考察
日本国 東京 首相官邸 閣僚会議室
この日、とある議題について話しあうために、首相官邸の会議室に閣僚たちが集まっていた。国の中枢を担う蒼々たる顔ぶれが並ぶ中、1人の男が冷や汗を流しながら極度に緊張した様子で座っている。その後、その男は深く息をすると、意を決した表情を浮かべて立ち上がり、口を開く。
「国土地理院院長の鈴村勘二と申します。では早速、我々国土地理院が収集したこの世界のデータについて説明させて頂きます。お手元の資料の1頁目をご覧ください・・・」
鈴村はそう言うと、左手に持っていた少し厚めの資料の表紙をめくる。今回の議題はこの4年間で得たこの世界の情報についてである。
「この惑星“テラルス”・・・名称が分かるまで我々が“カウンターアース”と呼んでいたこの世界について、この4年間で今までで判明したことですが・・・」
鈴村は説明を始める。参加者である閣僚たちも彼に言われた通りの箇所を注視していた。
「テラルスは直径17858km、赤道円周は56105kmで地球の約1.4倍の大きさを誇ります。なお、この世界でのスタンダードは天動説の様です。故にこの世界の多くでは、日本国より東側では巨大な滝から海が流れ落ちていると信じられています。
陸地は”大陸”と呼ばれるものが4つ、”亜大陸”と呼ばれるものが2つ、その他大小さまざまな島嶼からなり、海については地球より広大な面積を持ちます。日本より東側に広がる“新太平洋”は、この世界の人々には認知されていませんが、元の世界の太平洋より広大な面積を誇り、さらには今のところ見事に有人島が観察されていません」
「完全に無人地帯か・・・」
鈴村の説明に、文部科学相の馳川俊光がつぶやいた。
「ええ、こちら側には人類は到達していないのかもしれません」
鈴村は推測を述べる。その後、彼は手に持っている資料の頁をめくると、惑星テラルスについての説明を続ける。
「自転周期は24時間1分2.013秒(恒星日)と地球より5分ほど長く、公転周期は366.432日(恒星年)とこちらは地球よりもプラス1日も長いです」
「カレンダーの書き換えが急務だったな・・・」
閣僚の1人である総務省の高岡正則は、この星の一年が地球より1日長いと判明したときの苦労を思い出していた。
「またテラルスには衛星が1つ存在を確認されていましたが、これまでの観測結果から、どうやらこれは衛星というよりも、連星と呼ぶべき存在らしいということが明らかになっています」
「連星・・・? あのアニメに出て来た惑星の様なものか?」
鈴村の説明を聞いていた財務相の浅野太吉は、50年程前に流行ったとあるSFアニメに出て来た二重惑星を思い浮かべていた。
「ええ、そのようなイメージが正しいと思われます。この連星については現在JAXAが詳しい観測・調査を続行中です」
鈴村は答える。その後、彼は説明を続ける。
「テラルスは地球と同じく地軸が傾いている為、元の世界と変わらない季節の移り変わりがあり、重力加速度は地球とほぼ変わらない9.80721m/s2です。これは幸運でしたね」
鈴村の指摘は最もである。もしも重力が地球よりもかなり大きい惑星に転移していたら、日本人は体を満足に動かすことも出来なくなっていただろう。そうなれば異世界の地で国を存続させるどころではなかっただろう。また季節についても元の世界と大きく異なるようならば、日本中の農作物が全滅してしまう可能性もあった。
その後いくつかの補足を述べた後、質問の有無を確認した鈴村は、姿勢を正すと閣僚たちに向かって頭を下げる。
「国土地理院からの惑星の概要についての説明はこれまでにさせて頂きます」
説明を終えた鈴村は閣僚たちに向かって一礼した後、着席する。するとその直後、バトンタッチをする様にしてもう1人の男が立ち上がる。
「内閣情報官の北川庄司と申します。我々からはこの世界の技術体系と軍事について説明させて頂きます」
北川は一礼し、手元の資料をめくって内閣情報調査室からの説明と報告を始める。
「この世界の平均的な技術水準は中世レベルですが、列強国については17世紀後半〜18世紀の近世レベルと称すべき高い水準を有しています。1カ国だけですが、19世紀の産業革命期を体現している国家もある様です」
「19世紀の国・・・?」
経済産業相の宮島龍雄は、北川が発したとある単語に反応した。その様子に気付いた北川はその国家についての詳しい説明を述べる。
「はい。”西方の七龍”イスラフェア帝国という国家です。この世界で火薬を発明したのもこの国だそうです。またこの国の民は我々日本人と同じく魔力を持たない民だと言われています」
「魔力を持たない民・・・と言うことは、つまり魔法が存在するこの世界において、物理的・科学的な技術開発を行っている国という訳か・・・」
特務大臣の1人である笹場茂が、イスラフェア帝国の技術体系について考察する。
「断定は出来ません。さらにはこの国の技術水準が19世紀レベルであるということについても憶測の域を出ません。イスラフェア帝国は閉鎖的な国家らしく、国内に”世界魔法逓信社”の支部設置、それどころか報道員の入国も認めていないようです。
故にこの国の技術力については、イスラフェア帝国を訪れた各国政府の要人の目撃談から推測したものに過ぎません。これほどの情報統制を行っている理由は、恐らくかつての火薬の様に技術が流出するのを恐れているのでしょう」
北川は説明を続ける。この国についての情報を出し尽くした彼は、ペットボトルのお茶で喉と口の乾きを潤し、次なる議題へと話を変える。
「では次はこの世界特有の事象について説明させて頂きます」
北川はそう言うと再び資料の頁をめくる。
「先程の話にも出て来ましたが、この世界には”魔法”というものがあり、50年程前にレーバメノ連邦で開発された”信念貝”と呼ばれる魔法道具によって、情報伝達速度だけならば近現代レベルに達しています」
ここまでの説明を終えた北川に対して、大臣の1人が手を上げて質問をぶつける。
「確かその”魔法”は、我々日本人には使用できるものでは無いのだよね?」
厚生労働相の尾塩優は、各方面からの報告によって明らかになった、日本人が魔法を使用することは出来ないという事実を念押しして確かめる。
「はい。魔法を使用する為には、この世界の生きとし生きる全ての生命の体内に宿る”魔力”が必要だとされています。しかし、魔法の存在しない世界から来た我々の体内には魔力が存在しません。故に魔法を使用することは不可能です」
北川は問われた内容について答える。返答を終えた彼に対して、大臣の1人が再び挙手する。
「異世界人と日本人との混血児の場合は?」
法務相の岩田幸輝は1つの疑問を呈する。現在、法務省内部では魔法についての法整備を討論している最中であるが、もし今後数十年で異世界人との混血児が生まれ、日本人の中でも魔法を使用できる者たちが現れれば、現在行っている法整備の準備に少なからず影響を及ぼすだろう。
「それについては・・・未だ混血児が出生した例が無い為、何とも言えません」
北川は簡潔に答えた。その後、彼は説明を続ける。
「先程述べた通り、この世界において”魔力”は基本的に全ての動植物に宿りますが、中でも龍やリヴァイアサン、エルフ、更にはマンドラゴラの様に、身一つで魔力を使用できる亜人、動植物のことを”魔獣”と総称しており、人間においては魔法を身1つで使用出来る”魔術師”と呼ばれる存在がそれに当たります。
尚、生まれ持つ魔力の強さ・用量については個人差・個体差が存在する様で、例えば以前の討伐作戦において大暴れをしたリヴァイアサンは、頑健な鱗に加えて、強力な魔力によるバリアを展開して生半可な砲撃や爆撃ではびくともしない耐久性を誇り、単装砲の至近距離射撃ですぐに駆除されたイロア海戦の大海蛇との格の違いを示しています。
現在のところ、リヴァイアサンと同格の魔獣は確認されていません。本来ならば、リヴァイアサンの様な海に棲む魔獣は、極地域の極寒の海に棲息しているそうですが、万が一これらが日本近海に現れれば、予想される被害と駆除にかかる労力は甚大でしょう」
北川は”伝説の怪物”と呼ばれる存在であったリヴァイアサンを含む魔獣が、この世界において潜在的な脅威であることを語る。
「また”魔獣”と関連することですが、この世界には我々の知る中近世とは異なり”竜”、”竜騎士”と呼ばれる航空戦力が存在します」
北川はこの世界特有の航空戦力についての説明を始める。
「航空戦力として使用されている”竜”は大きく分けて4種類で、最もスタンダードな”翼龍”、それを上回る性能を持つ”紅龍”と”青龍”、最高の性能を持つとされる”銀龍”です。翼・紅・青の3種については、すでにアルティーア戦役にて交戦済で、詳細なデータが取れています。”翼龍”については時速70km程、”紅龍”と”青龍”については時速100km程の飛行速度を誇っており、また火炎放射の射程は、前者が長くて60m程、後者は100m程です。
戦闘機の敵ではありませんが、地上部隊にとっては相応の対空兵器を装備しなければ十分な脅威です。”銀龍”はこれら3種の速度・射程を上回る様ですし、油断は出来ません」
ここまで説明したところで、北川は再び手に持っている資料の頁をめくる。その様子を見ていた閣僚たちも、彼と同様に目の前に置かれていた資料の頁をめくった。
「次に”攻撃に用いられる魔法”についての説明を行います」
「「!」」
最も重要な議題の登場に、閣僚たちは注意して耳を傾ける。
「現状として攻撃用の魔法を使用出来るのは魔術師と呼ばれる存在のみです。しかし魔術師は数が少なく、アルティーア戦役にて戦闘に参加したことが確認された魔術師は大海蛇を動かしていた5名と、各船に乗船していた”風使い”と呼ばれる風を起こす専門の魔術師くらいです。
故に非魔術師の兵士に魔法による攻撃をさせる為に、攻撃用魔法道具の開発を行っている国家や機関もあるようですが、これは火薬兵器の発展によって世界的には徐々に劣勢になっているようです」
「・・・どういうことだ?」
北川の説明を解しきれなかった防衛相の安中洋介が、その意味を問い直す。
「魔法の攻撃範囲は、体内から放出された魔力が届き尚且つ操作できる範囲ということなのですが、これがさほど広くは無いらしく、火縄銃やマスケット銃の様なこの世界の銃でも、射程範囲ではアウトレンジされてしまうようです」
「つまり攻撃範囲の広さという観点からは現代兵器の敵では無いと・・・?」
安中が問いかける。
「そうなりますね。ですが、もし魔術師の兵士と自衛隊が地上で対峙すると仮定した場合、相手の射程距離内に入ると、自衛隊側がかなり不利に成り得ます。
現在のところ、その様な存在は確認されていませんが、万が一、魔術師部隊と呼べる様な軍団に遭遇した場合は、こちら側が一定の距離を取り続けることが重要ですね」
北川が答えた。彼は補足を述べる。
「魔法の技術力については、例のロトム亜大陸資源調査団が提出した”極北レポート”に詳しいです。
また現状として、我が国はこの世界において多くの他国とは2〜300年ほど隔絶した軍事力を誇っていますが、数百年単位の長期的な視点から見ると、いずれはこの世界のレベルも我々の世界のレベルに達するものと考えるのが妥当でしょう。
”魔法”と呼ばれるものが技術発展の主軸であるこの世界が、どのような発展をしていくのかは実際のところ予想は困難ですが、今後日本がこの世界での優位性を保つ為には、300年後の未来でも他国とは300年分離れていなければなりません。その為には我が国も技術力、軍事力の発展を怠ってはならないと考えます」
北川は内閣情報調査室の見解を伝える。彼の言葉に閣僚たちは渋い表情を浮かべながらも納得していた。すると閣僚の1人が手を上げ、北川が発したとある単語について尋ねる。
「さっき君が言った”極北レポート”だが、それは私も読ませて貰った。非常に興味深い内容だ。
レポートの前半に書かれている”レーバメノ連邦における魔法技術の歴史と発展について”は、今回の話を聞くに君たちも大きく参考にしているようだが、後半の”世界の仕組みと形態について”は内閣情報室ではどう考えている?」
外務相の峰岸孝介は、ロトム亜大陸資源調査団団長であった村田義直が記し、政府へ提出していた報告書について尋ねる。
「どうと・・・申しますと?」
ふわっとした質問をぶつけてきた峰岸に対して、北川は彼が問おうとした事柄が具体的に何なのかを聞き返す。
「・・・後半の内容の信憑性だよ。異世界転移の仕組みや”神”やその”使徒”の存在・・・、特に”転移のトリガー”。これが何なのか分かれば我々は元の世界に帰れる手掛かりが見つかるのでは?」
「「!」」
峰岸の言葉に会議室がざわつく。元の世界に帰る・・・それが可能であれば、日本国民のほぼ全員が望むことだろう。しかし、こちらの世界に飛ばされた理由も分からないのに帰る術を探す手掛かりなどあるはずも無く、日本政府や国民たちはすでに、この地に根付いて行くつもりで行動をしているのが現状だ。
「信憑性については何とも言えませんが、我々は”低い”と考えています。この”極北レポート”を書いた村田義直氏は、後半の内容について”資源調査中に落下した大クレバスの中で出会った女性に聞いた話”と述べていますが、極寒の地でクレバスに落下したという極限状態で見た妄想や幻覚である可能性も否定できず、信憑性が高いとは評すことは出来ません」
「・・・」
北川は内閣情報調査室の見解を伝える。それを聞いた峰岸は、やや納得が行かない様な表情を浮かべていた。周りをみれば閣僚たちが残念そうな表情を浮かべていた。その様子を見ていた峰岸は、いきなり立ち上がると閣僚たちに向かって発言する。
「しかし、”極北レポート”が元の世界に帰れるかも知れない”唯一の希望”であることは確かだ。我々外務省はこの”極北レポート”についての情報を集めて行くつもりです」
峰岸は外務省の方向性を伝えると再び席に着いた。その様子を確認した北川は正面に視線を戻す。
「質問はありませんか?」
北川は質問の有無について尋ねる。特に誰も手を上げようとする素振りを見せないことを確認すると、姿勢を正す。
「では我々からの発表は以上になります。ご静聴ありがとうございます」
北川は閣僚たちに向かって頭を下げる。その後、全ての報告と発表を終えた閣議は程なくして解散するのだった。
この作品の魔法の設定については「ハ○ター×ハ○ター」に出てくる”念”が1番近いイメージの様に思います。あれほど多様性はありませんが。