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旭日の西漸 第3部 異界の十字軍篇  作者: 僕突全卯
第4章 終局への道
34/51

ミケート・ティリス揚陸戦 壱

亡命政権樹立宣言から3日前 1月9日


ショーテーリア=サン帝国 外務庁 会議室前


 会議を終えた集団が、会議室から出て来ていた。その内訳は、後にクロスネルヤード亡命政権の首班となるジェティス=メイ=アングレムと、日本国全権代表である東鈴稲次、他2名の外務官僚、そしてショーテーリア=サン帝国の外務卿であるハドリス=ムーコウスの計5人である。ハドリスの表情は明るいものだったが、他の4人は渋い顔をしていた。

 彼らが討議していたのは、暫定的な戦後賠償請求についてだ。今回の協議で決まったのは以下の通りである。


1.ジェティス=メイ=アングレム率いる亡命政権(以下亡命政権)は、帝位奪回後、日本政府に対して、同国が此度の戦闘の為に消費した武器・弾薬費、燃料費、人件費、その他軍事関連費から構成される“戦費”を補償する義務を負う。地下資源採掘権、領土の割譲、貿易特権等でも代替は可能。詳細については後に協議の場を設ける。

2.亡命政権は帝位回復後、ショーテーリア=サン帝国政府に対して何らかの返礼を供出する義務を負う。詳細については後に協議の場を設ける。

3.日本国政府は、戦費を除く、経済的・人身的な損害を補う為の賠償金については、他のイルラ教国家群から回収を行う。その上で回収が滞った場合、亡命政権に更なる賠償請求を行う権利を持つ。詳細については後に協議の場を設ける。


 その内容から分かる通り、3者の間で行われた協議は、日本の要求が全て通された形で終始した。ショーテーリア代表であるハドリスは日本に乗っかる形で第二項を押し通している。

 ジェティスもただ要求を受け入れ続けるだけではなく、全ての項目の最後に、共通する一文である“詳細については後に協議の場を設ける”を挿入させ、議論の余地を残すことに成功している。彼と彼の妻の2人だけしか構成員が存在しない亡命政権の立場が弱いのは、致し方のないことである。


「余り後味の良くない協議でしたねえ・・・」


 協議に参加していた外務官僚の1人である仲嶺聖がぽつりとつぶやいた。どうやら彼は、同盟関係となる相手に立場の強さを盾にして、様々な要求を飲ませることに終始した協議を、心苦しく感じていた様子である。

 その独り言を聞いた東鈴は、年長者の立場から若き外交官である彼に1つの助言を与えた。


「何か勘違いしているんだろうが、我々の最優先は“国益”! それが得られるのならば本来、無理に(・・・)win-winの関係を築く必要すらも無いんだよ」


「・・・!」


 東鈴の言葉に、仲嶺、そしてもう1人の外務官僚である大沢仁伍はやるせない様な心地になる。といっても、彼らも国の役人たる官僚である以上、東鈴が言ったことが正しいことは分かっている。外交・・・特に今回の様な交渉では、同情や仲間意識などの個人感情を挟むことはタブーであることも。


「国家は正義の味方はしないし、正義の味方にはなれないんだ。良く覚えておけ」


 東鈴の言葉が、2人の胸に突き刺さる。その後、彼らは首都の中心街にある宿へと戻り、協議の結果を外務省へと報告した。


・・・


中心街 宿「白凜亭」の一室


 協議を終えた3人の外務官僚が帰ってきた様子を、テオファ=レー=アングレムの主治医である郷堂が窓から見下ろしていた。彼が居るのは2人部屋であり、彼の傍らでは同室である柴田が、備え付けのソファに腰掛けている。

 郷堂の姿を眺めていた柴田は、彼に話しかける。


「テオファ殿下が帝都へ戻られた後、郷堂先生はどうされるつもり何ですか?」


 柴田の問いかけに、郷堂は目を丸くする。彼は少し怪訝な表情で答えた。


「どうって・・・殿下がAIDSである以上、我々日本人医師が治療から手を引く訳にはいかないだろう? 誰かが付いていなければ・・・」


 何を当然のことを聞いているんだ、郷堂の口調はそういった雰囲気を醸し出していた。柴田は更なる質問を投げかける。


「郷堂先生は、この異世界の遠い異国の地でずっと、殿下の為に治療を続けられる覚悟を持っているんですか?」


(・・・極端な質問をしてくるなあ)


 郷堂は柴田の質問に面食らう。つまり彼は、テオファの治療の為にリチアンドブルクで一生を過ごすことが出来るのかと郷堂に聞いている訳だ。


「・・・ずっと1人で・・・は、流石に無理だよ。俺は国に家族もある、殿下と同じくらいの子も居るんだから。流石に交代してもらわないと・・・」


 郷堂自身は今回の仕事を出張の様なものの様に考えていた。もちろんテオファの治療の為に、人生を捧げるつもりなど毛頭無い。

 そもそも郷堂は、彼女が故郷に戻った後の服薬治療については、1人の医師がずっと付き続けるのではなく、日本から2〜3ヶ月に1人ずつ医師を派遣し、交代で行うことになるものだと考えていた。

 それに彼には日本に残している家族がある。家族を残して遠き国に永住することなど、出来るはずがない。


(・・・“家族”)


 郷堂が発した単語に反応する柴田。それは“あの戦争”さえなければ、彼も今頃持っていた筈のものである。「東亜戦争」では、日本本土が戦場になったことは無い。しかし、それによって多くの日本人が人生を狂わされたことに変わりは無かった。

 少し神妙になっていた柴田に、郷堂は1つの奇跡が起こる可能性を示した。


「ま、殿下のHIVは少し特殊だ・・・。それに万に一つの可能性が無い訳じゃない。“17例目の完治例”になることを祈ろう・・・」


「・・・はい」


 進化を続けているAIDS治療は、2009年を発端として日本が転移する2025年までに、世界で16名の完治者を出すに至っている。しかし、それはいずれも効能が明確に裏付けされていない奇跡と幸運の賜物であり、AIDSが不治の病であることには変わりは無い。

 しかし、それをよく知る彼らでも、奇跡は願わずには居られなかった。


〜〜〜〜〜


2030年1月22日


クロスネルヤード帝国東部 ミケート騎士団領 主都ミケート・ティリス


 中央議会の弾圧が敢行されてから9日後、クロスネルヤード帝国を構成する19地方の1つである「ミケート騎士団領」に、事件の渦中である皇帝領から、1人の役人が派遣されていた。




騎士団長の屋敷 応接間


 インテグメント家の邸宅の内部へと通された皇帝領政府の役人であるラスペル=テュリムゲンと、現ミケート騎士団長であるハリマンス=インテグメントがテーブルを挟んで向かい合う。

 彼ら2人の周りを、ラスペルが護衛の為に引き連れて来た皇帝領軍の兵士たちが取り囲んでいる。数多の視線が注がれる中、ラスペルは1枚の書状をハリマンスに差し出した。彼はその内容を読み上げる。


「ハリマンス=インテグメント! 貴公には敵国との密通の疑いが掛かっている! よって真相解明まで、皇帝領政府の名の元に貴殿、及びインテグメント家の騎士団長位を停止する。その間、ミケート騎士団領の施政権及びミケート軍の指揮権は、皇帝領より派遣されたラスペル=テュリムゲンをミケート騎士団領の臨時総督に任ずることで彼の者に一任する。つまり私だ!」


「・・・!?」


 ハリマンスは驚愕する。ラスペルが提示した書状には、現皇帝の自筆で彼が述べたことと同様の内容が書かれていた。


「・・・そ、そんな馬鹿な! いくら皇帝陛下とは言え、騎士団長位を剥奪するなんて無法が許されるはずがない! 他の地方から反発も買うぞ!」


 ハリマンスは異を唱える。書状の内容が明らかに越権行為であったからだ。

 彼ら、インテグメント家をはじめとして“騎士団長”と呼ばれる7つの一族は、650年前のクロスネル王国建国時に、初代の王を支えた7つの竜騎士団を率いていた一族に起源を持っている。またフォレイメン家、ヴァスキュラー家、ラング家などの“辺境伯”と呼ばれる11の一族は、470年前に王国が帝国と国号を変更する際に、創設メンバーに名を連ねた一族の末裔である。

 即ち、これら合わせて18の一族は“国の誕生”、そして“国号の変更”といった歴史の一大事において、当時の君主と国家に大きく貢献を果たした一族の末裔なのだ。

 皇帝は、彼らの階級を剥奪する権利など有さない。また皇帝領を含む各地方は、内乱が勃発した場合などを除いて、その内政には互いに不干渉であることが“暗黙のルール”である。


「一家臣が陛下の命令に逆らう気か!」


 反論するハリマンスに対して、ラスペルは声を荒げる。しかし、ハリマンスの方も負けじと言い返す。


「“皇帝”と“長”は、例え制度上は主君と臣下の関係であっても、19地方の関係は対等だろう! それに私は簒奪者であるアルフォン=シク=アングレムを皇帝だとは認めない!」


「では戦うか? 我々と・・・。開戦から2ヶ月半が経過する内に、この領内には我々の兵たちが多く移されているのだ。反抗するのなら、この都市を戦場にすることになる・・・、多くの市民の血が流れるだろう。それでも良いのか!?」


「っ・・・!」


 ラスペルの発言はミケート・ティリスの市民を人質に取るものだった。

 開戦後、この都市は「対日本派遣艦隊」を組織する為の拠点として位置づけられ、同国内の他地方や聖戦への参加を表明した各国の兵士や艦隊が集結していた。

 しかし、ジェティスの存命と彼の宣言を受け、現皇帝から離反した“正統派”と“無所属派”を標榜する各地方の長は、その後、自軍を同都市から撤退させており、異常に高い士気を帯びてこの街に集っていた大勢の兵士たちは、自らの主の命令を受けて瞬く間にホームへと帰って行った。

 だがこの都市内には、皇帝領から移ってきた皇帝領軍だけでなく、基本的に皇帝領の言いなりである各属国や、各イルラ教国家の兵士たち、そして親教皇・反ファスタ3世を標榜する保守派の地方の軍勢等、現皇帝に与するであろう軍勢が未だ多く滞在していた。そんな彼らとハリマンス率いるミケート軍がこの地で戦えば、同地方に住む多くの住民たちを犠牲としてしまう。


「・・・私を脅し、説き伏せた所で、我が兵たちが貴殿に従う筈が無いぞ!」


 基本的に各地方が保有する軍の兵士たちの忠義は、その地方を治める長へ向いている。真っ当な理由に依るものならまだしも、簒奪者が施政を敷く皇帝領の暴挙によるミケート騎士団領の自治権剥奪など、ミケート軍の兵士たちが反発しない訳がなかった。

 その後、市民を人質に取られたハリマンスは、アルフォン1世の書状に従う形で、彼の一族が治める地の施政権及び軍の指揮権をラスペルに明け渡すこととなる。


・・・


同都市内 港


 クロスネルヤード帝国最大規模を誇るこの街の港に、ミケート騎士団領を守るミケート軍の兵士たちの内、約2,000名が集まっている。その中には、ミケート軍のトップである軍団長のチェベット=チャールウィンの姿もあった。護衛の為という名目の元、一個中隊と思しき規模の兵団を引き連れて、皇帝領から使いがやってきたという知らせは、この地方の長に忠義を尽くす彼らの耳にも届いている。

 ミケート騎士団領は、対日本派遣艦隊編制の拠点とされたにも関わらず、当のミケート軍は、ハリマンスが聖戦の参加を保留した為、此度の戦争では一切動いていなかった。ハリマンスの密命を受け、皇太子夫妻の国外亡命に関わった数名の兵士たちを除く多くの兵士たちは、真実が明らかにされるまで、自らの主が聖戦へ参加しないことにもどかしさを感じていたが、ジェティスの宣言が成され、日本国の潔白が明らかになると、彼らの怒りの矛先は日本から現皇帝であるアルフォンへと向けられることとなった。

 その簒奪者が治める皇帝領からの使いが来たという事実を前に、彼らは胸騒ぎを感じていた。その時・・・


「おーい! 大変だ!」


 都市の中心部にあるインテグメント家の邸宅にて、会談の様子を伺っていた1人の若い兵士が走って来る。

 その後、彼は息を切らしながら、ハリマンスとラスペルの接触により、この地に何が起こったかを、仲間の兵士たち、そしてチェベットに伝えた。


「ミケートの自治権が皇帝領に奪われた・・・?」

「何の冗談だ!」


 港に集っていたミケート軍の兵士たちは、事の次第に驚愕を隠せない。それはチェベットも同様であった。


「俺たちは・・・どうなるんだ!?」


「ミケート軍の指揮権は、施政権共々皇帝領の役人に奪われたらしいです!」


 チェベットが投げかけた質問に、若い兵士は首を横に振って答える。大きな動揺が再び彼らを襲った。


 しばらく後、混乱の最中にあったミケート軍の元に皇帝領軍の一団が現れる。いきなり現れた皇帝領軍兵士を警戒するミケート軍に対して、彼らの1人が1枚の書状をチェベットに見せつけた。彼は今後の戦闘計画について語り始める。


「現ミケート騎士団長であるハリマンス=インテグメントに掛けられた、敵国との不義密通の容疑により、インテグメント家の“騎士団長位”と、同家が有するミケート騎士団領の施政権と軍の指揮権を、皇帝陛下の名の元に、本日付けで停止する措置を行った!

尚、これらの権利は皇帝領より派遣された臨時総督であるラスペル=テュリムゲンに委任される。そして臨時総督より、この地方内に居る全ミケート軍に対して聖戦への参加を命ずる!」


「・・・!?」


 突如下された戦闘命令に、チェベットを初めとするミケート軍の兵士たちは驚きを隠せない。皇帝領軍の兵士はそんな彼らを余所に、アルフォン1世が発した命令を読み上げ続ける。


「皇帝陛下の命によりミケート軍には、ショーテーリア=サン帝国の首都ヨーク=アーデンに本拠地を構え、“亡命政権”と名乗る反皇帝分子に対する懲罰攻撃を行って貰う。直ちに領内に散らばる全軍を召集し、出撃の用意をせよ!」


「!!?」


 騎士団長位を剥奪する無法に加え、一地方の軍に列強国の首都への攻撃を命じるという無茶な要求を行う皇帝領軍の兵士たち、そして現皇帝であるアルフォンに対して、ミケート軍の怒りがついに頂点に達した。


「ショーテーリアへ出兵!?」

「もう止めだ! 新聞読んだぞ! 皇太子殿下は生きていらっしゃったんだろう!」

「大体俺たち一地方の軍だけで、列強国の首都まで進軍出来る訳無いだろうが!」

「簒奪者の言うことなんか聞けるか!」

「だましやがって!」


 口々に反論する2,000名のミケート軍兵士たち。今にも暴徒と化しそうな彼らの形相に、命令を伝えた皇帝領軍の兵士たちは身の危険を感じ、思わず身震いをする。

 尚、港に駐在している彼ら以外のミケート軍にも、同様の命令が届けられていたが、誰1人として現皇帝の出撃命令に応じる者は居らず、総勢14万の兵力を誇るミケート軍は、簒奪者たる現皇帝の手駒として派遣された偽為政者に対して、ストライキを敢行することとなった。


 程なくして、ミケート騎士団領の自治権剥奪は同地域内の各都市に布告されて行き、現皇帝の更なる暴挙を知った各地方の長の多くは、益々憤ることとなる。


〜〜〜〜〜


1月30日 中央洋 海上


陸海合同艦隊旗艦 航空母艦「あまぎ」 多目的区画


 上陸作戦の目標地点である港街ミケート・ティリスとその周辺地域へ向けて、1月20日にエルムスタシア帝国のルシニア市を出航した、主に陸上自衛隊と海上自衛隊、そしてアメリカ海兵隊からなる合同艦隊が海上を進んでいる。その中にはアルティーア戦役で活躍した「あかぎ」の姿もあった。アメリカ海兵隊の第12海兵航空群を搭載する為に、一度屋和半島を訪れていた「あかぎ」は、1番遅れて艦隊に合流した為、今回は完成したばかりの同型艦である「あまぎ」に、旗艦の座を譲っている。

 そしてこの時、作戦要項を協議・確認する為に、旗艦である「あまぎ」の艦内にある多目的区画に、今回の艦隊を率いる幹部自衛官たちが集っていた。

 壁に設置されている3つの巨大なディスプレイの正面に、4つの長机といくつかのパイプ椅子が横一列に並べられ、そこにはディスプレイを背にする様にして「あまぎ」の幹部たちが座っており、中央には今回の合同艦隊の司令官である鈴木実海将補/少将の姿がある。

 彼らの眼前には、所狭しと並べられたパイプ椅子の上に、各艦の幹部たちが彼ら、及び資料を映し出す為のディスプレイの方を向いて座っていた。


「・・・では、『ミケート騎士団領上陸作戦』についての概要の説明を始める」


 最初に口を開いたのは、進行役である「あまぎ」艦長の今川由輝一等海佐/大佐だ。同時に、彼の背後にあるディスプレイの1つに地図が映し出された。


「ここ・・・ジュペリア大陸東端の港湾都市であるミケート・ティリスを主都とするのが“ミケート騎士団領”。同国を構成する7つの騎士団領の内、唯一海に面しており、我が国を含む東方諸国との貿易の要衝だった都市だ。

ここを揚陸地点とした理由としては、まず湾岸都市の中で最も帝都リチアンドブルクに近いこと、更にここは開戦前に日本政府によって港湾設備が強化されており、後援部隊の揚陸や物資の荷揚げがかなり容易であることから判断された」


 レーザーポインターを動かしながら、今川一佐は目的地の概要について説明する。その後、説明内容は作戦の概要へと移る。もう1つのディスプレイに、先日「あまぎ」から飛び立った、無人偵察機ブラックジャ(RQ-21)ックが撮影した航空写真が映し出された。


「この地に集結している各国・各地方の兵士は、都市の郊外に天幕を張るか、自軍の艦船の中で寝泊まりしている様であり、広範囲に敵兵力が散在していることが分かる。

よって、作戦の第一段階として上陸部隊の揚陸に先立ち、艦砲及び戦闘機、戦闘ヘリを用いて沿岸・都市周辺に展開する陸海空の敵戦力を掃討し、制空権・制海権を確保。その後、各艦から発進した上陸部隊は3つに分かれ、都市南方の海岸、都市北方の海岸、及び湾港部の3地点に上陸し、残存の敵兵を駆逐する。防塁が築かれている箇所がある為、これらを破壊することは構わないが、都市の破壊は必要最小限に抑えること・・・」


 今川一佐は作戦の第一段階について述べる。すると、それを聞いていた幹部自衛官の1人が手を上げて質問をする。


「ミケート騎士団領軍についてはどうしますか?」


 彼が質問したのは、此度の作戦における1つの懸念だった。

 クロスネルヤード皇太子夫妻の国外脱出を助力したというミケート騎士団長は、ジェティス皇太子曰く“革新派寄りの正統派”であり、また彼が率いるミケート軍は、此度の戦争には一切関与していないという情報も入っていた。故に、ミケート軍自体は敵では無いのだろうというのが日本側の認識であり、彼らは敵戦力に加算されてはいなかった。

 しかし、此度の揚陸戦を彼らに全く被害を与えずに遂行するというのもまた、余りにも無理難題であったのだ。


「ミケート騎士団長の判断により、此度の戦争では一切の戦闘準備を行っていないらしい。よってミケート軍はミケート・ティリスに集中しておらず、治安維持及び沿岸警備の為に同都市に駐屯している部隊は、ちゃんと都市内の兵舎で寝泊まりしているだろうと予測されている」


 今川は現段階での推測を述べた。要は、都市内に滞在しているか、都市の外でキャンプをしているかが、敵軍とミケート軍の大まかな違いと言う訳だ。


「但し、彼らと戦闘の最中に接触することになった場合、敵軍と見分けることは非常に難しいだろう。それに彼の軍の艦も当然ながらミケート・ティリスの港湾や海岸に停泊している。

だが・・・これに関しては割り切ってくれ。ミケート軍と敵軍の完全な選別は出来ない。作戦決行の前段階として物理的な接触も考えたが・・・、現皇帝に反発し、事実上のストライキ中である彼らの指揮系統がどうなっているのか、そもそも彼らのリーダーが何処に居るかも分からないんだ。彼らも我々の出航を知ってはいるだろうが・・・」


 ミケート騎士団領で起こった一連の事件についての情報は、彼らの耳にも届く所となっていた。皇帝領軍に反抗しているミケート軍は、皇帝の出撃命令を無視し続けており、本来の為政者が引き摺り降ろされたミケート・ティリスの街は混沌とした様相を呈しているという。

 その後、会議は日程確認へと移る。参加者たちは皆、聞き漏らすまいと今川の言葉に集中していた。


「決行は2日後、2月1日の午前3時に海上自衛隊の第41航空群と第42航空群、及びアメリカ海兵隊の第12海兵航空群、計66機が『あまぎ』、並びに『あかぎ』より発艦し、ミケート・ティリスの都市部周辺に天幕を構えて滞在している敵軍に対して爆撃を展開する。その後、艦砲射撃により港湾及び海岸に停泊中の敵艦隊を掃討し、制海権の確保を確認した後、上陸部隊の揚陸を開始する」


 作戦の全てが伝えられる。会議に参加している各自衛官の顔に緊張の色が見えた。


「尚、ミケート騎士団領の確保完了後、ショーテーリア=サン帝国に停泊中の『かが』によって、亡命政権の皇太子夫妻がミケート・ティリスへ移される。その一方で我々は、準備が整い次第”帝都”へ進軍を開始し、現皇帝の身柄を確保、また帝都にて囚われの身となっている駐在大使及び大使館職員5名を救出し、その後、この世界でのAIDS調査の為に、同都市にあった赤十字病院を開戦の数日前に出発した調査団の捜索に入る」


 今川一佐は上陸作戦を終えた後の、先の先の予定まで伝える。上陸作戦に関する全てを言い尽くした彼は、多目的区画を見渡して質問が無いことを確認した。


「では、これにて直前作戦会議を終了する。各員、通常業務へ戻る様に!」


 進行役の口から発せられた会議終了の宣言を受けて会議は解散となり、「あまぎ」の多目的区画を退出した各艦の幹部たちは、シーホーク(SH-60K)に乗って各々が勤務する艦へと帰って行った。


 「オリンピック作戦」「首都上陸作戦」に続く、惑星テラルスに転移してから3度目の上陸作戦である「ミケート騎士団領上陸作戦」・・・此度の“聖戦”の勝敗を確定付けるであろうこの作戦が開始されるその時は、刻一刻と迫っていた。

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