グレンキア半島沖海戦 第2ラウンド 弐
12月17日正午
ルシニアから北へ40kmの海上
12日前の海戦の時と同じく、4隻の護衛艦が海の上で横一列に並んでいる。ルシニアの街と基地を守る第13護衛隊の姿がそこにはあった。
ルシニア市民にはエルムスタシア政府を通じて再び避難勧告を出し、内陸の方にある航空基地に退避して貰っている。そして前回同様、ルシニアの沿岸はエルムスタシア軍によって固められていた。
F−2戦闘機については、空対空ミサイルを撃ち尽くしてしまったこと、また20mm機関砲についても、前回の戦いですでに弾数の3分の2以上を消費してしまっていたこと、機体によっては全弾消費していたことから、戦闘への参加は見送られた。
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
迫る敵を迎え討つ為、海上に並ぶ各艦の隊員たちは忙しない思いに駆られていた。各種レーダーを注視する彼らの顔は、どことなく緊張と不安を湛えている。
今回の任務内容は、増援が駆けつけるまでの、言わば時間稼ぎである。しかし、恐らく100機を超えるのだろう敵航空戦力に対して、対空装備が艦砲と11基の対空ミサイルだけというのは、如何せん心許無かった。
「間も無く、敵艦隊現れます」
哨戒中のオライオンによって目撃された位置から、敵艦隊の動きと位置については大体予想が付いている。後は敵が現れるのを待つだけとなっていた。
尚、各艦のハープーン発射筒には、ルシニア基地が有している最後の対艦ミサイルである艦船発射型ハープーン、計7基が装填されている。しかし、昨日の奇襲攻撃によって、敵も何らかの対策を立てているであろうことから、その時の様に艦ごと竜騎を沈めるという効果は期待出来そうにはなかった為、今回の戦いでは使用しないことになっていた。
「対水上レーダーにて目標探知。敵艦隊を確認、距離は48km」
最初に敵を捉えたのは、「しまかぜ」のメインマスト頂部に位置する対水上レーダーであった。ついに現れた敵に、隊員たちは益々緊張を強める。
この惑星“テラルス”は地球の1.4倍の大きさを誇る。故に水平線までの距離も地球より長く、それによって水上目標に対するレーダーの探索域は拡大していた。
「敵艦、または敵航空戦力が艦砲の射程距離に入り次第、攻撃を開始する!」
司令の声が戦闘指揮所内に伝わって行く。隊員たちは、まるで罠に獲物が掛かるのを待つ猟師の様に、敵艦隊が艦砲の射程距離に入るのを、じっと待ち構えていた。
〜〜〜〜〜
旗艦「シヴィーユ」
前日に空対艦ミサイル攻撃を受け、艦数を45減らした625隻の艦隊が洋上を進んでいた。帆に風を受けて走る625隻の大型帆船の姿は、正に圧巻と言うべき様相を呈していた。
「前方に敵艦と思しき物体を発見!」
マストの上から水平線を望む水夫が、水平線の向こう側からひょっこり顔を出した、護衛艦の艦上構造物を発見する。それは1つではない、彼の目には4隻の巨大艦が見えていた。
「とうとう来たか! このまま1刻(2時間)も進めば、敵艦の砲の射程距離に入るな・・・」
ゴドフロウがつぶやく。日本軍の戦果・能力についての噂は、断片的ではあるが彼も知っている。特に、艦砲と射撃指揮装置による正確無比の連続射撃は、あらゆる国々の海軍兵にとって興味と恐怖の的になっていた。
そんな恐るべき敵の登場を知ったゴドフロウは、最初の命令を下す。
「良し・・・全艦戦闘準備! そして各艦から竜騎を飛翔させろ・・・但し超低空飛行だ。その状態で敵艦の射程距離までは艦の後方に随伴させ、1刻(2時間)後に、低空飛行のまま、最高速で敵艦へ向かわせるんだ!」
「了解!」
総指揮官の命令は、ただちに全ての艦に伝えられる。命令を受けた竜騎士たちは、竜騎を甲板から海面へ急降下させると、そのまま艦隊の後方へと移動し、超低空且つ超低速による飛行を開始した。
彼の目論見は以下の通りである。まず対艦ミサイル攻撃を警戒し、重要な航空戦力である竜騎を艦から降ろす。そして対空ミサイル攻撃から守る為、各艦は竜騎を後ろに庇いながら艦砲の射程範囲まで接近する。その直後、竜騎部隊をトップスピードで艦隊後方から離脱させ、艦砲の仰角、すなわち護衛艦に搭載されている艦砲の弾道の、さらに下まで一気に接近させようという試みだ。
意味があるのかどうかは分からない。しかし、何も策を練らず、この世界でのセオリー通りにするよりは良いだろう。ゴドフロウがそんな考えで立案したこの作戦は、彼自身も思いもよらない混乱を日本側に与えることとなる。
〜〜〜〜〜
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
「対水上レーダーにて目標探知。敵艦隊、距離は23km」
「対空レーダーには敵影と思しき飛行物を確認出来ません」
各種レーダーを監視する電測員たちから、報告が届けられる。対空レーダーには何も捉えられていないことから、敵はまだ龍を飛ばしていない様に思えた。敵艦隊はすでに20kmちょっとの距離まで近づいている。各艦に搭載されている艦砲は種類は違えど、その射程は大体20km弱であり、このまま行けば、敵艦隊は間も無く射程距離に入るだろう。
「各艦、対水上戦闘用意! 敵艦が射程距離に入り次第、砲撃開始せよ!」
大浦一佐からの命令が各艦に届けられる。そしてついに、艦隊前列に位置するダウ船型帆船が、「しまかぜ」に搭載されている73式54口径5インチ単装速射砲の射程距離に侵入した。その時・・・
「・・・対水上レーダーにて新たな影を発見、敵艦隊後方の広範囲に展開! 距離は24km!」
「・・・!?」
電測員の1人である沢村惣助二等海曹/二等兵曹の報告に、戦闘指揮所の隊員たちは戦慄を覚える。沢村三曹の目には、接近中の艦隊の後方に新たな敵影の群れが突如現れた様に見えていた。
「新手の船団か!?」
船務長の中曽根英次三等海佐/少佐は、対水上レーダーが捉えた影の正体について問いかける。しかし、この段階ではそれらが何なのかまだ判別が付かない。戦闘指揮所が混乱する中、新たに現れた敵影の群れは、更なる動きを見せる。
「新たな群れは速度を上げ、艦隊後方より急速接近を開始! 敵艦隊を追い抜き、こちらへ向かっています」
「対空レーダー目標探知、こちらでも新たな敵影を確認」
「3次元レーダー目標探知、目標群の海面からの高度は・・・1m以下です」
「!」
各種レーダーより、新たにもたらされた情報から、中曽根三佐は突如出現した影の正体を悟る。
「龍か・・・!」
中曽根三佐の言葉に、艦長の上野二佐をはじめとする幹部たちは、はっとした表情を浮かべる。知ってか知らずか、敵の龍はレーダー探知を避ける為に最も効果的な超低空飛行を行っていたのだ。
球形という惑星の構造上、超低空を飛行する飛行物は、対空レーダーでは十分に対処しきれない。レーダーの死角である水平線の向こう側に隠れてしまうからだ。こうしたレーダーの弱点を突いたミサイルが、シースキマーと呼ばれる超低空飛行を行う対艦ミサイルである。これらの低空で接近する物体を一早く察知するために、護衛艦の対水上レーダーは低空警戒の機能を備えている。
しかし、シースキマーですら、その飛行高度は5〜15mと言われている。だが今、4隻に接近している竜騎部隊は、海面から0.5m程の高度を飛んでいた。これほどの低空飛行が可能なのは、生き物ならではである。飛行高度が低ければ低いほど、水平線の向こう側に隠れることが出来、レーダーによる探知は遅れてしまう。
更に今回の場合は、艦の後ろに隠れていたことが、レーダーによる探知を遅らせることに一役買っていた様だった。
敵機の接近を知った大浦一佐は、全艦に向けて指示を出す。
「全艦右舵、90度直進! 接近する敵航空戦力に対して艦の左舷を向けて!」
「90度直進!」
司令の命令を受け、4隻の艦がほぼ同時に右へと舵を切る。しかし、いずれの艦もその砲塔だけは北から近づく艦隊の方を向いたまま、迫る敵の航空戦力を待ち構えるように、艦の右旋回に合わせて左に回る。
「どちらにしろ、艦砲の射程は最大で20km弱・・・。そこまで近づけさせなければ、何も迎撃は出来ん。ちょっと発見が遅れただけたい! 作戦自体に何か影響がある訳でも無し、焦るべきことはなか・・・」
突如レーダーに現れた竜騎の動きに、精神的な動揺を見せる隊員たちとは違い、司令である大浦は冷静さを失わなかった。その後、彼女は4隻が体勢を整え直したことを確認すると、次なる命令を下す。
「各艦、対空戦闘用意! 射撃指揮装置2型が敵機を捉え、また、それらが艦砲の射程距離に入り次第、直ちに撃ち方を開始せよ!」
司令の新たな命令が全艦に届けられる。直後、4つの艦に乗せられている5つの砲塔が、海面すれすれを飛行する竜騎部隊127騎へ仰角を合わせる。
(・・・遅いばい、何をしちょるんかね・・・?)
大浦一佐は戦闘指揮所の天井を眺めながら、こちらに急いで向かっているはずの増援部隊の到着を待ち焦がれていた。彼らは未だその姿を見せる気配はない。
間も無く、敵の竜騎部隊が艦砲の射程範囲である20km以内に侵入して来る。その時、1人の隊員が血相を変えた様子で戦闘指揮所に現れた。彼は司令である大浦一佐の元へ駆け寄ると、彼女に耳打ちをする。
「・・・!?」
隊員の言葉に、大浦は目を見開いた。その内容は到着を今か今かと待ち詫びている増援部隊から届けられたものだった。
「・・・どうかしましたか?」
驚いた様子の司令に対して、彼女の変化に気付いた船務長の中曽根三佐が声をかける。大浦一佐は首を横に振ると、増援部隊から連絡があったことを伝えた。
「増援部隊から艦載機が発艦された! 間も無くこちらへ来る。但し、敵機を全て落とすまで艦砲による射撃は継続、気を抜くな!」
「・・・!」
その言葉を聞いた戦闘指揮所の隊員たちは、安堵と喜びを顔に出す。増援部隊には空母がいる。それに搭載されている艦載機がこちらへ来てくれるとなれば百人力だ。
「敵機が10km以内に接近してきたら、こちらも全速力で後退を開始する。適度に距離を保ちながら、艦載機を待つ!」
「・・・了解!」
隊員たちの顔から不安や焦燥感の色が消えていく。大浦自身も自らの心に余裕が生まれていたことを強く感じていた。
「しまかぜ」 射撃管制室
射撃管制室に勤務する砲雷科の隊員たちの顔には、冷や汗が垂れていた。まさかこの世界での敵が、レーダーを攪乱する様な真似をしてくるとは思いもしなかったからだ。
大浦一佐が述べた通り、作戦進行自体には大した影響は無い。しかし、技術力の圧倒的なアドバンテージから、この世界での戦いにどこか慢心や余裕があったかも知れないのは事実だ。隊員たちは気を引き締め直す。
(面倒くさい真似をしてくれたなぁ・・・)
砲雷長の橋本公太夫三等海佐/少佐は、その心の中で思わず悪態をついた。
今回の敵航空戦力は、全て翼龍である。翼龍の最高速度は時速70km前後だ。現在、竜騎部隊と護衛艦4隻までの距離は18km程だから、このまま放置すれば、敵は20分弱で護衛艦までたどり着く。
「近づけさせるなよ・・・。あまり接近されると、かなり面倒になるぞ!」
橋本三佐は、砲雷科隊員たちに注意を飛ばす。
その十数秒後、低空飛行中の竜騎部隊が「しまかぜ」に搭載されている73式54口径5インチ単装速射砲の射程範囲へと侵入した。射撃指揮装置2型も、それらを目標として捉えている。
「撃ち方、始め!」
橋本三佐の口から、ついに攻撃開始の命令が発せられた。「しまかぜ」の艦上にある2つの砲塔から、鼓膜を刺激する砲撃音と共に、砲弾が発射される。「しまかぜ」に続いて他の3隻の艦砲からも、砲撃が開始された。
〜〜〜〜〜
海上
スッパアァン!
「さわぎり」のオート・メラーラ76mm砲から発射された砲弾が、水面に勢いよく着弾して水しぶきを上げる。1騎の龍が水しぶきを浴び、バランスを崩す。リザーニア竜騎部隊の隊長であるサウムナー=マセテリックは、体勢を崩した部下に対して声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「はい!」
部下である竜騎士は、返事をすると直ちに体勢を戻した。回りを見れば、慣れない超低空飛行に苦戦しながら、砲撃に晒されている竜騎士たちの、苦心と恐怖の表情が並んでいる。
5つの砲身から放たれる弾幕が、不規則なリズムを奏でて竜騎部隊に襲いかかっている。それらは超低空を飛行する竜騎に対して、正確に狙いを定めて発射されていた。
「ギャアッ・・・!」
1騎の龍が、砲弾の直撃を受けて海の藻屑と化す。さらに1騎、また1騎と撃墜され、それらが海へと墜ちる度に大きな水しぶきが上がった。
「くそっ・・・!」
砲弾に撃ち落とされる部下の姿を目の当たりにして、サウムナーは悔しさを滲ませる。その時、砲弾とは違う何かが敵艦からこちら目がけて発射された。
「・・・“空飛ぶ槍”だ!」
誰かが叫ぶ。「しまかぜ」から発射されたスタンダードミサイルが、竜騎目がけて飛んで来たのだ。発射母艦からの誘導を受け、目標を追尾するそれは、砲弾とは違って回避することは決して出来ない。
「うわあぁ・・・!」
程なくして1人の竜騎士がスタンダードミサイルの餌食となる。しかしながら、彼らは着々と護衛艦との距離を詰めていた。
〜〜〜〜〜
数分前 戦闘領域から東へ100kmの上空
激しい海戦が行われている海域から、東へ離れた高空に1機の航空機が飛行していた。一見少し小型のプロペラ機の様に見えるが、その機体の上には円盤状の巨大なレドームがあり、通常の航空機とは明らかに一線を画すフォルムをしている。
「こちらホークアイ、海面付近に敵航空戦力と思しき飛行物を確認。方角は西、距離は102km、飛行物の数は約120。付近に第13護衛隊4隻と敵艦隊625隻を確認」
高度5000mの上空を飛ぶホークアイのオペレーターである大門旭海曹長/兵曹長は、自身の頭に装着したインカムを通じて、彼らが向かっている戦場の様子について伝える。
機体の下には雲が広がり、目視では海の上の様子は良く見えないが、ホークアイが展開するレーダー・AN/APY-9は360km先に居る水上目標の様子まで丸裸にすることが出来る。故に彼らは、戦闘が行われている海域の様子が手に取る様に分かっていた。
・・・
増援部隊 「まや」 戦闘指揮所
15隻の艦からなる増援部隊に属するイージス艦である、「たかお型ミサイル護衛艦」の2番艦「まや」の艦橋では、どことなく忙しない雰囲気が漂っていた。15隻の艦隊と戦闘中の海域まではまだ200km以上離れていた為、戦いの様子も見えなければ、当然ながらこのままでは、艦砲や艦対艦ミサイル、艦対空ミサイルなどの艦の装備で援護することも出来ない。
故に、旗艦である戦闘機搭載型護衛艦の「あまぎ」から、F−35C戦闘機からなる日本版空母航空団「第41航空群」を既に飛ばしている。「あまぎ」はこの世界で完成した最初の護衛艦(航空機搭載型護衛艦)であり、今回の戦いが初陣となっていた。
「先程発艦させたホークアイと『しまかぜ』からの報告では、すでに戦闘が開始されている模様」
「ホークアイより送信されるデータから察するに、第13護衛隊に接近中の敵機は、相当の低空を飛行している様子です」
各方面から伝えられる情報を、艦長の本多忠和一等海佐/大佐は余すことなく耳に入れる。
「旗艦より連絡、艦載機の発艦を終了しました」
「あまぎ」から全艦へ、第41航空群に属するF−35C戦闘機33機の発艦を終えたことが伝えられる。その全ての機に短距離空対空ミサイルが搭載されていた。
「良し・・・我々はそのまま待機だ」
対空戦闘用意を見送った本多一佐に、船務長の宮本武雄二等海佐/中佐が質問をぶつける。
「超水平線標的の迎撃実験は行わないので?」
「・・・」
彼らが話しているのは、水平線下より接近する低空目標を迎撃する為の防空システムとして、アメリカ軍によって開発された「NIFC−CA」のことだ。特に彼らが乗っている「まや」は、NIFC−CAに対応しているイージス艦の1つである。
かつて地球では、何度かNIFC−CAを用いた超水平線標的の迎撃を行ったが、このテラルスで、それを行ったことはまだ1度も無い。
「旗艦からも命令は無い。それにスタンダードミサイルは貴重だ。いつか然るべき時に使う場面が来るさ」
宮本二佐の問いかけに、本多一佐は首を横に振って答えた。「あまぎ」から「しまかぜ」へ連絡が行われたのはこの数分後のことだった。
〜〜〜〜〜
ルシニア沖 旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
「敵航空戦力、依然接近中! 距離10km!」
「残機60機弱!」
司令である大浦は各方面からの報告を、余す事無く耳に入れる。ついに後退開始の目安である10km圏内に、竜騎部隊が侵入していた。
敵機の数は確実に減らしてはいるが、竜は戦闘機と比較して圧倒的に遅い代わりに運動性がかなり高い。故に砲の命中率が思うように上がらず、上手く牽制出来ないでいた。
「後退開始、全速力!」
司令の命令が全艦に伝達される。援軍がこちらへ向かっている以上、以前の戦いの様に粘る必要性は無く、後は時間を稼ぐだけとなっていた。敵艦隊に対して左舷を向けていた4隻の護衛艦は、艦砲射撃を止めると、船首を更に90度右に回し、敵に対して完全に背中を向け、一気に加速を開始する。
「援軍の機が敵航空戦力を一掃した後、再び船首を反転し敵艦隊を掃討する」
「了解!」
〜〜〜〜〜
海上
今回の戦いの為に派遣された竜騎部隊は、最初の155騎から対艦ミサイルによる奇襲で127騎まで減らされ、更に艦砲による対空射撃によって57騎まで減らされていた。龍の手綱を握る騎士たちの目には、全速力飛行に耐えている身体的な疲労は勿論、次は自分が撃墜されるかも知れないという精神的な疲労も映し出されていた。
そんな中、総隊長のサウムナーはある変化に気付く。砲撃音が止んだのだ。前を見れば、さっきまで砲撃を行っていた4隻の巨大艦全てが、船首を反転し、こちらに背を向けて去って行く。
「敵艦反転! 後退を開始しました!」
「!!」
部下の1人が発した言葉に、サウムナーと他の竜騎士たちは耳を疑った。
「弾薬切れか! 目論見は当たったんだ!」
「・・・!」
サウムナーは思わず叫ぶ。精神的に追い詰められていた竜騎士たちの目にも生気が戻っていく。正確無比の連続射撃と言っても、それは無限では無かった。笑みをこぼす者が居る。手綱から片手を離して拳を天に突き上げる者もいる。仲間の犠牲は無駄ではなかった。やった!
しかし、そうやって喜びの気持ちを晒け出す彼らの心は、次の瞬間、一気に現実へと引き戻されることになる。
ド ド ド ドーン!
「!!?」
四方八方で強烈な爆発音が聞こえた。同時に、生気を取り戻した部下たちが突如爆発し、海の藻屑と消える。突然の出来事に、サウムナーは状況を飲み込めないでいた。
「え・・・」
海の上を見れば、部下だったモノがぷかぷかと浮いている。生き残った部下たちも、いきなりの事に鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしているだけだった。敵艦の砲は彼らから見て反対側を向いているのだから、敵艦の発砲である訳もない。それに敵の砲も、広範囲に展開していた竜騎部隊を一気に沈めるなんて芸当は出来なかったはずだ。
サウムナーの頭が混乱に包まれる中、左側から何やら轟音が聞こえる。彼ら、生き残った竜騎士たちは、音のする方角へ頭を回した。
「・・・“空飛ぶ槍”だ!」
サウムナーの視線に飛び込んできたのは、東の空から近づく24基の短距離空対空ミサイルだった。同時に彼らは、一気に30騎以上の竜を葬った物の正体を知ることとなった。
「た、退避・・・!」
接近するミサイルに対して、竜騎士たちは散り散りに逃げ惑う。しかし、ミサイルの速度を振り切れる訳もなく、残った24の竜騎は程なくして肉塊と化し、海へと墜ちて行った。
〜〜〜〜〜
旗艦「しまかぜ」 戦闘指揮所
「敵機、全騎が撃墜されました!」
対空レーダーを観測していた池内海曹長の報告に、戦闘指揮所はざわめきと喜びに包まれる。
「・・・っしゃあ!」
喜びの余り、船務長の中曽根三佐は思わずガッツポーズをしてしまう。彼の仕草に戦闘指揮所中の視線が向けられた直後、待ち焦がれたものがついにその姿を現す。
「対空レーダー探知、東より急速接近中の物体有り!」
池内電測員長が発した言葉に、戦闘指揮所内の全員が反応した。亜音速で接近する飛行物体の群れが、東の方角に発見されたのだ。その直後、艦橋から目視で水上を観察していた航海科から、伝声管を通じてその正体が伝えられる。
『艦橋から戦闘指揮所へ。東の空から戦闘機群が接近! F−35Cです!』
艦橋から報告が入る。轟音を纏う33の機体がついに姿を現したのだ。空を舞う様に飛ぶそれらの中の隊長機から、「しまかぜ」の戦闘指揮所へ無線が入る。
『ザ・・・こちら第41航空群、敵機は全て撃墜した』
「こちら『しまかぜ』、ご苦労! 敵艦隊はこちらで対処する」
『・・・了解した。我々は帰還する!』
通信が終わる。その後、わずか数分で任務を終えた33の艦上戦闘機は、機首を転換し、自らの母艦が待つ東の空へと帰って行った。
援軍が空から去って行く様子を確認した大浦一佐は、全ての艦に新たな命令を下す。
「敵航空戦力は排除された。よって全艦、船首を再び180度反転! 敵艦隊に向かって直進!」
「180度反転!」
復唱が戦闘指揮所内をこだまする。その後、4隻の護衛艦は再び船体を180度反転させると、竜騎を失い、沈黙するリザーニア・リーファント連合艦隊に向かって進み出す。
「大量の捕虜をとる余裕は我々には無い。よって降伏勧告は行わず、相手が自発的に降伏するまで撃ち方を継続する! 今回は追撃も行う!」
司令の口から発せられた言葉は、最早両手をもがれたリザーニア・リーファント連合艦隊にとっては、残酷な宣告となっていた。降伏か玉砕か、その2択しか彼らには用意されていないのだ。
〜〜〜〜〜
旗艦「シヴィーユ」
「・・・!」
総指揮官であるゴドフロウは言葉を失っていた。敵の艦が背を向けて逃げ出した。その姿を見て、とうとう敵が弾薬切れを起こしたのかと思っていた。しかし、その直後、突然東の空から飛来した敵の航空戦力によって、残っていた竜騎は、文字通り瞬く間に全滅してしまったのだ。
「援軍か・・・! 奴らの後退はこれを待っていたのか!」
兵士たちは、東の空へ帰って行くF−35C戦闘機の群れを見つめていた。ゴドフロウはここで初めて、敵の目論見を正確に理解するに至る。両手で頭を抱える彼に追い打ちを掛ける様に、更なる悲報が音信兵より届けられた。
「敵艦が再び反転! こちらへ急速接近を開始!」
背を向けていた4隻の巨大艦が、再びこちらに向かって行進を開始したのだ。彼らと第13護衛隊との距離は20km程しか離れていない。間も無く敵艦の砲の射程に入るのだろう。
「やはり弾薬切れでは無かったのか・・・! いや・・・そんなはずは無い! あれだけの砲撃をしておいて弾薬が尽きないはずが無い!」
ゴドフロウは思案を巡らす。
「左様! ゴドフロウ様、前進致しましょう!」
「1度海戦を経た軍隊、それも遠隔地派遣部隊の弾薬貯蓄量など、さほどありますまい!」
「此度の戦いは“聖戦”なのですよ!」
彼の周りの参謀たちは突撃を押す者が多数だった。実際のところ、万が一にも第13護衛隊を破ったところで、その後、増援部隊に全滅させられることは確実なのだが、手柄を第一に欲す彼らは、そこまで頭が廻らない。
「・・・“盾”を中央に密集させ、矢印状の隊形を取り、一点から突破しましょう!」
参謀の1人が密集隊形を提案してくる。4隻しかいない日本海軍を物量で押しつぶそうという提案だが、多大な犠牲を出すことは間違いない。まず、密集隊形を取ったところで、護衛艦の艦砲射撃を2時間ほど耐えなければ、敵艦をこちらの砲の射程に捉えることすら出来ない。それどころか、隊列を組み直している時間など残ってはいないことを、ゴドフロウは分かっていた。
そもそも足の速さでは、日本の軍艦は圧倒的な速度を誇っていると聞いていた。リザーニア・リーファント連合艦隊が接近しようとするならば、日本側は自分たちが安全な距離を取れば良いだけの話だ。
(敵は弾切れを起こすだろうか・・・。いや、それも希望的観測に過ぎん・・・。そもそも援軍が近づいているんじゃないのか?)
悩む総指揮官。各艦の兵士たちもどう行動すれば良いか分からず、ただ今まで通り、漫然と敵に向かって進むしかなかった。
そうこうしている内に、護衛艦4隻は艦隊前列との距離を15kmのところまで迫っていた。その刹那、護衛艦の砲が一斉に煙を吐く。
「敵艦発砲開始、前方の艦が被弾!」
「!」
水夫の言葉が、旗艦の参謀たちを震撼させる。直後、連続する砲撃音が再び彼らの鼓膜を大きく揺らした。
彼らにとって、敵の砲撃から守る為の“盾”として連れて来たアラバンヌのダウ船型帆船が、一斉に被弾し、木片をまき散らす。音速を超える砲弾を浴びたそれらは、形をとどめる事は出来ず、海面へと崩れ落ちる様に沈んで行った。
空飛ぶ竜に比べれば、海に浮かぶ帆船など止まった的程度のものだ。4つの砲から放たれる1発1発が、丁寧に1隻1隻を沈めていた。それは並みのスピードではなく、気付いた時には100隻近い艦が被弾していた。
「砲艦『エルメンガルド』沈没!」
呆気なく“盾”は崩壊を始め、ついに“本隊”まで砲撃が届くようになっていた。艦隊の主力艦が1隻、また1隻と沈んで行く。
「報告致します、リーファント艦隊、戦線離脱を開始!」
「“盾”どもが、勝手に戦線離脱を開始! 隊列が崩れています!」
連合艦隊を構成する一部が、艦砲射撃に恐れを成して逃走を始める。元々、半数以上を捕虜や被征服民で固めた士気の低い艦隊であったことに加え、異なる指揮系統下にある2カ国が急遽結成した急ごしらえの連合艦隊であった為、あっと言う間にまとまりが無くなっていたのだ。
(そもそも・・・私たちがここへ来た理由は王の見栄以外の何者でもないじゃないか。それに元はと言えば、クロスネルヤード皇帝の弔い合戦に首を突っ込んでいるだけに過ぎない。生死を賭けてまで、ニホン軍を破らねばならない理由は我々には無い・・・!)
海の上に響く兵士たちの断末魔、現れては消えゆくそれらを耳にしていたゴドフロウの心の奥に芽生えたもの、それは死への恐怖である。生きる者として当然の感情が、撤退を正当化する理由を頭の奥底から生み出していた。
そして、ついに彼は決断を下す。
「各艦の風使いたちに全速力を出させる様に伝えろ! 我々もこのまま戦場を離脱しミケート・ティリスへ舵を取る!」
「・・・了解しました」
総指揮官が出した撤退命令は、先程まで前進を主張していた参謀たちにも、抵抗無く受け入れられていた。彼らには命を賭けてまで日本と戦う義理は無い。日本軍の攻撃を実際に受ける立場に立ったことで、参謀たちの戦意もそのほとんどが消えていた。
「しかしそれでは、風使いが乗船していない“盾”どもの艦を振り切ってしまいますが・・・」
参謀の1人が懸念を呈する。
本隊を敵の攻撃から守る為の“盾”として連れて来たアラバンヌの艦には、貴重な存在である“風使い”を乗せることはなかった。故に、このままリザーニアとリーファントの艦が風使いの力で全速を出せば、例え彼らが逃げ切れても、まだ150隻ほどは残っていたアラバンヌ文化圏の艦を突き放してしまう。
「構うものか、元々敵の砲から逃れる為の“盾”だろう! 捨て駒になって貰おう!」
ゴドフロウは、やや興奮気味に答える。その後、彼の撤退命令は全艦に伝えられた。命令を受け取った各艦は大きく舵を切り、船首を反転させて逃走を開始する。
〜〜〜〜〜
旗艦「しまかぜ」 艦橋
黒こげになっている艦橋から、双眼鏡越しに敵艦隊の様子を眺めていた航海科の見張り員たちは、敵の動きに変化が現れたことに気付く。前方では、被弾した敵艦が次から次へと虫の様に潰されていく様子が見えている。指揮系統も分裂し、統制を失うその様子は、まるで錯乱したアリの行列の様であった。
「敵艦隊、後方から反転を開始! 撤退している模様です」
報告を聞いた艦長兼航海長代理の上野二佐は、敵艦隊の様子について尋ねる。
「降伏を示す艦はあるか?」
航海長の質問に、その見張り員は“いいえ”と簡潔に答えた。
この世界において海戦における降伏を示す方法は、船の帆を切り払うことだ。自ら乗る船を航海不能とすることで、戦意の喪失を敵に示すものらしい。
(・・・正直、このまま降伏して貰わない方が有り難いけどなあ)
セーレン王国とは違い、日本本土から遠いアナン大陸のルシニア基地では、補給や備蓄に難が有る以上、そこまで大量の捕虜を取ることは出来ない。故に、上野二佐はこのまま敵が降伏せずに全滅することを、思わず期待してしまっていた。
「・・・降伏する艦が無い以上、このまま砲撃は継続だ。帆を取り払う艦を見つけたら直ちに報告しろ」
「了解!」
航海長代理の命令を受け、見張り員は監視の目を強める。降伏を示す1隻目の敵艦が見つかったのは、それから程なくしてのことだった。
〜〜〜〜〜
元ナスーラ王国海軍 軍艦「アブルハサン」
かつて、アラバンヌ帝国の衛星国として安定した国家を営んでいたナスーラ王国は、20年程前にリーファント公国によって滅ぼされた。それから20年、牙を折られた元ナスーラ王国民は、被征服民として、そして異教徒として、リーファント公国政府からの差別を甘んじて受け続けていた。時に奴隷として売られ、時に兵士として徴兵される。
そしてこの艦「アブルハサン」も、今回の遠征の為にリーファント公国政府によって、6万の元兵士と共に強制的に徴用されたものだった。艦の指揮を執るのは元ナスーラ王国海軍佐官、言うならば亡国の将であるアブー=アルキシラーフという男である。
「これで、良かったのですね・・・」
兵士の1人がアブーに尋ねる。彼の視線の先には、帆が無くなり、奇妙な十字架と化したメインマストの姿があった。
「ああ、これで良い」
アブーは答える。それから数時間後、航行能力を失った艦に乗る艦長以下200人を超える乗組員は、「じんつう」によって無事に収容されることとなった。
海を見渡せば、降伏を良しとしない艦が次々と沈められて行く。自分たちを支配下に置いていたリーファント公国軍の旗艦は、すでに水平線の向こうへ消えようとしているのが見えた。
〜〜〜〜〜
数時間後 旗艦「しまかぜ」 艦橋
海の上に沈められた艦の残骸が大量に浮かんでいる。浮かぶことを許されている艦といえば、帆が無い船だけとなっていた。
基地司令である大浦慶子一佐は、敵の姿が消えた海を艦橋から眺めていた。すでに日は西へ傾き、空は茜色となっている。
「降伏を示した敵艦乗組員の収容を完了しました」
艦長の上野二佐が任務の完了を伝える。降伏した敵兵の収容については、戦闘終盤から戦場に現れた増援部隊にも協力を要請し、3時間ほどかかってようやく終えていた。
大浦は一呼吸置くと、艦橋に集まっている隊員たちに向かって、最後の命令を下す。
「・・・状況終了! 直ちにルシニア基地へ帰還する!」
「了解!」
隊員たちの声が響く。彼らの顔は達成感に満ちた表情をしていた。その後、増援部隊を含めた19隻の艦は、一斉に船首を南に向け、一路彼らにとってのホームである在エルムスタシア帝国・ルシニア軍用基地へと向かう。
数十分後、港街を視界に捉えた彼らの目に映ったのは、避難命令が解除され、戦士たちの帰還を待つ為に港へ集まっていたルシニア市民の姿だった。
第2次グレンキア半島沖海戦の結果、ルシニア基地派遣隊は、増援部隊の助力を受けながら155騎の竜騎と601隻の敵艦を沈め、34隻の敵艦の乗組員・計7102名を捕虜としながらも、35隻の敵艦を取り逃がした。
斯くして、2度に渡るグレンキア半島沖海戦は、どちらともルシニア基地側の勝利で幕を降ろし、日本国にとって交易、資源開発及び補給の重要拠点であるルシニア基地は死守された。
たった4隻で計1000隻を超える艦隊を追い払ったその功績は、ルシニアの市民によって語り継がれることとなる。




