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正統なる皇

2030年1月7日


クロスネルヤード帝国南部 ベギンテリア辺境伯領 主都ベギンテリア市


 クロスネルヤード帝国内に、日本国は4つの在外公館を設置している。まず最初に在外公館が設置されたのは、初めて公式に接触したクロスネルヤード帝国の地方自治政府の1つである「ジットルト辺境伯領」の主都ジットルト市、そして2番目がその西隣に位置する「ベギンテリア辺境伯領」の主都ベギンテリア市だ。この2都市には公使館が置かれ、首都政府との接触を図る為の足がかりとされた。

 その後、2国間に正式な国交が築かれ、首都に日本大使館が設置されると、この国に滞在する邦人を保護・支援する事を目的として、「ミケート騎士団領」の主都であり同国最大の港街であるミケート・ティリスに領事館が設置されることとなった。

 その4つの公館の中で、現在も職員が滞在しているのは、在ジットルト日本国公使館と在ベギンテリア日本国公使館の2つである。その内、在ベギンテリア日本国公使である青松田之祐は、この地を治める辺境伯位ヴァスキュラー家の長であるカネギス=ヴァスキュラーの元を訪れていた。


・・・


ヴァスキュラー家邸宅 応接間


 テーブルを挟んで向かい合う青松とカネギス、先に口を開いたのは青松の方だった。


「この戦時下の中、我々の身の安全を保障して頂き、心から感謝致します。実は昨日、本国から・・・一枚の写真が送信されましてね、それがこちらです」


 そう言うと青松は、灰色スーツの懐のポケットから1枚の紙を取り出し、テーブルの上に置く。それを裏返すと、本物と見まがうばかりの2人の人間の絵が現れた。


「これは“写真”と呼ばれる現実の風景を写し取った絵です。貴方もご存じかと思いますが・・・」


 青松の言葉にカネギスは頷く。日本国で使用されているという“風景を写し取る絵”については、かつてペスト撲滅の為にこの地で活動していた医療団が使用していたこともあり、彼もその存在を知識として持っていた。

 写真やカメラについては、この世界でも研究が成されている。しかし、それらはいずれも実用化の段階には程遠かった。

 しかし、転移した日本国によって持ち込まれた写真とカメラの原理は、この世界の写真史を加速させ、今や一部の国では青写真が開発されるまでに至っている。


「・・・これは!」


 カネギスは驚愕の表情を浮かべる。その写真に写っていた2人の人物、それは彼がよく知る人物だったからだ。


「ジェティス=メイ=アングレム皇太子殿下と、その御妃であるレヴィッカ=ホーエルツェレール・アングレム皇太子妃殿下を収めた写真です。ショーテーリア=サン帝国に亡命していたお二人は先日、彼の国の外務庁を通じて、我々に接触を図りました。この写真は2日前に撮られたものです。貴方の目から見て、ご本人に間違いありませんか?」


 青松の問いかけに、カネギスは体を震わせながら頷く。


「・・・はい、まさかご存命だったとは!」


 驚きを抑えきれない様子のカネギスに対して、青松は日本政府が画策している計画について彼に伝える。


「我々は数日後、ショーテーリア=サン帝国の地より、世界に向けて皇太子夫妻の生存を発表する予定です。さすれば恐らく、この国を2つに割ることになるでしょう。しかしカネギス殿・・・その時は我々とジェティス殿下に協力して頂けますね?」


 青松はやや煽る様な表情でカネギスに問いかける。“自分たち”と“クロスネルヤード皇太子”を横並びに語った彼の台詞は、日本とジェティスが協力関係にあることを、カネギスに強く印象付けていた。


「・・・私に出来ることなら、何でも!」


 カネギスの強い言葉に、青松は微笑みを以て返した。

 斯くして、ジェティスが首班となって日本国の後ろ盾の元に樹立する亡命政権を支持するという確約を、カネギスから得ることに成功した青松は、その事を直ちに本国へ報告した。

 同日、駐ジットルト辺境伯領公使である飯沼道夫からも、ジットルト辺境伯であるロクフェル=フォレイメンから同様の確約を得られたという報告が、外務省にもたらされることとなる。


〜〜〜〜〜


2030年1月12日


神聖ロバンス教皇国 総本山ロバンス=デライト 教皇庁 会議室


 この日も、神に仕える聖職者たちが円卓を取り囲む。新興勢力である日本国を憎み、その国がクロスネルヤード帝国と開戦した時には意気揚々としていた彼らの表情は、一様に陰りが見えていた。


「現在・・・クロスネルヤード帝国東方の港街であるミケート・ティリスに、ジャヌーヤイ伯国の艦隊220隻が到着したとのことです。これで同都市に集結した艦は大小合わせ、4000隻を突破致しました」


「・・・」


 教皇庁の外交部長であるレオン=アズロフィリックは、現地から伝えられた報告を淡々と伝える。しかし、円卓を囲む幹部たちはその報告に対して、かつての様に狂喜を露わにする事はなく、ただ淡々とレオンの言葉を両耳に入れていた。


「まさか・・・2回合わせて15万以上の兵力と約1000隻の大艦隊を以てしても、たった4隻の艦すら打ち負かすことも出来ぬとは・・・」


 国防部長であるボニファス=ガングリオンは、渋面を浮かべながらつぶやく。アナン大陸の沖合で日本対イルラ教の初戦として2度に渡り勃発した「グレンキア半島沖海戦」の結果は、単純な彼我兵力差が1:150でありながら、敵の艦を一隻も沈められず、かろうじて2人を負傷させただけという、彼らにとっては信じがたい結果に終わってしまったからだ。


「それも先日の報道で新たに判明しましたが、ニホン側の指揮官は女だったそうでは無いですか。女が率いる軍にも勝てないとは、何とも情けない・・・!」


 そう述べるのは、財務部長のクラメント=シノアトリアルだ。彼は呆れの表情を浮かべていた。

 この世界では、女性が司令官となって軍を率いる立場に立つことは歴史上に無かった訳ではないが、かなり異例なことである。当然ながら時代とその価値観故、この世界の男尊女卑の風潮は強く、敗走したクロスネルヤード連合艦隊とリザーニア・リーファント連合艦隊の指揮官には、“女が指揮を執る様な軍隊に負けるとは何事か”という侮蔑の感情が向けられる事となっていた。


「全く・・・役に立たない者どもだ!」


 敗走した兵士たちを、教皇庁長官のグレゴリオ=ブロンチャスは吐き捨てる様な口調で罵る。


「しかし・・・このままで良いのでしょうか?」


 そう言って円卓の場に一石を投じるのは、内務部長のヴェネディク=メデュラだ。戦争の行く末を憂う様な彼の一言に対して、グレゴリオは激昂する。


「何を仰る、ヴェネディク殿! 決まっているでは無いですか! 神の加護を受ける我々イルラ信徒に対してこれほどの狼藉・・・、即刻各国に命じてミケート・ティリスに集結している軍勢を更に増強し、ニホン本土への侵攻を行って奴らの国を火の海にした上で、今まで好き勝手してきた代償を払わせ、我々、そして神の怒りを思い知らせるのです!」


 目玉でも飛び出して来そうなグレゴリオの様相に、ヴェネディクは萎縮しながら内心呆れていた。


(いや、そうじゃないだろうが、狂信者が・・・! 二言目にはオウムの様に神の加護、神の加護と口走りおって。そんなもので戦に勝てるのならば苦労はしない!)


 心の中でグレゴリオを罵るヴェネディク、そんな外面を取り繕う彼の内面には、神に対する信仰心など、蚊ほどにしかなかった。

 「教皇庁」は巨大な組織であり、当然様々な人がいる。純粋に神を信ずる者も居れば、グレゴリオの様に狂信者になって異教を過剰に蔑む者も居るし、ヴェネディクの様に端から神などに興味は無く、世俗にまみれて権力を得る為に信仰を利用する者もいるだろう。


「・・・私が言いたかったのは戦い方についてです。今までの戦闘では馬鹿正直に艦隊を組んで、国旗を掲げて奴らの基地に乗り込みましたが、それでは奴らに一撃を与える事は出来ない・・・。故に、戦い方そのものを変えるのですよ・・・」


「戦い方を変える?」


 ヴェネディクの言葉に、グレゴリオは首を傾げる。


「お前の考えを聞かせて貰おうか・・・」


 今まで沈黙を保っていた教皇イノケンティオは、ヴェネディクの考えを尋ねる。教皇から質問を受けた彼は、少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。


「例えば・・・火薬を満載した艦を、国籍を偽装してニホン国の港に着港させ、その場で爆破させるとか・・・、現地民を金で釣り、奴らが使う飲料水に毒を盛らせるとか・・・、兵士を民草に変装させ、油断している敵に奇襲をかけるとか・・・。

いずれもニホン軍に悟られぬ様に少人数で行うのです。さすれば一々多大な犠牲を出さずとも、奴らの懐に一撃を加えられましょう」


 ヴェネディクが提案したのは、言わば一種のゲリコマ戦術である。少人数で行う破壊工作やテロ行為で、敵を混乱、疲弊させようと言う訳だ。


「なっ! そんな卑怯なこと・・・」


 彼の提案にグレゴリオは驚愕する。同時に会議場内にざわめきが生まれた。銃を抱え、剣を持ち、砲を構えることこそ、この世界での戦いのスタンダードであり、最も正統な手段であるからだ。それに対して、ヴェネディクの提案した戦法は、邪道と言うべきものであった。


「此度の戦は聖戦ですよ・・・。相手は穢れた異教徒・・・血を啜る様な罪人を“断罪”する為には、如何なる手段であろうと躊躇する暇は無いはずです。その為ならば、神は全てを赦されるでしょう・・・」


 ヴェネディクは臆することなく、自らの主張の正当性を訴える。しかし、彼の提案に異を唱える者は他にも居た。


「しかし・・・そんな細々としたことを悠長に行う余裕は無いのでは? ルシニアに存在しているニホン軍の大部隊が、いずれこの大陸に上陸するのは時間の問題・・・。

最悪、リチアンドブルクを落とされては、各国の兵士たちの士気が大きく削がれることになりますぞ!」


 国防部長であるボニファスは、軍事的な立場から不安点を提示する。しかし、ヴェネディクは鼻で笑う様な笑みをこぼしながら、首を左右に振って答えた。


「確かに・・・ミケート・ティリスとその周辺に集結している艦隊4300隻では、先の海戦から察するにニホンの艦隊に対して抗うことは出来ない・・・。ニホン軍の上陸は不可避でしょう。

しかし私が述べた戦法は、ルシニアやニホン本国に駐在しているニホン軍では無く、ジュペリア大陸に上陸したニホン軍に対してこそ行うべきなのです。老若男女問わず、近づいて来る民が全く信用出来ない、いつ奇襲が来るか知れない・・・そういう圧力を掛けることで奴らを大きく疲弊させ、最後には数の利を駆使して、再びジュペリア大陸から追い出せば良い・・・。

さすれば彼らは、再びこのジュペリア大陸に食指を伸ばそうなどという愚かな考えを抱くことは無くなる。罪人たちは完璧に排除され、この大陸は再び我々の天下となりましょう」


 不敵な雰囲気を醸しだしながら、ヴェネディクは主張を続ける。彼の提案に、会議は益々ざわめきが強くなって行く。


「先程からの貴殿の提案は、此方が劣勢になることを決めつけている様なものではないか! 我々がその様な戦法を指示したとなれば・・・総本山の名誉に傷が付く! 神の加護を受ける我々が、そのようなことを行う必要は無い! それに我らの最終目標は、ニホンを大陸から完全に追い出すことではなく、そうした上でニホン本土を“教化”することではないのか! 神は必ず我々に完全なる勝利をもたらす!」


 口調に力が入るグレゴリオ。直後、彼に同調する幹部たちが“そうだ、そうだ”と一様に口を開く。騒然とする彼らを抑える為、更なる説明を補足する。


「勿論、邪道を兵士たちに指示するのは現皇帝です。我々はあくまで、後方から彼らを支援しているだけなのですから・・・。我々はミケート・ティリスに百万を超える兵力を有している。それらを使って小規模な奇襲や破壊工作を続けさせるのです。

それにニホンがこの大陸から完全に手を引けば、我々にとっては十分に勝利と言えるでしょう。この際、目的の縮小はやむを得ますまい」


 ヴェネディクは得も言われぬ笑みで答える。

 彼が提案しているゲリラ戦法は、一般的に劣勢が明白な側が停戦や降伏を遅延させる為に行う戦闘行為であり、今回の様な戦力差があまりにも開いている戦争においては、劣勢側にとっては最も有効且つ、それ以外に選択の余地は無い戦闘方法だと言える。

 しかし、彼の提案には彼自身も気付いていない大きな欠陥がある。それは、日本国の陸上戦力についての知識が乏しく、日本国が有する陸上兵器や陸上戦力の概要を把握していないことだ。

 今まで日本国が世界に名を知らしめた戦いは、その殆どが「海戦」である。故に人々の関心は、護衛艦や艦対艦ミサイルなどの海上自衛隊が有する兵器ばかりに集まっており、陸上自衛隊が持つ陸上兵器についてはその多くが未だ良く知られていないのが現実だ。したがってミケート・ティリス揚陸の時を、ルシニアで今か今かと待ちわびている陸上自衛隊員の部隊が保有する兵器や兵装が、どのようなものなのかということに考えや予想が全く及ばす、日本国がジュペリア大陸に送り込むであろう陸上部隊の戦闘能力を大きく過小評価していた。

 恐らく、ジュペリア大陸に上陸した陸上自衛隊に対して、先程彼が提案したゲリラ戦法を行っても、有する兵器や兵士の練度の差が開き過ぎている為に、無駄とは言わないが、期待するほどの成果は上げられるかどうかは微妙な所だ。

 何より見当違いなのは、ヴェネディクが当てにしている“ミケート・ティリスに集結した戦力”こそ、日本側の上陸作戦の標的であるということである。


「しかし・・・、そんな真似は・・・」

「では、このまま無為に死者を出し続けるのか?」

「聖戦を何だと心得る!」

「外面を気にして、負けたら元も子も無い!」

「神の加護を受ける我々が負けるものか!」


 紛糾する会議、その様相を教皇イノケンティオはただただ見つめている。グレンキア半島沖海戦の結果を受けて、会議に参加する幹部の間でも、聖戦の目的が解離している様子が見て取れた。


「・・・フン」


 彼自身は、グレゴリオが言う様な日本国本土の長期占領やイルラ教への教化などは考えていない。ヴェネディクの言う通り、ジュペリア大陸での既得権益や教会の権威を守る為、すでに殆どの日本人が脱出しているイルラ教圏だけでなく、同大陸内の非イルラ教圏も含めて、ジュペリア大陸から日本を完全に排除し、二度と手が出せないようにしたいのである。その為には即位式の場にてアルフォンが宣言した通り、日本本土に侵攻して、直接軍事的な打撃を与えることが確実な手段だと考えていた。しかし、先の海戦の結果を見て、それは現実的ではないと悟るのは当然の帰結である。

 それならば、正攻法で戦わなければ良いというヴェネディクの提案は最も的を得ているし、彼の立てた作戦は効果的だろう。イノケンティオはそう考えていた。故に彼の主張に賛同したいのは山々だったが、教皇という立場上、狂信者も居る中で下手なことは言えず、沈黙を保つしかなかった。


(・・・そろそろ潮時だな。また適当にあしらって、グレゴリオらを説き伏せるか・・・)


 熱気と狂気が伴う議論が続く中、業を煮やしたイノケンティオが会議を遮ろうとしたその時、突如会議場の扉が勢いよく開き、息を切らした外交部の役人が血相を変えて現れた。


「た、大変です! たった今、ショーテーリア=サン帝国で!」


「・・・? 会議中であるぞ、一体何があった?」


 外交部長のレオンが、役人に問いかける。彼は息を整えると、会議を中断させてまで報告に訪れた、その理由を語り始める。


「・・・何だと!?」


 役人の言葉に、イノケンティオは驚愕する。彼が持って来た知らせ、それは此度の戦争には何の関係も無いはずのショーテーリア=サン帝国で、状況を急展開に導くとある発表が成されたということであった。


〜〜〜〜〜


数十分前 ショーテーリア=サン帝国 首都ヨーク=アーデン 皇城


 皇城の正門が開放され、宮中庭園に身分を問わない人混みが集まっている。彼らは政府から重大発表があると聞いて集まって来た首都市民たちだ。その中には、こういった騒ぎに敏感な「世界魔法逓信社」の記者や、政府に招待され、特別席に座る各国の大使の姿もある。

 彼らの視線は皇城に集中している。皇城正面の2階に位置するバルコニーの開き窓から、1人の男が民衆から見つからない様にこっそりと、外の様子を伺っていた。


「すごい人だかりだ・・・、政府の呼びかけでこれほどの国民を集められるものなのか・・・」


 日本国外務省の事務次官である東鈴稲次は、ショーテーリア=サン帝国における政府声明の強さに驚いていた。

 その脇では、並んで立っている2人の男女が緊張した面持ちでその時を待っている。


「準備は良いですか?」


 ショーテーリア=サン帝国外務庁の副卿であるエディンガー=ウェストファルスは、開き窓の前に立っていた2人の男女に問いかける。


「はい」

「何時でも」


 正装を身に纏うジェティスとレヴィッカは、淡々とした様子で答えた。


「では・・・行きますよ!」


 準備完了の確認を得たエディンガーは、両開きになっているバルコニーの開き窓の取っ手を掴むと、それらを勢いよく開けた。その刹那、外の空気と風が部屋の中に入り込み、聞こえて来る民衆のガヤが一層大きくなっていった。


・・・


 政府から重大発表があると知らされ、皇城の宮中庭園に身分を問わず集められた首都市民と各国の大使たちが、発表の時を今か今かと待ちわびている。その時、彼らの視線が向けられていた皇城正面の2階にあるバルコニーの窓が開いた。同時に人々の注目が一気に集まる。

 まず初めにその奥から出て来たのは、外務庁のナンバー2である外務副卿のエディンガー、続いて礼服に身を包んだ東鈴が出てくる。


「・・・ニホン人か?」

「何故、ニホン人が我が国の皇城から出てくるんだ?」


 見慣れない服装を纏う黒目黒髪の人物を見て、日本人を直接目にしたことがある首都市民や各国の大使は、外務副卿に続いて出て来た東鈴が日本人であることをすぐに悟る。

 皇城の中から日本人が出て来たことに不審を抱く市民たち、そんなどよめきを見せる民衆に向かって語り始めた。


「首都市民の諸君! 私は外務副卿のエディンガー=ウェストファルスである。こちらはニホン国外務省のトウジ=ヒガシスズ殿だ。

先日、我ら2人の間で協議した結果、我が国に秘密裏に滞在していたとあるお方を皆に、そして世界に紹介しておかなければならないという結論に至った・・・! 今回のことは皇帝陛下も同意済みである!」


ザワッ!!


 魔法道具の一種である「声響貝」によって増幅されたエディンガーの声が、庭園一帯に響き渡る。この国の皇帝すらも絡んでいるという事態であることを知り、民衆の間に緊張が走る。

 そんな民衆を余所に、エディンガーは後ろを振り返ると、部屋の奥に控えていた2人の男女に話しかける。


「・・・どうぞ」


 彼に促されるまま、その2人の男女はバルコニーへ足を進めて、その姿と正体を白日の元に晒した。謎の男女の登場に、民衆のどよめきは更に強くなる。

 エディンガーは大きく息を吸い込み、再び声響貝に向かって語りだした。


「・・・このお2人方はジェティス=メイ=アングレム殿下、並びにレヴィッカ=ホーエルツェレール・アングレム殿下である! クロスネルヤード帝国前皇帝・ファスタ3世の第一皇子ご本人とその御妃だ!」


 民衆の前に現れた2人の素性を述べるエディンガー。彼の言葉に、市民や各国の大使たちは耳を疑った。


「クロスネルヤード帝国の・・・皇太子と皇太子妃?」

「彼の国の政府によって、死亡が確認されていたはずでは?」

「ニホン政府の命を受けたニホン人医術士によって、暗殺されたということだったはずじゃあ・・・」

「何故、我が国に・・・?」


 貴族と平民からなる首都市民たちは、死亡が報道されたはずの2人が面前に現れたこと、そしてその2人がショーテーリア=サン帝国に居ることに、首を傾げた。


「どういうことだ・・・?」

「あの顔・・・間違い無いな、確かに御本人だ」


 バルコニーに近い特別席に座る各国の大使たちの中には、ジェティスの姿を以前に見たことがある者が何人かおり、彼らが本人であることに確信を持つ。

 人々の視線が更に釘付けになる中、大きく動揺する人波に向かって、ジェティスは大きく口を開いた。


「・・・エディンガー殿の紹介に与った通り、私の名はジェティス=メイ=アングレム。ここに集まっている皆は、私とレヴィッカが死んだ者だと思っていただろう・・・」


 いきなり人々が抱いていた疑問の核心に触れるジェティス。その後、彼の口から真実が語られ始める。


「だが、私たちは生き延びた。更には私の実妹である第四皇女テオファ=レー=アングレムも同じく生き延び、長くニホン国内で療養している・・・。しかし、生き延びたのはこの3人だけだ。他の6名は、報道通り暗殺されてしまった・・・。あの忌まわしい事件によって!

そして亡き父君であるファスタ3世から帝位を簒奪した、アルフォン=シク=アングレムは、事件の黒幕がニホン人であると発表した。しかしそれは違う! それは彼の即位と、彼が敢行した対日宣戦を正当化する為の虚言に過ぎない!

皇太弟は父君たる前皇帝や私の弟達を暗殺し、私の死を偽装して、さらにそれらの罪をニホン国へ擦り付けることで帝位を奪い取り、世界を巻き込む戦を始めたのだ! 己の欲と目的の為に!」


ザワッ!!!


 ジェティスが行う演説、彼の声やその身振り手振りに大きく力が入る様子が遠目からでも見て取れた。民衆のざわめきがここ1番で大きくなる。

 彼がここまでの発言を終えたところで、語り手が再びエディンガーに移る。


「ショーテーリア=サン帝国並びニホン国は、ここヨーク=アーデンにジェティス皇子によって設置された『亡命政権』こそ、クロスネルヤード帝国の正統政府であると認め、簒奪者たるアルフォン=シク=アングレムによって奪われた彼の国の帝位を皇子の手に取り戻す為、共に行動すると決めた!

さらにはアルティーア帝国、極東海洋諸国連合、エルムスタシア帝国の他、ジットルト辺境伯領を含むクロスネルヤード帝国内の3地方も、亡命政権の正当性を認めている。この場に居る者たちの中にはすでに分かっている者も居るだろう。このお方は紛れもなく、皇太子殿下ご本人なのだ!

すでにニホン国と亡命政権、そして我が国の3カ国間には、我らがショーテーリア=サン皇帝陛下の仲介の元、盟約が結ばれている! 我々こそが“正義”であり“聖戦”なのだ!」


 民衆の感情を沸き立たせる様な2人の演説に、本来、今回の戦争には何の関係も無かったこの国の民衆の気持ちが昂ぶっている様子が見て取れる。その姿を、東鈴は沈黙のままに眺めていた。


「非道な簒奪者に対して、我々は確実に勝利を掴むだろう。それがこの戦いの結末なのだ・・・!」


 エディンガーは演説を勝利宣言で締めくくり、聴衆の声は益々強くなっていく。首都市民たちの多くは、政府から正式に発表された「日本=クロスネルヤード戦争」への参加宣言を、動揺はありながらも歓喜の声で受け入れた。


(・・・正義か、国同士の諍いにそんなものは有りはしない)


 エディンガーの言葉を聞いていた東鈴はその心中でつぶやいた。

 確かにショーテーリア=サン帝国は参戦を宣言したが、彼らの軍が実際にジュペリア大陸で戦闘を行う様な事態になる可能性は低いだろう。しかしながら、日本に掛けられた疑念の払拭に貢献し、亡命政権に大きく加担をしたこの国は、それらの対価として、この戦争が終わった後に日本とクロスネルヤードの間で行われるであろう講和交渉の席に付く権利を、発表の3日前に行われた事前協議の場にて、すでに獲得していた。言わば終戦後のおこぼれを狙う為、日本国とジェティスの両者に恩を売った訳だ。


 程なくしてショーテーリア=サン帝国政府による緊急発表は終了し、集められた人々は皇城守備兵の誘導を受けながら、市街地へと帰って行く。市民の感情は直ちに冷め、人々は普段の生活に戻って行った。

 数時間後、今回の発表に招待された各国の大使、または世界魔法逓信社・ヨーク=アーデン支部の記者達によって、事態は世界へと瞬く間に拡散された。彼らがもたらした情報と、逓信社が各国で撒いた号外紙により、世界は再び大きな混乱を呈することになる。

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