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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第4章 終局への道
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幕引き

2月8日 クロスネルヤード帝国東部 ミケート・ティリス 北側の海浜


 激闘の末、簒奪者アルフォン=シク=アングレムに与する軍勢をミケート・ティリスから駆逐することに成功した自衛隊は、在日米軍の力を借りつつ、車輌や物資、人員の揚陸作業に従事していた。


「LCACが浜に上がるぞー! 気をつけろー!」


 装甲車輌を載せたエア・クッション型揚陸(LCAC)艇が、作戦司令部によって「上陸地点・弐」と名付けられていたミケート・ティリス都市部の外に位置する北側の海浜に乗り上げる。そこはかつて、カッツェル辺境伯領軍とラックナム辺境伯領軍がキャンプ地を形成していた区域だ。両軍とも上陸作戦の時に壊走し、降伏した者については、現在はミケート騎士団領軍の管理下で、戦闘の痕跡の片付け作業に従事している。ミケート軍が捕虜の管理を申し出てくれたことは、日本側としては負担が減って有り難い話だ。


「10式戦車・・・揚陸完了」


 「おが」によって運搬されていた最後の1輌が浜に乗せられる。これで上陸作戦に参加した強襲揚陸艦と輸送艦、計5隻が運んで来た全ての車輌の揚陸を完了した。


「残るは“あれ”だな。『グリーン・ベイ』が運んで来た車輌・機材を全て上げれば、揚陸作業は終了だ」


 陸自隊員の1人がそう言って沖の方を指差す。そこには上陸作戦の時には居なかった巨大な艦が浮いていた。その艦はかつて、佐世保を母港としていたアメリカ合衆国海軍のドック型揚陸艦である「グリーン・ベイ」である。

 約4年前の日本=アルティーア戦争でも活躍したこの艦は、上陸作戦に参加した26隻とは遅れてミケート・ティリスに来港し、更なる増援を引き連れてこの地へ来ていたのだ。

 先程、10式戦車を運搬していたエア・クッション型揚陸(LCAC)艇が、船体を反転させて沖へと帰って行く。それは他のLCACと共に、海の上で待機している「グリーン・ベイ」へと向かっていた。



 揚陸作業を続ける隊員たちの様子を、ミケート・ティリスの市民や都市の郊外で暮らす農民たちが野次馬となって見物している。

 開戦前までは日本の艦船が良く来港しており、「しまばら型強襲揚陸艦」までもが、月に1度のペースで“交易艦”という名目の下に訪れていたこの街の住民にとって、日本の艦の大きさや姿は最早驚く様なものではないが、日本の軍勢が戦争目的でここへ来たのは当然ながら初めてのことである為、それを見つめる彼ら市民たちは、得も言われぬ緊張感を抱いていた。


「どんどんニホン軍が上陸して来る。大丈夫なのか、この街は・・・?」

「これから帝都に侵攻するつもりらしいぞ」

「そりゃ・・・先帝陛下を暗殺した簒奪者が討ち取られるのは結構だが、帝都が“火の海”・・・なんてことにならなきゃ良いな」


 再び浜に上陸したLCACによって、車輌が陸に荷揚げされる。それらは陸に上がると内陸の方へと走って行った。上陸地点の周辺では、揚陸された各種車輌の群れが規則正しく並べられている。


「あの緑色の“ジドウシャ”は全部軍用らしいぞ」

「あれが、あの艦の本来の用途だったってことだな」


 野次馬の中の2人が、陸に上げられた装甲車輌の群れを指差しながら話している。その中には作戦に参加した水陸両用強襲輸送車7(AAV7)型や20式水陸両用車などだけではなく、後に揚陸された自走りゅう弾砲や自走高射機関砲、兵員輸送用の各種装甲車、10式戦車や16式機動戦闘車等の戦闘車輌、地対空誘導弾など、あらゆる事態を想定した多種多様な装甲車輌や兵器の姿があった。

 そんな各車輌が停止してある場所では、自衛隊員とミケート軍兵士が話をしている。港の倉庫を借用して良いか否か、土地を何処まで使って良いか、そういった細々としたことを確認するためだ。



 北部の海岸で車輌や機材の揚陸が行われている一方で、都市部の港では「いずも」や「いせ」が接岸し、食糧や医薬品、銃器の弾薬などの物資の陸揚げを行っている。更には、上陸作戦時に負傷した隊員たちの治療が行われている。

 この都市の湾港設備は、かつて日本政府がODAの一環として強化しており、海自の護衛艦などの日本の艦船でも、問題無く接岸出来る様になっていた。


〜〜〜〜〜


同日夕方 ミケート・ティリス港 「いずも」艦内


 作業時間が終了した隊員たちは、各艦の中の居住区や、施設科によって地上に建てられた仮設宿舎へと戻る。


 その時、「いずも」の士官室では、帝都への侵攻を行う「ジュペリア大陸派遣部隊」を束ねる自衛隊幹部たちが、最終目標である帝都リチアンドブルクに向かう日取りと詳細な計画内容について討議していた。

 ここから先は主に陸上自衛隊の領域である為、今までの会議とは異なり、海上自衛隊幹部の姿は少ない。面子としては、此度の戦いに参加している全陸上自衛隊員、及びアメリカ軍海兵隊員を統括する滝澤詠仁陸将補/少将を中心として、在日アメリカ軍代表のコンラッド=アルティネス海兵隊中佐、機甲団を束ねる風田和喜一等陸佐/大佐等、合計して20名ほどの姿があった。


「今回の帝都侵攻に参加する全車輌の揚陸を9割方完了しました。出発までには、あと少しかかるかと」


 幹部自衛官の1人、上陸作戦に参加した航空団隊長の西之杜一等陸佐が現状の説明をする。


「兵隊崩れが多数出てしまったからな・・・、道中は注意せねば。それに9万の兵力が皇太弟(アルフォン)の下へ戻っている。恐らく彼らとは、帝都に向かう途中で激突することになるだろうが・・・」


 滝澤陸将補がつぶやく。すると、普通科団隊長の勅使河原一正一等陸佐/大佐が口を開いた。


「この街から首都までで、我々が通れる様な道は一本だけです。やむを得まい。竜騎士に注意すれば問題は無いでしょう」


 参加者たちは、勅使河原一佐の言葉に頷く。

 彼らの視線の先には、プロジェクターによって衛星写真が映し出されている。それは“国内最大の港街”ミケート・ティリス市から“帝都”リチアンドブルクまでの道のりを示していた。

 ミケート・ティリス市の周辺だけ見れば、荒原やわずかな農地が広がるだけだが、「ミケート騎士団領」は全体的に平野で、森林、草原、荒野、広大な農地と言った地形が点在している。そして帝都まで伸びる街道上に、深い森や渓谷、高い山と言った大部隊の移動を妨げる様な大きな障害は存在しない。


「2〜3、小さな川を超える感じか」


「橋を落とされている可能性はありますが、07式機動支援橋(07MSB)や91式戦車橋などの架橋装備は本国から持って来ていますから、問題はありませんね。そもそも橋があっても小型車輌しか渡れないでしょうが」


 滝澤陸将補の言葉に、施設隊隊長の水乃宮葉月三等陸佐/少佐が答える。


「そういえば、帝都までF−35戦闘機とF/A−18D戦闘機は飛行出来るんですか?」

「艦載機型のF−35Cなら帝都を戦闘行動半径内に収めます。F/A−18Dも増槽をすれば帝都までの往来は可能です」

「攻撃ヘリを何とか内陸部まで運べないか?」

「分解して運搬すれば・・・、何機かは持ち込めます」


 幹部たちの質問と応答が続く。程なくして、話し合いは終局に向かいつつあった。

 しかしその時、1人の衛生科隊員が会議中の士官室に血相を変えて飛び込んできたのだ。


「滝澤陸将補、大変です! 至急医務区画へ!」


「・・・!?」


 衛生科から持ち込まれた一大事の知らせ、それを聞いた滝澤は士官室を飛び出すと、急いで「いずも」の医務区画へと向かった。


・・・


「いずも」 医務区画


 2つのベッドに2人の陸上自衛隊員が横になっている。そして病床に伏す彼らの側には、1人の衛生員と1人の尉官の姿があった。


「どうした!?」


 衛生科隊員に連れられた滝澤は、状況を尋ねる。


「2名の隊員が、しびれと痙攣、嘔吐から成る中毒を起こしました・・・。原因は発症する直前に口にした“ぶどう酒”の様です」


 駆けつけた滝澤に対して、ベッドの前に立っていた「いずも」衛生員の三津波拓真一等海曹/一等兵曹が、2人の状況とその原因を伝える。


「・・・ぶどう酒?」


 滝澤は、彼が発したとある単語に反応する。


「はい。2人が所持していた瓶の中を調べた結果、中毒を発症する量の“アコニチン”が検出されました。・・・つまり“トリカブト毒”ですね。この世界では“トリトサカ”という名前で、同種の植物が存在していることが判明しています。

2人には胃洗浄を施し、今は安静中です。念のため、LC-MSを持って来て置いて正解でしたよ。まさかこんな事態が起ころうとは・・・」


 三津波は事の詳細を説明する。

 今回、トリカブト中毒を起こした2人は、地上の仮設宿舎で倒れている所を発見されて「いずも」に運び込まれて来た。倒れていた2人の周りには、割れた2つのグラスと、ぶどう酒が入ったボトルが落ちていたという。


「“トリカブト毒”・・・!? 自然毒の中でもかなり危険な奴だろう! どうしてこの2人は、そんな“毒入りのぶどう酒”を飲む様な事態になったんだ?」


 状況が飲み込めない滝澤は、三津波に事の発端を問いかける。その質問に、病床に臥す2人の側に立っていた、彼らの上官である田邊晶三等陸尉/少尉が答える。


「・・・実は」

 

 口を開く田邊、事の発端は数時間前の事だった。

 数時間前、揚陸作業中の彼らの下へ、日本で言えば高校生くらいの少女と、小学生くらいの幼い男児が手を繋いで近づいて来た。隊員たちは彼女らに“危ないから遠くに行ってて”、と伝えたが、その2人は彼らに“この街をお救い下さってありがとうございます”と言って頭を下げ、ぶどう酒とパンを渡して行ったという。

 これまでの戦闘でも、占領地、駐留地にて現地住民から差し入れを貰う例は多々あった。本来なら衛生科に提出して、安全か否かを調べて貰うのが正しいプロセスなのだが、今回中毒を起こした2人の隊員は、業務時間が終わった後に、まだ未提出だった“差し入れのぶどう酒”をこっそり飲んでしまったらしかった。


「全く・・・危ない奴だな。何故、飲む前に衛生科に提出せなんだ? それにあんたは何をやっとったんだ」


 全てを知った滝澤は、2人の迂闊な行動と、田邊の上官としての注意不足に苦言を呈した。


「私は衛生科に渡してからにしろと言ったのですが・・・その」


 2人の上官である田邊三尉は、目を反らしながら弁明を図ろうとするも、彼の言葉を遮る様にして、三津波一曹が口を挟む。


「まあ・・・確かに、見た目10代後半の少女と幼い男児の姉弟が渡してくれた差し入れに、毒が入っているなんて思わないでしょうね。この世界ではその様な前例はありませんし・・・」


 三津波は他人事の様に語る。しかし、彼の言ったことが全てだろう。注意すべきだったのは違いないだろうが、この世界の敵がこういう類(・・・・・)の工作に出て来たという前例がなかった。

 今回は被害者は2人だけであり、その2人は何とか命が助かったから良かったものの、一個分隊規模の隊員を失う可能性があった“攻撃”だ。万が一にも成就されたら、全体からすれば微々たる損失だろうが、全体に与える衝撃と恐怖心は絶大だろう。


「その“毒入り酒”を渡した姉弟は?」


「そのまま街へ帰りました。・・・当然ながら、名前も身元も分かりません」


 滝澤陸将補の質問に、田邊は首を左右に振って答える。

 そもそもその姉弟が、この一件を企んだとは限らない。どちらかと言えば、裏で皇太弟軍が糸を引いており、実行犯であるこの2人は、脅されたか、雇われたかしただけの市民という可能性が高いだろう。


「・・・ミケート・ティリスは広い。潜伏出来る様な場所は沢山あるだろう。この街もあんまり安全じゃ無い訳か・・・。何人かの敵兵は市街地に逃げ込んでいる筈だし、それらが一般市民に紛れて我々の毒殺をも企むとなると、俺たちもかなり危ないな」


 滝澤は神妙な表情を浮かべていた。

 かつて日本も参戦した、人民解放軍と北朝鮮軍との戦いである「東亜戦争」において、中国大陸に上陸した自衛隊を含む各国の軍は、敵の邪道を行く戦法によって何度も辛酸を舐めさせられた。上海の地に派遣された経験を持つ滝澤も、その1人である。


「全部隊に通達する! 準備が整い次第、直ちに帝都へ出発するとな!」


「・・・はっ!」


 滝澤はそう言い残すと、医務区画を後にする。彼の言葉を、その場にいた3人の隊員たちは敬礼を以て拝聴した。


(少女・・・か。そう言えば、無垢な少女の仮面を被ったとんでも無い“魔女”に出会ったっけ。あの娘(・・・)は一体何者だったのだろう・・・)


 立ち去る滝澤の姿を見つめる三津波一曹は、3年程前に使節団の医療スタッフとして訪れたアテリカ帝国にて邦人の拉致が明らかにされた際、3名の外務官僚や柴田らと共に、アテリカ帝国第二皇子からジットルト辺境伯へ転売された邦人を救出する為、ジュペリア大陸の一部地域を旅した事を思い出していた。


〜〜〜〜〜


クロスネルヤード帝国東部 “帝都”リチアンドブルク 御前会議場


 「中央議会」の会議場が存在する大議事堂の一角に、閣僚と皇帝のみが集まる会議場がある。そこに集まるのは、国の行政機関を束ねる閣僚たちと、この国の長である皇帝だけだ。


「・・・では、御前会議を始めます」


 会議進行役の宰相コラントール=カンザシーの一言で会議が始まる。本来なら全ての席が埋まるはずの円卓は、空席が目立っていた。

 コラントールや、外務庁長官のアミグダラ=ヘルパンギーナなど、現在の閣僚たちは現皇帝であるアルフォンによって、ファスタ3世の時とは顔ぶれが一新されていた。その全てが、彼に同調する保守派から選出されている。

 そんな現皇帝の子飼いであるはずの彼らも、正統派と革新派の中央議会議員を一斉に収監、更にはインテグメント家から“騎士団長位”を剥奪するという、アルフォンによる一連の暴政を目の当たりにし、彼に恐れを抱く様になっていた。故に、アルフォンへの裏切りを呈したアミグダラを始めとする一部の閣僚たちは、妻子を連れて、帝都から辺境の領地に脱出してしまっていたのだ。


「ミ、ミケート・ティリスは現在、数千名のニホン軍によって占領されており、ミケート騎士団領軍は敵と迎合している模様です・・・」


 震え声で現在の状況を伝えるのは、つい2ヶ月前に閣僚に名を連ねた軍事庁長官のバルディン=トリーアスだ。

 ミケート・ティリスに駐留していた“残存の(・・・)対日本派遣艦隊”、35万の兵力を有していた彼らが、奇襲を受けて敗走したという知らせはすぐに帝都に届けられ、彼らを驚愕させていた。


「誠に嘆かわしいことではありますが、帝都臣民はニホン軍の勝利に沸いております。現在は戒厳令下故、目立った反逆の動きはありませんが・・・」


 内務庁長官のアウグストゥラ=ケールは、市民の様子について伝える。帝都に暮らす彼らの心は、すでに現皇帝から完全に離れてしまっていた。


「・・・残存兵力は?」


「現在、こ・・・皇帝領内に3万の皇帝領軍兵士、及び1万の近衛兵団、・・・並びに、ミケート・ティリスから脱出した4地方の軍勢、計9万がラスペル=テュリムゲンに率いられ、我らが皇帝領に向けて帰還中です」


 皇帝の問いかけにバルディンが答える。その額には冷や汗が流れていた。


「・・・それだけか?」


「は、はい・・・!」


 バルディンは声が裏返った様な返事をする。暴君と化したアルフォン1世が述べる言葉の1つ1つに、閣僚たちは敏感になっていた。


「この戦いは、教皇がお認めになられた“聖戦”だというのに・・・。全く嘆かわしいものよ・・・、教皇国の意向に刃向かおうという“長”がこれほど居たとはな」


 現皇帝の狂言と凶行、そしてジェティスの存命を知り、彼から離反して、軍を引き上げた地方は8つ、即ち8人の長が彼に反旗を翻した。逆にアルフォン側に留まった地方は5つだけである。

 嘆かわしいと言いながら、その顔は微笑を湛えている。全く感情が読めないアルフォンの言動は、閣僚たちの緊張感を益々煽っていた。その直後、彼は急に立ち上がり、会議場全体に響く声で自身の決定を布告する。


「敵はジェティス・・・そしてニホンだ! 全軍を合流させろ。奴らを迎え討つ!」


「はっ!」


 全兵力による徹底抗戦を決定したアルフォン、彼の命令は瞬く間に全軍へと伝達されて行った。


〜〜〜〜〜


同日 神聖ロバンス教皇国 総本山ロバンス=デライト 教皇庁


 ミケート・ティリスが日本の手中に墜ちたという事実は、当然ながらこの国の首脳たちの耳にも入っていた。教皇庁を束ねる幹部たちが円卓を囲み、戦争の行く末について討議している。


「1週間前、ミケート・ティリスに駐留していた、アルフォン1世率いる“対日教化軍”総勢35万が、海より上陸してきたニホン軍に敗れ、同地にいた軍は一部を除き壊走・・・。ミケート・ティリスはニホン軍の手の中に墜ちました・・・」


 外交部長のレオン=アズロフィリックが、事態の概要について説明する。幹部達の表情は一様に暗かった。

 日本軍がいつかジュペリア大陸に上陸してくる。それは分かっていたことだ。しかしそれは、地の利と数の利を活かして追い返す算段だったはずだ。そして敵はあろうことか、最も兵力が集まっていたミケート・ティリスを襲った。上陸が1番困難であろう地点を攻撃目標に選んだ彼らは、本来なら“愚か者”だと笑われる筈だった。

 どころかどうだ、35万の軍勢は空と海からの強烈な急襲に遭い、ろくな反撃も出来ずに多大な犠牲を出して敗走してしまったという。

 即ち、この場に居る全員に共通している最大の誤算は、日本軍の上陸地が“ミケート・ティリス”だったことであり、尚且つ彼らが35万の兵力を打ち破ってしまったことだった。


「このままではリチアンドブルクが危うい・・・。我らが希望である現皇帝が廃され、元皇太子などに帝位に即かれてしまっては・・・」


 国防部長のボニファス=ガングリオンが、不安をはらんだ声でつぶやく。ミケート・ティリスは帝都から最も近い港街であり、この地を占領した日本軍から見れば、リチアンドブルクはもう間近なのだ。


「兵の殆どがやられてしまいましたな・・・。ここはやはり、“邪道の戦”を行い、何とか帝都までの進軍を阻む様にと、今こそ皇帝に指示を出しましょう!」


 以前の会議でもゲリコマ戦術の実行を訴えていたヴェネディクは、今回の会議でもその必要性を訴える。しかし、幹部の1人はそれに反論する。


「奴らの移動速度は馬の比では無い! 故に、悠長に細かな攻撃ばかり続けては、敵の部隊は確実にリチアンドブルクにたどり着く。さすれば帝都を追われた現皇帝の代わりに帝位の座に元皇太子が即く事になるだろう。

即ち“教化軍”は、進軍する敵を数日以内に確実に滅せねばならないのだぞ! 少人数による奇襲や破壊工作の様な、真っ向から戦わない戦い方では、ミケート・ティリスから帝都までの敵の進軍を止めるには、明らかに力不足だ!」


 彼の意見に異を唱えるのは、法務部長のウルバス=プラッセンタである。彼は、小規模の打撃を与え続けることを目的とし、本来、短期間で戦局を変えることは出来ないゲリラ戦法は、今回の戦いには不適切だと考えていた。

 日本側からすれば確かに多少厄介ではあるだろうが、元々ゲリラ戦の訓練も受けていないだろう兵士たちによる小襲撃や妨害工作では、能力が違いすぎる自衛隊の進行は、まず止めることは出来ないだろう。何より“彼らが知る軍隊”と“日本軍”とでは、移動速度が違い過ぎるのだ。


「・・・ぐっ!」


 ヴェネディクは言葉に詰まる。上陸作戦の結果は、現実路線を見つめていた筈の彼にさえ、その目論見が甘かったことを思い知せていた。彼も、最も兵力が集まっていたミケート・ティリスに、日本軍が上陸する可能性は低いと考えていたからだ。

 故に、他の場所、例えばミケート騎士団領内のミケート・ティリスとは別の海岸に上陸してきた日本軍に対して、ミケート・ティリスに集結していた兵力を用いてゲリラ戦、そして数の利を活かした戦闘を行う・・・がヴェネディクの目論見だったが、一夜の上陸作戦で、ミケート・ティリスに集結していた35万の兵士たちの殆どを失ってしまった。


「最早、戦闘を傍観しているだけでは駄目だ! 皇帝に対して、残存の兵力を集めさせ、数の利による総攻撃を掛ける様に直接通達しては!?」


 国防部長のボニファスは、“教皇庁による軍の直接指揮”を訴える。

 今までの戦いにおいて、教皇国が実際に行った行動は、「仇討ちを掲げた新皇帝に聖戦を与えた」、そして「各国に仇討ちという名の聖戦に参加する様に命じた」だけだ。戦いの方向性や戦い方を討議したことはあれど、“戦の本質”は“アルフォンによる仇討ち”である為、現場の戦闘については、教皇国は未だ一切の指示を出しておらず、基本的に聖戦に参加している各軍は、アルフォン率いる皇帝領の指示で動いていた。

 しかし、敗北を重ねる皇帝やイルラ教国家の国主たちに、最早教化軍の指揮を任せてはおけない。彼はそう訴えていた。


「それが良い! 最終的な勝利は、神の加護を受ける我々にもたらされる筈だ! 集められる限りの兵力を召集する様に現皇帝へ指示し、帝都までの道中でニホン軍を迎え討とう!」


 ボニファスの意見に同調するのは、教皇庁長官のグレゴリオ=ブロンチャスだ。この期に及んで彼はまだ“神の加護”を諦めていない様だった。


「だから、正攻法では駄目ですって!」


 グレゴリオの提案に、ヴェネディクは声を荒げて反論する。


「やはり“聖戦”を撤回すべきでは・・・? このままでは、結果は明らかです・・・、やはり敬虔な信徒とは言え、実兄を害す様な者に聖戦を与えたのが間違いだったのでは・・・」


「何を仰る! ニホン人は再びこの大陸へ足を踏み入れたのですぞ! 今、これを排除しなければ!」


 財務部長のクラメント=シノアトリアルは、以前の会議同様、聖戦の撤回を主張する。それに対して、グレゴリオを始めとする聖戦続行派が声を荒げて反論した。

 会議は紛糾する。少人数による“ゲリラ戦”、数に任せた“総攻撃”、そして“聖戦の撤回”・・・各々の主張をぶつけ合う幹部たちの怒号にも似た言葉が飛び交う。

 そんな中でただ1人、沈黙を続ける男が居た。教皇イノケンティオ3世だ。見た目には何時も通り荘厳な様子で会議を見つめている様に思えたが、実際は放心状態にも近い精神状況だった。


「・・・」


(・・・このまま・・・負ける? そしたら教皇国、いや私はどうなる!? ニホンに賠償金を請求されたら・・・? 抗う術を失った私は、今まで信者()どもを使って築き上げて来た地位と財を奪われるのか? ・・・否! 何より守るべきもの・・・それは私の“地位”と“富”! 銅貨1枚だって渡してなるものか!)


 思案を巡らせるイノケンティオ、その心中には、アルフォンの信心深さとはかけ離れた欲望と本性が渦巻く。

 彼が当てにしていた“数の利”は、最早日本に対しては意味を成さないものであることが分かってしまった。そして日本軍が駐留するのは、此度の戦争の“表向きの主導者”が居るリチアンドブルクと最も近い港街、“地の利”も意味を成すかどうか怪しい。

 ヴェネディクがやたら主張していた“少人数による破壊工作”も、はっきり言って期待できるのは一時的な効果だけであり、日本軍そのものを撤退させるまでには至らないことは明白だろう。


(斯くなる上は・・・!)


 意を決した彼は、ワインが注がれていた銀製のグラスを一気に呷ると、空になったグラスを円卓の上に叩き付ける。


「!?」


 甲高い音が会議場内に響き渡り、会議に参加している幹部たちの視線を一気に集める。その中で、イノケンティオはゆっくりと口を開いた。


「・・・聖戦は撤回だ。実兄を含む肉親を殺害し、世界を欺いた者に聖戦を与えるなど、やはり間違っていたのだ!」


「・・・え?」


 教皇の言葉を耳にした幹部たちは呆気にとられる。今までの激しい討議で生じた熱狂が、瞬く間に冷めてしまった。静寂がその場を包む中、1人の幹部が口を開く。


「以前は・・・、ニホン人をこの大陸から追い出す好機を逃す訳にはいかないと仰っていたではないですか! それにニホン人は確実に排除しなければならないと・・・」


 突如告げられた教皇の決断に、聖戦の継続を訴えていたグレゴリオは、動揺が入り交じった声で反論する。他の幹部たちも少し怪訝そうな表情を浮かべていた。そんな微妙な空気が流れる中で、イノケンティオは続ける。


「グレゴリオ・・・、私はあれから考えた。そして結論付けたのだ。やはり肉親を手に掛ける様な外道を犯した者に神が勝利を与えるだろうか、いや、否だと! 此度のミケート・ティリスでの戦いの結果も、恐らくは現皇帝が神から見放されたが為だ! これは神が直々に示された御意志なのだ!」


「・・・」


「よって“聖戦”は正式に撤回する。“肉親殺しの罪人”に頼らずとも、いつか“血の穢れを好く罪人(ニホン人)たち”を教化出来る日が来るはずだ! それが神の加護を受ける我々の宿命なのだ!」


 熱弁するイノケンティオ、しかし、声を大にして訴える彼の眼差しとは裏腹に、彼の言葉を聞く幹部の表情は冷めている。ミケート・ティリス上陸戦が起こる前とは完全に変わっている教皇の主張に、わずかながらの不信感を抱いてしまったことによって、彼らの心の中にある教皇への忠誠心に、微細な綻びが生じつつあったのだ。


・・・


会議終了後 執務室


 自室に戻ったイノケンティオは、ただただ呆然と天井を眺めていた。先程の熱弁で発していた気合いが消えたその様は、燃え尽きてしまった残りかすの様である。


「・・・聖戦は撤回ですか。・・・今後はどうされますか?」


 彼が個人的に雇っている密偵の一団の1人であるセイムが、彼に今後どう動けば良いか尋ねる。35万の兵力が敗走したという報道を耳にした直後だからか、いつもは不敵な笑みを浮かべている彼も、今日は少し動揺した顔をしている。

 彼の問いかけに、イノケンティオは力の無い声で答えた。


「・・・オリスには私とアルフォン1世の繋がりを示し得る全ての証拠を持ち去り、帝都を去れと伝えろ。最早牙を折られたも同然の現皇帝に、もう用は無い! 我々は奴にまんまと騙され、誤った聖戦を与えてしまった“被害者”として、ニホンに対して振る舞うのだ・・・!」


「・・・!」


 教皇が下した本当の決断、それは“とかげのしっぽ切り”だった。前皇帝ファスタ3世とその一家の暗殺、そして狂言による対日宣戦。この4ヶ月の間に起こったことを、アルフォンが全て独断で企てたことにして、日本国による戦争責任の追及を何とかして逃れる。それが彼の目論見(・・・・・)だったのだ。


(“ニホン人医術士による前皇帝一家の暗殺”に並んで、奴が対日宣戦の根拠としていた“ニホン国使節の教皇への侮辱行為”、あれも間違いだったことにしてしまおう。元々が奴を焚きつける為に作った私の“嘘”だしな・・・。

アルフォン自身のただの妄想だったとか、会議内容を曲解した教皇庁役人が、独断で奴に伝えたとか、最もらしい言い訳はいくらでも付けられる・・・)


 更なる思案を巡らすイノケンティオは席を立つ。セイムに歩み寄り、彼の顔に自分の顔を近づけながら、まるで脅す様な表情で彼に言い聞かせた。


「良いか・・・、くれぐれも証拠、特に物的証拠だけは残すなと伝えろ。それでお前達の仕事は終わりだ。礼金は契約通り、後でくれてやる・・・!」


「・・・はっ、その様に」


 雇い主の最後の命令を聞いたセイムは、一礼すると執務室を退出した。その後、程なくしてイノケンティオの命令は、アルフォンの下にいる密偵オリスへと伝えられたのだった。

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