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兄弟喧嘩

2029年1月27日 クロスネルヤード帝国 首都リチアンドブルク


「オーライ、オーライ・・・良し! 降ろせ!」


 建設作業員の声が響き渡り、槌の音が甲高いリズムを刻む。建築が始まった医院、首都の郊外の建設予定地の周りには、日本国内で予め作成された外壁や床が並べられており、クレーン車で吊り上げられたそれらは、次々と予定地の上にすでに作られていた基礎の上に設置されていた。所謂、プレハブ建築である。建設現場の周りでは、日本からやってきた重機が珍しいのか首都郊外の住民たちが建設作業の様子を見に集まっていた。


「あれ、すげぇなあ! あんな重そうな物を軽々と!」


 野次馬の1人が外壁を持ち上げるクレーン車を指差しながら、驚きの声を上げる。


「あれも東の果ての国から来た道具なんだろう?」

「ニホン国って国だよ。何でも皇帝陛下の直々のお頼みを受けて、何か作っているらしい」

「陛下のご命令で? 一体何なのだろう?」


 首都の民たちは、見慣れない黒目黒髪の異国民が作っている建造物を興味津々な様子で眺めていた。


〜〜〜〜〜


同日 皇宮 皇帝の執務室


 この日この時間、皇帝ファスタ3世が執務を行う執務室に、2人の男が来室していた。


「兄上! 一体何をお考えなのですか!?」


 皇帝の机を叩いて彼を糾弾する男の名は、アルフォン=シク=アングレム。皇帝ファスタ=エド=アングレムの実の弟である。


「・・・何がだ?」


 ファスタは怒りを湛える弟など意にも介さぬ様子で、アルフォンの顔を一瞥しながら、彼の怒りの訳を問いかける。


「ニホン国・・・国交を結ぶだけならまだしも、何故彼の様な得体の知れぬ連中に医院の設立まで依頼されたのですか!? あまつさえ異教徒を宮中医に誘うなど・・・ロバンスの教皇に、何と言い訳するおつもりなのですか!」


 弟アルフォンは、ここ数ヶ月の兄の言動に対する憤りをぶつける。イルラ教における立場上はクロスネルヤード皇帝はロバンス教皇より下位にあたるからだ。

 更にはイルラ教国家群の医術士は”教会”が養成し、また、イルラ教国家群の皇室及び王室付医術士は、”総本山”にあるイルラ教圏では(・・・・・・・)最高の医科学府である”デライト医科大学”を卒業した医術士が派遣される決まりになっているのだ。

 つまり総本山から派遣された医術士の任命を拒否し、異教徒の医術士を宮中医として迎え入れるという行為は、総本山に対する侮辱にも当たるのである。


 もしこれで教皇の機嫌を損ね、皇帝や皇室が破門でもされようものなら、イルラ教徒である国民、特に貴族階級からはどんな目で見られるか分かったものではない。最悪の場合、皇帝領を除くクロスネルヤードの18の地方を治める7人の”騎士団長”と11人の”辺境伯”が、皇帝領政府に対して反旗を翻すこともあり得る。

 弟アルフォンはこれらのことを心配しているのだ。


「流行病を撲滅させた彼の国の医術士たちのジットルトでの働きを見て、教会の医術士よりもニホン国の医術士たちに、この帝都の医療を任せた方が民の為になると判断した。それだけだ」


 弟の心配や訴えも全て躱す様に、兄は極めて冷静な声で答えた。少しの沈黙が執務室を支配する。直後、今まで口を閉じていたもう1人の青年といった外見の男が言葉を発した。


「父上、私は貴方の決定に従いますし、今回貴方が帝都へ呼び寄せたニホン人医術士の方々のことも信用しますが、此度のことは教皇の耳へ届けば、確実に総本山との関係がこじれてしまいます。父上は総本山との関係を悪化させてまで何を望むのですか?」


 そう尋ねるのは皇帝ファスタ3世の第一子息である皇太子ジェティス=メイ=アングレムである。


「・・・」


 息子に真意を尋ねられた皇帝は、ため息をつくとゆっくり口を開き、自身の真の計画を語り始めた。


「・・・総本山とはいずれ手を切る」


「「!?」」


 皇帝の口から発せられた想像だにしなかった言葉に、弟と息子は絶句した。


「い、今・・・何と?」


「・・・!」


 たどたどしい口調で言葉を聞き返す皇太子のジェティス。弟のアルフォンの方は未だ言葉が出ないのか、まるで餌に食いつく魚の様に口を開いたり閉じたりを繰り返していた。


「言った通りだ。いずれ神聖ロバンス教皇国とは袂を分かつ」


「・・・!」


 父の言葉に、ジェティスは先程の発言が決して聞き間違いではないことを知る。その後、再び口を開く皇帝ファスタ。彼はその真意について詳細を語る。


「近年、神聖ロバンス教皇国は”世界に絶対神(ティアム)のご威光を広める”という名目の元、異教国家群に対する進出姿勢を強めている。具体的には異教国家と国境を接するイルラ教国家に軍事的援助をして”教化軍”を組織させ、異教国家群を攻撃させている。

特に、”アラバンヌ帝国”の近傍に位置する”リザーニア王国”と”ヒルセア伯国”、また南西部小国家群の制圧を行っている”リーファント公国”。これら3カ国を援助する為に、彼の国が出している軍事費と兵力は群を抜いている。だがな、これらの大元は何処から出ている?」


「・・・! それは・・・」


 ジェティスは言葉につっかえる。皇帝が指摘したのは政府内の一部、革新派と呼ばれる少数派が不満に感じていることであった。

 近年、対外進出姿勢を強めている神聖ロバンス教皇国。勢力範囲拡大を目指す彼の国は、周辺のイルラ教国家群に対外派兵の為の費用と兵を援助している。しかし、これら援助の為の金や人的資源を徴収している先も同じイルラ教国家群なのだ。援助されている側の国々はともかく、援助のために金と人を取られる側の国々では、神聖ロバンス教皇国に対する不満の声が少数ではあるが存在している。特に世界最大の版図と最大の人口を誇るクロスネルヤード帝国に対する要求は、その中でも多大なものであった。

 しかし、教皇が”破門”という名の切り札を持っている以上、各国の元首は教皇国の要求を無視することは出来ない。それが現状である。


「これ以上、要求が増加し続ける”寄進(兵力)”と”布施(軍事費)”を、我が国民の命と税から差し出すことは出来ない」


 皇帝ファスタは声を強くして2人に訴える。


「・・・」


 皇太子のジェティスは、実父たる皇帝の言葉にやや動揺している様子であった。彼が返す言葉に悩んでいると、我を取り戻した様子の皇帝の弟アルフォンが、驚愕の形相を浮かべて皇帝に訴えかける。


「イルラ教を心の拠り所とする我らにとって、教皇の命は絶対! 自らの汗と血肉がティアムの御威光を世界に拡げ、平穏をもたらすための礎となれるのなら、兵や民たちも本望ではないですか!」


 アルフォンは声を大にして兄を怒鳴りつける。実際には各イルラ教国家の皇族王族は、大概が彼の様に忠実なイルラ教信徒であるため、各国は教皇に言われるがまま、不満を言うことなく金と兵を出していることが多い。ファスタ3世の様にイルラ教国家の長でありながら、教皇や総本山に対して不満や不信感をおおっぴらに抱いているのはかなり希なケースであった。


「そんな物は建前だ。要はただの侵略戦争だろう。そんなものに付き合う道理も余力もこの国には無い。宮中医の件は私から総本山への意思表示(最後通牒)だ・・・!」


 同じく怒鳴りつける様な声で言い返す皇帝。その後、兄と弟のにらみ合いが続く中、皇太子ジェティスが再び口を開いた。


「具体的にはどのようにされるのですか?」


 ジェティスは父たる皇帝が思い描くこの国の将来について尋ねる。


「まず、国内の各地方を治める”18人の長”たち・・・その中でも私の考えに近い者たちに協力を仰ぐ。今は各地方に根回しをしている最中だ。いずれは全員を説き伏せて見せる」


「!」


 ジェティスは父親が総本山からの離脱を目指して、肉親たる自分自身にも秘密にしたまま、すでに具体的な行動を進めていたことに驚く。


「・・・18人を説き伏せた後は?」


「この国独自の”国教会”を設立する。もちろん”一九長議会”にて皇帝への支持を確認した後でな」


 息子の問いかけにファスタは答える。彼は右の口角を上げ、含みのある笑みを浮かべていた。そんな彼を見つめる皇太子の傍らで、もう1人の男は拳を握りしめ、わなわなと怒りをこみ上げさせている。直後、彼はその両手を振り上げると、それらを皇帝の机の上に振り下ろした。


バンッ!


 アルフォンは再び両の手を机に叩きつける。彼は喉の奥から出そうになった言葉を飲み込むと、静かな、しかし怒りを湛えた様子のドスの効いた低い声を喉から絞り出す様にして兄たる皇帝に語りかける。


「もう良い・・・! やはり兄上と私では考えが違い過ぎる。分かり合えないのだ・・・!」


 彼はそう言うと、ファスタ3世の前から体を振り返り、部屋の扉の方へと向かった。


「叔父上!」


 ジェティスは咄嗟にアルフォンを呼び止める。しかし憤慨した様子の彼は、甥の言葉に耳を傾けること無く執務室を後にした。


「・・・やれやれ。あいつにも困ったものだ」


 弟が出て行った扉を見つめながらファスタ3世はつぶやいた。


「・・・」


 執務室を沈黙が支配する。皇太子ジェティスは父と同じく部屋の扉を見つめながら不安を感じていた。これまでも宗教観やスタンスの違いから、ファスタ3世とアルフォンの衝突は度々あったことだった。しかし、今回の一件は今までのそれとは違う。敬虔なイルラ教信徒である叔父アルフォンに対して、ファスタ3世は明確に総本山との手切れを表明したのだ。

 ジェティスは今回の衝突が、宮中全体を巻き込む様な大事態に発展してしまうのではないだろうかという、得も言われぬ予感を抱いていたのだった。

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