ファルシャード
お付き合いしていたナヴィドさんの娘達とのお別れは済んだようだが、ファルシャードは一向に帰る様子がない。当然のように自分の皿と、追加の肉と野菜を持ってくるようにナヴィドさんの奥さんに命令し、奥さんもにこにこした様子で指示に従っている。娘達もファルシャードを取り巻き、飲み物を勧めたり椅子を持って来たりあれやこれやと嬉しそうに世話を焼いている。わたしには理解できないが、どうやらこの軽薄な男は女性に人気があるらしい。……このままBBQに参加する流れみたいだ。
「これから一緒に旅をするんだから、ユーリとの親睦も深めておきたいしな」
ファルシャードはそう言って椅子から立ち上がり、わたしの肩に手を置こうとしたが例のごとくスカってしまい、驚きながら後ずさった。相当動揺していただろう。そのまま足元の小石に蹴つまずき、よろめいた拍子に熱々の鉄板に手をついてしまった。
「うわっ…………あっっつ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
すぐさまカイン君にウォーターヒールをかけてもらう。わたしは自分の体についての説明をして、その間ファルシャードは放心状態でおとなしく治療を受けていた。……そんなに熱かったのかな?
「はい、一応火傷は治ったと思うけど痛くない? ……えーと、フ……ファ……」
「……ファルシャードだ、カイン。はぁ、なんて事だ……まさかユーリに触れないなんて……! 一気にやる気がなくなった……」
そう言いながらファルシャードは、芝居がかった動きと切なそうな表情で、触れられないと分かっているわたしの胸に手を伸ばした。……魔素の体に感謝だな! わたしの身の安全は完璧に保障されている!
「ん? ……でも、さっき握手はできたよな……? どういうことだ?」
「……わたしが触りたいと思ったものには触れるようになってるんです」
いやそんなことよりも、だ。触れないと分かっているのに、体のあちこちを撫でまわすような手つきをやめてほしい。わたしは小さな声で何度か「……やめてください!」と口にしてみたが、やめてもらえないところをみると、ファルシャードの耳には入っていないようだ。ファルシャードは「なるほど……」と呟きながら、なおも手を止めない。見かねたカイン君がわたしの気持ちを代弁してくれた。
「ユーリが嫌がってるよ。……ファ、ファル……」
「ファルシャードだ、カイン。……しかし、本当に触れないんだな」
いや、さっきからやめてくださいって言ってるけどね!? わたしがファルシャードをキッとにらみつけると、ファルシャードは手を小さくバンザイにして、ようやく少し離れてくれた。肉に夢中になっていたルークスも、こちらの様子に気付いて近寄ってくるとカイン君に事情を聴き、ファルシャードに注意をしてくれた。
「女性の体をべたべた触るのは失礼だぞ? ファルザード」
「ファルシャードだ、ルークス。……触ってはいないぞ? あ、いやでも確かに失礼だったな。すまない、ユーリ。今まで触れられない女の子というものに出会ったことがなかったから、つい好奇心が勝ってしまった。不快にさせてしまったなら申し訳ない」
当然許してもらえると思っている爽やかな笑顔を向けられ、内心腹が立ってはいたが……わたしも大人だ。棒読み無表情ではあるが「いいですよ」と返しておいた。
「ユーリの心が広くて良かったな、ファルナード。エステラだったらどうなっていたか……」
「ファルシャードだ、ルークス。……ん? 他にも女の子がいるのか!?」
「今はちょっと別行動してるんです。でも、エステラはルークスのことが好きなんで、手を出しちゃだめですよ?」
口にしてしまってから思ったが……あれ? これルークスには内緒って言われたんだっけ? やば。……でも、改めて言わなくても、あれだけ分かりやすければ流石にルークスもすでに気づいて…………なかったみたいだね。ルークスは顔を真っ赤にして驚いている。いや、そんな驚くことじゃないでしょ……丸わかりだったでしょ。わたしもエステラに怒られるのは怖いので、わたしから聞いたことは内緒にしておいてくれ! と、ルークスにお願いしておいた。ファルシャードは素直に諦めてくれたみたい。良かった! 寝取ったりする文化はないんだね!
「なんだ、そうなのか……残念だ。じゃあやっぱり俺にはユーリしか…………ん? そうだな、こっちから手が出せなくても、ユーリの方から出してもらえば良いんだよな? ……うん、それなら問題ないな。やる気出てきた!」
何勝手に希望を見出してるのかはわからないが……そんな日は、未来永劫こないけどな!
「ねえ、早く食べないとお肉こげちゃうよ? ファ……ファル……」
「……さっきからファルシャードだって言ってるだろ!? 仲間の名前ぐらい覚えろよ! お前馬鹿なのか!?」
なんと! ファルシャードがカイン君を馬鹿呼ばわりしてきた! ここは全力でフォローしなければ!
「失礼なことを言わないでください! カイン君は馬鹿なんじゃなくて、自分が興味がないことは覚えられないだけです! ね、そうですよね? カイン君!」
「うーん、そう……かも」
「いや、それは流石に俺も傷つくよ! ……ああ、もう! じゃあ、俺のことはファルで良いよ! それなら覚えられるだろ?」
「うん、三文字ぐらいならなんとか!」
「助かるよ! ファル! 名前が長いと戦闘中の指示も出しにくいしな!」
……それっぽいことを言っているが、ルークスも絶対覚えてなかったからね。
ファルシャードの名前が覚えられないのは私もです。予測変換様様。