地の魔法陣
わたし達は市場で食料品や薬草を買い足したのち、赤い屋根の小さな宿に泊まることにした。夕食に出されたじっくり煮込まれたシチューは、肉こそ少なかったが根菜の旨味が溶けだしていて素朴な優しい味がした。おふくろの味ってやつだね。案内された四人部屋のベッドは古く、少々軋むが機能としての問題はない。ふわふわの清潔な布団でゆっくりと休むことができた。
翌朝、すぐに宿を出て魔法陣のある場所へと向かう。ドラ子の背に乗りながら、朝食代わりに昨日購入した星形の果物をみんなで食べた。とてもおいしい果物だったので、ルークスは自分の分を半分、ドラ子の口に投げ入れていた。……よ、よく飛行中にそんな首の先まで行くことが出来るものだ。わたしは目的地に着くまで、シートベルトを絶対に外せない。今後空中戦でもあろうものなら、わたしはまったく役に立たないだろうと断言できる。……普段からあんまり役に立ってないけどね。
「見えてきた。あそこだろう? ほら、建物がある」
険しい岩山に囲まれた土地に、ぽつんと建てられた白い建物。シンプルな四角い造りで、装飾等は一切なし。ほんと、入り口があるだけのただの箱。だが中に入ると、壁や床には城の地下宝物庫にあったのと同じ文様が刻まれていて、わたし達の動きに合わせて光を放った。すでに地下宝物庫で目にしているわたしとルークスとカイン君はスルーしたが、ファルシャードは驚いたようだ。
「……すごいな。これは旧時代の物か?」
「みたいですね。電気代もかからないし、便利ですよね」
「……でんき?」
「あ、なんでもないです」
魔法陣がある部屋までは一本道で敵もでない。光る壁が珍しいのかなかなか歩くスピードが上がらないファルシャードを待ちながら、ようやく最奥へとたどり着いた。部屋の中心には、四つの魔法陣が重なり合うようにして描かれている。
「さあ、ファルシャード。地の魔法陣を起動させてください!」
「……分かった! ……で、どうやるんだ?」
どう、とは? ゲームじゃ普通にやってたよ? えーと、たしか──
「なんか、加護を持ってる人が魔法陣の上に立って、精霊に語り掛けて……魔法陣が光ってた気がします!」
「ノームに語り掛ければいいんだな? よし、やってみる!」
ファルシャードは魔法陣の上に立ち、半歩開いて右手を地面に向け、意識を集中するように目を閉じ、すうっと深呼吸をしてから再び目を開いた。
「我は大地の民ファルシャード! 地の精霊ノームよ! 我が呼び声に応え、彼の地へと誘う魔法陣をその力で満たしたまえ!」
……あ、もっと普通で良かったんだけど……。なんか、すごいかっこいい感じで言ってくれたね。ありがとうございます。ルークスとカイン君は、ファルシャードに暖かい拍手を送っている。あ、魔法陣光ったね。これで地の魔法陣はオッケーです。はい、撤収。
「じゃ、魔法陣も起動出来た事だし、帰りましょうか」
「え、これだけでいいのか!?」
「はい。地の魔法陣も光ってますし……今はこれで大丈夫です」
ファルシャードは納得がいってない様子だが、わたしはとっとと部屋を後にする。しばらく歩いたところで後ろを振り返ると、ちらちらと魔法陣を気にしながらも、こちらに歩いてきている姿が見えた。
魔法陣も無事起動出来たことだし、これでファルシャードの役目は終わった。ゲーム中であれば、パーティーメンバーの入れ替えはボタン操作一つだ。WEFにはメインキャラ以外にもサブキャラが多数いるので、必要に応じて好みのメンバーに入れ替えることが出来る。……が!
実際、「じゃああなたはパーティーから外れてください! 必要になったらまた呼ぶんで!」とは言い辛い! 別れる場所も、村や町以外で置き去りにはできない。こんな陸の孤島などもっての外だ。死んじゃうからね! わたしは歩きながらルークスに小さな声で相談をする。
「ルークス……どうしますか? そろそろファルシャードにパーティーを離れてもらいますか?」
「う……そうだな。エステラを迎えに行かなきゃいけないし、ドラ子に乗れる人数を考えると……。だけど、なんか…………言いにくくないか?」
「はい、ものすごく言いにくいです……!」
「だよな……! だけど、誰かが言わなきゃいけないことだし……」
「じゃあ、ここは公平にじゃんけんで決めましょう……!」
「……! 例のあれか! わかった。恨みっこなしだぞ!」
フッ、まさかここにきて移動中の暇つぶしにみんなに教えていたじゃんけんが役に立つとは思わなかった。あ、カイン君は数に入ってないよ。カイン君にそんな辛い役割任せられないよ! わたしとルークスで一対一の勝負!
「じゃあ、いきますよ? 最初はグー! じゃんけん──」
「「ぽん!」」
わたしがパーでルークスがチョキ。負けました。ああっそうだっ! ルークスって強運の持ち主じゃん! わたしってば、なんでじゃんけん勝負にしたし!
「よっし! ……悪いなユーリ! 頼んだぞ!」
「くっ……! ……はい、わかりました」
わたしの気分に合わせて足取りも重くなる。たらたらと歩いている内に、ルークスとカイン君はどんどん先に行ってしまい、いつの間にかファルシャードが追いついてきた。気持ちを切り替えたのか、もう後ろを振り返ったりはしていない。わたしと目が合うと、金の瞳を細めてにっこり笑いかけてくれた。
「俺を待っててくれたのか? ありがとう。ユーリは優しいな」
「いえ……そういうわけでは……」
やばい。罪悪感から思わず目を逸らしてしまった。わたしはファルシャードと並んで通路を歩いて行く。もう外の陽の光が見えてきた。建物の外で、ルークスとカイン君がこちらを見ながら立って待っている。
ここを出たら、ファルシャードにパーティーを外れてくれるよう話さなければならない。……なんて言おう!? なんて言ったら、一番ダメージ少なくさわやかにお別れできる!? 自分が苦手な相手であっても嫌われたくはないチキンなわたしは、必至でベストな言葉を考えたが、焦るばかりでうまく言葉がまとまらない。……嗚呼、手汗がすごい。わたしは左手をローブでぬぐい、杖を持ち替えて右手もぬぐった。
エルグランスでのエピソードもう少しやろうかと思ったんですけど、長くなりそうなんでやめました……! また別の機会に入れていきたいと思います。