なんかもやっとする
「おい! それは俺が目を付けてた肉だぞ!」
「そんなの知らないわよ! わたしまだぜんぜん食べてないんだからいいじゃない!」
「ま、まだ沢山ありますから! 落ち着いてください!」
……ダメだ。今日ぐらいは仲良く食事でもってことにはならないみたい。わたしの言葉は耳に入っていないようなので、言い争う二人の間からすっと抜け出し、ナヴィドさんに助けを求める。ナヴィドさんは黙って立ち上がると手慣れた様子で二人の体の向きを変え、メフリをカイン君の隣に、ファルシャードをわたしの隣に座らせた。……って、え? とりあえず静かにはなったけど、え?
メフリはカイン君が視界に入った途端におとなしくなり、甘えた声を出す。
「わたしお腹すいちゃった……。カインはもう食べたの? 何がおいしかった?」
「えーとね、お肉もおいしかったけど、野菜もおいしかったよ。取ってきてあげようか?」
「ほんと? 嬉しい! カインって優しいのね」
メフリはカイン君に抱き着き、カイン君の肩越しに目が合ったわたしににっこりとほほ笑んだ。えー、わたしがカイン君のこと好きだって誤解してる割には、メフリ……えー。自分から誘っておいてなんだが、あそこまであからさまにカイン君にアピールされるとモヤモヤするよ! いや、わたしが口出すことじゃないし、カイン君がいいならいいんだけどね! 嫌がってるなら止めに入りたいけど、こっちからじゃカイン君の表情が見えない!
「ユーリ、これもおいしいらしいよ。米から作った酒だって。飲んでみる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
わたしはファルシャードに勧められた酒を一気にあおる。うん、日本酒とも泡盛とも違う感じだけど、アルコール度数が高いってことだけはわかる! かなり辛口だけど、おいしい! 一気に飲み干したわたしを見て、ファルシャードが目を丸くする。
「そんなに一気に飲んで大丈夫? かなり強い酒らしいんだけど……」
「え? うーん、いやまあ……はい」
「……まいったな。ユーリって酒に強いんだね」
強いっていうか、酔わないだけだけどね。説明するのめんどくさいし、まあいいや。そんなことより、カイン君とメフリのことが気になる! なんだろうこの気持ち……そう、保護者? 保護者感覚? わたしはモヤモヤを吹き飛ばすように、ファルシャードに注がれたお代わりをまた飲み干す。再び酒を注ぎながらファルシャードがなにやらしゃべっているが、あんまり頭に入ってこない。メフリ、カイン君にトウモロコシの皮むいてもらってる! う、うらやましいっ……!
賑やかなバーベキューは夜遅くまで行われ、ナヴィドさんをはじめとする大人達はすっかり酔いつぶれてしまったので、ルークスに頼んで家の中まで運んでもらった。ファルシャードとメフリは口喧嘩をしながらも一緒に家へと戻っていき、わたし達はナヴィドさんの家に泊めてもらうことにした。
床に敷かれた敷物の上に三人で横になり、一枚ずつ毛布を掛けて眠った。ルークスは早くもスヤスヤと寝息を立てている。わたしは……ダメだ。モヤモヤして眠れない。小さな声で隣で眠るカイン君に声を掛けてみる。
「カイン君、起きてますか?」
「……うん、何?」
わたしに背中を向けて寝ていたカイン君が、コロンとこちらを向いてくれる。ぐう、かわいい……! 毛布からちょっとだけ出てる手とか、最高か……! あまりのかわいさにわたしは言葉を失い、数秒思考が停止したが、はっと我に返って気になっていることを聞いてみた。
「あの、カイン君はメフリのことどう思ってるんですか?」
「メフリ? かわいいよね?」
や、やっぱり……! カイン君はアメリアのことが好きなんだと思ってたけど、アメリアはレグルス大尉のことが好きみたいだし、カイン君が歳が近くて慕ってくれてるメフリのことを好きになってもしょうがないよね? カイン君にも年相応の青春があってしかるべきだもんね。
「い、今ならまだ間に合いますよ? ファルシャードの代わりにメフリに旅に同行してもらいますか?」
「え? ううん、ファルのままでいいよ? なんで?」
本当にわからないといった表情でじっとこちらを見つめられ、わたしは言葉が出てこない。あ、そうか。魔王を倒す為の危険な旅だしね。そんな旅に大事な人を連れて行きたくないよね。
「……いえ、なんでもありません。……おやすみなさい」
「? ……おやすみ、ユーリ」
モヤモヤは晴れた。代わりにちょっとだけ寂しくなった。自分の息子に彼女が出来た時って、こんな気分なんだろうか……。
──翌朝、わたし達がナヴィドさんの奥さん達と昨夜のバーベキューの後片付けをしていると、旅立ちの準備を終えたファルシャードがやってきた。昨夜お願いしておいたので、上半身も裸ではなく、ぴったりとした腕の動きを妨げない服を着てくれている。良かった! 印象が大分違うよ! これでやっと直視できる!
「おはようユーリ、俺達の旅立ちにふさわしい気持ちの良い朝だね」
「……おはようございます。随分早いですね、もう準備はいいんですか?」
「ああ、メフリが起きたらまためんどくさいから早めに出てきたんだ。あいつ朝が弱いから、この時間なら絶対起きてこないからな! さ、早く行こう!」
奥さん達が気を使ってくれたので片付けもそこそこに、大地の民の村を旅立つことになった。……カイン君はメフリにお別れを言いたかったかもしれないが、ファルシャードに急かされたこともあり、ナヴィドさん一家にだけ別れを告げた。とりあえず、地の精霊の祠に向かうことにしよう! 村を出たところでルークスにドラ子を呼び出してもらう。ドラ子と初対面のファルシャードは、舞い降りてくるドラ子に腰を抜かし、気持ちが良い位驚いてくれた。
「な、なな……なんだ!? ドラゴン!? え? ドラゴンに乗るのか!?」
ルークスがドラ子の首を撫でながら、自慢げに紹介をする。
「ふふふ……物凄くかっこいいだろう? 本物のドラゴンだぞ? ドラ子って言うんだ。…………本当はテスタロッサにしたかったんだけど……。ドラ子、新しい仲間のファルシャードだ」
……まだ根に持っていたのか! 小さい声でぼそりと呟いてたけど、ちゃんと聞こえてるからね! ルークスがファルシャードに手を貸し、ようやく立ち上がったファルシャードはドラ子を見上げ、ほうっと息をもらした。
「……驚いたな。まさかドラゴンを使役してるなんて……どうやって従えたんだ?」
『……この者達と力比べをして負けたのだ。……興味があるのなら、主とも一戦交えても良いが……』
「しゃべった!? ドラゴンは人の言葉も操れるのか! ……すごいな。うーん……こんな機会めったにないからな、ちょっと手合わせ願いたい気も……」
「興味本位で戦えば確実に死にますよ。はっきり言ってドラ子は強いですからね」
「……ああ、そうだな。遠慮しておく」
うん、その方が賢明だ。レベルカンストのドラ子とファルシャード単品では、まったくお話にならない。一瞬で消し炭になるのがオチだ。わたし達が勝てたのだって奇跡みたいなもんだからね。二度目があるなら確実に負けているだろう。ドラ子がどれだけ強かったのか、ルークスがややオーバー気味に話して聞かせ、ファルシャードが真剣な表情で聞き入っている。ドラゴンファンが増えて嬉しいのは分かるけど……早く行こうよ。
今度はわたしが二人を急かして、ようやくドラ子の背中に乗りこんだ。いちいち感嘆の声を上げるファルシャードに嬉しそうなルークス。それにちょっと眠そうなカイン君と一緒に、地の精霊の祠に向かう。土の島には古代の遺跡も数多く残っていて、地中に半分埋もれながらも天高く伸びている高層タワーもある。わたしは久しぶりに目にした文明の跡に懐かしさを感じた。