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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第4章 終局への道
37/51

ミケート・ティリス揚陸戦 肆

ミケート・ティリス 港


 艦砲による敵艦隊への攻撃が終わり、港を含む街の沿岸を覆っていた対日本派遣艦隊の艦の群れは、数十隻のミケート海軍の艦を残して、全て海面に漂う木材と化していた。

 その為、港から水平線までの見通しが良くなり、市民たちは海上に展開する26隻の巨大艦の姿を目の当たりにしている。


「あの艦は・・・ニホンの軍艦か! あんなに多く・・・」

「今、空を飛んでいる物は全てあれらから出ているのか?」


 市民、そして兵舎から出て来たミケート軍兵士たちは、群れをなしている灰色の巨大艦を見て戦々恐々としていた。

 街の外の四方八方に形成されていた各軍のキャンプ地、及び軍艦の停泊地で数多の爆発が巻き起こり、街の周囲を取り囲む様にして黒煙が上がっている。故に、空から見たミケート・ティリスの姿は、まるで巨大な黒い王冠の様であった。

 今でこそ市街地、及びミケート軍は攻撃の対象にはなっていない様だが、あの力が自分たちにまで無造作に振り下ろされたら・・・、そんな恐怖が彼らの心を覆っていた。


・・・


港 ミケート海軍旗艦「ギベリン」 甲板


「俺たちには砲撃は来なんだ・・・」

「ああ・・・、綺麗に避けてくれたもんだ」

「どうやら、俺たちは標的では無いらしいな」


 軍艦の中でストをしていたミケート軍兵士が、木片の山と化した他の軍の軍艦を見つめながら話している。彼らは自分たちが敵の標的となっていないことに安堵していた。


「ありゃあ・・・ニホン軍の旗だ。艦の姿からしても間違い無い。軍団長に報告を!」


 望遠鏡を覗いていた兵士が、仲間の兵士に告げる。彼の視線の先には、四方八方に光を照らす紅い太陽が描かれた旗がはためいていた。


(あれは・・・この街を簒奪者から解放してくれる光か、それとも・・・35万の皇太弟軍をこの街諸共焼き尽くす悪魔か・・・)


 望遠鏡を覗いていた兵士は心の中でつぶやく。

 彼らミケート騎士団領軍は、ヨーク=アーデンで亡命政権を建てた皇太子が日本国と結びついていることを当然知っている。故に総意として、日本軍との戦闘に発展する様な事態は避けたいと思っていた。市街地、及びミケート軍を攻撃対象から外している現在の日本軍の軍事行動から察するに、あちらも同じ事を考えているだろうことは予想出来るが、互いに連絡手段が無い以上、日本側にどういう意図があるのか、彼らは実際には知り得ないのだ。


・・・


中心街 インテグメント家の邸宅 執務室


 この地方を治める一族である“騎士団長位”インテグメント家の邸宅は、今は簒奪者が支配する皇帝領から派遣された役人であるラスペル=テュリムゲンが施政を行う場となっている。地位と自治権を奪われたインテグメント家の人間は現在、別邸で軟禁状態となっており、彼らは何をどうする事も出来ない。

 そして今、本来ならば“騎士団長”が座るべき椅子に我が者顔で座るラスペルの下へ、血相を変えた皇帝領軍兵士が次々と現れていた。


「夜間に行われた奇襲爆撃、及び敵の“巨大な羽虫”によって、各軍のキャンプ地は甚大な被害を受けております!」

「北部属国連合軍及び南部属国連合軍、その他多くの軍が壊走! キャンプ地を捨て、内陸へ逃亡しました!」

「リザーニア王国軍、リーファント公国軍は文字通り全滅です!」

「各軍艦に積まれ、残存していた竜騎部隊は、全て撃墜された模様!」

「我らが皇帝領軍キャンプ地に位置する総軍司令部と連絡が取れず、おそらく被弾したものかと思われます」

「敵の巨大艦隊による連続砲撃によって、ミケート軍のものを除き、我が軍勢の軍艦が全て撃沈されました。これによって我々は制海権を完全に喪失しました・・・」


「・・・」


 何一つ好転することの無い状況に、ラスペルは頭を抱えていた。クロスネルの歴史上、海からこれほど大規模な急襲攻撃を受けた前例など無く、どう対処して良いのかも分からない。


「ミケート軍は・・・?」


 ラスペルは、自身に対してストライキを敢行していたミケート軍の動きを尋ねる。この街には普段、港の警護を行っている部隊を含め、約3万人のミケート軍が常在している。


「自分たちが敵の攻撃対象になっていないのを良いことに、未だ何も行動を起こしていません・・・」


「ちぃっ・・・!」


 兵士の報告に、ラスペルは思わず舌打ちをした。

 14万の兵力を誇るミケート騎士団領軍は、本来の主から施政権と軍の指揮権を奪ったラスペルや皇帝領に反発している。その巨大な兵力が全く当てにならないことに、ラスペルはもどかしさに似た腹立たしさを感じていた。


「夜襲などと・・・卑怯な真似を!」

「ミケート軍の離反もそうですが、『クスデート辺境伯領軍』を失ったのが・・・1番大きいですね」


 兵士の1人が述べた軍の名、それは“無所属派”と呼ばれる帝国への帰属意識が低い長が治めている、とある地方から派遣されていた軍勢のことである。すでにミケート・ティリスを去っている為、今はこの地には居ない。

 彼らのホームである「クスデート辺境伯領」とは、帝国の最西端に位置する港街・クスデート市を主都とする地方で、保守派を標榜するノースケールト辺境伯領とは山脈を境に隣接している。

 この地方は西方諸国との海上貿易をほぼ独占している為、皇帝領を含む19地方の中ではミケート騎士団領と並んで1、2を争う程経済力が高く、この1地方だけで15万の軍勢を有しており、また、この世界で最も火薬兵器が発達しているとされるイスラフェア帝国から、“最新の火薬兵器”を導入しているとも言われている。

 故に、この地方がその気になれば帝都すらも落とせると言われており、帝国への帰属意識が低い一方、帝国を構成する地方の中で随一の経済力と軍事力を持つこの地方を治める一族である“辺境伯位”「トモフミ家」は、他の地方の長や住民たちからかなり気味悪がられているのだ。


「ラスペル様・・・撤退しましょう!」

「左様! ここは一時的に内陸へ逃れ、体勢を立て直すのです! 皇帝領内に居る我らが軍と合流を図り、兵力を整え直すべきです」


 皇帝領軍の士官がラスペルに撤退を進言する。確かにそれは、今の状況では最も利口な選択肢だと言えるだろう。


「・・・分かった。各軍勢にリチアンドブルクの方向へ退避する様に指示しろ・・・」


 臨時総督よりミケート・ティリスの放棄が決定された。彼の決定は直ちに、司令部が残存している軍へと通達される。その後、彼らもミケート・ティリスからの脱出を果たした。

 しかし、指揮系統の崩壊によって撤退命令を受理出来なかった軍勢も多くあり、彼らは最期まで日本軍と戦い続けることになる。


〜〜〜〜〜


強襲揚陸艦「こじま」 ウェルドック内


『ウェルドック内注水開始! 間も無く発進する』


 ウェルドック内に戦闘指揮所(CIC)からのアナウンスが響き渡る。長い前準備を経て、漸く上陸部隊の出番が訪れたのだ。

 なるべく揚陸艇の移動距離を減らす為、可能な所まで海岸に接近していたウェルドックを有する各艦の内部に格納されているエア・クッション(LCAC)型揚陸艇や、水陸両用強襲輸(AAV7)送車7型、そしてこの世界で本格的な初陣となる20式水陸両用車の中、そして甲板で離陸準備を整えているオスプレイ(V-22)チヌーク(CH-47JA)と言った輸送ヘリの中では、数多の陸上自衛隊員やアメリカ海兵隊員が、上陸の時を今か今かと待っている。

 エア・クッション(LCAC)型揚陸艇には人員輸送用モジュールだけでなく、16式機動戦闘車や対竜騎用の87式自走高射機関砲、自走りゅう弾砲などの多種多様な装甲車輌まで搭載されており、格納庫内には1度では揚陸艇に乗り切らない車輌がまだまだ多く控えている。

 更には屋和半島のアメリカ合衆国から派遣されるドック型揚陸艦「グリーン・ベイ」の協力によって、作戦が終了した数日後には増援部隊が上陸する手立てになっていた。

 ウェルドックへの注水が完了し、海へ繋がる艦尾門扉が開かれる。すでに日は完全に昇りきっており、太陽の光がウェルドック内で待機していた上陸部隊を照らす。


『全隊、発進!』


 艦長である宇喜田大輝一等海佐の命令の下、「こじま」のウェルドック内から水陸両用強襲輸送(AAV7)車7型12隻に続いてエア・クッション(LCAC)型揚陸艇1隻が飛び出した。同時に同艦の飛行甲板から、オスプレイ(V-22)が飛び上がる。

 他の艦でも、次々と上陸部隊を発進させていた。


・・・


オスプレイ(V-22) 機内


「うわ・・・」


 操縦席から海の上を望む副操縦士の緒沢承庵一等陸尉/大尉は、海の上に浮かぶ数多の木片に、思わずため息を漏らした。

 1,000隻を超える木造軍艦を沈める計画を立てていた以上、日本側はこのことを当然予見していたし、予定では水陸両用車が先行し、木片をかき分けた後をエア・クッション(LCAC)型揚陸艇が進むことになっている。とは言っても、流れ出た木片や瓦礫の量はやはり半端なものではなく、上空を飛ぶ彼らの目からは、上陸作戦の遂行に不安を抱くレベルではあった。


(大丈夫か・・・? ただでさえ作戦は遅延気味なのに・・・)


 緒沢一尉は心の中でつぶやいた。

 その後、5隻の艦から飛び立ったオスプレイ(V-22)チヌーク(CH-47JA)、在日米軍のキングスタリ(CH-53K)オンから成る空中強襲部隊は3手に分かれ、海上を進む揚陸部隊より一足先に上陸地点の海岸へと向かう。


・・・


20式水陸両用車 車内


カン カンカラ ゴン!


 艦隊の残骸である木片や瓦礫がぶつかる音が、車内に所狭しと座っている隊員たちの鼓膜を刺激する。本来ならば24ノットの速度を持ち、元の世界では世界最高水準の性能を誇っていた「20式水陸両用車」であるが、今はそのなりを潜め、水陸両用強襲輸(AAV7)送車7型に並ぶ低速度で海の上を進んでいた。


「邪魔だな・・・くそ」


 上部のハッチから顔を突き出していた隊員は、行く手を阻むトラップの様に海面に浮かぶ木片に顔を歪める。彼の両手には、ハッチから海面まで届く長さの竿が握られていた。

 それぞれの水陸両用車には、進行の障害になる浮遊物をどける為の“竿”が配布されており、それを持つ隊員たちがハッチから上半身を出している様は、まるでいかだでも漕いでいるかの様であった。

 彼らの後ろでは上陸部隊を発進させた母艦やその他の護衛艦が、艦砲射撃を受けて軍艦から海に投げだされた敵の海軍兵たちの救助作業に入っている。


〜〜〜〜〜


上陸地点・壱 ミケート・ティリス南側の海浜


 強襲揚陸艦3隻、及び輸送艦2隻から飛び立った空中強襲部隊の内、数機の輸送ヘリが作戦司令部によって「上陸地点・壱」と名付けられていたミケート・ティリス南側の海浜に襲来した。メインローターの回転が巻き起こす風によって海浜の砂が巻き上げられる。

 着陸地点の周辺には、艦砲射撃によって沈められた軍艦から脱出し、何とか浜に辿り着いていた海軍兵が何人か居たが、空から出現した輸送ヘリを見るなり、まるで海辺の磯虫の様にその場から逃げ出していた。


「上陸地点に敵影無し、着陸!」


 砂を吹き飛ばしながら、輸送ヘリの群れは同時に海浜へ着陸する。直後、各機のランプドアが開き、機関銃や小銃を携えた日米の隊員たちが次々と出てくる。

 空中強襲部隊が降り立った浜辺には、彼らに先立って発進した攻撃ヘリや汎用ヘリから成る地上攻撃部隊によって生み出された防塁や砲列の残骸、兵士の死体が散乱していた。しかし、今はそんなものに気を取られている暇はない。彼らの指揮官であるウィルストン=チョウ海兵隊中尉は、地上に足を付けた隊員たちに向けて指示を出す。


「直ちに敵軍キャンプ地を制圧する。敵はマスケット銃の様な銃器を所有している。奴らの銃器(エモノ)は一度撃ったら次弾の装填に数十秒かかる代物だ。有効射程も短い。奴らが撃って来ても落ち着いて対処しろ。一定距離より内側に近寄らせるな! そして気をつけて行け」


了解(Roger)!」


 隊員たちは海に背を向け、陸へと足を進めていく。

 すると程なくして、指揮系統が壊滅していたが為に撤退命令が伝えられていなかった軍勢の兵士たちが、上陸した彼らを討ち取らんと銃や剣を携えて姿を現した。

 その様子を確認した隊員たちは、砂浜や防塁の残骸に身を伏せ、それぞれが持つ小銃や機関銃、てき弾銃を接近する敵兵に向けて狙撃を開始した。


「撃て、撃て! やらなければ此方がやられる!」


 ウィルストン中尉の指示を受け、隊員たちは容赦無く銃弾やてき弾を浴びせ続ける。対日本派遣艦隊(皇太弟軍)の兵士たちも負けじとクロスボウや銃を放つが、日本側も射程と威力の差を駆使し、彼らを容易に射程圏内へ寄せ付けない。

 小銃や機関銃を連射している隊員たちの後方では、隊員たちが81mm迫撃砲の用意をしている。彼らの目的は内陸から次々と現れる敵の軍勢を殲滅し、小銃や機関銃で攻撃を行っている隊員たちを援護することだ。


「半装填良し・・・発射!」


 あっという間に設置された十数本の砲身から、迫撃砲弾が内陸へ向けてほぼ同時に発射される。数秒後、地面に弾着した砲弾が一斉に爆発し、海浜へと向かってきていた敵兵たちを次々と吹き飛ばした。


ギャアアァ・・・!


 数百m先の爆心地から断末魔が聞こえてくる。しかし、まだ敵は出てくる。


「間を空けるな! 次弾発射用意!」


 上官の指示を受けた隊員たちによって、程なくして第2射撃が発射される。再び敵兵の断末魔が響き渡った。その時・・・


「揚陸部隊が到着したぞ!」


 1人の隊員が叫んだ。待ちに待ったその知らせに、隊員たちは思わず海の方へ振り返る。

 瓦礫をかき分け、何とか砂浜に乗り上げた水陸両用強襲輸(AAV7)送車7型や20式水陸両用車に続き、エア・クッション(LCAC)型揚陸艇数隻がついに上陸を果たしたのだ。浜に乗り上げたLCACから89式装甲戦闘車と兵員たちが降りてきた。荷を降ろしたLCACは、更なる車輌を揚陸する為、船体を反転させ、母艦へと帰って行く。

 南の海浜に上陸した各水陸両用車と89式装甲戦闘車は、内部で待機していた隊員たちを降ろすと、どんどん内陸へと進んでいく。81mm迫撃砲の列や砂浜に伏せていた隊員たちを追い抜き、敵との距離を詰めていく。装甲に守られた彼らにとってはこの世界の銃など恐れるものでは無い。


『各車輌、攻撃開始!』


 その命令を合図に、各装甲車に乗る隊員たちは、取り付けられている機関銃やてき弾銃、機関砲を敵兵に向けて発射した。日米の歩兵たちも彼らの後に続いて内陸へと足を進めて行く。


・・・


「もう、駄目だ!」

「ひぃ〜!」


 上陸する日本軍を追い返そうと、南の海浜に向かっていたジャヌーヤイ伯国軍やヒルセア伯国軍の兵士たちは、空中強襲部隊に遅れて登場した装甲車輌に恐れを成し、銃や剣を投げ捨てて逃げ出していた。

 戦意を失った彼らに対して、日本軍の追撃は続く。撤退命令が伝達されなかった彼らの末路は、降伏した数百名を除いて悲惨なものとなった。


〜〜〜〜〜


ミケート・ティリス西側 皇帝領軍キャンプ地


 都市の西側、すなわち最も内陸部に形成されていたホスダン騎士団領軍・レターンクン騎士団領軍・ノースケールト辺境伯領軍の3軍、及び皇帝領軍のキャンプ地に、ヘリコプター地上攻撃部隊が攻撃を加える為に飛来していた。

 しかし、その場所は最早もぬけの殻となっていた。最初の空爆で戦死した者を除き、人影は無い。


「死体の数が明らかに合わないな・・・、内陸部へ逃がしたか」


 上空を飛ぶイロコイ(UH-1J)から、キャンプ地の様子を見ていた西之杜一佐がつぶやく。撤退命令が正確に伝えられていた4つの軍は、地上攻撃部隊が攻撃を加える前に、帝都がある西方に向かって撤退を完了させていたのだ。


「まだそこまで遠くに逃げていない筈です。追撃しますか?」


「・・・いや、そろそろ打ち止めだ。母艦に戻り、指示を仰ごう」


 副操縦士の提案に対して、西之杜は首を左右に振って答えた。その後、コブラ(AH-1S)イロコイ(UH-1J)、在日米軍から参加したヴァイパー(AH-1Z)やツインヒュ(UH-1N)ーイ、ヴェノム(UH-1Y)等の攻撃ヘリコプターや汎用ヘリコプターから成る地上攻撃部隊は、各々の母艦へと戻り、その任務を終了した。


〜〜〜〜〜


ミケート・ティリス 都市部


 ミケート・ティリスの湾港部にある小さな砂浜、作戦司令部によって「上陸地点・参」と名付けられたそこにも、南北の海浜と同様にキングスタリ(CH-53K)オンが着陸、水陸両用車とエア・クッション(LCAC)型揚陸艇が上陸していた。

 都市の中から出て来たわずかな敵兵を駆逐し、3つに分かれた部隊の中で1番早くに上陸地点の確保を終えていた日米の隊員たちの頭上を、数機のシーホーク(SH-60K)が飛ぶ。


『皇太弟に与する者たちに告ぐ。武器を捨て、投降しなさい! 繰り返す、投降しなさい!』


 外部に取り付けられた拡声器から、都市内に潜む敵軍兵士たちに降伏勧告が成されている。都市内で派手な戦闘は避けなければならない為に、街中に逃げ込んだ兵士たちに対しては、降伏を促すことになっていた。

 彼らが降伏してくれるのを待つ隊員たちの下に、1人の兵士が現れる。両手を挙げながら近づくその兵士の様子に、攻撃の意思は無しと判断しながらも、日米の隊員たちは警戒しながら、彼の第一声を待つ。


「ニホン軍の方々! 私はミケート騎士団領軍の佐官、ヴォルノット=タンタイドと申します。軍団長チェベット=チャールウィンの命により、貴軍に接触するという任を承って、ここへ来ました!」


「!」


 兵士の自己紹介に、隊員たちは意外そうな表情を浮かべる。


「・・・ミケート軍の方ですか。私は日本陸軍中尉の大野猛(タケル=オオノ)と申します。前提としてですが、我々は貴方方と敵対し、この都市そのものを破壊する意志はありません」


 「上陸地点・参」確保の指揮を執っていた大野二尉が、自らの身の上を紹介した上で、日本側の意志を伝えた。彼の言葉を聞いたヴォルノットは、自軍の艦だけが残っている海岸を見渡しながら答える。


「・・・ええ、我々もそうではないかという推測を立てていました。簒奪者の手からこの街を救って頂けた様で感謝致します」


 そう言うと、ヴォルノットは軽く頭を下げた。どうやらミケート軍が現皇帝に反旗を翻しているという情報に間違いは無い様だ、そう思った大野は、彼に1つの質問をぶつける。


「この地を治めるインテグメント家の方々は・・・? 現皇帝により自治権を奪われたと聞いていますが・・・」


 大野二尉の質問に、ヴォルノットは少し間を空けて答える。


「・・・我々の主は暫く軟禁状態でしたが、皇帝領軍や臨時総督がこの地から逃亡した為、我々が救出しました。現在は我々の保護下にあります。騎士団長であるハリマンス様は、貴方方の指揮官と対話の場を持ちたいと仰っております」


 彼の申し出を耳にした大野は、驚いた様に目を見開く。


「了解しました・・・。直ちに旗艦へ連絡します」


 そう言うと、大野は敬礼してその場を去り、ヘリの中にある通信機で旗艦へ連絡を取る。彼はミケート軍とコンタクトが取れたことと、対話の場を持ちたいという彼らの申し出を旗艦「あまぎ」へ報告した。


(っ〜・・・! チェベット軍団長の言う通り、手を出さなくて正解だったな・・・)


 黒煙が上がる都市の外部や、軍艦の瓦礫が漂う海を見渡しながら、ヴォルノットは安堵していた。

 日本軍の上陸と皇太弟軍への攻撃開始を受けて、日本軍と共に簒奪者の軍勢を追い出そうという意見をチェベットに訴える将兵が居たのだが、軍の司令官である彼はそれを良しとせず、彼らは終始傍観に徹していた。

 日本との連携が全く取れていない状態で、皇太弟の軍勢を攻撃する為に都市の外に出ていたら、彼らは間違い無く、日本軍の攻撃に皇太弟軍諸共巻き込まれていただろう。


〜〜〜〜〜


旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所(CDC)


「地上攻撃部隊全50機が帰還しました。揚陸作業は進行中です」

「ミケート・ティリス市の制圧を、その周辺部を含めてほぼ完了しました。現在は投降者を一カ所に集め、また負傷者の救助作業に入っています」 

「大野二尉からの報告によると、現地ミケート軍との接触に成功したとのことです。彼らは我々との対話を希望しています」

「皇帝領から派遣されていた臨時総督を含め、皇帝領軍を含む4地方の軍が内陸部に逃亡した模様。また他勢力の軍も、合計して数万人が内陸へ逃亡した様です」


 総司令の下に、各方面からの状況報告が届けられている。鈴木は余すことなく、それらを耳に入れていた。


「・・・こっちの被害は?」


「詳細な人数はまだ分かりませんが、上陸部隊に十数名の殉職者が出た模様です」


 淡々と述べられた部下の答えに、鈴木は一瞬渋い表情を浮かべるが、すぐに何時も通りの顔に戻し、小さな声で一言だけつぶやいた。


「・・・そうか、冥福を祈ろう」


「・・・!」


 総司令の言葉に、報告を伝えた部下は胸を刺された様な感覚を覚える。その後も、鈴木が目立った喜びを現すことは無かった。


 2030年2月1日午前3時に発動した「ミケート騎士団領上陸作戦」、正式名「日ノ出作戦」は、同地に駐留していたアルフォン=シク=アングレムに与する兵力35万人の内、21万人が死亡または投降、9万人が臨時総督であるラスペル=テュリムゲンと共に皇帝領へ逃亡、その他5万人は所謂兵隊くずれとなってミケート騎士団領内の各地に逃亡するという結果に終わった。

 日本側としては「ミケート・ティリスの制圧・確保」という最大の目的を達成したことになり、作戦は大成功だったと評価することが出来るだろう。しかし、アルフォン側にとっては26万の兵力を失っただけでなく、帝国を構成する1地方を喪失してしまったことになり、惨憺たる敗北と言わざるを得ない大敗を喫することとなった。


 「大規模な上陸戦」というものをこの世界に知らしめ、“最強の七龍”であるクロスネルヤード帝国の敗北を印象付けたこの戦いの結果は、後に衝撃と共に世界を駆け巡ることになる。

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