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クロスネルヤード帝国誕生の秘密

 昔々、1000年以上も昔の話・・・ジュペリア大陸には「ウィローディア帝国」という巨大な国がありました。その国は、豊かで食べ物も豊富で、市民は飢えることはありません。

 しかし、豊かな暮らしを享受できるのは都市の市民や貴族たちだけ。農民や征服された国々の人々は、彼らの暮らしを支える為に過酷な労働を強いられていました。

 そんなこの国の歪みを治そうと、1人の男が立ち上がります。彼の名は「イルラ=ナーザル」。元々裕福な医者の家の生まれである彼は、貧しき人々にパンを与えたり、医者にかかることが出来ない者を診てあげたり、虐げられている人々を助ける為の活動を始めます。

 

 そんなある日の夜、貧しい者の為に働く彼の元に、「神の使い」と名乗る者が天から現れます。目の前に現れた「神の使い」に姿にイルラは最初、それを幻覚だと思いましたが、「神の使い」は毎夜毎夜現れました。そして1週間後の夜に、イルラはそれが幻覚ではなく、現実であることに気づきます。

 最後の日の夜、使いは彼にこう言いました。


「イルラよ。お前はこのまま貧しき者たちを救い続けなさい。それがティアムの思し召しなのです」


「ティアム・・・? それは一体何なのですか?」


 イルラの問いかけに、使いはこう答えます。


「この世界を作った神の名です。謙虚に過ごし、弱きを救い、神を信じれば、貴方の名と功績は後世まで語り告がれ、そして貴方の意思はこの世の終末まで受け継がれることでしょう」


 そう言い残すと、神の使いは天へ消えて行きました。

 神のご意思を受けたイルラは、謙虚に暮らす、弱きを救う、創造神を信じるというティアム神からの3つの教えを、新たな宗教として、貧しき者たちを救いながら人々に広めて行きます。彼の妻や息子たちもイルラの活動に快く協力しました。

 彼の教えは瞬く間に虐げられている者たちに広まって行きました。それだけでは無く、一部の市民や貴族たちの間でも評判となり、彼の教えは彼の名前を取って「イルラ教」と呼ばれる様になりました。これがイルラ教の誕生です。


 しかし、この動きを良しとしない人たちがいました。貴族や皇族など、ウィローディア帝国の支配者たちです。

 この国の皇帝は、神と同等の存在として信仰されていました。故に歴代の皇帝たちはティアムという名の神のみを崇めるイルラの教えを認めず、イルラ信徒は迫害や差別を受けるようになります。イルラは迫害から逃れる為、活動の拠点を、帝国の首都から、当時はまだ小さな港街だった「ロバンス」に移しました。イルラが亡くなった後、イルラ信徒はウィローディア帝国で迫害される歴史を、長きに渡って歩むことになります。

 しかし、イルラの意思を受け継ぐ彼の信徒たちは、迫害や差別に絶え続けます。ウィローディア皇帝の思惑に反して、その信徒の数は増え続けました。そしてついに200年後、時の皇帝ミシナンスはイルラ教の信仰を認めるというお触れを出しました。

 

 それから約300年後、イルラ教の信仰は拡大し、“国教”と呼ばれるまでになります。ロバンスの街に建設された「教皇庁」を中心とするイルラ教会は、大きな力を持つように成りました。弱きを救うという教えに従って、貧しき者たちへの寄付が奨励される様になっていた為、人々は平和を享受していました。そんなある時、西に脅威が現れます。


 有色騎馬民族の「アラバンヌ人」が南から北上し、ウィローディア帝国の領土を襲って来たのです。高い機動力を持つアラバンヌの騎馬隊にウィローディア帝国軍は敗北を重ね、国の領土は瞬く間に奪われて行き、最期には首都を攻め落とされてウィローディア帝国は滅亡してしまいます。

 その後、アラバンヌ人は「アドラスジペ」という街を首都にして「アラバンヌ帝国」という国を築きます。そして旧ウィローディア帝国の領土を全て手に入れる為に、イルラ教の総本山である教皇庁があるロバンスの街へ攻撃を始めました。


「神よ、我らを見捨てもうたか!」


 激しさを増すアラバンヌ帝国の攻撃、街を守る兵士たちは次々と倒れ、食糧も無くなって行きます。信徒たちは教会に籠もり、神に訴えました。

 そんな祈りが届いたのか、ロバンスの陥落が間近に迫ったある時、救いが訪れました。大陸の東側で勢力を拡げていた「クロスネル人」が竜騎を率いて現れ、街を包囲していたアラバンヌ人を蹴散らしていったのです。クロスネル人は飢えに苦しんでいたロバンスの人々に食糧を分け与え、ロバンスの街は飢えと侵略の両方から救われたのでした。


 このことに感激した時の教皇であるイオハーネス12世は、当時の「クロスネル王国」の国王であるオルトー王に、ウィローディア皇帝の冠を授けました。この時、クロスネル王はウィローディア帝国の後継者として認められたのです。その見返りとして、オルトーはロバンスの街とその周辺地域の独立を保障しました。これが「神聖ロバンス教皇国」の始まりです。

 こうしてイルラ教、そして教皇の新たな守護者となったクロスネル王国は、その後もアラバンヌ帝国との戦いを続けます。騎馬の力で戦場を瞬く間に制圧していたアラバンヌ軍は、当時はまだ一般的では無かったクロスネルが擁する7つの竜騎士団に圧されて、徐々に領地を失って行きました。


 それから数年後、新しい敵であるクロスネル王国の登場に頭を抱えていた時のアラバンヌ帝国皇帝、ハウルーン=アル・ラシキード帝の元に、ある日、不思議な衣装に身を包んだ者たちが現れました。彼らは1つの剣をラシキードに献上しながら、こう言います。


「我々は『イフ』。世界を統一し、平和をもたらそうとする貴方の考えに同調する者です。貴方の世界の平和を目指すという思いが本物ならば、この『ティルフィングの剣』を持ちなさい。正しき意思を持つ者にのみ、この剣は勝利を与えます」


 イフと名乗る者たちの言葉を、ラシキードは初めの内は信じませんでしたが、すぐに信じることになります。日常の様に続いていたクロスネル王国との戦いは劣勢が続いていて、クロスネルの軍勢はアラバンヌ帝国の首都であるアドラスジペに迫る勢いでした。

 敵の竜騎士に追われる自国の兵士たちを眺め、悔しさの余り表情を滲ませるラシキードは、最後の希望を掛けてイフと名乗る者たちから受け取った剣を天に掲げました。


「剣よ、我らに力を!」


 するとどうしたことか、さっきまで一方的にアラバンヌの騎馬隊を蹂躙していたクロスネルの竜騎隊が正気を失った様にデタラメに飛び回り始め、自ら地面に突っ込んで行ったのです。それは地面を行く歩兵たちも同じで、クロスネルの兵士たちは互いに槍や剣で戦い始めたり、地面に寝そべったり、中にはいきなり踊り出す者まで現れました。

 こうなっては最早、クロスネル王国軍は戦いを続ける所ではありません。戦闘能力を失った彼らを、アラバンヌ帝国軍は瞬く間に駆逐して行き、この戦いで快勝を収めます。

 その後、ティルフィングの剣を得たアラバンヌ帝国の反撃が始まります。一時期、首都のアドラスジペまで迫る勢いでアラバンヌ帝国を追い詰めていたクロスネル王国は、剣の力を前にして連戦連敗を喫し、逆に自分たちの首都であるリチアンドブルクの近くまで攻め込まれてしまいました。


 背水の陣となった当時のクロスネル王であるオルトーは最後の賭けに出ます。残存の戦力をギフトと呼ばれる土地に集結させ、首都に侵攻しようとしているアラバンヌ帝国軍を全力で食い止めようとしました。この事を知ったラキシード帝もギフトに軍を集結させます。

 対峙する両軍、ここで負ければリチアンドブルクが落とされてしまう為、一時期はジュペリア大陸を席巻していたクロスネル王国にとってはもう負けられません。一方、アラバンヌ帝国にとっては、この戦いで勝利を収めればジュペリア大陸での覇権は決定的なものになる。

 すでに戦える人数も不足していたクロスネル兵たちは、自分たちの4倍以上の大軍を構えるアラバンヌ軍の姿を見て、恐怖を隠しきれませんでした。そんな彼らに向かって、クロスネル軍を率いるオルトー王は叫びました。


「アラバンヌの進撃は何としても此処で食い止める! ・・・国を、親を、家族を救うのだ!」


 国王の鼓舞を受けた兵士たちは、最後の戦いに身を投じる覚悟を決めます。そしてクロスネル王国とアラバンヌ帝国の最後の戦いである「ギフトの戦い」が幕を開けたのでした。


 互いに突き進む両軍、自分の軍と比べればちっぽけな戦力しかないクロスネル王国軍の姿を眺めながら、ラシキード帝はほくそ笑んでいました。ティルフィングの剣の加護を受ける自分たちが負ける筈が無い。そう信じる彼は何時も通り剣を空に掲げます。


「剣よ、我らに力を!」


 ラシキード帝の求めに応じて、ティルフィングの剣は光り輝きます。その力によって、クロスネル兵たちはこの戦いでも戦闘能力を失ってしまいました。

 気が狂ったかの様に戦を投げ出す兵たちの姿を見て、オルトー王は絶望します。そして彼はこの戦いの結果が決まったことを悟り、ある覚悟を決めました。彼は銀龍に飛び乗ると、兵士たちの制止を振り切って単身ラキシード帝が居るアラバンヌ帝国の陣へと飛んで行きました。


 敵陣のど真ん中へ1人で飛び込んできたオルトー王に、ラシキード帝とアラバンヌ兵たちは驚きます。オルトー王はラキシード帝の前に跪き、こう述べました。


「私の命はどうしても良い! その代わり、民の命だけは助けてくれ!」


 何ということでしょう。彼は自らの命と引き替えに、首都リチアンドブルクに暮らす民の命を救って欲しいと申し出たのでした。敵の大将の言動に、アラバンヌ兵たちはまたもや驚きます。しかし、ラシキード帝は邪悪な笑みを浮かべ、オルトー王に囁きました。


「お前が最も見たくないものを見せてやろう!」


 この言葉にオルトー王は絶望します。ラシキード帝はオルトー王の申し出を拒否し、非情にも全軍にリチアンドブルクへの突撃命令を下したのでした。


「奪え、姦せ、殺せ! 間抜けな王に地獄を見せてやれ!」


 ラシキード帝の言葉を耳にしたアラバンヌ兵たちは、下劣な雄叫びを上げました。ティルフィングの剣の力を得、連戦連勝を意のままにしてきたラシキード帝には、世界の平和を目指すという崇高な思いは最早ありませんでした。

 首都へ突撃するアラバンヌ帝国軍の姿をアラバンヌ帝国の陣から目の当たりにしていたオルトー王は、三度絶望します。街には女性も小さな子も大勢居る。愛すべき民たちが蹂躙される様を思い浮かべたオルトー王は、自らの運命を呪い、天に向かって叫びました。


「神よ! 何故、我らを見捨てもうたか?」


 必死に叫ぶ惨めな敵の王の姿を見て、ラシキード帝とアラバンヌ兵たちはあざ笑います。そして敵味方の誰もがクロスネル王国の滅亡を確信したその時、奇跡が起こったのです。


「な、何だあれは!」


 突如、天から無数の“光の雨”が降り注ぎ、リチアンドブルクへ突撃するアラバンヌ帝国軍に向かって襲いかかったのです。“光の雨”は神の如き圧倒的な破壊力を以て、瞬く間に全てのアラバンヌ兵たちを蹴散らしてしまいました。


「神の奇跡だ!」

「王が呼び寄せた奇跡だ!」


 全滅したアラバンヌ帝国軍の姿を見て、クロスネル兵たちは喜び合います。

 一方でラシキード帝は、膨大な骸の山を見て呆然としていました。そんな彼の頭の中に、この剣を献上したイフと名乗る人々の言葉が蘇りました。


『正しき意思を持つ者にのみ、この剣は勝利を与えます』


 そう、ラシキード帝はティルフィングの剣の加護を受けるには、相応しくない心になってしまっていたのでした。兵を失い、力も失ったラシキード帝は、わずかに残ったアラバンヌ兵と共に、敗走して行きました。

 生き延びたオルトー王は、クロスネル兵たちの下へ舞い戻り、奇跡の勝利を喜ぶ彼らに向かってこう述べました。


「神は我らをジュペリア大陸の覇者と認めた。真に神の加護を受けた我らが負ける筈は無い! この地を平和の天下とする為に、いざ進もう!」


 王の言葉にクロスネル兵たちは応えます。神の手助けによって「ギフトの戦い」はクロスネル王国の勝利で幕を下ろしたのでした。


 その後、クロスネル王国軍はティルフィングの剣の加護を失ったアラバンヌ帝国軍を蹴散らしていき、奪われた土地を瞬く間に取り戻していきます。“ロバンス国”の更に西側まで追い遣られたアラバンヌ帝国の覇は終わりを迎え、名実共にジュペリア大陸の覇者となったオルトー王は、“7人の竜騎士団長”と“11人の歩兵団長”と共に新たな国を築き上げました。

 彼は国号を「王国」から「帝国」に変更し、さらに国名も新たに「クロスネルヤード帝国」と定めました。“広大なるクロスネル人の帝国”という意味です。国内は19の地方に分けられ、皇帝が治める地方を除くその他の18地方は“7人の竜騎士団長”と“11人の歩兵団長”に与えられました。これが後に「騎士団領」と「辺境伯領」となります。


 斯くして、神の奇跡に選ばれた偉大なる“初代皇帝”オルトー1世によって、ジュペリア大陸は真の平和を手に入れたのでした。

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