久しぶりのエルグランス
「じゃあ一旦中央に戻って、地の魔法陣だけ起動させましょうか。ドラ子にとばしてもらえば……夕方までには着きそうですね。魔法陣のある場所からはエルグランスの町が一番近いので、今夜は宿に泊まって明日向かうことにしましょう」
「エルグランスか、懐かしいなー。魔法陣はどの辺りにあるんだ?」
「お城の北にある山に囲まれたところですね。飛行魔獣でないと近寄れないんですよ」
一般人が誤って入ってこないためにね。仮に飛行魔獣持ちの、四属性の加護を持った一般人なら魔法陣を起動できるかもしれないが、転送先の部屋には鍵がかかっている。鍵を管理しているのは王様なので、その先には進めないのだ。
ルークスにドラ子を呼んでもらい、背中に乗りこんでシートベルトを締めると、ファルシャードは見るからにわくわくし始めた。遠足の小学生か。
「中央の町かー、楽しみだな。俺、土の島から出たことがないんだ。野菜を卸に行った奴から聞いた話じゃ、中央の女性は肌が白くて淑やかで可憐で守りたくなる存在なんだろう? カインは中央出身だったよな? どうだ? お前の知り合いの女性もそんな感じなのか?」
ファルシャードに話を振られたカイン君は、口に手を当てながら視線を上に向け、考え始めた。
「んー……僕の知ってる女性は、確かに見た目だけならその通りなんだけど……。実際は怒ると怖いし、自分にも他人にも厳しいし、守ってあげたいっていうより逆に守られてるっていうか、頼りになる存在かなぁ……」
あーなるほどね。アメリアのことでしょう? 確かにそんな感じだね。アメリアしっかりしてるもん。
ファルシャードはそれはそれで興味があるみたいで、カイン君に詰め寄って話を訊いている。うーん……この様子だとファルシャードが生アメリアを見たら、とてもめんどくさいことになりそうだ。まごう事なき絶世の美少女だからね。……近くまで行くけど、今回は城に寄るのはやめておこうか。どうせ後で鍵を借りに行かなきゃならないし、あとは風の加護を得るだけなのでそこまで時間もかからないだろう。
ドラ子にエルグランスの近くに降ろしてもらい、久しぶりの王都へ足を踏み入れる。やはり他の島に比べると人の賑わいが違うなー。整備された石畳に、清潔な街並み。町ゆく人たちも皆、汚れのない服を身に纏っている。ここに来たときはこれが普通だと思っていたけど、この世界の中ではこれで発展している方なんだな。
「うわー……ここが王都か。大きいな……。あ、あれはなんだ? 見たことない果物がいっぱいある!」
ファルシャードは早速店先に並べられた果実に興味津々だ。店の人が試食させてくれた星形の果物がおいしかったので、人数分購入することにした。会計を済ますルークスを待っている間もファルシャードは別の店をのぞき込み、いちいち感嘆の声を上げている。……迷子になるなよ。
「ねえねえユーリ、あれってラダマンさんのお店じゃない?」
「え! どれですか?」
カイン君が指さす方を見ると、確かに看板にラダマン商店の文字があった。エルグランスの中でも一二を争う立派な店構えだ。軒先には沢山のスパイスが小瓶で並べられていた。見覚えのある従業員が、スパイスを手に取った客の接客に当たっている。店の中から出てきた品の良い奥様は、満足そうに自分の指にはめられたルビーの指輪を眺めながら従者と共に帰って行った。奥様が見えなくなるまで頭を下げ続ける従業員。おお、ラダマンさんがいなくても店がちゃんと回っている……。社員教育がいいんだな……。
「……ラダマンさんって本当に大店の旦那さんだったんですね……」
「うん、すごいね。前に通った時は気にならなかったけど、知ってる人のお店だと思うとつい見ちゃうね」
お店が繁盛しているみたいで良かった。ラダマンさんにはルビーを沢山買ってもらったからね。店にもちょっと入ってみたいけど、先に宿の部屋をとった方が良いよね。後でもう一回来よう!
後ろ髪をひかれながらもルークスがいる果物屋さんの方を向き直る。……あれ? 先ほどまで果物屋にいたはずのルークスの姿がない。ちょろちょろと周りの店を見て回っていたファルシャードもいない。
「……ルークスがいませんね。……ファルシャードも」
「そうだね。僕達がラダマンさんのお店を見てる間に、先に行っちゃったのかな?」
なんという事でしょう。人が多くて広いこの町で、二人は迷子になってしまったのですね。……ま、いいか。行先は宿ってわかってるんだし、やみくもに探すよりは宿で待ってた方がいいよね?
「とりあえず、宿に向かいましょうか。その内合流できますよね」
「そうだね。僕お腹すいたしご飯も食べたいな」
そういえばお昼ご飯を食べていないな。思いのほか早く着いたので、まだ昼を少し回ったくらいだ。先に何か食べて待っていても……と思ったところでハッとした。
「あー…………財布は……ルークスが持ってるんです」
「え……じゃあ、ご飯は……」
わたしのポケットにはカイン君のハンカチしか入っていない……! カイン君もポケットを探ってみてくれたが、出てきたのはナヴィドさんの娘さんに入れられたのであろう、どんぐり一個だった。
「二人が見つかるまで、お預けです!」
「……僕、頑張って探すね!」