魅惑のベルベットリボン
わたしは若干取り乱し気味のルークスと、事情を聞いても割りと落ち着いているカイン君に、エステラを迎えに行く作戦を説明する。すっかり常連になってしまった宿の隣の食事処で、この島の料理を味わいながら。たっぷりチーズののったバゲットと、とろとろに煮込まれたエンドウ豆のスープは絶品です。
「前にもちょっと話したんですけど、エステラの村にルークス達は入れないので、わたしだけ向かおうと思います。とりあえず会うだけあって詳しく事情も聞きたいですし、助けが必要なようだったら、まあ……臨機応変に」
「ユーリだけ? 大丈夫か?」
うーん、大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったらおそらく後者ではあるのだけれど、しょうがないよね。だって──
「エステラの村は──」
「エステラの村は?」
「──男子禁制なんです」
「男子禁制……」
「村の入り口に立っている門番さんが、男性は中に入れてくれないんです。……無理やり入ろうと思えば入れるかもしれませんけど、怪我人がでるようなやり方はちょっと……」
ルークスを操作するゲームプレイ中は入ることができなかったけれど、一応わたしはこのパーティでのオンリー女子だ。部外者は入っちゃダメとかいうルールが加わらない限り、問題なく入れる……はず!
ルークスと、カイン君は小声で何やら話し合いを始めた。ルークスは腕組みをして完全に食事の手が止まっているが、カイン君は会話の合間合間にスープを口に運んでいる。あったかい内に食べた方がおいしいもんね! わたしもチーズが冷めない内に食べよう! そうして、わたしがどこまでも伸びるバゲットのチーズと格闘している間に、二人の意見はまとまったらしい。話し合いが終わるや否や、ルークスはあっという間にパクパクっと自分の分の料理を平らげてしまった。
「……そうだな。無理やり入るようなやり方は良くないな。エステラの故郷の村だし、手荒なことはしたくない……。でも! やっぱり心配だから、俺も村の入り口の近くまでは着いて行くことにするよ。村に入りさえしなければいいんだろう?」
森で待っているだけなんて暇だと思うけど、ルークスがどうしても譲らないので結局村の前までは一緒に行くことにした。まあルークスがいればすぐにドラ子を呼び出してもらえるし、楽は楽だよね。わたしもそれを了承し、食事を終えたわたし達は会計を済ませ店をでた。
「お腹もいっぱいになったところですし、今から森に向かいましょうか?」
「あー、僕ちょっと行きたいところがあるんだけど……」
え? カイン君の行きたいところ? よし、行こう。今すぐ行こう。聞けばこの間の戦闘で破れてしまった鎧の布部分を修繕したいらしい。そうだよね! 普段はマントで隠れているとはいえ、肌見えちゃってるもんね! 早く言ってくれれば良かったのに! わたし達は急いで町の防具や洋服を扱う店へと向かった。ルールタークは割と大きな町なので、店の品ぞろえも良いし、職人の腕も良いのだ。
店には黒髪短髪のいかにもな職人が座っていて、カイン君が鎧の穴があいた部分を見せて説明をしている。職人はもともと刻まれていた眉間の皺を更に深くして、カイン君の脇腹をのぞき込み唸った。
「……これは、かなり時間がかかるぞ。まず、この鎧に見合った素材を探すのに二十日、いや三十日はかかるかもしれん。俺もここまで上質な糸は見たことがない。……いや、すごい一品だ」
「直りそう?」
「……どうかな。素材さえ集まれば加工はなんとかなるかもしれんが、ハンターに依頼をしてみんことには。出来るだけ丈夫で軽い糸と、あとは糸の品質を上げるための素材だな。急ぐのか? できることなら時間を掛けてじっくり直したいんだが」
「いいよ、時間かかっても。ちゃんと直してもらった方がいいし。僕、あっちの服見てくるね」
そういうとカイン君は洋服コーナーへと向かい、いくつかの洋服を手に取り戻ってきた。試着室を借りてごそごそと着替えていたが、五分後、わたしは開け放たれたカーテンから出てきたカイン君の姿に目を疑った。
「お、似合うな。それでいいんじゃないか?」
「うん、これなら喉元も隠れるし、ちょうどいいよね」
カイン君が着替えたのは、フリルのついたハイネックブラウスに上品な紺のロングスカートワンピース。んんー!? これはもしかしなくても……?
「カイン君、それ、女物じゃないですか?」
わたしの問いかけに、カイン君はロングスカートを両手でつまんで少し持ち上げながら首を傾げた。
「そうだけど、似合わない?」
「いや、全然似合ってます! めちゃくちゃ可愛いです!」
正直、似合ってます! 深窓の令嬢って感じ? 服が違うだけでちゃんと女の子に見える! もともと線が細いっていうのもあるけど、パフスリーブやAラインスカートの効果も相まって完全に女子! 可愛い!
「じゃあ、鎧も修理に出しちゃったし、これ買おうかな」
「毎度あり。これもおまけでつけよう。その服によく合うと思うぞ」
職人のごつい手から渡されたのは深紅のベルベットのリボン。カイン君がブラウスの立ち襟の上にしゅるりと蝶結びを作る。はい、可愛い。可愛さ倍増。
「……って、いやいや! なんで誰もつっこまないんです!? え!? なんで鎧の代わりがロングワンピース!?」
わたしの叫びはことごとく無視され、カイン君は脱いだ鎧を職人に手渡しルークスが鎧の修理代金を前金と洋服代を支払った。わたしがその場に呆然と立ち尽くしていると、ルークスが「早くしないと置いてくぞ!」と急かしてくる。え? あ、もう説明なしなんだ! 諦めたわたしは小走りで二人の後を追いかけた。