迷いの森
ついこの間、エステラを見送った森の入り口に立つわたし達。上空は霧が濃く、ドラ子の背中から村の位置を確認することも不可能。本来であれば、正規ルートを教えてくれるはずのエステラがパーティーに不在。こんな時に繋がらない遠隔念話。毎回攻略サイトを見ながら進んでいたので、おぼろげにしか残っていない記憶。ルークスもカイン君もわたしの自称「職業:預言者」を信じているので、覚えていないから分からないとは言えない! どうやら「覚えてないんならまた預言すればいいじゃん!」って思われてるよ! もう、それっぽく預言? するしかないよ! ところで預言って何?
わたしは森の前で目を瞑り、必死で記憶を手繰り寄せる。仮にも五十回は通った道だ。脳のどこかには記憶が残っているはず……!
「うーん……右、右、真ん中、左、真ん中、後ろ、右……な気がします」
「ユーリ、後ろってなんだ? 来た道を戻るのか?」
知らんがな。制作会社に聞いてくれ。そういうものなのだと無理やりルークスを納得させ、森への一歩を踏み出す。ロングスカートに編み上げブーツのカイン君は少々動きにくそうだ。明らかにTPOに合っていない。
「……カイン君、大丈夫ですか? スカート、動きにくいようでしたら、代わりの服を出しましょうか?」
「ううん、大丈夫だよ。……ほら、こうすれば動きやすいし」
カイン君はスカートをたくし上げ、背の高い草むらをひょいと飛び越えた。振り返ってにっこり笑顔で「ね?」と誇らしげ。ぐうかわ。
あれかな? 職人のおじさんにサービスでもらったリボン、チャームの効果でもついてんのかな? 心を鷲掴みにされるよ? さっきルールタークの町でもみんながカイン君のあまりの可愛さに振り返っていたよ?
ともあれ、動きにくくないのなら問題はない。カイン君は剣もルークスに預けてしまっているので、道中の魔物の相手はもっぱらルークスに任せることにした。二、三匹のウサギに似た魔物を倒した後、初めの分かれ道に差し掛かる。
「ここは右です! 自信あります!」
「よし、じゃあ右に進もう」
わたし達が右の道を進んだ途端、どこからか「チリン」と鈴の音が聞こえた。
「な、なんの音だ?」
「正解の合図ですよ。間違った道の場合はならないんで気を付けてください」
その後も順調に鈴の音はなり続け、雑魚魔物を倒し続け、なんやかんやで最後の分かれ道までたどり着いた。似たような景色がずっと続くが、この最後の分かれ道は今までと違って真ん中に進む道がないのだ。ここを抜ければエステラの村に着く! 確かここは──
「……右? のような気がしてたけど……左だったかな。あれ、どっちだったかな……」
森に入る前は右だと思っていたが、いざ分かれ道を目の前にするとなんだか左に進んでいたような気もする。ここでルートを間違えると森の入り口まで逆戻りだ。魔物もそれなりに出るし、めんどくさいし、早くエステラの所に行きたいし、ここは間違えられない。左右どちらかの道は正解なのだ。確率は五十パーセント。だが、考えれば考えるほど自信がなくなってくる。……どっちだったっけ?
「どうしたユーリ?」
動きを止めたわたしを心配して、ルークスが顔をのぞき込んでくる。……まずい。ここまで来て覚えていないから分からないとは言えない! かくなる上は……! 困った時の運任せ!
深呼吸をし、わたしは持っていた杖を手放す。杖は、パタンと左の方へ倒れた。黙って倒れた杖を見つめるルークスとカイン君。しばしの静寂をやぶって、ルークスが口を開く。
「ひ、左に倒れたな。……じゃあ、左に進むのか?」
若干あきれ顔のルークス。わたしはゆっくりと首を横にふった。
「いえ、右に進みましょう」
「ま、任せるよ……」
うん、普通なら左に進むよね。そうだよね。だけどね、なんでかって言うとね、わたしはね、ものすごーーく、運が悪いの! 運任せで正解のルートが選ばれるはずがない! ここは当初の予定通り、右に進むことにしよう!
自信満々に右のルートを進むわたし達。「ちりん」と鈴の音が聞こえ、正解のルートだったことがわかる。
「やったー! 一回で抜けられた!」
「すごいね、ユーリ」
カイン君に褒められ、照れるわたし。良かった! 最後の選択は運だったけど、運がなさ過ぎて逆に良かった! あとはもう一本道だ。ぐんぐん進んでいくと、霧の向こうにうっすらと建物の影が見えた。
「あれか……じゃあ俺はこの辺りで待っておくことにするよ。何かあったらすぐに呼んでくれ」
ルークスは手ごろな木を見つけると、ひょいっと登って太い枝の間に腰掛けた。……一応隠れているつもりらしい。まあ、下にいても魔物に襲われるだけだしね。突っ立っているよりはマシだろう。
「じゃあ、わたしが村の中に入ってきますね。二人ともまたあとで」
わたしはゆっくり、塀で囲まれた村の入口へと近づく。入り口には槍を手にした門番の女性が一人立っていた。エステラと同じような赤毛の長身の女性だ。だが柔和な表情を見せることの多いエステラと違って、近づく私を警戒してか門番の女性の表情は険しい。
「あのー……すみません」
「……旅人か? 何の用だ」
門番の女性は引き続き厳しい表情でわたしを見据える。手にしている槍がわたしに向けられ、緊張が走る。わたしは無害オーラを一生懸命出しつつ、腰を低くして言葉を続ける。
「えっと、この村にエステラという女性がいると思うんですが……わたしは彼女と一緒に旅をしていた者でして、で、できれば会って話がしたいのですが……」
「……エステラの? ……そうか」
エステラの名前を出すと、門番の女性の表情が若干和らいだ。わたしに向けられていた槍の切っ先も、再び天を向いた。……良かった。とりあえず警戒レベルは下がったようだ。
「残念だが、今はエステラに会うことはできない。儀式の為に部屋にこもっているからな。あと三日はでてこない」
「そ、そうなんですか。……あの、その部屋から出てくるまで、村の中で待たせてもらうことはできませんか……?」
「村の中……? それは構わんが……、あそこの木の上にいるお前たちの連れはダメだぞ。この村は男子禁制だ」
わー。霧も出てるし結構離れてるから気づかれないと思ったけど、ルークス早速ばれてるー。……森育ちは目が良いのかな。
「あ、大丈夫です。彼は外で待ってますんで!」
「そうか。よし、入れ。問題は起すなよ。……で、お前はどうするんだ?」
──ん? わたし、今入って良いって言われたばっかりだよね? わたしが自分を指さして「わたし?」と尋ねると、門番の女性はふるふると首を振ってわたしの後を指さした。わたしが後ろを向くと、そこにはカイン君が立っている。
「あ、いえ中に入るのはわたしだけ──」
「私も一緒に中にいれていただけますか?」
普段のカイン君とは明らかに違う見事な裏声──。小鳥のさえずりかと思いました。……って違う!
「カ──」
思わずカイン君の名前を呼ぼうとしたが、にっこりと上品に笑うカイン君の笑顔から「黙っててね」という強いメッセージ性が感じ取られ、口をつぐむ。
「男でなければ構わん。さっさと入れ」
「ありがとうございます」
所作まで女性らしくなっているカイン君。スカートの両端をつまんで挨拶をすると、さっさと村の中へと入って行ってしまった。その様子をぽかんと見つめるわたし。
「どうした? お前は入らんのか?」
「……あ! いえ! 入ります!」
村の中ではカイン君がわたしを待っていてくれた。わたしが急いで駆け寄ると、小声で「うまくいったね」と耳打ちされる。クスクスといたずらっぽく笑うカイン君を見てわたしは、「ああ、この可愛さなら門番も騙されるわ」と妙に納得してしまった。