メストーの戦い 弐
面積計算の仕方を勘違いしていました。作中の数値を修正してあります。
2月15日 皇帝領 メストーの森
皇帝領の中に位置する“メストーの森”は、首都リチアンドブルクから最大の港街ミケート・ティリスを繋ぐ街道上に存在する森林地帯である。約7.8平方キロメートルの広さを持つその森林地帯の中に、12万5千の兵士が身を潜めていた。
そんな森の一角に一軒の小屋があった。それは本来、この森を活動場所にしていたとある猟師のものだったのだが、その猟師は兵士たちによって追い出され、今は軍の司令部となっている。10万超えの兵士たちを恐れ、森の中には今は民間人は居ない。
「最後の隊との音信が断絶。敵は43リーグ(約30km)以内に接近している模様です」
街道沿いに配置されていた偵察隊、その最後の1つからの連絡が途絶したのを確認した音信兵が、4地方の連合軍を率いる5人の幹部に、日本軍の動向についての大まかな情報を伝える。
奇襲挟撃という今回の作戦上、周辺監視の為に竜騎士を飛ばすことは、敵に発見される可能性が高く難しい。故に最後の偵察隊からの音信が絶たれた今、彼らに残された行動の選択肢は待つしかない。
尚、情報漏洩を防ぐ為、偵察隊として各地に残された兵士には作戦は伝えられていなかった。しかし、高空を飛ぶ偵察機の赤外線センサーにより、彼らの潜伏は早々にばれてしまっていたので、結局の所は要らぬ配慮となった。
「とうとう来たか・・・、想像以上に早かったな」
ノースケールト軍の軍団長であるモーリッツは、腕を組みながらつぶやく。自衛隊の行軍スピードは彼らの持つ常識を大きく凌駕するものだった。
「間も無く奴らはこの森を通過するだろう。決戦の時は近い・・・、何時でも戦闘を開始出来るようにしておけと全隊に伝えろ!」
「はっ!」
此度の作戦の指揮を執るレターンクン軍の軍団長であるティツェーロは、報告に訪れたその音信兵に指示を出した。命令を拝聴した彼は敬礼をすると、すぐに司令部を後にする。
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ミケート・ティリス港 旗艦「あまぎ」 飛行甲板
海に浮かぶ黒い城の上に、発進準備を整えた戦闘機が2機、カタパルトのシャトルにセットされている。空爆作戦でお役御免かと思っていた矢先に訪れた2度目の出撃に、パイロットたちは気を引き締めていた。
『準備完了!』
『離陸!』
出撃準備を終えたことを確認した操作員の手によって蒸気カタパルトが作動し、急激な滑走速度を与えられた機体が空へと飛び立つ。続いてもう1つのカタパルトから2機目が飛び立った。その後も3機目、4機目と飛び立って行く。同じく『あかぎ』からも、海自のF−35C 16機、及びアメリカ海兵隊の第12海兵航空群に属するF/A−18D 17機が次々と飛び立っていた。その胴体には、「グリーン・ベイ」によって運ばれてきた、本来ならば自衛隊が所有していない筈の爆弾が搭載されている。
斯くして、在日アメリカ軍から供与された焼夷弾の一種であるMark77爆弾を大量に積んだ艦上戦闘機66機は、西北西へ向かって飛び立って行った。
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メストーの森より東南東へ28km コヨーフ平原
森から28km離れた場所にあるコヨーフ平原では、横一列に並ぶ多連装ロケットシステムが空を向いていた。各々のMLRSが旋回発射機に2基ずつ搭載するコンテナ型発射筒には、6発のロケット弾を装填することが出来、1輌当たり計12発のロケット弾を発射出来る。
それらの標的はもちろん、前方28kmの地点で展開している皇太弟軍、総勢12万5千人だ。生い茂る木々の中に潜む彼らに効果的に被害を与えるにはどうすれば良いか。それについて討議する為に、司令部が設置された業務用天幕の中に、幹部たちが集まっていた。
「先程『あまぎ』より連絡有り・・・、艦載機が発艦しました」
藤井三佐が後援部隊の行動開始を伝える。それを耳にしていた幹部の1人である高木勝人三等陸佐/少佐は、1つの異論を唱える。
「今更ですが・・・やはり迂回した方が良くないですか? 確かに森の入口で監視を行っているであろう敵の目に入らないように迂回を行うとなると、かなり時間はかかりますが、戦闘を行う為に掛かる時間と比較すればどっちもどっちの様な気がするんですがね・・・」
高木三佐の問いかけに、滝澤は腕を組みながら答える。
「森を越えたら帝都はすぐそこだ。“今”やり過ごした所で、その後我々が帝都で騒ぎを起こせば、事態を嗅ぎつけるだろう彼らとはどうせ戦うことになる。どちらにしろ戦闘が避けられないならば、今のうちに減らせる敵は減らしておいた方が良い」
指揮官はそう答えた後、今回の作戦内容について今一度、幹部たちに説明を始める。
「現在接近中の艦載機による空爆で、森の辺縁部、及び敵兵が比較的集中している中央部に森林火災を発生させる。これによって、森の中に潜む敵兵をあぶり出し、その足止めを行う。次に特科団のMLRS隊と榴弾砲隊がそれぞれロケット弾と榴弾を発射、近接信管を用いた樹木による曳火によって敵兵を殺傷する。進軍速度から鑑みて、敵軍は森に潜んで間も無い・・・、大規模な塹壕等を築く余裕は無い筈だ」
「季節は冬、九州北部に緯度が等しいこの地域では、空気は乾燥して森林には落葉も多い。絶好の山火事日和でしょう。足止めと言っても、完全に森の出口をなくす・・・という事は勿論不可能ですが、火災の分布を見れば、ある程度どこから逃げ出して来るかは予想出来ますしね」
説明を行う指揮官に続いて、派遣部隊特科団長の新川誠一一等陸佐/大佐が口を開く。
「ああ、だから森から逃げ出して来た連中にも、ロケット弾による攻撃を加える。森林の庇護が無い敵兵は、例の試験兵器をテストする良い機会だ」
新川一佐の言葉に、滝澤は補足を付け加える。すると、話を聞いていた幹部の1人である水乃宮一尉がとある懸念を提示した。
「民間人が居る可能性は・・・」
この言葉に、滝澤は渋い表情を浮かべる。
「・・・そこまで責任持たないと駄目か? やっぱり?」
「・・・!」
やや無責任な台詞を口にする指揮官に、水乃宮は眉をひそめる。とは言っても、森林破壊が目的ならばともかく、敵兵を効率的に殲滅することが目的となる今回の作戦では、事前警告は行えない。
その時、微妙な空気が流れてしまった討議の雰囲気に耐えかねた幹部の1人が口を開いた。
「付近の村落の住民の証言によれば、メストーの森に定住している住民の類は存在しない様です。元が7.8平方km程の若干狭い森ですからね。数人の狩人が春から夏場に籠もる様ですが・・・。ま、居ないと祈ってやるだけです。元より上陸作戦時の空爆もそうだった」
情報科隊員を統括する幹部である奥村明夫一等陸尉/大尉は、現地住民から得ていた情報について伝える。
「イロコイや、ミケートから派遣されたチヌークは?」
滝澤は、とある別任務を行う為の別動隊として準備させていたヘリ部隊の様子について尋ねる。
「イロコイについては組み立てが完了した機体から、12km北にあるスミナ湖へ向かってます。同様に揚陸艦からここへ来たチヌークも、燃料補給を終えたものから順次向かっています。液体散布車も森の付近にある河川の側で待機中です。放っておいても自然に消えるものなんでしょうが・・・、念のための準備ですね」
航空科団隊長の西之杜二佐が答える。各地点では、森林火災を起こす準備と並行して、火災鎮火の為の準備が整えられていた。
「冬で空気が乾燥しているとは言え、焼夷弾でそんなに上手く森林を焼けるもんですかね・・・」
今まで沈黙を保っていた幹部の1人である加納丈治二等陸佐/中佐が、最大の懸念をぼそっとつぶやく様に、滝澤は苦笑を浮かべる。
「2009年のカリフォルニアでは、草刈り機の火花が3.5平方kmを焼いたこともある。着火に失敗すれば、アメリカ軍の焼夷弾は草刈り機以下だったと思って諦めるしかない。最もロケット弾や迫撃砲だけでも、それなりの被害は出せる筈だがね」
滝澤陸将補は冗談交じりに述べる。その時、司令部に1人の通信科隊員が姿を現した。折りたたみ式テーブルを囲む幹部たちに対して敬礼をしながら、その隊員は「あまぎ」からの入電を伝える。
「後援部隊、間も無く到着するとのことです!」
「来たか・・・!」
その報告に滝澤は立ち上がり、集まっていた幹部たちに指示を飛ばす。
「よし、作戦開始だ! 総員配置に着け!」
「了解!」
指揮官の命令を受けた幹部たちは、すぐさま司令部を後にすると、各々は行くべき場所へと向かうのだった。
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同日 帝都リチアンドブルク 大議事堂 閣僚会議室
この日も、皇帝を頂点としてこの国を束ねる閣僚たちが、会議室に集まっていた。しかし、以前にも増してその参加者数は減っている。参加者たちの顔は一様に暗かった。
軍事庁長官のバルディン=トリーアスは、一族郎党で帝都から姿を眩ました同僚を恨む一方で、暴君と化してしまった現皇帝アルフォン1世に怯えながら、現在の状況について報告する。
「出動中の皇帝領軍より連絡です。1刻後にはメストーの森にて、ニホン軍との戦闘が開始される見通しとのこと」
「・・・勝てそうか?」
皇帝のこの一言に、バルディンの身体が思わず震える。
「はっ・・・、此度の作戦は森林内における奇襲作戦・・・。必ずや敵軍の懐に鋭い一撃を与えられることでしょう」
勝てるのかというアルフォンの問いかけに対して、バルディンは勝敗を断言しないぼかした言い方をしてしまう。しかし彼自身は、既に作戦が全て敵に筒抜けになっていようとは思いもしていないのだろう。
「勿体付けた言い方をする奴だな・・・、勝てるかどうかと聞いたんだ」
「うっ・・・!」
鋭く尋ねてくる暴君の言葉に、バルディンは生唾を飲み込んだ。冷や汗で額を濡らす彼が口を開こうとしたその時・・・
「た、大変です!」
「!」
勢いよく開けられた会議室の扉、会議参加者たちの視線は扉を開けた男に集中する。息を切らして現れたその男は、外務庁に所属するとある役人だった。
「会議中であるぞ。緊急の要件なら手短に話せ」
失踪した長官の代わりに会議に出席していた外務庁副長官のリスタ=レンテンは、息も整えずに現れた部下に対して不快感を示しながらも、発言を促す。
「先程、教皇庁の公式発表にて・・・、此度の対ニホン戦争に与えられていた“聖戦”が・・・撤回されました!」
「!?」
役人が述べた一報、その内容に閣僚たちは一様に驚愕の表情を浮かべた。その直後、1人の男が、ガタッという大きな音と共に椅子から立ち上がり、両手の平で円卓を叩く。
「な、何だと!!」
会議の場ではポーカーフェイスだった皇帝アルフォンが、大声を張り上げながら大きく取り乱す。その様相に、閣僚たちは再び驚いた。
しかし、無理も無い。“聖戦の撤回”・・・即ち対日戦を行う名誉と理由が完全に喪失されてしまったのだから。恐らく、他のイルラ教国の多くは離反することとなるし、“18人の長たち”の内、未だ対日戦に参加している“保守派”の長たち、計5人も離れていくだろう。
前皇帝を暗殺したアルフォンに、狂言が世界に露呈した後も彼らが追従したのは、対日戦が聖戦として認められていたからだ。反教皇姿勢を示していた前皇帝を殺害し、対日戦争を始めた現皇帝の行動が正しいものだと教皇が認めているという体裁があったからに他成らないのだ。
第一の目的だった“仇討ち”も虚言、そして他国や保守派の長たちをつなぎ止められる最大の口実だった“聖戦”も消失した。アルフォンは正真正銘、孤立無援となってしまう。
「教皇様が・・・私を裏切った? 実の兄を手に掛けてまで貴方に尽くした私を・・・?」
アルフォンは小さな声でつぶやくと、脚から崩れ落ちる様にして力なく椅子の上に座り込んだ。うなだれる様子の主を、閣僚たちは不安な様子で見つめる。
「・・・そんなはずは無い!」
しばしの沈黙が流れた直後、何かを思い立った様子のアルフォンは、再び椅子から勢い良く立ち上がり、扉の前に立っていた外務庁の役人を押しのけると、急ぎ足で会議室から出て行った。
「へ、陛下! 一体何処へ!?」
会議に参加していた閣僚の1人であるアウグストゥラ=ケールが、追いかけて制止しようとするも、アルフォンは彼が伸ばしてきた左腕を振り切り、最後には大議事堂を後にした。
・・・
皇宮・御所
馬車を飛ばし、自らが寝食を過ごす居住地である皇宮・御所に戻って来たアルフォンは、皇帝を出迎える為に御所の玄関に立っていた1人の女官に、鼻息を荒立てながら質問をした。
「おい、オリスを見なかったか!?」
いつもとは明らかに違う皇帝の様子に、女官はやや萎縮しながらも、問われたことを答える。
「あの“秘書”様でしょうか? それなら先程、何やら大きな荷物を持ってお出かけになられましたが・・・」
「・・・!?」
彼女の答えに、アルフォンは目を見開いた。血相を変える彼はその後、教皇の密偵であるオリスに与えていた1つの部屋へと向かう。
「・・・」
部屋の前に立つアルフォン、彼は恐る恐るといった様子でドアノブに手を掛ける。扉はキィ〜と甲高い音を立てながらゆっくりと開かれた。扉の隙間から、薄暗く誰も居ない様子の部屋の中へ外の光が差し込む。
「つ・・・!」
部屋の中を見たアルフォンは、再び脚から崩れ落ちた。彼が目の当たりにしたのは、すでに誰も居らず、荷物も全て消えて蛻の殻となった空き部屋だった。
「何故・・・だ!」
アルフォンはやり場の無い空しさを吐露する。その両目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
間も無くメストーの森の戦いが始まる。既に戦いの大義が失われているとはつゆ知らず、森林の中に潜み続ける兵士は総勢12万5千人。三文芝居を演じ続ける彼らの末路に、思いを馳せる者は未だ誰1人として居なかった。
物語とは全然関係無いですが、最近ルパンのとあるテレスペを見ていた時、ニューヨーク五番街のトランプタワーが、過去にルパン三世に侵入されていたと知り、かなり驚きました。天下の大泥棒のターゲットにされるとは、流石は大富豪にして次期アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏ですね。




