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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第4章 終局への道
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メストーの戦い 壱

2月14日夕方 皇帝領 ブラン村付近


 行軍開始から2日目、ミケート騎士団領と皇帝領の境界線を抜けた「ジュペリア大陸派遣部隊」は、ついに皇帝領入りを果たしていた。皇帝領内にある村の1つを通過した彼らは、一見のどかに見える平野を進んでいる。しかし、222輌の車輌からなる大行進を繰り広げる彼らの姿を、草原のしげみから見つめる不穏な人影があった。


(あんな大部隊に奇襲をかけるんですか!?)


(このまま奴らが帝都に向かうのを見過ごせない! 命を捧げる覚悟でかかれ!)


(そんな・・・!)


 上官1人に末端2人といった構成の3人の兵士が、銃を構えながら派遣部隊の行軍を眺めていた。派遣部隊が進む街道と彼らとの距離は700m程離れており、3人の兵士たちは自分たちが見つかっているとは思いってもいないのだろう。

 しかし、彼らの動向は上空を飛ぶドローンによって筒抜けとなっており、その様子を82式指揮通信車の車内にて、ドローンの映像から確認していた滝澤陸将補の命令を受けた1輌の96式自走120mm迫撃砲が、進行を続ける隊列から外れて路肩に停まり、彼らの居る方へ向けて砲の旋回を開始した。


『そこに3人潜んでいるのは分かっている! 20秒以内に武器を捨てて投降しなければ、迫撃砲を撃ち込む! 20、19、18・・・』


(!?)


 突然の降伏勧告と、突如始まった命のカウントダウンに、3人の兵士たちは驚いた表情で顔を見合わせる。


(何故ばれた!? 1リーグ(0.7km)は離れているんだぞ!?)


 上官はいつの間にか見つかっていたことに驚きを隠せない。


(と・・・投降しましょう! ニホン軍は捕虜を無碍に扱うことは無いと聞きます!)


(ばっ・・・、そんな真似が出来るか!)


 狼狽えて投降を主張する部下を、上官は叱りつける。しかし、彼の顔にも大量の冷や汗が浮かんでいた。そうこうしている間にもカウントダウンは進み、ついに残り10秒に突入する。


『9、8、7、654321! 発射!』


「え! ちょっと待・・・!」


 急にスピードアップしたカウントダウンに対して、上官は思わず声を張り上げて待ったをかけてしまう。しかし時既に遅し、96式自走120mm迫撃砲から迫撃砲弾が発射される。


「うわあっ!」


 草原に響き渡る砲撃音、3人の兵士たちは咄嗟に身を屈める。砲弾は3人の頭上を通過し、彼らの後方220mくらいの所で着弾、爆発した。

 着弾地点の周りでは、草がクレーターの様になぎ倒され、地面が丸焦げになっている。その有様を見て、3人の兵士は思わず身震いをした。


『次は命中させるぞ・・・。最後のチャンスだ、10秒以内に出てこい!』


 最終通告を告げる音声が響き渡る。茂みの間から覗けば、遠目で見えにくいものの、行進から外れていた96式自走120mm迫撃(自走する砲台)砲の砲がこちらを向いているのが見えた。


(隊長・・・!)


(・・・分かったよ)


 部下の1人が気弱な声と涙をにじませた目で投降を懇願する。部下2人の前で情けない姿をさらしてしまった上官も、既に反抗の意志を失っていた。

 その後、3人は茂みから姿を現し、所持していた銃と剣を捨てて、両手を挙げながら96式自走120mm迫撃砲の方へと近づく。投降した3人に対して、自爆攻撃を警戒した自衛隊側は、街道から離れた場所で彼らの身体検査を行い、彼らの所持品から信念貝1つと2本の短刀、1本の調理用ナイフを発見した。

 信念貝と短刀、そして先程投げ捨てられた剣と銃はその場で破壊され、お情けで調理用ナイフ1本を返却された3人の兵士はその場で放免となった。捕虜を一緒に行軍させる程の余裕は自衛隊には無い。


「ゲリラ戦を仕掛ける奴らが皆、こんな間抜けだったら苦労しないんだが・・・」


 行軍に復帰する96式自走120mm迫撃砲の車長である野村玲陸士長/兵長は、ハッチから上半身を出しながらぽかんとした表情で隊列を見送る3人の兵士を眺め、ぽつりとつぶやく。

 彼は昼間に起きたとある襲撃について思い返していた。


・・・


5時間前 同日・昼 ミケート騎士団領 ミロウ村付近


 左後ろのタイヤがパンクした73式大型トラックが、左の路肩に停められている。部隊が進行を続ける街道から外れて、3名の隊員たちがタイヤの交換作業を行っていた。

 ジャッキで車体を持ち上げた後、ホイールをハブベアリングに固定しているボルトを電動レンチで外し、タイヤを取り外す。そして隊員の1人がスペアタイヤを持って来た時、事件が起こった。


カン!


「・・・?」


 何かが停止中のトラックに当たる音がした。作業に従事していた3人の隊員が音のした方に目を向けると、そこにはかすかな煙と火薬の臭いを発する拳大の“玉”が落ちていた。


「・・・焙烙火矢(手榴弾)だ!」


「!?」


 その正体を察知した隊員が叫ぶ。タイヤの交換作業を行っていた3人は、彼の声に反応して咄嗟にその場から退避した。直後、小規模な爆発が起こり、火薬玉を覆っていた陶器の破片が飛び散って3人の隊員を襲う。


「うわっ・・・!」


 3人の隊員は爆発と同時に身を屈めるも、破片のいくつかが彼らの脚を傷つけた。トラックについては、焦げ目が付いただけで大した被害は無かったものの、荷台を覆っていた天蓋にはいくつかの穴が開いてしまう。

 爆発音を耳にした他の隊員たちは、自らが乗る車輌から身を乗り出して現場の様子を覗く。その中から1輌の水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型が行軍を外れ、地面にうずくまる3人の隊員たちの下へ現れた。


「何があった!?」


 そう言って、水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型のハッチから姿を現したのは、普通科団第二普通科隊の隊長である紫藤沢徳一等陸尉/大尉だった。

 彼が乗る車輌は、ちょうど爆発が起こったタイミングで、タイヤ交換が行われていた場を通過しようとしていたのだ。


焙烙火矢(手榴弾)です! 恐らくはあの家屋内から投擲されました!」


 タイヤ交換を行っていた隊員が、紫藤一尉に事態を報告する。

 彼が指差したのは、街道から数十m離れた場所にある小さな小屋だった。焙烙火矢がトラックの左ドアに当たったこと、その位置関係から、彼が指差した小屋の中に自衛隊に対して攻撃行為を行った誰かが潜伏していることは間違い無い。


「分かった・・・、お前たちはトラックの影に避難しておけ! ここは我々が対処する!」


「り、了解!」


 紫藤一尉の指示を受けた3人の隊員は、水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型から降りた衛生科隊員の肩を借り、安全な場所に隠れて手当を受ける。

 同時に、戦闘装着セットに身を包んだ普通科隊員たちが、同じく紫藤一尉の指示を受けて、水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型から降りて来る。各員が態勢を整えた所を見計らって、紫藤一尉はその中に居るであろう敵兵に投降を呼びかけた。


『敵兵に告ぐ、その小屋は我々によって完全に包囲されている! おとなしく投降しなさい!』


 紫藤一尉は水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型のハッチから、拡声器を用いて警告を行う。その傍らでは、輸送車を降りた隊員たちが銃口や06式小銃擲弾を小屋に向けていた。

 彼らと小屋との距離は20m程だった。あらゆる状況にも対処すべく、全員が小屋に意識を集中させる。


『あと20秒以内に姿を見せなければ、投降の意志無しと判断し一斉射撃を行う!』


 動きを見せない敵兵に対して、紫藤一尉は最後通告を突きつける。その時・・・


キイィ・・・


「!!」


 ついに扉が開いた。小屋から出て来た人影に隊員たちは一斉に銃を向ける。しかし、小屋から出て来たのは見窄らしい恰好をした1人の男だった。焙烙火矢を投げたりしなければ、とても彼を兵士とは認識しなかっただろう。

 だが、その男が発した第一声は意外なものだった。


「も、申し訳ありません! 俺は脅されただけなんです! 皇帝領の兵士たちに妻子を人質に取られて・・・ニホン兵を1人でも殺せたら解放してやると。私はしがない農夫なんです、信じてください!」


「・・・!」


 自身を非戦闘員である民間人だと名乗るその男は、涙を流しながらこちらへ近づいて来ようとしていた。


『分かった、分かったから止まれ!』


 便衣兵である可能性が高いその男に対して、紫藤一尉は立ち止まる様に命じる。しかし男は歩みを止めず、銃を構える普通科隊員たちの下へ近づき続ける。


「貴方たちニホン兵ですよね・・・。お願いします、私の妻と子を助けて下さい・・・!」


 男の懇願を耳にした隊員たちの間に迷いが生じ、銃を構える手から力が抜けていく。その間にも、男は隊員たち、ひいては未だ行軍中の隊列との距離を詰めつつあった。直後、紫藤は迷いを見せる部下たちに命令を下す。


『対象を射殺しろ!』


「しかし・・・!」


 突如発せられた上官による射殺命令に、隊員たちは困惑を隠せない。目の前に居る人物が、民間人でないという保障は無いからだ。しかし、紫藤にはその男が敵であると見なせる理由があった。彼は水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型のハッチから、男の腰回りを指差して叫ぶ。


『その男が腰に巻いている焙烙火矢(手榴弾)が見えないのか!』


「!」


 上官の言葉に隊員たちは、はっとした表情を浮かべる。布きれが巻いてあった為に分かりづらかったが、男の腰まわりからは、わずかな煙が発生していたのだ。点火済みの導火線から発生しているものと見て間違い無かった。


「しまった・・・、くそ!」


 男の方も狂言がばれて観念したとばかりに、腰まわりに隠していた5〜6個の焙烙火矢をさらけ出し、隊員たちの方に向かって走り出した。


「我は“ティアム神”と共に有り!」


(・・・自爆テロ!?)


 焙烙火矢を身に巻いた敵兵士の叫び。彼の言動を見ていた紫藤一尉は、農夫を騙った男の目論見を悟る。その時・・・


パアン!


 集中を取り戻した隊員の1人が、兵士の眉間を打ち抜いた。当然ながら彼は即死し、地面に倒れ込む。それと同時に、彼が自身の身体に巻き付けていた焙烙火矢のいくつかが地面に転がり落ちたのだ。


「退避!」


 自分たちの方へ転がってくる焙烙火矢を目の当たりにした隊員たちは咄嗟に、先程負傷した3人同様、路肩に停車中だったトラックの影に隠れる。紫藤一尉もすぐさま、水陸両用強襲輸送車(AAV7)7型の中に自らの身をしまい込んで、ハッチを閉じた。

 その直後、複数の爆発音がのどかな平原に響き渡る。爆煙が晴れた後、その場所で彼らが目にしたのは、自爆した為にずたずたに引き裂かれてしまった男の死体だった。爆発そのものの威力は低かった為、73式大型トラックの影に隠れた隊員たちに被害は無かったが、精神的な動揺は隠せない様子であった。


「熱狂的な信仰心が為し得る技か・・・。末端の兵士たちの信仰心は薄いもんだと勝手に思っていた・・・が、こういう奴もいるんだな・・・」


 無残に散った敵兵の姿を見ながら、紫藤一尉はぽつりとつぶやく。

 3人の負傷者とトラックの破損は出したものの、幸いにも死者は出なかったこの一件は、すぐさま全隊の指揮官である滝澤陸将補の耳へと届けられることとなった。


・・・


(あれは分かりやすい便衣兵だったが、村を通過するときが1番危険だな。油断も何も出来たもんじゃない・・・)


 自爆テロを起こした敵兵の様子を96式自走120mm迫撃砲の車内から偶然見ていた野村陸士長は、その時のことを思い返しながら、心の中でつぶやいた。

 斯くして、ジュペリア大陸派遣部隊は、時折負傷者を出しつつも、街道のあちこちに配置されている敵の小部隊を排除しながら、行軍を続けるのだった。


〜〜〜〜〜


2月15日 朝 皇帝領 コヨーフ平原


 行軍開始から3日目、ジュペリア大陸派遣部隊はついに行軍最終日の朝を迎える。全体的に平らな地形が多い「ミケート騎士団領」に比べ、皇帝直轄地である「皇帝領」に入ってからは地形が少し険しくなっていた。

 領内をひた走る派遣部隊を引率する82式指揮通信車に、ミケート・ティリス港に停泊中の「あまぎ」からとある報告が届く。


「海自より通信、ブラックジャック(RQ-21)が現在地より進行方向へ28km進んだ先にある森林の中に、潜伏する人の群れを発見。千や万といった数ではない相当数の兵力が森に潜んでいるとのこと」


 通信隊隊長の藤井三佐が、その報告を全隊の指揮官である滝澤陸将補に伝える。それは無人偵察機にて森の中に潜伏している大部隊を発見したという内容だった。


「森を迂回して行きますか?」


 藤井三佐はルート変更を打診する。しかし、滝澤は首を左右に振って答えた。


「迂回? そんなことをして帝都にたどり着いても、どうせ奴らとは戦うことになるだろう」


「では・・・、森林戦の用意を?」


 藤井は再び伺いを立てる。


「必要ない」


 滝澤は再び彼の提案を却下した。


「では、どの様に?」


「決まってるだろう」


「・・・?」


 “決まっている”と述べる指揮官の心中を、藤井は察しかねていた。そんな彼に、滝澤は1つの指示を下す。


「特科団に戦闘準備をさせろ。そして旗艦に連絡を取れ。“森”を消す!」


「ええっ!?」

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