メフリ
長の家に着き、玄関で声を掛けると下働きの女性が出てきた。メフリのことを尋ねると、部屋にいるとのことだ。用意した食事にも手を付けていないらしい。女性に事情を話し、わたしはメフリの部屋へと案内してもらった。
女性は部屋の前まで来ると、長の食事の後片付けをしに行ってしまった。わたしは声を掛けてから仕切り布をくぐって部屋に入る。長の部屋とは違う、甘い香の匂いがした。
メフリは天蓋付きの寝台にうつぶせに寝転んでいて、クッションに顔を埋めていた。こちらからだと丁度かわいいお尻が見えている。わたしは床に敷かれた敷物の上に正座して、メフリを誘ってみた。
「あの……すみません、今ナヴィドさんの家でバーベキュー……あ、いえ肉や野菜を鉄板で焼いて食べているんですが、良かったらメフリちゃんも来ませんか?」
「……行かない」
あ、良かった。完全に無視されるわけじゃないみたい。返事をしてくれるなら、まだ見込みがあるかな? わたしはとっておきの誘い文句を放ってみた。
「カ、カイン君もいますよ?」
「……さっきの黒髪の人? カインっていうの?」
お、やっぱり反応が良い。メフリはクッションから顔を上げて、寝そべったままこちらに視線を向けてきた。カイン君を出しに使うみたいで申し訳ないけど、ファルシャードがいるのにメフリだけ誘わないのもかわいそうだしね。明日には旅立つわけだし、今日くらいはみんなで仲良くしてもいいんじゃない? わたしはビッグホーンのお肉おいしいし、野菜もおいしいよ! と精一杯伝えてみる。
「ちょっとだけなら……行ってあげても良いけど」
メフリは寝ころんだままコロコロと横回転し、寝台の端まで移動すると足を落として起き上がった。お、機嫌治ったっぽいね!
「良かった! あ、ファルシャードもいるんですけど、別に良いですよね?」
「……! やっぱり行かない!」
し、しまった。伝えるのが早すぎた……! せっかく起き上がってくれてたのに、再びぼふっとクッションにダイブしてしまった。そんなに!? そんなにあの兄が嫌いか! まあ、気持ちは分かるけどね!
「メフリちゃんは、なんでそんなにファルシャードのことが嫌いなんですか?」
「……あなたには関係ないでしょ」
「……そうですね」
はい、ごもっともでございます。……ちょっとお節介だったかな。無理に誘おうとしているわけでもないので、事情があるならそれはそれで構わない。わたしは早々に諦め、部屋を出ていこうと立ち上がる。
「……いっつもお兄ちゃんばっかり」
ん? 今何か言った? ハッ! ……これはあれか。素直じゃないけど、実は話しだけは聞いてほしいってやつなのか?
「関係ないですけど、話だけでも聞きましょうか? 話してみると楽になることもあるかもしれませんよ?」
立ち上がったついでに寝台へと腰掛ける。メフリはチラリとこちらを見て、すぐに顔を埋めてしまったが、しばらくすると半分だけ顔を上げて話し始めた。
「ねえ、なんでお兄ちゃんを選んだの?」
「……そ、それは」
言えない。実はどっちでも良かったなんて。その上選んだ兄の方も、すぐにパーティーから外すつもりだなんて。鋭い金の瞳にじっと見つめられ、わたしは分かりやすくうろたえた。しばらくの沈黙の後、わたしからの返答が得られなかったメフリは、ふうっとため息をつく。
「……分かってる。どうせ、お兄ちゃんのこと好きになっちゃったんでしょ? みんなそうだもん」
「いや、それは全力で否定させてください。わたしが好きなのはカ──」
「わたしが好きなのは? カ?」
おっと危ない。思わずカイン君の名前を言ってしまうところだったけど、違うんだよ。そうじゃないんだよ。好きは好きでもこの場合の好きはあれだよね? 恋愛対象の好きの方だもんね。やばいやばい、変態と思われてしまうところだった。上手いこと言って誤魔化そうと思ってるうちに、メフリがなにやら閃いたみたいでガバッと起き上がった。
「……カって、カイン? まさかあなたカインが好きなの? ……! それでわたしを遠ざけようとしてお兄ちゃんを選んだの?」
「いやいやいや、違います! ご、誤解です!」
「わたしの方が可愛いし、カインと歳も近いし、カインのこと盗られると思ったのね! カインもまんざらでもなかったもの。なんだ、それなら納得できるわ」
いやいや納得しないでいただきたい! 大いに誤解ですよ!
「……わたしの方が絶対お兄ちゃんより修行も頑張ってるのに、さぼってばっかりのお兄ちゃんと実力的には同じくらいなんだもん。だったらせめて大地の民として、魅力では勝ちたいじゃない? なのに今日だってお兄ちゃんが選ばれて……わたしには魅力もないって言われてるような気がして嫌だったの。でもあなたの嫉妬ならしょうがないわね。わたしの魅力は認めてくれてたってことだもんね? あ、ナヴィドの家に行くんでしょう? いいわ、一緒に行ってあげる。お兄ちゃんともしばらくお別れだろうし、最後に食事ぐらいしてあげる。わたしお腹すいたわ」
「……あ、はい。じゃあ行きましょうか……」
なんだか色々とめんどくさくなったので、もういいや。メフリの機嫌も直ったみたいだし……。
メフリが女性に出かけることを伝え、ナヴィドさんの家に向かう道を二人で歩く。ランプを持っているのはわたしなのだが、目を瞑っていても迷うことはないというメフリがわたしの前を歩き、時々振り返っては「歩くのが遅い!」と急かしてくる。いや、そっちが早いんだよ! わたしすでに競歩レベルで歩いてるよ!
弾むように歩くメフリのツインテールが、月明かりにきらきらと輝いていた。……うさぎみたいだな。わたしは結局メフリのスピードについて行けず、最後の方ではランプを持ったまま走った。