表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/122

闘技大会

「もうかなりの人が集まって来てるわね。さ、カインを探しましょ」


 人ごみの中を縫うようにしてアメリアと歩く。わたしははぐれないように、アメリアのスカートの裾をつかんだ。今日のアメリアは、メイド服ではなく襟の詰まった若草色のワンピースを着ている。髪もおろしていて、歩くたびに艶のある栗色の髪がふよんふよんと揺れてかわいい。そんな可憐な姿からは想像もつかないが、メイド達にとっても人気のイベントである今日の休みを得るために、かなり熾烈な争いを勝ち抜いたんだそうな。


 会場となる三つの兵士訓練場は相当な広さだが、観客席はすでに人で埋め尽くされていた。初めは一つだった訓練場も、年々増える闘技大会の集客量に合わせて増設されていったらしい。……訓練よりもそっちが本命か? まさに国をあげた一大イベントだ。


 お祭りのように、屋台らしきものもちらほらと出ており、子供が親に飲み物をねだっている。どうやら賭け事も行われているらしい。優勝者を当てるタイプのもので、早めに買えば買うほど払戻金が高額になるそうだ。わたしも軍資金さえ手に入れば、後で参加してみたいのだが……これってズルになるのかな?


「この辺りが選手の控室なんだけど、カインの姿は見えないわねえ……」

「あ、ちょっと待ってください。……こっちの方からカイン君の匂いがします」


 わたしは鼻をくんくんと動かし、カイン君の甘い匂いのする方向を探り当てる。アメリアはそんなわたしを見てドン引きだった。


「……あなた、気持ち悪いわね」

「……よく言われます。あ、カイン君いましたよ」


 少し歩くとカイン君の姿が見えた。屈強な男たちに囲まれて、細い体で背もそんなに高くないカイン君は、見事に人に埋もれていたが、ちらりと見えた黒髪をわたしは見逃さない。


「おーい、カイン!」


 アメリアが大きく手を振ると、カイン君も気が付いた様でこちらの方に来てくれた。


「二人とも来てくれたんだ、ありがとう」


 にっこりとさわやかに笑うカイン君。今日は髪を後ろで一つに結んでいる。ちょこんとした感じが、ハムスターの尻尾みたいでかわいい。こんなにかわいい子が、これから試合で周りの筋肉ダルマ達と戦うなんて……! わたしは思わず口を手で押さえ、震えた。


「昨日はよく眠れた? 体力も魔力も問題なく回復してる?」

「うん、調子いいよ。僕が第二部隊の代表だから、頑張らないとね」


 城の部隊は第一部隊から第三部隊まであり、各部隊から一人、代表者が出場することになっている。第二部隊の代表はカイン君。そういえば、昨日会ったあのグランとかいう男は、第一部隊の代表だった気がする。モブだったのでよく覚えていないが。


「おや、アメリア。私の応援に来てくれたのか?」


 振り返ると、そのグランが下品な笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてきた。わたしの事は視界に入っていないようだが、カイン君には気がついたらしい。笑顔が一瞬で、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「なんだ小僧、お前もいたのか。小さすぎてわからなかったぞ」

「グラン少尉、本日はよろしくお願いいたします」


 失礼な物言いのグランにも、カイン君はにこにこと笑顔で対応している。……大人だ。


「ふん、いつもいつもアメリアの側をうろちょろと……いい加減、姉離れをしたらどうだ? 鬱陶しい」

「申し訳ございません」


 そばで話を聞いているわたしの方が、グランに対しふつふつと怒りがこみ上げてきたが、当のカイン君は涼しい顔で笑っている。


「まあ、いい。私の一回戦の相手はお前だったな。精々可愛がってやる。……あぁ、そうだ。アメリア、夜はお前を本当の意味で可愛がってやるからな」


 そう言うと、グランがアメリアの顎をそっと指で撫でた。


 ゾワッ! き、気持ち悪い…! わたしは鳥肌が立った両腕を、高速でさする。言いたいことを言って満足したのか、グランは笑いながら上機嫌で去って行った。


「……アメリア、あいつに何か言われたの?」


 先ほどまでの笑顔とは打って変わって、カイン君は無表情でグランが去って行った方を見つめている。

アメリアは肩を竦めながら、事も無げに答えた。


「別に。ただ今夜、部屋に来いって言われてるだけよ。……上手く切り抜けるから大丈夫。気にしないでちょうだい」


「……ふーん」


 その瞬間、わたしは周囲の気温が二、三度下がった気がした。ハッとしてカイン君の顔を盗み見る。……無表情だ。無表情ではあるが、その目の奥には明らかな怒りの感情が見て取れる。


「カイン、手加減してあげなさいよ? 相手は貴族なんだから、あとでどんな因縁付けられるか分からないわよ」

「……わかってる。なるべく穏便に済ませるから、大丈夫だよ」


 にっこりと笑ってそういうと、カイン君は選手控え室の方へ去って行った。……笑顔ではあるが、目が笑っていなかった。


「……ユーリ、今のカインの言葉……【嘘】よ」

「……はい。スキルがなくてもわかります」


 アメリアとわたしは目を見合わせ、共にため息をついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ