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聖獣の花嫁

「あの……わたし達、()()()()()旅の途中で……、エステラがいないと、ものすごーく困るんですけど……その、今からでも他の人に変わってもらうことってできないんでしょうか……?」


 村人全員花嫁候補なら変わってくれても良くない? もともとエステラの番じゃなかったんでしょう? ちょっと里帰りしただけなのにこんなことになるなんて、まったく想定外だよ!


 だからこうして、()()()()()ってところを強調して、女性にお願いしてみたわけだが、反応は悪い。女性は静かにため息をつき、目を伏せた。


「……難しいわね。聖獣様に嘘はつけないから。今この村で一番魔力が高いのはエステラよ。イレーネが約束通り村に戻っていれば、こんなことにはならなかったんだけど……」


 なんでも本来ユニコーンの花嫁はイレーネという女性だったらしい。魔力高い、性格良し、見目麗しい、年齢的にも丁度良い。花嫁としての資質をコンプリートしていたはずのイレーネさんだが、現在音信不通状態。一度ユニコーンの花嫁になってしまえば、年老いるまでその身の自由はないとのことで、せめてつかの間の自由を味わいたいと、花嫁候補の多くは村の外へと旅立っていくんだとか。だが、過去の花嫁達は約束の日には村にちゃんと戻ってきていたそうな。……みんなどんだけ従順なんだ! 幼いころより、そういうものだと言って聞かされ育ってきたので、とくに疑問にも思わないという。


「イレーネさんの身に何かあったんでしょうか……」

「さあ……どうかしらね。どこかで元気にしていればいいのだけれど、わたし達にそれを確かめる術はないから。いっそのこと素敵な人と出会って結婚でもしていてくれれば、村のおばば様達も諦めがつくかもしれないわね」


 女性はフッと冷笑を浮かべると、肘をついて窓の外を眺めた。……この人、イレーネさんと仲良かったのかな? 外を見つめる表情に、心配する気持ちと寂しい気持ちが同居してる感じ。口元は笑ってるけど、眉毛、への字だよ。


 うーん、ユニコーンのこと聖獣様って言ってる割には、花嫁に選ばれるのってそんな喜ばしいことじゃないんだろうな。だってこの女性ひと、この話題になってからめっちゃ表情暗いもん! 村に伝わる古くからの習わしかなんか知らないけど、嫌ならそんなの撤廃しちゃいなよ!


「その花嫁っていうのは、必要なものなんですか?」

「ええ。昔ちょっとしたいざこざがあって、この森の水って呪われているのよね。わたし達が飲めるように、聖獣様に浄化してもらっているの。聖獣様は、その……なんていうか、荒々しい気性で、花嫁以外の言うことを聞いてくれないのよ。聖獣様のお力がなければ、この森もわたし達も生きてはいけないわ」


 一人の犠牲で多数を救うってこと? えー! そんなのおかしいよ! もっと別の解決策考えようよ! そうだな、例えば──


「──村全体で引っ越すとかはできないんですか?」

「……面白いことをいうのね。気が付いていると思うけど、わたし達の髪って全員同じ色でしょう?」


 女性は自分の豊かな赤毛をひとつまみ持ち上げて見せた。窓から差し込む光に透けて、より一層赤が際立っている。


「あ、はい。村人全員が同じ赤毛なんてめずらしいなって思ってました」

「……血は繋がってないのよ? この島で赤毛の女児は疎まれるの。まだ魔法が珍しかった時代の、悪しき魔女の生まれ変わりだって言われてね。わたしを含めて、大抵は森の入り口に捨てられた孤児ばかりよ。大昔からの言い伝えだかなんだか知らないけど、髪の色だけで可愛い我が子を手放すなんて、馬鹿げているとは思わない? 世界に魔法を使える人が溢れた今でも、変な風習だけが残っちゃったのよね。厄介者扱いされてるわたし達が行く場所なんて、どこにもないのよ」


 なんと。じゃあ、エステラも孤児ってこと? 孤児と言う言葉に反応し、わたしはチラリと視線だけを動かしてカイン君の様子を見た。……表情の変化は特になし。先ほどから黙ってわたし達の話を聞いているカイン君は、時折カップのお茶に口を付けるくらいで実におとなしい。あれだけにこやかに談笑していたのに、わたしが女性と話し始めてからはすっとフェードアウトしてしまった。というか、カイン君は基本自分から率先して話すタイプじゃないし。……人見知りがちなわたしが女性と打ち解けるまで、気を使って話してくれてたんだな。


「ま、実際魔法が得意な娘も多いから、魔女の生まれ変わりって話も、あながち間違いじゃないかもしれないけどね」


 女性はそういうと、手も触れずに窓を開けた。ふわりと風が吹いて女性の髪を揺らす。


 カイン君も良くやってるけど、魔法っていうより精霊にお手伝いしてもらってる感じのやつだな。風の精霊によほど愛されているのか、女性にじゃれるように風がまとわりつき、髪がくるくると踊っている。これだけ自然に精霊とやり取りができる人でさえ、ユニコーンの花嫁としてはやや魔力が乏しい方らしい。


 魔力……そういえば、魔力ってステータス画面でも数値化されていなかったな。魔法攻撃力でいうなら、エステラもすごいけどカイン君だってすごいもんね。まあ、カイン君の魔力が高くても今は関係ないけど──


「あの……すみません」


 今まで黙っていたカイン君が突然口を開く。手元のカップはすっかり空になってしまっているし、お茶のお代わりがほしいのかな? わたしも女性もカイン君に注目し、次の言葉を待った。


「その……聖獣の花嫁というのは、この村の住人でないといけないのでしょうか?」


 あれ。お茶のお代わりじゃなかったか。なるほど。カイン君は花嫁候補を余所から探して来ようとしているわけだね? ……うーん、いるかな? 好みのタイプが気性の荒い馬っていう女性。無理やりってわけにもいかないし、ねえ?


 予想していた話とは違ったのだろう。女性は少々面食らった様子だ。


「え? ……いえ、そんなことはないと思うけど。でも直接生活に関係のない他所の人が花嫁になりたがるとは思えないし……第一、魔力が──」

「問題がないのでしたら、私、立候補します」


 にっこりと笑いながら首をすこし傾けたカイン君の笑顔は、今日一きょういち輝いていた。

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