Part1 「真っ赤な屋上で」
彼が彼女と出会ったのは、ちょうど彼の人生が残り僅かだと告げられてから、少し経った秋の暮れの頃であった。彼は生まれつき病弱で、齢15でこのような宣告を受けた。彼は、いつか訪れるであろうこの瞬間を、誰かの掌の上でフワフワと弄ばれているかのような感覚の中待っていた。十二分に心構えはできているつもりでいたが、いざ突き付けられた現実に、彼は終始動揺し続けていた。
そんなある日、彼は彼女と出会った。
その日、病室の薄ぼけた窓から見えた、鮮血を垂らしたような真っ赤に染められた秋空に、彼は妙に心を奪われた。
こっそりと病室を抜け出し、一段一段屋上への階段を確かに踏みしめて行く。ギーという甲高い不快な音と共に、分厚い鉛の塊のように重い鉄製のドアを押し開けると、そこには想像にもなかった景色があった。少女らしき一つの姿が、二呼吸をつく間もなく、彼の視界から消えて行ったのだ。
彼は大切な宝物を壊してしまった時のような絶望感と焦燥感で、茫然とその場に立ち尽くしていた。少し気持ちが戻り、冷静さを取り戻すと、彼女の行動の意図を探る。何が彼女をそうさせたのかは勿論わからなかったが、行動の意図はすぐさまはっきりと理解で
きた。彼は慌てて安全柵から彼女の居るであろう場所を俯瞰したが、すぐにその日二度目となる血相を欠くことになった。つまり、そこに彼女の姿は一切なかったのだった。
彼は狐に化かされた気持ちで、虚空を眺めていると、背後から甲高く声高な呼び掛けが聞こえた。
「ねえ…。あんた下なんて見て何してるの?」
不意を突かれた彼は、鳩尾を殴られたような面持ちで呼び掛けに振り向いた。すると、そこにはさっき飛び降りを決行した少女が居た。目の前に居る彼女がさっきの少女だと、彼がすぐに気付いたのは、今日の夕焼け空と同じほどに純粋で真っ赤な彼女の髪色のせいだった。真っ直ぐ見つめる彼女の瞳もまた、真っ赤な赤色であった。現実離れした彼女の「赤」は、今起きた不可思議な出来事と共に、裂傷のごとく彼の心に刻み込まれた。彼は心底驚き、魅了されていたのだ。
「間違ってたら申し訳ないけど・・・君はさっきここから飛び降りたよね?」
少しの沈黙の後、彼はこのように口火を切った。畏怖の念があったからだろうか。彼はなぜか無駄な前置きを付けて、腫物をつつっくように慎重に、恐る恐る質問した。静寂が何十分にも感じられ、「これはまずい質問だったか・・・。」と彼がしでかした失態を繕おうとした時、彼女はあっけらかん顔で「ええ。」と、案外すんなりと首肯した。