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医師たちの日常 Karte2

ポケ○ンを・・・ポ○モンを探さなくてはならないのだ・・・!

2029年10月2日 リチアンドブルク赤十字病院


 この日、リチアンドブルク赤十字病院に1組の平民の夫婦が来院していた。患者は婦人の方である。名をレウクトラ=ネッター、年齢は29歳だ。夫であるメルケン=ネッターに連れられて来た彼女は、とある症状に悩まされていた。


「物が上手く飲み込めない・・・?」


 この日の外来担当である唐内元気は、レウクトラの主訴を聞き返した。


「・・・はい。以前より胸に違和を感じていたのですが、何と言うか喉の奥のところで、食べ物がつかえる様になってしまって・・・」


 レウクトラは答える。初めはちょっと気になる程度だったその症状は、次第に普段の食事に影響を及ぼす程度にまで進行し、仕舞いには食べ物が喉を満足に通らなくなってしまっていたのだ。

 平民である彼らは高い治療費を用意出来ない。その為教会の医術士を呼ぶことが出来ない。故に本来平民は滅多なことでは医者にかかりたがらない。しかし食事に支障が生じ、痩せていく妻の姿を見ていてもたっても居られなくなったメルケンは、安い治療費で病を診て貰えるという首都郊外にある異国の医術士たちが作った医院の噂を聞き、ここへレウクトラを連れて来たのだ。


「食べ物を吐き出したりは?」


 唐内は質問を続ける。


「・・・ええ。時々、飲み込み切れずに吐いてしまうことがあります」


(嚥下障害か・・・)


 レウクトラの答えを聞いていた唐内は、彼女が患っている病について考察する。


「まだ確定ではありませんが、恐らくこれは”食道ポリープ”です」


「「ポリープ・・・?」」


 聞き慣れない言葉を耳にした2人の頭上に疑問符が浮かんだ。唐内は説明を続ける。


「食道って分かりますか? 口から胃袋までを繋ぐ食べ物の通り道のことです。食道ポリープとはこの食道の内側の面に現れる、いぼの様なでき物のことです。どうやらそれが奥さんの食道を塞いでいるらしい」


 唐内は自分の体で食道の位置を指差しながら、説明を行う。

 「ポリープ」とは口腔から大腸までの消化管に発生する隆起した病変の総称のことを差す。普通は良性のものを言うが、良性か否かは組織片を採取して行う病理診断で判断する。今回存在が疑われているものは「食道ポリープ」、その名の通り食道に発生するポリープだ。


「ポリープの大きさや性質、また奥さんの病が本当にポリープに依るものなのかどうかを判断する為の”内視鏡検査”と言うものを行います。明日またお越し頂けませんか?」


 唐内はレウクトラに対して内視鏡検査を受けることを薦める。


「ナ・・・ナイシキョウ・・・?」


 2人は異国の医術士が発した聞き慣れない単語に、首を傾げている様子であった。そんな彼らの姿を見ていた唐内は説明の為、一時的に診察室を後にすると奥の部屋から内視鏡を持ってくる。


「これが”内視鏡”です」


 異国の医術士が2人に見せたもの、それは若干太くて長い紐の様なものだった。


「先生・・・一体これは?」


 見慣れない物体の登場に少し困惑しながら、夫メルケンが尋ねる。


「この先端を見て下さい。小さなレンズが付いているでしょう? これのスイッチを入れてレンズにあなたたちの顔を写すと・・・」


 唐内は内視鏡の説明をしながら、内視鏡のコードが繋がった画面のスイッチを入れる。すると画面の中にレウクトラとメルケンの顔が映し出された。


「「・・・!?」」


 目の前に現れた自分たちの顔に2人は驚愕した。レウクトラは開いた口を手で覆い、まさにこの世のものではない様なものを見ている様な表情をしていた。


「この通り、レンズに写ったものがここに映るのです」


 驚く2人の顔を見ながら、唐内はやや得意げになって説明を続ける。その後、彼は頭部の断面模型を取り出す。


「これは頭部の切断面を模した模型なのですが・・・」


「「!?」」


 人の頭の形をした何やらえげつない物体を見せられ、メルケルとレウクトラはぎょっとする。そんな2人に対して、唐内は模型を元に鼻腔、口腔、咽頭の位置関係を指し示し、内視鏡を模型に通しながら説明する。


「・・・よってこの様に、内視鏡を鼻の穴から入れて喉を通し、食道まで達しさせます。そうすれば、奥さんの食事を邪魔している原因を直接、目にすることが出来るという訳です」


「・・・な、成る程」


 2人は唐内の説明を理解した様子であった。しかし、心のどこかでは得体の知れない異国の医術に対する不安と不審が拭えていないことが、目を泳がせている様子から見て取れた。


(ま、無条件で全て信用しろとは言わないが・・・)


 わずかとは言え、警戒心を醸し出す夫婦の様子に唐内は眉をひそめた。その後、唐内は内視鏡検査の為の注意点を説明する。それは次の事柄であった。

 1つ目に今日の夕食は軽めに摂ること。次に日没後の1刻以降は何も食べず、飲まないこと(飲料水は可)。3つ目に酒、煙草などの刺激物を口にしないこと。最後に今晩は早くに寝ること。内視鏡検査を受ける為には、これらのことを遵守しなくてはならない。

 ここまでの注意と説明を聞いていたメルケルとレウクトラ。2人は変わらず不安そうな顔をしている。そんな中、妻レウクトラはもう1つのある不安要素について唐内に尋ねる。


「あの・・・診察と治療の料金についてなのですが・・・」


 彼女が尋ねたのは医療費についてである。元来、教会が公的な医療を独占しているイルラ教圏の人々にとっては、医療費というのは”べらぼうな高額”という認識だ。病気を見て貰う、所謂診察だけでも莫大な診察料をふっかけられるからだ。

 故に、教会に属する医科学校出身の「正式な医術士」を呼ぶことなどは貴族のすることという認識であり、平民たちは病に臥した時には専ら代々受け継がれる民間療法や、老人たちの知恵に依る治療を行う。非公式の所謂”闇医者”を頼る場合もある。

 ギルドに加盟している職人ならば、ギルド内の共済保険に医療費負担の制度がある場合には保険料から医療費が出るが、ギルドから出る医療費の額では、この国の医術士が請求する治療費はとても賄えないことの方が多い。また正式な医術士の中にも、良心から損得勘定抜きで貧しい人々に安い費用で治療を施す者はいるが、そんな者たちは”教会への上納金”や”薬品の購入費”に苦労し、苦しい生活を強いられているのだ。


「お二人は爵位の無い平民階級なのでクロスネルヤード皇帝領政府より、保険料の5割が支払われます。残りの5割は自己負担分となります。

そうなると自己負担分は日本の通貨ですと、明日の検査で約13000円、更に検査の結果次第ですが、肥大化したポリープを取り除くために恐らく行うことになる内視鏡的粘膜下層剥離(ESD)術とその後の入院費用が約280,000円程で、計300、000円ほど見て頂ければ確実ですね。

この国の通貨で換算すると、貯蓄用のユロウ金貨でほぼ1枚分、それか一般的に流通している貨幣ならばマルカル金貨で10枚分となります。あ、今日の初診料は別計算ですよ。あとでシルケン銀貨1枚分を頂きます」


 唐内は治療費についての見通しをそのまま伝える。唐内の提示した額は、確かに教会の医術士に”治療”を依頼するよりは安い。しかし同時に一般の平民からすれば高いと言わざるを得ない額だった。内視鏡手術も見据えた金額なのだから当然の帰結である。

 リチアンドブルク赤十字病院における保険料については、クロスネルヤード皇帝領政府と日本政府・・・というより、皇帝ファスタ3世と長岡医師、及び駐クロスネルヤード大使である時田雪路との間に行われた交渉により、一先ずの決着が付いている。結論としては、皇族・貴族階級は患者側が全額負担、平民階級は5割負担で残りの5割は皇帝領政府の国庫から出ることとなったのだ。


「・・・あなた」


 唐内が提示した治療費にレウクトラは心配そうな表情を浮かべ、夫メルケルを見つめる。


「・・・大丈夫だ。俺の稼ぎでも、2週間ほど少し切り詰めて暮らせば捻り出せる。心配はいらない」


 メルケルは妻の心配を和らげるように語りかける。それでも依然として不安そうな表情を崩さないレウクトラの様子を見て、唐内が口を開く。


「分割払いや後払いは受け付けているので、心配はいりません。即座に代金を出せないからと言って門前払いすることはありませんよ。ただ、後でちゃんと払って頂きますが」


 治療費を踏み倒してとんずらこく様なことはするなよ、と釘を刺しながら唐内は説明する。


「・・・家内を宜しくお願い致します」


 頭を下げるメルケルに続いて、レウクトラも唐内に向かって頭を垂れる。


「はい。こちらこそ・・・」


 そんな2人の様子を眺めながら、唐内はつぶやいた。その後、2人は明日の内視鏡検査に備えて一旦家路につく。会計を終えて扉から出て行く2人の後ろ姿を眺めながら、看護師の小波が唐内に話しかける。


「あの2人、明日本当に来ますかね?」


 小波は1つの不安点を述べる。入院や手術が必要な病気を患ってここへ来た平民の患者の中には、それに掛かる高い治療費を提示されたことで、治療を受けず姿をくらましてしまう者も多くいた。


「治療を受ける受けないは患者の自由。来なければそれまでだ」


 唐内は素っ気なく答えた。


「そう言えば柴田先生は何処ですか? カルテの整理を終えたのでご報告しようと思っていたのですが、今朝から姿が見えなくて・・・」


 小波はもう1つの疑問を尋ねる。


「ああ、あの人なら神崎先生と一緒に・・・」


 唐内は柴田の所在について伝えるのだった。


・・・


同日 首都リチアンドブルク 皇宮


 この日、柴田は皇帝直々に呼びつけられて、同伴の神崎と共に皇宮へと足を運んでいた。


(またここに来ることになったか・・・)


 柴田は心の中でつぶやく。少し前、最初にこの街へ派遣された医療団と共に、皇帝ファスタ3世に再び謁見していた柴田は、その場で宮中医の話を断ることを告げていた。彼の意思を聞いた皇帝は残念そうな表情を浮かべて眉間にしわを寄せると、宮中医が駄目ならばその代わりにと、ある妥協点を提案してきた。その内容とは、柴田自身は皇宮に止まることは無い。しかし皇帝及び皇族からの診察依頼があった場合は、それを最優先にして受ける、というものであった。

 柴田は街の者たちを治療出来る、皇帝自身にとってもいつでも呼び寄せられる日本人医師がいることになり安心・・・という口説き文句で、ファスタ3世は柴田にこの代案を持ちかけ、”それって宮中医と変わらないのでは?”という疑問を抱き、返答に困っていた柴田に半ば強引に認めさせていた。

 斯くして彼は所謂、皇宮には常在しない「非常勤の宮中医」としての立場に落ち着くことになったのだった。




皇宮 皇帝の執務室


「すぐ戻る。悪いな、来て貰っておきながら外で待たせることになって」


「別にいいさ」


 2人は皇宮の中へと通されていた。しかし執務室への入室許可を受けていない神崎を、やむなく外に残すことになることを申し訳なく思う柴田の言葉に、神崎は”気にするな”という意を込めて答える。柴田は1回目と2回目とは異なり、皇帝の私的スペースである執務室への入室を許可されていた。神聖ロバンス教皇国から派遣される宮中医を除いて、外国人がここへ立ち入るのはかなり異例のことだった。


「よく来た・・・。待っていたぞ」


 扉を開けて入室して来る柴田の姿を見て、皇帝ファスタはつぶやいた。


「お久し振りです、陛下。此度はどのようなご依頼でしょうか?」


 柴田は右手を左胸(心臓の辺り)に添えながら会釈をするという、クロスネルヤードにおける目上の者に対する姿勢をとりがなら、机の椅子に座っている皇帝に今回呼び寄せた要件を尋ねる。


「今日来て貰ったのは他でもない。私の娘、第四皇女テオファの診察を頼みたいのだ」


「!」


 皇帝が提示してきた依頼に柴田は驚く。皇族の治療を本格的に任されたのは、彼にとってここへ来て初めてのことである。


「皇女殿下の容態は?」


「高熱と止まらぬ咳、ここ1週間も症状が続き回復する気配も無い。もうロバンスの医術士ではどうにもならん。・・・ニホン国の医術を以て、娘を治して欲しい」


「・・・」


 普段、超然とした雰囲気をなびかせる皇帝の目の奥に、1人の父親として我が子を思う気持ちが存在することを知った柴田は、気を引き締めなおして答える。


「承知致しました。謹んでお受け致します」


 柴田の答えに、ファスタは笑みを浮かべた。その後、柴田と神崎は第四皇女の部屋へと案内される。しかし、侍女に先導される彼らの後ろ姿を、憎しみの目で以て見つめる人影があった。


(くそ・・・、世界の外れの田舎者が! 皇帝のお気に入りだからって調子に乗りおって・・・!)


 ドス黒い感情を柴田と神崎に向ける初老の男性の名は、ヘアルート=フォリキュラー。神聖ロバンス教皇国から派遣された「正式な」宮中医である。本来、皇帝は柴田が宮中医の話を受ければ彼を解雇する予定であった。しかし、彼が宮中医の話を断った為、ヘアルートはそのまま宮中医を続けられることになっていた。


(ふん・・・ワシですら御しきれなかった病を穢らわしい異教徒などに治せるものか!)


 ヘアルートは柴田たちの失敗を確信している様子である。しかし、彼の目は穏やかでは無いほど血走っていた。

 貴族たちの間でも評判になってきている日本の医術士たちの奇跡の医術は彼の耳にも届いていた。労咳、梅毒、重度の肺炎、ペスト・・・ロバンスの医術では手も足も出ないこれらの病が、日本の医術士たちはたちまち治せる。これらの事実を耳にしたヘアルートのプライドは、日本の医術士に対する嫉妬心と劣等感によってズタズタになっていた。

 その結果、彼は頭の中で、自分では治せない病を日本の医術士たちが治せるという事実に蓋をしてしまったのだった。


「そうだ・・・治せるはずが無い。治せるはずが・・・、な・・・」


 不安定な精神状態の中、独り言をつぶやく初老の男は、柴田と神崎とは反対方向へと消えていった。




皇宮 第四皇女テオファ=レー=アングレムの部屋


 侍女に案内された2人は、今回の患者であるテオファ=レー=アングレムが待つ部屋の扉の前に立っていた。


「テオファ殿下・・・、医術士を連れて参りました」


 侍女は扉をノックしながら、柴田と神崎を連れて来たことを扉の向こうの第四皇女に伝える。


『ゴホッ・・・! 分かりました、入りなさい・・・』


 咳混じりの返答が聞こえてくる。直後、侍女が扉を開ける。柴田と神崎の2人も彼女に続いて部屋の中に入った。皇女の部屋は、皇族の部屋にしては家具も少なく、少し簡素な印象を受けた。そんな部屋の真ん中にあるベッドの上に、窓の外を眺める人影がある。窓から差し込んでくる日の光が影を作り、患者の顔はよく見えない。それが2人に儚げな印象を与えていた。


「・・・陛下の命を受け、殿下の治療を仰せつかりました。トモカズ=シバタ・ファルウォールと申します。こちらは私の相棒でシロウ=カンザキと言います」


 柴田は自分たちの素性を述べる。神崎の方は仕事の一環とはいえ、皇族への謁見に緊張の面持ちを見せていた。


「父から話は聞いています。よくお越し下さいました」


 2人に話しかけながら、第四皇女がこちらへと振り向く。その顔が2人の方を向いたその瞬間、柴田の体内に衝撃が走った。


「・・・!!?」


「・・・亞里砂(アリサ)!?」

今更ながらエルフが登場していないことに気付きました。やはり異世界ファンタジーには付きものですよね。

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