイン君は何かほしいものがあるんですか?」
「ん? うーん、ほしいものっていうか…………明日までよく考えてみるよ」
カイン君はそう言うと会場に来ていたレグルス大尉の姿を見つけ、服のお礼をしに行ってしまった。
「ユーリは何がいいと思う?」
「へ?」
エステラがわたしの顔をのぞき込む。うわわ、ち、近い! アメリアのおかげで大分、美少女耐性がついてきたと思ったが、至近距離はやばい。
「王様がくれるっていうご褒美の話よ。……やっぱりお金が無難かしら?」
「うーん、でも金なら魔物を倒せばある程度は手に入るし、やっぱりもっと珍しいものの方がいいんじゃないか?」
「それもそうね……」
二人は相当悩んでいるようだ。通常のストーリーであれば表彰式の時点で優勝賞金が与えられ、それとは別に、二人はカイン君の同行を王様に要請する。で、カイン君は王命によって旅立つことになる。……わたしは一応の候補として挙げてみる。
「……カイン君はどうでしょうか。本人の意思も尊重したいですが、王命であれば今の職場にも言い訳が立つといいますか……あくまで、カイン君が旅に出たいのであればの話ですけど……」
わたしの発言に二人は大きく目を見開いた。……やっぱりまずかったかな。優勝の褒美にカイン君とか。カイン君が賞品みたいだもんね。
「いいな! それ!」
「そうね! そうしましょう!」
あ、いいんだ。いいならいいんだけど。
褒美も決まったことで、二人は再び料理に手を付け始めた。これがまあ、食べる食べる。エステラの細い体のどこにあれだけの料理が入るのだろうか。ものすごい速さで、しかも上品に、皿の上の料理が消えてゆく。ルークスはルークスで気持ちのいい食べっぷりだ。しかも、なんでもおいしそうに食べている。これは旅の間の食費が心配だ。……ひょっとして所持金がやけに少なかったのもそういう事情なのだろうか?
わたしは見てるだけでおなか一杯になった気がしたが、デザートのコーナーを見つけたので、とりあえず全制覇をしてみた。うん、甘いものが食べられるって幸せ。