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真っ赤な彼女   作者: 京極しずる
2/2

Part2 「真っ赤な彼女の告白」

彼女はあの日以来、彼の病室を毎日訪れるようになった。

「また来たんだね。どうしていつも?」

「ええ、まあ。」

彼が理由を聞いても、片言返事に誤魔化すだけだった。彼はいつものようにベットから起き上がろうとするが、彼女はいつものようにそれを制止して座椅子に腰を下ろし、一言二言交わしては読書に戻るのを繰り返し続けるのが、彼と彼女の日課になっていた。彼女は来室の際、決まって名前の知らない赤い花を持ってきた。

 「ねえ?君がいつも持ってくる赤い花達は、なんて言う花なの?」

 「さあ、知らない。知らないけど、赤い花って綺麗でしょ。私は嫌いだけど・・・。」

 このやり取りも一つの習慣となっていて、「そう・・・。僕もあまり好きじゃない。」と彼と呟くと、彼女の眉毛が少し反応するのもまた繰り返される日常であった。彼らは性懲りもなく、繰り返しを続けていた。

 

 結局のところ、彼は何も聞けず、また彼女も何も告げづにいた。情熱と畏怖と、そして哀愁で占拠された夕日射す屋上での出来事と、彼女の言動を、彼は今まで問いただすことが出来ないでいたのだ。日常的に訪れる彼女の訪問は、心を刺激し、アンビバレントな緊張感を彼の心に潜ませるようになっていた。嬉しい。しかし恐ろしい。彼の心は、まるで子供が砂場で愉し気に作る、初めは土を水でぐちゃぐちゃに溶かして混ぜ合わせた泥を、新しい土で覆い被せながら固めていく工程を経て完成する、金ぴかの泥団子のように、真新しく輝きを増し、そして硬直していくのだった。


 彼女は、病室に誰が来る数分前には、いつもいなくなっていた。その来訪者は、大体は彼の母であった。そして母は、悪気のないきょとん顔で、彼女の持ってきてくれた名前も知らない赤い花を自分の持ってきた花に差し替えてしまうのだった。


 「じゃあ、そろそろ帰るわね。」彼女はそう告げると、病室を後にしようとした。慌てて彼は、「ねえ、母に紹介したいんだけど、ダメかな?」と、なけなしの勇気を振り絞って、彼女の去り際を制止した。少しの横顔を向けた彼女は、

 「ダメ。」

 冷淡に澄んだ声はその声量とは裏腹に、彼の鼓膜をつんざき、なじられたように心を萎縮させた。彼はそれ以上言葉を発せず、彼女は声質と同じく、澄ました冷徹な顔つきで病室の扉を閉ざしてしまった。

 

 また次の日、彼女が来た。特に昨日のことを気にしている様子はなく、いつものやり取りをした。この前の屋上での出来事の次の日に突然病室にやってきた時も、彼女はこのような雰囲気であった。全く気にしていない。というよりも、覚えていないような気さえあった。

 その日の彼女は、やけに口数が少なかった。彼は終始、目の前にいる赤い彼女に緊張し、昨日のことで心臓が握り揉まれるように気を揉んでいた。

「やっぱり、昨日のことを気にしているのか・・・。」彼は心中でそのように思い、何か言動を起こさまいかと、彼女を横目で見張っていた。

 彼女は、彼の心中を察したのであろうか。一つ嘆息のようなモノを吐き、読書している本をパタリと閉じた。彼は驚き、喜び、身体を少し震わせた。夕食前の犬が、待ちわびた餌を主人に恵んでもらう時のように、彼の瞳は潤い、関心の全てが彼女へと集まっていた。そのような彼を尻目に彼女は背を向け、静寂のドレスをまとって、ゆっくりとドアの方へ足を進めた。

 彼は優雅で気品を纏った彼女のドレス姿に見惚れていた。が、彼女の淡白い指先がドアノブに差し掛かった時になって漸く、彼女を引き留める算段を考えなければという思いが、ふつとこみ上げてきた。

「ちょっと待って!」

彼女の色白な脚を引っ掻けても止めようと、焦り意気込んで発しようとしたその言葉は、彼の凹凸の少ない喉仏を登り切れず、腹底へと落ちて行った。その反面彼女の口からは、なんの躊躇いも疑いもなく、次のような言葉が発せられた。

 「この前のことだけれど・・・。あれは私の自殺願望よ。それで、私は死ねないの。ずっとここに居るの。死にたいのよ。だから、あなたが羨ましい。」

 彼女は、病室を後にした。



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