打合せ、大事。
「ちょっ……ちょっまっ……! カ……、カッ……カッ!」
わたしはテーブルに手をつき思わず立ち上がった。喉元まで出かかった言葉をつばと共に飲み込み、カイン君を凝視する。
「待ってくださいカイン君! 急に何言っちゃってるんですか!?」って今すぐ叫びたい! だけど、カインって思いっっきり男性名だからね! なんて呼ぼう? カ、カ……カトリーヌでいいかな? それともカイラとか短い方が? くっ、こんなことになるんなら、偽名ぐらい打合せしておけばよかった! ……って、違う! 名前がどうこうの前に、カイン君! なんでそんな大事なこと一人で勝手に決めちゃうかなあ!?
立ち上がり、頭を抱え、あからさまに狼狽えるわたしの事など視界に入っていないように、カイン君はぴったりと張り付いた笑顔を崩さない。女性も表情を見る限り驚いてはいるようだが、……わたしほどではない。女性は一度椅子に深く座りなおし、口元に手を当て、床をしばらく見つめた後、返答を待っているカイン君に視線を向けた。
「……それは、こちらとしては……願ってもない申し出だけど……いいの? 第一、あなたも世界を救う旅の途中なんじゃ……」
そう! そうだよ! エステラが戻ってきてもカイン君がいないんじゃ、なんっっの意味もないからね! わたしは女性の言葉に賛同するように、拳を握り、こくこくと高速で頷いた。だがしかし。カイン君はまるで他人事のように余裕の笑顔で答える。
「問題ありませんわ。私よりエステラの方がよほど有能ですから。……魔力に関しては少々上かもしれませんけど」
いたずらっぽく笑って見せるカイン君。うん、魔力が上とか言う前に、根本的に無理な問題があるでしょ!? 君、男の子だからね!? これ以上話が進む前に、一旦強制打合せだ! わたしは女性に「奥の部屋を貸してほしい」とお願いをして、「ど、どうぞ?」の言葉を得るより早く、きょとん顔のカイン君の腕をつかみ部屋へと引っ張っていった。
部屋に入り、急いで内鍵を閉める。カイン君はというと、わたしに腕を掴まれたまま心底不思議そうな顔をしていた。
「……びっくりした。ユーリ、急にどうしたの?」
「…………っっ!」
どうしたの? じゃないよ! びっくりしたはこっちのセリフだよ! 思わず大きな声が出そうになったが、部屋の外の女性に聞かれるとまずいので、脳内を平常心という言葉で埋め尽くしながら、吸い込んだ空気を一旦ゆっくりと吐き切った。そして、なるべく、なるべく小さな声で話し始める。
「……カイン君。ど、どういうつもりなんですか? エステラの代わりに聖獣の花嫁になる……? エステラがいなくても、カイン君がいなくてもわたし達は困るんですよ? それに、第一、カイン君は……お、男の子じゃないですか……!」
カイン君は首を十五度ほど傾けて「……そうだよ?」と、事も無げに答えた。そ、そうだよ? そうだよね? 当然そんなことわかってるよね? うん、一旦聞こうか。
この時点で、わたしはようやくつかみっぱなしだったカイン君の腕を離した。慌てていたので勢いで借りてしまった部屋だが、どうやらここは女性の寝室らしい。……悪いことしたな。後でちゃんと謝っておこう。
部屋の中にはベッドが一つと窓際に椅子が一脚置いてあるだけだ。わたしは窓際へと移動して外の様子を確認した。右を見ても左を見ても、青々と生い茂った樹々しか見えない。……ここなら誰かに話を聞かれるということもないだろう。が、念には念をいれてカーテンも閉めておこうかな。
唯一の採光ポイントであった窓をふさいでしまったので、昼間とはいえやや薄暗くなってしまったが、話しをするだけなので問題はない。わたしは扉の前でおとなしく待っているカイン君をちょいちょいと手招きし椅子に座らせ、その正面に腕組みをして立った。……別に威圧しようとしてるわけじゃないからね? こうでもしてないと自分が落ち着かないからだからね!
スカートをはいているからなのか、カイン君はきっちりと揃えた足を横に流し、膝の上で指を組んで座っている。……うーん、ほんと見た目だけなら女の子なんだけどね。位置関係的に上目遣いでこちらを見つめられていることもあって、可愛さに拍車がかかっている。……ハッ! 思わずただ見とれてしまっていた! いけない! 話を聴かねば!
「……えっと、それじゃあカイン君の考えを話してもらえますか? ……なるべく小声で」
「うん、わかった」
カイン君は小さく咳ばらいをした後、囁くような声で話し始めた。……自分で小さな声を希望しておいてなんだが、少々聞き取りづらかったので、わたしも仁王立ちスタイルをやめて、腰をかがめて耳を近づけた。
「……あの人が言ってたユニコーンって、本当に聖獣なのかも怪しいと思うんだよね。水を浄化する能力はあるのかもしれないけど、おそらく魔物の一種なんじゃないかな。今はユニコーンの浄化の力を利用したい村側と、女の子がほしいユニコーン側の目的がうまくかみ合ってるけど、これから先どんどん魔物が凶暴化してきたら……どうなるかわからないよね?」
「た、たしかに……!」
「それにやっぱり……女の子としては馬のお嫁さんって嫌じゃない? それで断りにくい理由づけとして、ユニコーンは聖なる獣ってことにしたんじゃないかな。小さいころから聖獣と思うように刷り込まれてれば……嫌悪感も少しは…………うーん、薄まるかな……。あー、でもエステラは責任感も強いし、村の為って言われれば断れないかも」
うんうん、ここまではなんとなく分かるよ。ユニコーンのこと聖獣って呼んでありがたがってはいるけど、要は生贄みたいなもんだもんね? 本当は嫌だけど、正直に嫌って言えない感じなんだろうね。エステラだってルークスのことが好きだったはずなのに……旅の間の思い出作りだったなんて思いたくないよ。
だんだん中腰が辛くなってきたわたしは、しゃがみ込んで話の続きを聞くことにした。今度はカイン君を見上げる形だが、これはこれで可愛い。
「……でも僕はこの村の人間じゃないし、ユニコーンのことも別に何とも思ってないし、エステラを助けたら男だってばれる前に適当な所で逃げ出そうかなーって」
にこにこと笑いながら答えてくれるカイン君。わたしも人のことは言えないけれど、これは流石に……楽観的すぎやしませんか?
「……そんなうまくいきますかね?」
「大丈夫じゃない? もしばれそうになったらブリザードで周りの人ごと凍らせちゃえば、どうとでも……」
「それはやめてください……! それに、逃げた後はどうするんです? 水を浄化しなければこの村の人は生活が出来ないんですよ?」
「それなんだけど……ユーリ、魔獣の首輪ってもう一つ作れる?」
「魔獣の首輪? ファルシャードの為に作ったばかりですし、形も良く覚えてるから作れ……あ! そういうことですね!」
「ね? もしユニコーンが魔物ならそれで言うこときかせられるんじゃないかな? そうしたらもう、村の女の子が犠牲にならなくても済むよね?」
「カイン君天才です!」
わたしは早速魔獣の首輪をもう一つ創造し、カイン君に手渡した。カイン君はスカートの下に隠し持つことにしたみたいで、露わになった左太ももに首輪を取り付けている。な、なんか卑猥……!
その後、カイン君の偽名も決めておいた。カイン君的には「別になんでも」ということだったので、今の姿の時はカイラちゃんってことになったよ。試しに呼んでみたりして、呼び慣れない名前がなんだかむずがゆくて声を殺して二人で笑いあった。
──そう、わたし達は二人とも、揃って楽観的だった。この時はまさか、あんな惨劇が起きるだなんて思ってもみなかったのだ。
かなり間が空いてしまって申し訳ないです!更新スピード落ちますが、まだまだ続きますのでよろしくお願いします!